上に立つ者
グレン・オブライアン。階級は准将。
数々の偉業を成し遂げ、海軍、空軍、陸軍全体から信頼を置かれていた人物。
何故裏切ったのかは、本人の口から語られることは無かった。
准将はS派と手を組み、空軍を乗っ取り、陸軍のみとなったA派を潰そうとした。しかし、その目論見に気づいたA派の科学者、カールソン・ウィリアムズ教授が特殊電磁パルスを発明、使用した。
それにより、S派の主力のロボット兵は鉄くずと化し、S派、A派の空軍部隊は全て地上に墜落した。
その後、信頼していた部下に裏切られ、激怒したブラッドフォード陸軍元帥は、准将を捕縛、公開処刑にした。
と、記録が残っていた。
それは、ペトロフが淡々と、座学で軍の歴史を学ぶときに教えていた事だった。
――信頼していた上官に裏切られたのか……。ペトロフ准尉はどう思っているのだろうか……
その事を聞き、ショウが考え込んでいると、シャーロット女王はそのまま話を続ける。
「オブライアン准将は私達にとって、盟友だったわ。でも私達は彼の最期を知らない。A派を裏切り、多くの人を殺した大戦犯人。そう聞いただけ……」
眼を細め俯く女王の表情はどこか悲しげに見えた。
「裏切るような人には見えなかったわ。彼は国を愛し、人を愛していた」
女王は紅茶を飲みほし、静かにカップを置く。
「それでも裏切ったと言うのなら、それ相当の何かがあったのでしょう。彼の心を変えるほどの何かが。そして、最も信頼を置いていた彼について、殆ど言及しないペトロフ准尉にも」
ショウは眉を寄せ、紅茶に映る自分を見つめ、考えに耽る。
――記録ではそうなっているが、情報操作がないとは限らない。真実とは違うことを教えられているのではないか? 真実でなければ、何故ペトロフ准尉は何も言わないのか。言えない……のか?
「お祖母様」
考え事をしていたショウは、一人の少女の声により遮断される。
声のした方を見ると、シャーロット女王に何処と無く雰囲気が似ている、ロングヘアの少女が立っていた。その奥にバーゼルトの姿も見える。
「アイリーン。会話の間に入るのは不躾ではないかしら?」
アイリーンと言う名前を聞いたショウは、この少女が時期女王のアイリーン・ヴェル・アルトワだとわかる。
――確か、ヨダが十五年前の戦争の時、赤子だったと言っていたな
相変わらずの情報網だと、感嘆するのも束の間。
アイリーンは静かな物言いで、女王に詰め寄る。
「あら、確かに野暮ですわね。でも、お祖母様。いくら相手が子供だからといって、護衛も付けずに二人きりで話をするというのは、どうかと思いますわ」
アイリーンの声はとても、静かで澄んだ声色をしている。例えるなら波一つ立たない凪の様。しかし、その言葉にはどこか冷たさを纏い、目線はショウに向けられている。
「まぁ、貴女の言う事はわかるわ。でも、お客様に失礼があってはいけないわ」
「確かに、おっしゃる通りですわ」
アイリーンは静かに頭を下げる。
「客人の方。私の言動は、お祖母様を心配してのこと。それだけは分かっていただきたく思います。申し訳ありませんでした。謝罪を受け入れてくれませんか?」
「い、いえ。小官はA派の陸軍であります。警戒されて当然かと」
「寛大なお言葉に感謝しますわ。マクレイア軍曹」
笑っているのに、どこか無機質にも見える。
――よくは思われてないな
「さて、口うるさい孫娘が来たところで、そろそろお開きにしましょう。こんなお婆さんのお話に付き合わせてしまってごめんなさいね」
「いえ、ご馳走様でした。とても、楽しい時間を過ごせました」
「あら、お世辞でも嬉しいわ」
「では陛下、マクレイアは私が見送ろう」
元帥の進言に、陛下は顔を綻ばせる。
「お願いするわ」
「いくぞ、マクレイア。ペトロフが先に待っている」
女王の返事に答え、バーゼルト元帥はショウを呼びつける。
「待ってくださいまし。私もご一緒させて頂きますわ」
突然の申し出に、女王はアイリーンに釘をさす。
「アイリーン。失礼のないように」
「わかっていますわ。さぁ、行きましょう」
綺麗に笑うと、アイリーンはショウを連れて歩き始める。
「ヴェラ。あの子をお願いね」
「そう心配することもないでしょう。姫は陛下によく似ている」
元帥はそう言って二人の後へ続いた。
