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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
九章 邂逅
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盤上の若騎士

 静寂に包まれた艦長室で、チェスの駒の音がよく響く。


 互いに向かい合いながらチェスをする元帥とショウは、盤上での駆け引きをしながら、今回の任務や騒動について話をしていた。


「今回の任務の概要確認は以上よ。昼間の騒動についてはこちらに非があるわね。謝罪するわ」

「いえ、齟齬(そご)は承知しております。閣下自ら説得していただき、感謝しております」

「そう言ってもらえると、こちらとしてもありがたいわ。ただ、いい子ぶる必要は無いわよ」


 キングを倒し、バーゼルト元帥はチェックメイトと言う。


「参りました」

「つまらん。随分と洗練された接待チェスだったこと。次は本気で当たれよ? マクレイア。そんな事で私の目は欺けんぞ。私を陸軍の肥え太った豚どもと同じに見ているのか? 身の程を知りなさい」

「……それは、失礼を致しました」


 相変わらずの凄みに気後れせず、ショウは顔色変えずに対応する。


「可愛げのないやつねぇ。まぁ、いいわ。上司とチェスをするときは接待しろと、アルに言われているんでしょう? いけ好かないやつだわ。今も昔も」


 元帥は昔のペトロフと隣に立つ男を思い出す。


「閣下はペトロフ准尉と旧知の仲だとお聞きしましたが?」


 ショウの質問に、バーゼルト元帥は鼻で笑った。


「いやだわ。腐れ縁ていうだけよ。陸の猿の中では話のわかるやつ、それだけだ。私が関わり深かったのは空軍の方だ。……葉巻を切ってくれるかしら?」


 バーゼルト元帥は葉巻ケースと、シガーカッターを渡す。


「そう、そこを切って。マッチがあるからつけてくれるかしら」


 ショウは言われた通り葉巻の吸い口を切り、葉巻を手渡す。机の上に置いてあるマッチでゆっくり火をつける。


「悪いわねぇ。片腕だとどうもね。うまいじゃないか」

「いえ」


 葉巻をふかし、ゆっくりと吐き出す。こうも葉巻が様になる女性はそうそういないだろう。


「さて、チェスの続きをしましょうか。今度は本気のお前と真剣勝負といこうじゃないか」


 灰皿に葉巻を置き、頬杖をつくと、楽しそうにショウを見る。ショウは言われた通り、チェスを並べ始める。


「先手は譲るわ」

「では、遠慮なく」


 ショウは第一手目を動かす。それに合わせ、元帥も駒を進める。


「そういえば、マクレイア。奴隷の紋章の由来は知っているか?」


 真剣勝負をしながらも、バーゼルト元帥は会話を続ける。


 どうして名将と言うものは会話しながら駒を動かすことができるのか、そんなことを考えながらも、ショウは会話を続ける。


「由来、ですか。小官は奴隷紋を知ったのはつい先ほどですので……」

「そうか。それぞれの紋章はあるものを象徴している」

「象徴、でありますか」

Ja(ヤー)。我々の土地を汚していたニヴルヘイム商会は、死者の国を支配する女王がもつ鎌をモチーフにしている。お前の部下はアームス商会のものだ。あそこは狼の姿をした獣。下顎に柄を上顎に剣先が来るように描かれている。最後にミズガルズ商会。こいつは自分の尾を咥えた大蛇」


 突飛な話に、ショウはついていけなくなって行くが、この話の裏は何か、そこに興味があった。


 元帥はふかした煙を吐き出し、灰を折るようにして落とす。


「どれも子供だましのおとぎ話に出て来る邪悪な魔物だ。自分たちがソレになったつもりなら、随分可愛らしい子供の妄想でしょう?」


 皮肉を交えて語る元帥に、ショウは口を開く。


「自分は無知でありますので、おとぎ話は知りません。が、その口ぶりですと、親がいるように感じます」

「察しがいいわね」


 元帥は、さぞ楽しそうに口角を引き上げる。


「奴らはそれぞれの特色を持ち、商売をしている。ニヴルヘイム商会は性奴隷中心、戦いに特化させたものもいたらしいがな。ミズガルズは人体実験の媒体提供を主としている。我々の知っている情報も少ない。アームス商会は、それこそ古代文明のように闘技場を作り、貴族の余興を提供している。お前たちのお上の現状よ、マクレイア」


