水葬式
東から太陽が顔を出した頃、ジプソフィラ島より東側に一つの島がある。
そこへ、何かを引きずりながら海から浜辺へと上がる小さな人影が一つ。
「はぁ……はぁ……」
追撃を逃れたノアは、トウマを連れて浜辺に倒れこむ。
「トウマ」
「う……ノア……」
顔が真っ青だが、トウマの意識はあった。
二人の瞳は紫暗に戻っており、気怠さからなのか、起き上がる気配はない。
「ノア……ヴォダは?」
「殺した」
「えぇ……」
トウマは驚いた声を上げたが、その声も弱々しい。
「大丈夫なの?」
「作戦うまく行かなかったら、アイツ要らない。ヒース言ってた」
「そっかぁ……」
トウマは顔を上げるのをやめ、砂浜に顔を預ける。
「ほ、他の子達は?」
トウマの問いに、ノアは少々怪訝な顔をする。
「外のみんな、デカイのに殺された。他知らない」
「そ、そんなぁ……」
両眼に涙を浮かべ、トウマはボロボロと泣き出す。
「ひっぐ……。みんな、いい人だったのに……。うぇっ……。どうして……」
「アイツ……同類だった」
「アイツって?」
「外のデカイの」
トウマは目を見開き、信じられないとノアに聞き返す。
「みんなファーストだったけど、相手一人だよね?」
「知らない。デカイの、ブースターも使ってなかった」
「そんなぁ……。そんなのって……うぅっ……みんな、痛かっただろうなぁ……。怖かったろうなぁ……。ひっぐ……悲しいよぉ……」
一人で嗚咽気味に泣き出すトウマを無視し、ノアは記憶に残る炎髪の少年を思い出す。
「赤いの……」
ノアは奥歯を噛み締める。
「あ、いたいた」
聞き覚えのある声がし、ノアが顔を上げると、端正な顔立ちの少年が見える。
「やっと見つけた。この島に集合とは言ったけど、まさか泳いできたの?」
「ヒース!!」
しゃがみ込みながら、自身を見下ろすヒースの顔を見て、ノアの表情は明るくなる。
「ヒース! 俺できた! 褒めて!」
「うんうん。言ったことちゃんとできて、ノアは本当に良い子だね」
ヒースはノアの頭を撫でると、ノアは嬉しそうに目を瞑る。
「その様子だと、二人ともセカンドまで使ったの? というか、トウマ顔真っ青だよ。どうしたの」
「どーしたもこーしたもねぇよ!」
トウマが答えるより早く、長い白髪をなびかせながら、ルーカスが会話に割って入った。
「コイツが弱かったってだけだろ! ドクズのトウマ!」
ルーカスはトウマを足蹴にしながら、毒を吐く。
「痛い痛い!」
「こら、ルーク。虐めないの。それに、女の子なんだから、そんな言葉遣いだとダメだっていつも言ってるでしょ?」
「ケッ! うるせぇ! ハゲ!」
「ハゲてないよ」
ルーカスはトウマから足をどかし、不機嫌そうにそっぽを向く。
「うぅ……」
「ごめんな。トウマ。ルークのやつ、トウマの方がブースターの耐性があるのが羨ましくて、あんな態度取ってるんだよ」
ノアを背負いながら、ヒースはトウマを慰める。
「でも、僕は……。ノアやルーカスみたいに力出ないし……」
「良いんだよ。個人差があるんだから。それに、こうして生きて帰ってきたろ? トウマも十分強いよ」
「そう、かなぁ……」
にっこり笑うトウマの頭を撫でていると、ルーカスが不機嫌そうに声を上げる。
「あーあーあー! 反吐がでる。ヒースは甘いんだよ! てか、早くしねぇとオッさんがキレ出すぞ」
「あ、そうだった。ルーク、トウマをおぶってあげなよ」
「はぁ!? なんで俺が!」
「トウマはまだ歩けないんだから。ほら、早く」
「ちぇっ! ホラ貸せよ!」
「うんうん。仲間なんだから仲良くしようね」
ルーカスは渋々トウマを背負い、ヒースについて行く。
「しっかし、あのオッさんも良く船出してくれたよな」
「え? あぁ。きっと、キッケルも少なからず思ってたんだよ」
「あ? 何を?」
「今回の作戦でヴォダが死ぬって」
少女は、楽しそうに喋るヒースの背中で、心地好さそうに眠っているノアを見つめる。
「……それはお前がノアをけしかけたからだろ?」
「え? まぁ、そうだけど。キッケルはソレを知らない。ヴォダが死んだら、ここへ来るようにノアに言ってあるとしか伝えてないしね。キッケルもノアが死なないと思ってたし、逆にヴォダが死なないかって、ひそかに思っていたろうからね」
「……食えない奴だよ。お前は」
「あっはは! キッケルにも言われた」
二人は主人が待つ小型船へと歩を進めた。
* * *
ヴォダが乗っていた船の操縦士を捕らえ、海軍戦艦はアルトワの地へと帰還した。