* * *
「その、挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」
「気になさらないで。私も遅れて出たわけですし」
一通り挨拶を終えた二人は、並んで歩いていた。
「それにしても、お祖母様は酷いわ。私も連合国の悪政の象徴と一緒に、お茶を嗜みたかったのに」
とても残念そうに喋るアイリーンだが、ショウは自分達少年兵があまり快く思われていないと感じる。
――雰囲気はシャーロット女王似ではあるが、言葉の節々に棘があるな……。悪政を貶しているのか、俺たちを貶しているのか……
「マクレイア軍曹」
アイリーンは丁度迎えの馬車が見える位置で立ち止まると、ショウに向き直る。
「此度の戦。お力添えを頂いたようで、とても感謝していますわ」
精悍な佇まいで感謝の言葉を口にする。
ショウはそれに応えようと、言葉がでかかるが、アイリーンの言葉に遮られる。
「しかし、それは同盟を結んでいるからの事だと承知しておりますし、お祖母様はとてもお心が広いお方ですから。それも、砂糖よりも甘いくらい」
ショウは眉をひそめる。
「何か、小官に仰りたいことがあるようですね」
アイリーンは冷淡に微笑む。
「お祖母様は貴方のような方でも、客人としてもてなしますわ。私達も連合国と同盟を結んでいるからには協力は惜しみません。ですが、私達は十五年前の出来事を忘れていませんわ」
「十五年前……」
アルトワ領の中心が一夜で焼けた紛争。
「そもそも、十五年前の戦は、貴方達のいざこざの飛び火といっても過言ではありません。それを、どうかお忘れなきよう」
アイリーンは目を細め、ショウを上から見下げる。
「まぁ、それを貴方に言っても仕方がありませんが――」
「おやおやおや。姫様ともあろうお方が、少し口が過ぎるのではないのかしら?」
元帥の言葉に遮られたにもかかわらず、アイリーンは変わらず微笑み返す。
「嫌だわ、元帥。私達はとても有意義な意見を交わしているだけですわ」
「一方的に責め立てる行為を、意見を交わすとは言わん。陛下の客人に変な八つ当たりをするものではない」
「……少し、喋りすぎたかもしれませんね」
アイリーンは目を閉じ、溜息を漏らす。
「では、マクレイア軍曹。私はこれで失礼しますわ」
アイリーンはショウ達を背に、庭園への道を少し歩くと、徐に振り向く。
「ごきげんよう。また会える日を楽しみにしていますわ」
そういうと、アイリーンは庭園の方へ戻って行った。
「すまないわね」
「いえ、彼女の気持ちは理解できます。十五年間、燻っていた思いがあるのでしょう」
「姫には私からも言っておくわ。早く馬車に乗りなさい。ペトロフをこれ以上待たせてもおけないでしょう?」
「はい、失礼します」
ショウは敬礼をして、馬車へと急いだ。
「確かに似てはいる」
そう溢し、バーゼルトはショウの小さな背中を見送った。
* * *
「有意義な話は聞けたかね?」
窓の外を呆然と眺めていたショウは、ペトロフの言葉に現実に戻される。
「はい。気になることもありましたが、それ以上に……」
「それ以上に?」
「小官はまだ、何も知らない、夢を見ている子供なのだと思い知らされました」
「ほう? どうして、そう思ったのかな?」
ペトロフの問いに、ショウは語り始める。
「馬車ではバーゼルト元帥に、茶会ではシャーロット女王陛下に、そして、アイリーン姫に。それぞれ形は違えど、上に立つ者の姿を見ました」
ペトロフはショウの様子を静観する。
「今回の作戦でも、我々から被害が出ました。それは小官の指示不足であり、部隊の連携不足でありもあります。そして、一番は敵の情報不足が招いた当然の結果……。バーゼルト元帥は責任は自分にあると仰っていました」
「うん。彼女はそう言う人だからね」
ペトロフは優しく声をかけるが、ショウは自分の両手を見て、顔をしかめる。
「しかし、小官の部下が死んだ責任は小官にあります」
ショウは息を吐くと、そのまま続ける。
「女王陛下は、小官に若い命を散らせる世を作ってしまったと謝罪しました。陛下は先代の、そして自分の国以外の世が招いた事なのに、小官に頭を下げました」
「陛下は責任感が強いからね。一心に受け止める度量があり、変えようとする意志も力もある」
