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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
九章 邂逅
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動き出す影

 長きに渡る地殻変動により、カリブ海は変貌を遂げていた。


 大地を飲み込み、大きく海域を広げたカリブ海は、今では太平洋と大西洋等に次ぐ大洋として分類されることもあるほどだ。


 以前国として栄えていた諸島は、地殻変動と海面上昇により、海の底で海底山脈の一部となっている。


 海底山脈を探れば、かつて人が文明を築いていた遺跡を見ることもできるだろう。しかし、この海底山脈のある地域を航行するのは一筋縄ではいかない。


 海流が複雑になっているカリブ海を航行するには、太平洋から大西洋へ時計回りに航行することを余儀なくされる。


 そして、カリブ海にはもう一つの顔がある。


 以前から火山活動が盛んな地帯である為、今の時代では、気づいた頃に新たな島ができていたということもあるのだ。そう言った新たにできた孤島の調査をするのも、アルトワ海軍の任務になっている。


 時刻は十四時頃。第三部隊を乗せた軍艦は現在、ある孤島に停泊中である。


「うっぷ……」

「おい、ショウ。大丈夫かよ」


 青い顔で口元を押さえているショウの背中を、ソルクスはいつになく心配そうにさする。


「隊長は船酔いですか。今は割と波も穏やかで、揺れはそんなにないのですが……」


 ショウの様子を見て、リカルドは不思議そうに呟く。


「あれは船酔いというよりも二日酔いだよ〜」

「えぇっ!? 隊長、飲酒を!?」

「パワハラってやつですよ、リッキー。私が見たところ、二日酔いに船酔いが拍車をかけているように見えます。ダブルパンチってやつです、ハイ」


 カールソンの言葉に驚愕するリカルドに対し、ヨダがそれを宥める。


「しかし、困りましたね。バレンシア船医長とコナーはジプ……何でしたっけ?」

「ジプソフィラ島ですよ。ジプソフィラ、またはベビーズブレスと呼ばれる白い花が一年中群生している島ですねぇ、ハイ。近年見つかったばかりの島で、まだまだ調査する必要があるとか……」


 流れるように発言するヨダに、カールソンとリカルドは目を丸くした。


「本当にヨダは物知りだよね〜」

「いえいえ、先程海軍の方々が話しているのを聞きまして、ハイ」

「そのジプソフィラ島の調査に、コナーは出ていますし、ネイサンは療養中。クラークもコナーについて行っていますからね……」

「我々の部隊には他にも衛生兵がいると思いますがねぇ、ハイ」


 誰か隊長を介抱できるものはいないのかと言うリカルドに対し、ヨダがカールソンを見やる。


「僕は機械以外だと、ぶっちゃけどうしていいかわからないんだよね〜」

「ま、貴方にはそういう期待していないので大丈夫ですよ」

「よかった〜」

「カールさん、そこは反論するところですよ?」


 ショウはヨダ達の話を聞き、頭痛の中、いつか見た花園を思い出す。


 ――この花はね、白は清らかな心、幸福。ピンクは切なる願いっていう花言葉があるの。私はベビーズブレスって呼ぶより、文献にあった名前の方が好きなの!