海賊という危機は去り、アルトワの国民達は安心して日々の生活を送ることができると、大いに喜んだ。しかし、その安寧をもたらすために出てしまった死者は多く、歓喜に満ち溢れるということは無かった。
普段活気溢れる港であるパナマ港は閑散とし、人々の足は葬儀場へと向いていた。
シャーロット女王陛下主催の元、水葬式が執り行われ、海軍を始めとするアルトワ領民、そして第三部隊も参列していた。
長く一直線に作られた頑丈な足場に、多くの柩が並べられており、その上にはアルトワの旗が被せられている。専用の滑り台により、順番に海中に投下され、その度に弔銃が斉射される。
シャーロット女王の意向のもと、海軍兵だけでなく、今回の作戦で殉職した少年兵も一緒に弔われた。
その光景を見た少年達は、悔しさと悲しさで目に込み上げてくるものを、ぐっと堪える。そして、丁重に弔われる仲間を見送り、胸が苦しくなる思いとは裏腹に、温かいものを感じた。
長い長い式典が終わり、少年達は宿泊する海軍基地の寮へと足を向ける。
「……なんか、凄かったですね」
「……ああ」
「まとめて燃やしたことあるけど、ここは水ん中に入れんだな」
「……そうだな」
ソルクスとショウの反応に、コナーが困ったような顔をしていると、慌ただしい足音が耳に入る。
「きゃー!! マイ・スイートレモネードー!!」
「ピャッ!!」
ミーアに抱きつかれ、頭をグリグリと撫でられるコナーは、頓狂な声を上げる。
「ミ、ミーア中尉!? あの、中尉も参列なさってたんですか!? お怪我は……」
「んー? 大丈夫、大丈……っは! いたっ! いたたたっ! やっぱり無理しすぎたかもしんない! いたたたっ!」
ミーアは突然お腹を抱え出し、強烈に痛がった。
「えっ!? 大丈夫ですか!? 直ぐにバレンシアさんの所に……」
「大丈夫! コナーの、はぁ! うなじの匂いを嗅げば、はぁ! 元気になるかもしれない!!」
「本当ですか!?」
息を荒げるミーアに純真に答えるコナーだったが、ソルクスが会話に割って入る。
「なぁなぁ、そんなことよりさー。姉ちゃんに聞きてえ事あんだけど」
「んー? なんだいソルくん」
先ほどまで息を荒げていたとは思えないほど、軽く返答するミーアを見て、コナーは騙されたと少し頰を膨らませた。
「あん時、イカレたガキに何したんだ?」
ミーアは何のことか、少し考えた後、船で戦ったトウマと言う少年を思い出す。
「んー? 簡単な事だよ? あの子は血を流しすぎたんだよ」
「なるほどな! で、つまりどゆこと?」
よくわからないとショウに聞くが、俺に聞くなと一蹴されてしまう。
そんな二人の様子を堪能しながら、ミーアは説明を続ける。
「あの少年達は頭と心臓以外だったら再生するんでしょー? だから少年達は防御するときに頭と心臓は絶対守る。でも他にはかなーり無頓着なのよね」
「ん? ん?」
首をひねるソルクスに、ミーアは続けて説明を加える。
「つまりは、大怪我させて、どんどん血を流させて、貧血にしちゃおう大作戦! 傷は治っても、無くなった血液は直ぐには作れないみたいだね」
普段ふざけている彼女からは想像できない程冷静な分析に、ショウとコナーは舌を巻いた。
「血がなくてフラフラで倒れたってこと?」
確認するように問いかけるソルクスに、ミーアは大きく頷く。
「そゆこと! でもまぁ、上手くいってよかったよー。普通に血液もどんどん作れるって言われると、勝ち目ないもん」
「なるほどな! 姉ちゃんやるな!」
漸く理解したソルクスは、スッキリとした顔をしていた。
「さて、ソルくんの謎も解けたわけだし、早速コナーのうなじの匂いを――」
「何をやってんだい、このショタコンは」
「恥を晒すな中尉」
コナーのうなじを嗅ごうとしたミーアは、バレンシアに首根っこを掴まれ、元帥に阻止される。
「バレンシア船医長!? 閣下まで! 何でここに!?」
ショウ達はすぐに敬礼をするが、元帥に必要ないと言われ、緊張しながらも会話を聞く事に専念する。
「何でって、私達も式典に参列していたからよ」
元帥がそういうと、バレンシアもすかさずミーアを注意する。
「ミーア、あんたは寝てろって言ったはずだけどねぇ。ソルクスと言ったかい? あんたもだよ」
「俺は大丈夫だよ。直ぐ治るし」
顔のガーゼを痒そうにしているソルクスを見て、バレンシアは目を細める。
「まぁ、元気ならそれでいいんだけどねぇ」
「しかし、この馬鹿が失礼したわね。いつもはお目付役がいるんだけれど、入院中なのよ。迷惑だったでしょう?」