ペトロフは感慨深く語り始める。
「それに人生を費やしてきた人だ。それについて行く元帥も。あの二人は共に上に立つ長としての考えや覚悟は違うものの、目指しているところは同じなんだ」
ショウはペトロフの話を聞き、もう一人の人物を思い浮かべる。
「姫に言われました。十五年前の出来事を忘れないと。当時生まれてもいなかった小官にどうしろというのかとも思いましたが、その歴史の延長線にいる事は変わりありません。小官もその歴史を背負う側になるのだと――」
「まぁ、姫様の言うことは、確かに的を射ているかもしれないね」
ペトロフはショウの言葉に口を挟む。
「でもね、私は君達に今すぐ、女王陛下の様に、今までしてきた軍の行いを背負わせようとは思っていないよ」
ショウの肩に手を置き、優しく声をかける。
「それをするには君はまだまだ若すぎる。姫様の言うことを気にするなとは言わない。けれど、それは今の君のすることではない。それは私達大人の役目だからね」
「……はい」
――今は、か……
ショウは再び、窓の外で流れる景色を見ていた。
* * *
燦々と照らす太陽が、港の活気を熱くする。
兵站を積み、武器を積み、資源を積んだ輸送艦は、緩やかな波で揺れている。
太陽の陽が反射する海を背に、少年兵は整列していた。
「敬礼!」
乱れぬその立ち姿に、海軍兵士も敬礼を返す。
バーゼルト元帥とペトロフ准尉がそれぞれ前に立つ。
「世話になったわね。借りができたわ」
「とんでもございません。彼らも多くのことを学べたでしょう」
「学んでもらわねば困るわね」
ペトロフも静かに頷き返す。
「アル」
「はい」
「……貴方がどうしようと、我々は何も言うまい。ただ友人として一つ忠告しておくわ」
元帥はペトロフの後ろに整列する少年兵を一瞥する。
「貴方がどう考えて行動しても、変えられない事はある。それは軍人としての性。変わらない貴方の甘さ、なんとかしたほうがいいわ」
「これは、手厳しいですな。閣下のお心遣い、痛み入ります」
「ふん。まぁ、いいわ」
元帥は踵を返し、少し距離を取った。
「少年兵第三部隊に敬礼!」
バーゼルト元帥の掛け声で、海軍全体が第三部隊に向けて敬礼をする。
その光景を見たものは誰もが圧倒されるだろう。
「同志諸君! 我々はまた、肩を並べて闘える事を切に願う!」
バーゼルト元帥は左腕をあげ、敬礼をする。
「諸君、戦場で会おう」
元帥の鋭い眼光が、ショウと重なる。ショウは目をそらさず、真っ直ぐ視線を返す。
その様子を見て、バーゼルトは小さく笑った。
一通りの挨拶が終わり、輸送艦に乗り込む少年達に女性達が其々別れを告げに来る。
「あーん! 帰っちゃうなんて寂しいよぉ〜!」
コナーの顔に頬ずりをしながら、離れたくないと言うミーアに、まだ完治していない身体を引きずりながら、エルズが小突く。
「中尉! いい加減離してください! コナー上等兵が困っているでしょう!」
「あー、ごめんごめん! エリーもハグしたかったよね!」
「違います」
「もー、堅いなぁ」
ミーアは渋々コナーから離れる。
「コナー、お前年上にモテんのな」
隣で様子を見ていたソルクスに言われ、コナーは頓狂な声を上げた後、少し顔を赤らめていた。
「中尉が迷惑をかけてすまなかった」
「おう! 世話んなったな!」
「ソルさん! 敬語! すみません、エルズ少尉……」
敬語を使えないソルクスに一瞬顔を青ざめるコナーだったが、エルズは少々呆れたように微笑んだ。
「その減らず口が聞けなくなるのも、確かに寂しいかもしれないな。君たちは騒がしかったからな」
「うっ……すみません」
「いや、すまない。責めているんじゃないんだ。それより、その……」
エルズは少し言いにくそうな顔をした後、重い口を開く。
「レオン一等兵と、パール一等兵にすまなかったと伝えてもらえないだろうか」
「え?」
レオンは重傷で、本来ならば意識も回復することすらままならない傷を受けているが、彼の頑丈さからか、既に動けるまでになっている。
しかし、動いていいという訳ではないので、ベッドから出ないように、ネイサンが付きっ切りで看病をしている。
二人は既に輸送艦の医務室に居るため、エルズは顔を合わせることが叶わなかった。