「……カスミソウ」

「んあ? なんか言ったか?」

「……いや。なんでもない」


 ショウは孤島を眺め、自分の中で生きている少女を思い出していた。


「こんなところで井戸端会議とは、精が出るわね。それにしてもいい度胸ね。でも残念。この船にノロマな亀は要らないのよ。そんな暇があるなら、積荷の整理でもしていろ」


 元帥の威圧のこもった言葉に対し、リカルドとカールソンは焦った顔をする。しかし、ヨダはいつものニヒルな顔で答える。


「これはこれは、失礼いたしました。では、我々はこれで失礼いたします」


 ヨダは、元帥の横をさっさと通り過ぎていった。


「し、失礼しました! ほら、カールさんも行きますよ!」

「これ以上動いたら痩せちゃうよ〜」


 リカルドは動きの遅いカールソンを連れ、ヨダの後を追う。


「気に入らないわね」


 そそくさと艦内へ戻る三人を一瞥し、彼女はショウに向き直る。


「情けないわね、マクレイア。バレンシアから薬はもらったんだろう?」

「……はい。申し訳ありませ……うっ……」

「おいマジで大丈夫かよ」

「ゲロ臭くてかなわないわね」


 元帥の言葉に、ソルクスが文句を言おうとするが、ショウに袖を引かれ、止められる。


「お話のところ失礼します、元帥閣下」

「どうした、少尉」

「ジプソフィラ島から調査隊が帰還しました」

「そうか、報告ご苦労。船医長にここへ来るように伝えろ」

「ウィルコ!」


 エルズは敬礼をすると、船員に指示を飛ばす。


「ジプ? 何?」

「ジプソフィラ島よ。赤猿」

「ん? 猿? どこにいんだ?」

「赤いのはお前以外にいないでしょう?」

「なるほどな! ……ってか今俺馬鹿にされてないか?」

「おやおや、猿の方がマシかもしれないわね」

「あんだと!?」

「一体何をしてんだい?」


 元帥が振り返ると、後ろには呆れた顔で立っているバレンシアと、その後をついて歩くコナーがいた。


「あら、ルーシー。島の調査はどうだった?」

「なんてことない。優秀な人材が一人でも多けりゃ、事はスムーズに進むってもんさね」

「上々だったようね。いい事だわ」


 元帥がコナーを一瞥すると、コナーは心配そうにショウを見ていた。


 バレンシアは彼女の視線からコナーに気づき、行ってやりなと頷いてやる。


 コナーは少し嬉しそうに二人に駆け寄っていった。


「ショウさん、大丈夫ですか?」

「今朝よりだいぶマシだ……。でも、まだ頭がガンガンする……」


 ショウの様子を見て、元帥は再び呆れた顔をしていた。


「これでは先が思いやられるわね。あの程度の酒でコレとは。少しずつ今から慣らした方が良さそうだ」

「そうは言ってもねぇ。一口飲んで潰れてるガキに、酒を無理やり飲ませる奴があるかい? 下手したら死ぬよ? コナー」

「あ、はい!」

「これをもう一本飲ませな」


 そう言ってバレンシアは、不思議な色味をした薬剤の入った小瓶を投げ渡す。


 コナーはそれを落とさないようにしっかり受け取め、ショウに渡す。


「うぅっ……。これ……」


 ショウは、あからさまに嫌な顔をする。


「何だそれ? なんかスッゲェ臭ぇな……」


 蓋を開けると漂ってくる臭いに、ソルクスは思わず鼻をつまんだ。


「バレンシアさん特製の酔い覚ましです。ショウさん、飲まないと辛いままですよ?」

「わかってる……けど……」

「良薬口に苦しってやつさね。味まで配慮してやらないよ。さっさと飲みな」

「前にもこんなことがあった気がする……」


 ショウは鼻をつまんで一気に飲み干す。


「クソマズ……」


 顔を崩して嫌がる姿は、普段の彼からは伺うことのできない子供の姿をしていた。


「三十分もしたら楽になるだろうさ」

「薬を嫌がるとは、まだまだガキねぇ」

「何言ってんだい。私もコレは糞不味いと思ってるよ。ちゃんと飲んでるんだから、褒めてやったほうがいいんじゃないのかい? 元はと言えば閣下のせいだろう?」

「あら、そう? ついね。からかいたくなるものよ」

「全く、ミーアといい、エルズといい。私が乗ってる船で死人を出すつもりかい?」


 バレンシアが少し不満げに元帥を注意する。


「あら、貴女が乗っているからこそ、安心してやんちゃできるというものよ」

「アンタらのやんちゃで病人を量産されちゃ、こっちはいい迷惑さね」

「貴女には悪いとは思っているわ。でも、貴女も楽しんでいたんじゃない? 目をつけた教え子を鍛えるにはもってこいでしょう?」


 楽しそうに口角を引き上げる彼女に、バレンシアは溜息を漏らす。


「まあね。それは否定しないよ。才能のある奴を見かけると、つい鍛えたくなってしまうもの。それは昔から変わらないねぇ、お互い」


 バレンシアは、島で見た事を楽しそうに話しているコナーを見て、微笑んだ。


「わかっているとは思うけど、あまり入れ込まない事ね」

「そんな事言われなくても、私が一番よくわかってる」


 楽しそうに話す少年達の様子を眺めているバレンシアの表情に、憂いが込められていた。


「忠告はしたわ。まぁ、人間の本質っていうのはそうそう変わらない。貴女は少し優しすぎる」