「い、いえ……」
ショウがそう言うと、元帥は溜息をついた。
「全く。ガキに気を使わせるな。ルーシー。貴女には悪いけれど、ミーアをお願いできるかしら?」
「任された」
バレンシアは呆れながらも快諾する。
「マクレイア、ついて来なさい」
「え?」
「陛下がお前に会いたがっている。ペトロフも一緒だ」
「は、はい」
ショウは何故自分が呼ばれたのか不思議に思いつつ、元帥の後へ付いていった。
「陛下って誰?」
「きっと、ここを治めるシャーロット女王陛下だと思います」
ソルクスの問いに、コナーが間髪入れず答える。
「それってココで一番偉い人って事?」
「そうです」
「あのオバさんよりも?」
「ちょっとそれバーゼルト元帥のこと言ってるんですか? ソルさん死にたいんですか?」
ソルクスの発言に、流石のミーアも驚嘆した。
「うわー! 怖いもの知らずだねぇ、ソルくんは。確かに、陛下は元帥よりも偉いよ!」
「まぁ、偉いと言うより、貴いお方だ」
「へぇー」
「確か、かなりご年配の方と聞いていますが……」
バレンシアはコナーの問いに、柔らかい表情で答える。
「ああ、そうだよ。陛下はもう随分長いこと、アルトワを治めている。一度王位を明け渡したのだけどねぇ。多くの人が亡くなった十五年前の戦争。王位を継承した陛下の娘、シェリル様も亡くなり、世継ぎであるアイリーン姫は、当時赤子だった」
懐かしむようで、どこか悲しげに語るバレンシアの言葉に、ミーアは目を伏せる。
「まぁ、陛下は死ぬまで現役と言ってたからね。姫様が十五になってもまだ跡を継がせる気はないようだよ。勉強になったか?」
バレンシアは優しくコナーの頭を撫でる。
「は、はい」
コナーはどうしていいかわからず、困った顔をする。
「ああ、そうだ。レオン一等兵の様子を見に行かないとねぇ」
「あ、僕も行きます!」
「いいよ。あんたら子供はゆっくりしてな。勉強熱心なのはいいが、休む事も覚えなさい」
「は、はいぃ……」
肩を落とすコナーを見て、バレンシアは愛おしそうに笑う。
その様子を見ていたミーアは益々気まずそうにする。
「じゃあ私は行くけど、ミーア」
「は、はい! 聞いてます船医長!」
名前を呼ばれたミーアは、脊髄反射のように敬礼をする。
「はぁ……。二人に迷惑をかけないなら、自由にしてていい」
「は、はい。私はエリーの様子見に行くんで……」
「そうかい。じゃあ、三人とも、また後で」
バレンシアは軽く手を振り、先を急いだ。
取り残された三人の間には少しの沈黙が続き、それを打ち破るように、ソルクスが口を開いた。
「なんかさぁ、船医長だっけ? あの人やけにコナーの事可愛がってるよな」
「そう……ですかね? 確かに優しくて暖かい感じがしますけど……」
コナーもそれがなんなのか、よくわかっていなかった。
「なんつーかさ、コナーを可愛がる奴なんて一杯いるけどよ? なんか他の人と違うって言うか……」
「うーん……なんでしょう?」
「あー、それはきっとあれだと思う……」
二人の疑問に、ミーアは少し悲しそうに答える。
「母性だよ」
「「母性?」」
二人は首をかしげる。
「バレンシア船医長はね、子供がいたんだ」
「いた?」
ミーアの意味深な言葉に、コナーはその先を聞くのが少し怖くなった。
「そう。丁度コナーくらいの子で、髪は黒かったけど、コナーによく似た男の子。十五年前の戦争で、船医長は最愛の息子と旦那さん、そして右眼を失った」
バレンシアの慈愛に満ちた眼差しは、母としての愛故だと知り、合点がいった。
「バレンシアさんに、そんな事が……」
「うん……。やめたやめた! お葬式の後だからって、こんな暗い話してちゃダメよ! ほら、子供はとっとと休む! 私はエリーの様子見に行くから!」
「は、はい!」
「姉ちゃんじゃあなー!」
「おう! また会おう! 少年たち!」
ミーアは駆け出しながら、二人に手を振り返す。
気丈に振舞っていたが、そんな繕いは一人になるとすぐに壊れてしまう。
十五年前、自分がまだ奴隷だった頃を思い出し、ミーアは顔を曇らせる。
右眼から血と涙を流しながら、小さな子供の遺体を抱えるバレンシアの姿が脳裏に焼き付いて離れない。
ミーアは彼女の顔を見るたびに、その光景がチラつき、未だに顔をまともに見れないでいる。
その事はまだ誰も知らない。
どうも、朝日龍弥です。
その土地によって、弔い方が違うの、結構好きなんですよね。
文化の違いってやつですね。
次回更新は、1/8(水)となります。