「わかりました。伝えておきます」
エルズは頼んだと頷き、ミーアを引き摺って行く。
「少年諸君! また会おう!!」
ミーアは最後に敬礼をした後、パナマ基地の奥へと消えていった。
「嵐みたいな奴だったな」
「それ、ソルさんが言いますか」
「あ? どういう意味だ?」
「い、いえ……」
「いつまで、突っ立ってんだい?」
声の方を向くと、自慢の煙管をふかしたバレンシアが立っていた。
「バレンシアさん!」
「んじゃ、コナー。俺先に行ってんな!」
「え? あ、はい」
ソルクスは空気を読んでか、読まずしてか、足早に輸送艦へと乗り込んでいった。
「赤い子、ソルクスといったか。随分と元気そうだねぇ」
「あはは。ソルさんは驚くほど頑丈ですからね」
「そうかい」
バレンシアは隻眼を細めた。
「コナー」
「はい」
「あんたは聡明な子だ。私が知ってる男の中で三番目にいい男だよ」
「あはは。褒められてます?」
「褒めてるさ。一番は息子、二番は旦那。その次さね」
バレンシアは煙を吐き出す。
「あんたはもう、私の可愛い弟子さね」
バレンシアはコナーの前髪を触った後、ゆっくりと屈み、そっと額に口付けをする。
「元気でいなよ」
そう言ってバレンシアは頭を愛おしそうに撫でる。
「あ、あの、本当にありがとうございました! その、えっと……」
「いいってことさ。あと、これは手土産さね」
バレンシアはコナーに一冊のファイルを渡した。
「あの、これは?」
「コナー、それはあんただけに宛てた手土産だ。わかったね?」
バレンシアの隻眼をコナーは何故だかそらすことができなかった。そして、コナーは静かに頷く。
「いい子だ」
バレンシアはもう一度頭を撫で、その場を後にした。
コナーはバレンシアの背中に敬礼し、ソルクスの後を追った。
「もういいのか?」
「はい!」
全員の搭乗を待っていたショウに、声をかけられ、コナーは笑顔で答えた。
コナーが搭乗したのを確認し、誰も残っていないかあたりを見回していると、元帥が近づいてくるのが見える。
「閣下、いかがされましたか?」
「別に、大した用じゃないわ」
自分より小さな少年兵を見下ろし、そっと目を閉じた。
「マクレイア、これからお前は色んなものを見る事になるだろう。嫌という程にな」
徐に開かれた瞳は、片時もその鋭さを忘れない。
「だが、上に立つ人間に振り返っている暇はない。前だけ見ていろ。私が言えるのはそれだけだ」
「……はい」
「マクレイア」
俯くショウに、バーゼルト元帥は変わらぬ声色で語りかける。
「これからの活躍に期待している。健闘を祈る」
バーゼルト元帥は外套を翻した。
ショウはその背中に頭を下げた後、輸送艦に乗り込んだ。
* * *
穏やかな光が差し込むアルトワ家の屋敷で、優雅なお茶会が開かれている。
「お祖母様」
アイリーンは静かにティーカップを置く。
「何かしら?」
「マクレイア軍曹の事ですわ」
「あら、興味があるの? たしかに、彼はいい殿方よ。まだ縁談が決まっていないのですから――」
「嫌だわ、お祖母様ったら。そういうことではありませんわ。私は、お祖母様が彼に期待する理由がわからないだけです」
陛下は目を伏せ、肩を浮かせた。
「それは残念だわ。確かに、彼はまだ青い。でも、青いと言うことは、まだ伸び代があると言うこと。私は彼の今後の成長に投資したいと思った。ただそれだけよ」
「お祖母様の目利きが当たっているといいですが」
「賭けてもいいわ」
陛下の強い眼差しに、アイリーンは大きく溜息を吐いた。
「賭けごとなんて、はしたないですわ」
「あら、負けるのが怖いのかしら?」
「お祖母様のそう言うところ、私は嫌いですわ」
「おほほほほ。青いわねぇ、貴女も」
アイリーンは微笑んでいるが、その実、目は笑っていない。
「彼は将来、この世の理をひっくり返す存在になる。そんな予感がしてならないわ」
「話が壮大すぎて現実味がありませんわ」
アイリーンは再び溜息を吐くと、紅茶を飲み干した。
どうも、朝日龍弥です。
波乱の九章も、これにて幕を閉じます。
強かな海軍の女性たち、彼女たちの再登場も是非期待してくださいね!
次回から十章が始まります。古巣に戻った彼らに待ち受けるもの。
お楽しみに!
次回更新は、1/22(水)となります。