「フッ、よく言う。まぁ確かに、本質は変わらない。そういうもんさね。いやしかし、アンタの楽しそうな顔は久々に見た気がするねぇ」

「あら、久々の貴女との航海だもの。楽しいに決まっているわ」

「さて、調査の話だが、いくつか気になることがあってねぇ。ちょっと顔を貸してくれるかい?」

「そうか」


 二人は艦長室へと歩を進めた。




    *     *     *




「ん? なんだろう?」


 夕暮れ時、檣楼(しょうろう)で見張りをしていたマルクスは、館内無線で全体に呼びかける。


「こちら、トップ02。船の接近を目視。応答願います」

『こちら、HQ。確認する。トップ02はそのまま待機』

「イエッサー」


 マルクスは双眼鏡をもう一度覗き込み、それを確認する。


「明かりも付いてない。漁船っぽいけど……」


 マルクスがそのまま監視を続けていると、何回か行われる光信号の後に、エルズの声が大きく聞こえてくる。


『接近中の小型船に告ぐ。当艦は作戦行動中である。応答せよ。繰り返す。応答せよ』


 何度か警告をするも、船からは応答がなく、一向に止まる気配がない。


「ダメですね。如何しましょう」


 管制室で警告を行なっていたエルズが声をかけると、元帥は目を細めた。


「あの船は我々の国のものだ。薄暗い中、明かりもなし、故意に近づいてきていると言うより、流されてきている」

「様子がおかしいですね」

「少尉、船をつけろ。この辺りで消息を絶った漁船の可能性がある。少人数で任務に当たれ」

「ウィルコ!」

「少尉」


 元帥は急ぎ準備を整えようとするエルズを呼び止める。


「ぬかるなよ」

「承知しました!」


 エルズは敬礼をし、早速人を集め始める。


「……嫌な空ね。今日は荒れるかしら」


 窓から見える空を見て、バーゼルト元帥は目を細めた。




    *     *     *




 軍艦を小型船に付け、エルズとその部下はライトを当て、船体の様子を伺う。


「臭うな……」


 潮風に乗って流れてくる異臭と、船の甲板に転がる無数の死体を見て、誰もが顔をしかめた。


「行くぞ」


 エルズの後に続き、船に乗り込む。


 船の死体には蛆が湧き、腐肉食性の昆虫が大量に発生していた。


「少尉、これは……」

「わかっている。消息不明となっていた船のどれかに違いない。我らがアルトワの地に返してやろう。調査を怠るな。まずは安全の確保からだ」

「ウィルコ!」


 エルズが率いる部隊は、くまなく船内の調査をし始めた。


 男性の死体と思われる物が何体か転がっており、中には船の揺れで頭が転がっているのも見受けられる。


「酷い状態だわ。何か手がかりになる物はないかしら」

「船内の安全を確保するのが先よ。ほら、行くわよ」


 エルズの部下はツーマンセルでクリアリングをしながら、船内の調査を進める。


「あ、見て。ここ。この船はフレーザー号ね」

「消息を絶った船の中に、その名前があったわね」

「やっぱり。この海域の海流は複雑だものね。ただ流されているだけだとどうしても見つけるのが遅くなっちゃうわね」

「通信機器も壊されてるわね。ここの死体は外のように陽が当たっていないから、他に比べて腐食が少し遅いわね……。次の場所行きましょう」

「そうね……」


 屈んで調べ物をしていた女性兵士は、側にある死体に目を向けると、女性の死体の下から小さな頭が覗いていた。


 頭は血で濡れているため、辛うじて毛先の色で栗色の髪をした子供だということが確認できる。


「可哀想に……。こんなに小さい子まで……」


 女性兵士が親子の死体と(おぼ)しき物に、祈りを捧げようとした時、母親の死体が動いた気がした。


「え――」


 声を出そうとした刹那。彼女の首には深々と赤い筋が通っていた。


「カッ――」


 血しぶきを上げ、倒れた彼女の前には、女性の死体に身を隠していた紫暗の瞳を持つ少年が立っていた。


「っ! カヒュッ!」


 女性兵士は仲間を呼ぶこともできず、その場に倒れこんだ。


「どうしたっ!?」


 重い音を聞き、駆けつけたもう一人の女性兵士は、倒れた仲間の前に立つ子供を見ると、すぐさま状況判断し、少年へ発砲した。


「こちら03! 接敵しました! 04が――」


 発砲と同時に無線で報告をしていた女性兵士が気付いた時には、ナイフが目の前に迫っていた。


 ナイフは喉元に突き刺さり、彼女は血の泡を吹いて動かなくなった。


 彼女が放った弾丸は、その子供に傷一つつける事すら出来なかった。


『03! こちら01!応答しろ!』


 無線から聞こえてくる声を聞き、少年は怯えたように肩を跳ね上げ、爪を噛みながら無線機を破壊した。


「怖いよぉ……。痛いのやだぁ……」


 ボロボロの服に裸足姿の少年は、怯えながらも、殺した女性兵士から武器を奪う。


「怖いよぉ。怖いよぉ……」


 少年はヒタヒタと船内を歩き始めた。


どうも、朝日龍弥です。

状況が動きました。

戦いの火ぶたが切られ、少年達は彼らと邂逅します。

次回もよろしくお願いします。


次回更新は、12/11(水)となります。

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