第8話 しゃべりすぎたピエロ
本話には過激・下品な言い回しがございますが、特定の宗教・団体を貶める意図はございません。
人を食った態度をかなぐり捨て、ピエロ野郎が俺たちを罵る。
『俺が見てない間に! よくも汚ねえチートでゲームをメチャクチャにしてくれたな! こんなの認められるか! プレイヤーは全滅するまで殺し合って! 誰一人として生き残っちゃならねえんだ! プレイヤーならルールを守って死んどけよおおおおおおお!!』
「なにがルールだ、馬鹿馬鹿しい。人様が作ったゲームにタダ乗りしておいて」
『口ごたえすんな! チーターめ!!』
俺の声に癇癪を起こし、ピエロ野郎が画面を蹴り始める。
『仲良しごっこしかできねえ下等ユーザーが! いいか! 俺がヴァリアント・ロードを改良し! お前らでも遊べるように調整してたから! このゲームで遊べるんだ! なのに恩を仇で返しやがって! どんなチートを使ったのか知らねえが、半年かけて作った最強無敵のボスを倒すな! プレイヤーとして恥ずかしくないのか!? チートでクリアして楽しいか!? 正々堂々ボスに挑んで、無理だと諦めろよ! お前らの血と脳ミソはゲロとビチグソと産廃でデキてんのか!?』
「興奮してるとこ悪いがね、最初からボスを置かなきゃよかった話だ。どうせ偽りの希望を見せてより深い絶望に叩き落としたい、って理由で配置したんだろ? 黒幕気取りにしちゃツメが甘すぎる」
「だいたい、ゲームマスターのくせに仕様を把握してないとかお粗末もいいとこだ。しかもチートを抑制するための仕様だぜ?」
『黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ! 黙れええええええええええ!!』
ドラムスとチューナーのダメ出しも、ピエロ野郎には逆効果らしい。
『変態野郎が最後の砦、アメリカサーバーで暴れなければ! ヴァリアント・ロードは永遠不滅の理想郷のままだったんだ! お前らはタンカスだ! サタンの下痢便にジーザスのゲロを混ぜて腐らせた化合物にも劣るクソだ! ファック! ファック! ファックファックファックファックファックファックファック! ファァァァァァアアアアアアック!!』
「駄目だな。負けを認められず頭がイカれたらしい」
『負けてねえ! お前らなんぞに一度も! 一瞬たりとも! 何一つとして負けてねえ!! お前らの反則負けだ!』
コップが代表して締めると、ピエロ野郎のボルテージが最高潮に達する。
『ろくにPKしないカスどもはおとなしく殺されろ! ヴァリアント・ロードはただのゲームじゃない! そこらの雑魚が遊ぶ低俗で下劣なオモチャとはワケが違う! 聖域だ! 選ばれた者たちが切磋琢磨する! 現代で最も崇高な真剣勝負の世界なんだ! 闘争本能むき出しで! キレたナイフみたいギラギラして! プレイヤー同士が蹴落とし合い! 罵り合い! 殺し合い! 騙し合うことはあっても慣れ合わない! ギスギスして! 強者がひたすら蹂躙して! 弱者は一方的に虐げられる! それが、ヴァリアント・ロードのあるべき姿なんだよ!! お前らはビチグソ未満の汚物だ! スカンクのゲロよりもクサくて! バッファローのクソにも劣る! 汚ねえエンジョイ勢は滅びろ! 死に絶えろ! 絶滅しろおおおおおおおおお!! 下等な貧弱一般人は、選ばれたエリートのエサとなって! 踏み台にされて! 一生地面に這いつくばって死ねよおおおおおお!!』
ひとしきり叫んだところで、ピエロ野郎が息を切らして黙る。
要するに殺し合い以外は認めないし、誰一人として生還させる気はない、ということだ。
画面が一度切れ、息を整えたピエロ野郎が再び姿を見せて喋りだす。
『殺し合いをエンジョイしているみんな……バッドニュースだ。さっき、ボスモンスターが倒された。卑怯なチーターがみんなの目を盗み、チートで倒すという、最悪の形でね。こんなことが許されるか!? みんなが真剣にゲームをやってるのに、ズルが許されていいと思うか!? この8人のせいでゲームはメチャクチャだ!』
画面に俺たちの顔と名前、現在位置がデカデカと映し出される。
『いいか! これは連帯責任だ! こいつらをブチ殺すまでクリアは認めない! こいつら全員が死ぬまで、君たちにとっておきの絶望が襲う! 封印された巨人族が復活し、全世界に大量の強化モンスターが押し寄せる、ラグナロクだ! チーターが1匹でも残っている限り永遠に続く! 君たちの健闘を祈る!』
そこでまた画面が消え、すぐにピエロ野郎が映る。
