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4  もう一人の求婚者

 また返事を書けとせっつかれるのかと思いきや、重い体を引きずって応接間に下りた私を出迎えたのは、かつてないほど興奮した様子の叔父だった。


「そこに座りなさい!」

「はあ……」

「喜べ、ディタ! おまえを金貨百枚で買ってくれる貴族が現れたぞ!」

「はぁ……あ?」


 力なくソファに座った私は、思わず間の抜けた返事をしそうになって……我に返った。


 てっきり、金貨三十枚からさらに値段をつり上げられたのかと思いきや……えっ? 貴族?


「……ど、ういうことですか……?」

「今日、若い貴族の方がいらっしゃってな。その方は開口一番、自分が金貨百枚を出すからディタを譲ってくれとおっしゃったのだ!」


 叔父は体を震わせて、「金貨百枚……素晴らしい!」と吠えている。


 金貨、百枚……?

 あの中年オヤジの三倍以上のお金を、私に……?


「……詐欺じゃないですか?」

「詐欺ではない! 相手の方はれっきとした伯爵家の貴公子で、騎士団員でもある。少々棘のある物言いだが所作は美しいし、なかなか見目麗しい青年だった!」


 ……。

 今、私の中での天秤が「五十歳オヤジ」と「見目麗しい騎士の青年」を秤に乗せられて、後者の方に凄まじい勢いで沈んでいったのが分かった。


 い、いや、でも、さすがに顔と職業と身分だけで決めてはいけない!


「本当に、金貨百枚を出すとおっしゃったのですか?」

「ああ、本当だ。貴殿が妻にお望みなのはディートリンデ・ミュラーで、この娘で間違いないか、とおまえの姿絵を見せて問うたが、間違いないと断言なさった。念のために義姉上のことも聞いたが、おまえの実母であるなら喜んで引き取るとおっしゃっていた。いやはや、さすがリューガー家のご子息! 若いというのに立派な心がけだ!」

「……お待ちください、叔父様」


 心の中が大戦争になっていた私は、叔父が今口にした言葉を耳にして瞬時に我に返った。

 今、叔父は「リューガー家」と言った……?


「……私に求婚した方は、何とおっしゃるのですか?」

「おお、そういえばまだ言っていなかったな」


 叔父は大きな体を捻り、背後にいた執事から額縁を受け取ってそれを私に見せた。


 ――どくん、と体が緊張を訴える。


「おまえの求婚者の名は、バルタザール・リューガー。リューガー伯爵家の次男で、今年二十歳になったばかりの騎士だ」


 叔父の声が、遠くから聞こえるようだ。


 だって、その名は。額縁の中でこっちを見ている人の顔は。

 子どもの頃に喧嘩別れして以来の、バルトの成長した姿だった。











 十二年前のパーティーで知り合った男の子は、バルタザール・リューガーと名乗った。バルタザールは二つ年下で、明るい赤茶色の髪と垂れ気味の緑色の目が特徴的だった。


 彼は長男であるお兄様と違って気楽な次男坊だからか、階級がずっと下の男爵家の娘である私に対しても気さくに接してくれた。


 そうして、パーティーが開かれるたびに私はバルタザールの姿を探し、彼を見つけると一緒に過ごすようになった。


 バルタザール――バルトは、私の話を楽しそうに聞いてくれるし、私にも楽しい話をたくさんしてくれた。手を繋いで一緒に貴族の屋敷を探検したり、ホールから聞こえる音楽に合わせて中庭でダンスの真似をしたりした。


 でも、出会った当初は十歳と八歳でうまくやっていけたけれど、だんだん私もバルトも気難しい年頃になった。バルトは年下扱いされるのを嫌がるようになり、明らかに私を避けるようになった。


 私の方も……変な意地を張っていた。

 周りの令嬢たちは皆、素敵な年上の貴公子や騎士たちの話ばかりする。「年下になんてときめかない」という彼女らになんとなく同意していて……つい、バルトにもそっけなくしてしまった。


 そうして七年前、父が病に倒れる直前のパーティーで顔を合わせ、喧嘩腰で別れたのが最後。


 騎士になったバルトが、私を金貨百枚で買うと申し出た。

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