 一息煙を吐き、元帥は続ける。


「この三つの組織は独立しているように見えるが、決して商売敵ではない。それぞれの利益を得ている。それは何故か」

「この三つの組織を纏めている親がいる」

「そうだ。物語にも、三匹の魔物には親がいる。そういえば、先の戦いで、お前は中東の三竦みの中の二人をやったそうだな」

「……あの時は知りませんでしたが、その様です」


 ショウは廃屋での事を思い出し、口を強く結ぶ。


「中東の三竦みはミズガルズ商会と密接な関係があるとされている。つまり、私が言いたいのはな、マクレイア。この戦争の裏で、その奴隷商の親も動いている可能性があると言うことだ」

「……」

「アームス商会は、お前たちA派の貴族階級の連中に余興を提供していると言ったろう?」

「A派の陸軍の中に裏で手を引いている者が、必ず潜んでいると言いたいのですね?」

「そうだ。私は今回事件にも一枚噛んでいるとみている。今回の作戦で敵の尻尾だけでなく、頭も掴みたい。失敗するわけにはいかない」

「そのためペトロフ准尉の部下であり、A派の中枢でもなく、一番貴族たちとの関わり合いのない我々を敢えて選んだと言うことですね?」


 ショウは、何故中央に仕える軍人で手が空いているものを選ばず、自分たちが選ばれたのか。その全容を理解した。


「勿論お前たちの活躍を聞いてのこともあるわ。私は使えるものはガキでも使う。使えない猿どもよりも仔犬の方がマシよ」

「そうでございますか」

「あら、気に障ったかしら? まぁ、お前たちに期待をしているのも事実よ」

「期待してくださるのは一向に構いませんが……」


 ショウはその続きを言うことを躊躇う。


「なんだ、言ってみろ」

「僭越ながら申し上げます。閣下自らが餌になるのはいかがなものかと」


 作戦を否定するわけではないが、元帥が自分の身を危険に晒しに行くのはいかがなものかと物申した。


「なんだそんなことか。餌が極上であれば敵は食いつかずにはいられまい。それに――」


 ナイトでクイーンを倒し、チェックをかける。


「私を簡単に食えると思うなよ」

「お見それしました」

「ふん。マクレイア、お前も中々食えない男だな。ペトロフの教えもあるだろうが……」

「何か?」

「いや。チェスは楽しませてもらった。中々腕がいい。軍に入ってから始めたとは思えない腕だ。最後まで接待チェスだったのは気にくわないが。最後に手を抜いたな?」

「いえ、閣下の采配あってこそです」

「なるほど、馬鹿な猿どもには気に入られるだろう」


 元帥はテーブルの下にあったウイスキーを上に置く。


「付き合いなさい」

「承知しました」


 ショウはウイスキーの栓を開け、グラスにあける。

 注いだグラスを元帥に差し出すが、彼女は不服そうにしていた。


「付き合えと言ったが? 上に上がりたいなら、酒の席は外せないわよ」


 そう言って、もう一つのグラスに少量注ぐと、ショウの前に滑らせた。


「あの、僭越ながら――」

「我々の国では十四から飲酒が認められている。十二も大して変わらないわ。今から耐性をつけておきなさい。一口でいいから飲んでみろ」

「……では、いただきます」


 ショウがグラスを呷ると、アルコールの強烈な香りと、慣れない味に舌の痺れを感じる。


 食道から胃に滑らせる時の焼けるような刺激は、感じたことのないものだった。


 少ししたところで、ショウは耳鳴りがしたと思うと、今度は音が遠くなっていくのを感じる。次の瞬間、頭から机に倒れこんでいた。


「おやおや。ダメだなこれは」


 元帥は、館内無線で船医室へ繋げる。


『なんだい? 閣下』

「一人、そっちで面倒を見てやってほしい」

『何したんだい?』

「マクレイアが下戸だった」

『はぁ……。しょうがないねぇ。今行く。コナー、急病人だよ』


 高めの声が聞こえたあと、無線が切られる。


「やれやれ」


 元帥はショウの頭を掴み、虚ろな目を見て呆れかえる。


「弱すぎる。一口飲んでから回りが早い。そんなでは簡単に毒で死んでしまうぞ」

「うぅ……」

「聞こえてないか」


 バーゼルト元帥は手を離し、仕方なしに一人でウイスキーを嗜んだ。

どうも、朝日龍弥です。

何でもそつなくこなすショウでも、身体の体質はどうすることもできず。

お酒は成人してから飲みましょう。


次回更新は、12/4(水)となります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かに、十四歳でお酒は早いですね…… 普段滅茶苦茶かっこいいショウさんが、お酒には弱いの見ていて滅茶苦茶可愛いです………! ギャップ……!そして、元帥さんかっこよすぎです!!! こういう女…
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