『聞いたなチーターども! お前らのせいで多くのプレイヤーが危険にさらされる! 恥を知るなら今すぐ自殺しろ! いいか! 全部! お前らが悪いんだ! このまま生き残ってみろ! サーバーを爆破してプレイヤーを皆殺しにしてやる! だから今死ね! すぐ死ね! 生き残ろうとか思うんじゃねえ! お前らは無様に殺されるべきなんだよ!!』
最後に白目と歯を剥きながら両手の中指を立て、ようやくピエロ野郎が姿を消す。
最初と最後の罵詈雑言は、俺たちだけに発信したものらしい。
その場を、沈黙が支配する。
「……どうしよう」
真っ先に声を上げたのは、サキだ。
その表情は不安に満ちている。
ハルナも動揺を隠さずに続ける。
「ボスを倒したのにチート呼ばわりされて、他のプレイヤーから狙われるなんて……」
「ひどいよ……こんなのあんまりじゃん!」
二パも頭を抱え、その場にしゃがんでしまう。
「……すまない、見通しが甘すぎた。俺のミスだ」
俺には、謝ることしかできない。
ピエロ野郎にもゲームクリエイターとしての矜持はあると、無意識に期待していたのだろう。
デスゲームを一方的に宣言し、ふざけたボスを用意したヤツだ。ルールなぞ鼻紙より価値がないと思うべきだった。
「そんなことありません。悪いのはマウスさんじゃないです」
それをユウキが否定する。
「ちゃんとクリアしたのに、ルールを破った向こうが悪いです。止められたのに手伝うって言った、こっちにも責任があります」
「ユウキ……」
「それに旦那、申し訳ないと思うなら次の策を練った方がいいぜ?」
「策はもうある。ダメならこうすると最初から決めていた。チューナー、どうだ?」
俺の答えを聞くと、ユウキだけでなくサキたちも顔を上げる。
「もうすぐヤツらの目と耳と口を奪える……よしきた!」
「目と耳と、口?」
「管理者権限の一部を奪ったのさ。ピエロ野郎は俺たちを見ることも聞くことも、話すこともできない。さすがにログアウトやサーバーの強制停止までいくには、あと2時間くらい欲しいがね」
「もしかして、仕込んでいたウイルスですか?」
「ご名答。連中は気付いてないみたいだが」
「お前ら、犯人の見当はついたんじゃねえか?」
「そりゃバッチリ。けどアレがディレクターねぇ……トリトンはどんだけ社内政治が好きなんだか」
「あそこの派閥争いは宿業みたいなもんだ。俺はあいつが元アメリカプレイヤーだった方に驚きだよ。しかし、前任も相当入念に資料を消したらしいな」
「皆さんはあいつのこと、知ってるんですか?」
「向こうからゲロってくれたのさ。おしゃべりしすぎて、馬脚どころか正体を現しちまったんだ」
会話を聞かれる心配がなくなったので、ユウキたちにもピエロ野郎の正体を話してやる。
「ピエロ野郎はヴァリアント・ロードの現ディレクター……雑司ヶ谷丈で間違いないだろう。少なくとも、前任のプロデューサーとディレクターはもっと仕様を知っていた。抜擢から2年半、各種追加や調整を上級者に寄せてると思っていたが、こんなこじらせてたとは」
「ついでに言うとアメリカサーバーを牛耳っていたプレイヤーの1人、自称『殺人ピエロの再来』ゲイシーだな、あいつは。日本人でトリトン・アメリカの社員って噂はあったが、左遷どころか大出世じゃないか」
「そりゃそうさ。ゲーム部門では数少ない箕作派の人間だ。ドル箱のヴァリアント・ロードは握っておきたいだろうさ。仕様への理解が中途半端なのも、このタイミングでデスゲームをやらかしたのも納得がいく」
「そして雑司ヶ谷に協力しているのは2、3人だな。他の社員を追い出してサーバールームを占拠。爆弾を仕掛けて、今は本社ビルを警察に囲まれてるってところか」
「……どうしてそこまでわかるんですか?」
俺たちの答えにユウキが疑問を呈する。
「白状するが……俺とチューナーは、ヴァリアント・ロードの開発チームにいたんだ。まぁ、トリトンの社員じゃなくて『テンジンテック』からの出向組だが。それも発売後すぐに出向を解かれて、今は一介のプレイヤーさ」
「そう言われて信じられるもんじゃないだろうがね」
「むしろ納得しました。バグや仕様に詳しすぎと思ってたので」
「ハルナ、君のようにカンのいい子は嫌いじゃないよ」
他の3人も同じ意見らしく、しきりに頷く。
思ったよりスムーズに事情を説明できそうだ。
「でもディレクターなのに、どうしてダンジョンコアの仕様を知らなかったんですか?」
「前任者から引き継ぎがなかったんだよ。だから正体が一発で掴めた」
「引き継ぎがなかった?」
「トリトン社内は五つの派閥に別れていてね。派閥の仲は最悪だ。前任者と雑司ヶ谷の派閥は特に険悪だったから、わざと引き継ぎしなかったんだろう」
「そして派閥内の争いに負けた雑司ヶ谷は近いうちに左遷されるって話だ。つまり、今がヴァリアント・ロードを私物化する最後のチャンスってわけさ」
話が生々しいためか、ユウキたちが絶句している。
ヴァリアント・ロードの運営は、トリトン社の派閥争いの影響をモロに受けている。
開発を指揮した初代プロデューサーとディレクターは、どの派閥にも属さないはぐれ者だった。
フルダイブVRゲームがトリトン社から発売されたのは、VRやAR分野で世界トップクラスのシェアを誇るテンジンテックが、家庭用ゲーム機を製造していた企業に共同開発を持ちかけたのがきっかけだ。
トリトン社以外のメーカーはフルダイブVRという未知の技術に尻込みし、結果的にトリトン社が選ばれた、という事情がある。
とはいえ、トリトン社が共同開発に手を挙げたのも、テンジンテックを傘下に収める世界屈指の企業集団『天津宮グループ』とのコネを作りたかったから、というのが本音だ。
ゆえにゲテモノを扱う賎業と主な派閥のメンバーが共同開発への参画を拒み、自然とはぐれ者やはみ出し者による開発チームが編成された。
だが、結果的に若手中心の情熱と勢いがあるチームとなり、ゲーム機本体の発売に合わせたヴァリアント・ロードのサービス開始にこぎ着けることができた。
そして商売が軌道に乗ったところで主流派がそれまでの主要メンバーを追い出し、子飼いを後釜に据えるのを繰り返したんだから、どうしようもない。
運営に支障が出なかったのは、残ったスタッフが優秀だからだ。
今度はドラムスが説明を始める。
「ゲイシーは3年前までアメリカで10のギルドを傘下に収めていた有力プレイヤーで、PKを過剰に神聖視していた。職業は『宮廷道化師』で本人はイカレたシリアルキラーを気取っていたが、中身はすぐキレてFワードを連発する小物だ。ただ、トリトン・アメリカの内情に妙に詳しいから、社員じゃないかと疑われていたんだ」
「そう言われると……ほぼそのままですね」
「あとコップさんがサーバーをどうこうって言ってましたけど……」
「このゲームは国ごとにマスターサーバーってのが置かれていて、それを乗っ取って改ざんするのは、さすがに1人じゃできない。多分、半年以上前から賛同するプログラマーと一緒に、仕事の合間にシコシコ準備していたんだろう。どうして人数が2、3人ってわかったんだ?」
「ヤツらが四六時中ゲームを監視しているわけじゃないからだ。爆弾を設置したサーバールームの監視役が最低1人はいなきゃならんし、包囲した警察と交渉する必要もある。人数に余裕があればゲームの監視に専念できただろうが」
「でもどこから爆弾を?」
「ダークウェブを使えば簡単な爆弾の設計図と材料は手に入る。組み立ても3Dプリンターを利用すればいい。下手すりゃ銃も自作しているかもしれん。それと先に言っておくが、ヤツらはサーバーを下手に爆破できん。唯一の取引材料だからな」
チューナーやニパの疑問にコップが答えたところで、ドラムスが俺に話を振る。
「正体を知った以上、この子たちも積極的に協力してくれるはずだ。次はどうする?」
「サーバーを落とす」
俺が即答すると、チューナー以外の全員が固まる。
「かいつまみ過ぎたな。正確にはゲームサーバーを落として安全装置を作動させる」
「俺からも補足すると、このゲームのサーバーは大雑把に分けて3種類ある。ゲームの処理をするゲームサーバー、プレイヤーを管理する管理サーバー、両方を統括するマスターサーバーだ。3つは密接に連動していて、1つが異常をきたせば残るサーバーの安全装置が作動し、プレイヤーを安全にログアウトさせる。そしてゲームサーバーと管理サーバーから応答がなければ、ゲーム機の安全装置でVRから解放される……はずだ」
「はずって、どういうことですか?」
「俺も大将もインフラ屋じゃない。専門外だから断言できないんだ」
「もちろん様々な状況を想定してテストはしたが、これは想定外だ。だからこそ、ヤツの目と耳を奪う必要があったわけだが」
「理屈はわかった。しかしどうやって落とす? 俺とドラムスはそっちが気になるし、ソトに連絡しておきたい」
「まずはデバッグモードを起動させる。話はそれからだ。イベントが始まったらしい」
俺が空を見上げると、それまでの青空から一転、黒雲が広がり無数の飛行型モンスターが飛び交っていた。
海を見ればリヴァイアサンの成体をはじめ、水棲モンスターが列をなして大陸を目指している。
じきにこの島も騒がしくなるだろう。
俺は大転移玉を取り出す。
「時間がない、このまま出発するぞ! 行き先は『セントラル』だ!」