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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
九章 邂逅
89/439

真珠の守護者

 カリブ海の夜は月明かりも通さないほど、厚い雲で覆われていた。


 甲板に一人立っているレオンが何を考えているのか、彼の表情から読み取れるものは誰もいないだろう。


 唯一彼をよく知っているものを除いて。


 医務室の前から追い返されたレオンは、一人、途方に暮れていた。


 バレンシアにネイサンの様子を尋ねるも、心配は要らない、わかったら帰れと言われてしまった。自分は何をしていればいいのかと問うと、海でも見ていたらと締め出されてしまった。


 誰かの命令を聞き、誰かの後を付いていく日々を送っていたレオンが次に取る行動は当然、海を見る事になった。


 船の明かりのみで、先が見えない海をただ眺めていると、薄暗いステカーの廊下を思い出す。この風景は、あの晩によく似ていた。




    *     *     *




 ステカーに買われてから五年程経った頃、レオンは買われた当時よりも流暢に喋れるようになったが、元来寡黙な彼を理解できたものは少ない。彼が進んで会話をしないのも原因の一つではあるだろう。


 彼が言葉を返すのは、普段から護衛で接することの多いパールや、何かとちょっかいを出してくるオニキスとアンバーくらいなものだ。


 パールがウアスに呼ばれている間、暇を持て余すレオンは決まってオニキスやアンバーに捕まる。


「ねぇ、これ似合うでしょう? 僕可愛い?」


 アンバーは客からプレゼントされた服を、レオンとオニキスに見せびらかし、嬉しそうに笑った。


「お前はそればっかだなー。可愛い可愛いって、女かよ」

「だって、可愛くないとお客さんつかないよ? まぁ、オニキスはボーイッシュで売ってるけどさ。僕はそうはいかないもん」


 アンバーは手を広げて一回転してみせ、フリルのワンピースをたなびかせる。


「アンバーはあざと過ぎるんだよなー」


 つまらなそうにするオニキスに、アンバーはそっぽを向く。


「ふん。いいよね、オニキスは。身請けが決まったから余裕があってさ」

「へへん。いいだろー。もっと羨ましがってもいいんだぜ?」

「……オニキスのそういうところ嫌い」


 ほっぺたを膨らませたアンバーはレオンに向き直る。


「ねぇ、レオはどう思う? 僕可愛い?」

「……アンバーは可愛い」

「やっぱりー? 知ってる!」

「俺アンバーのそういうところ嫌い」


 オニキスの言葉に、アンバーは流し目で見据える。


「なに? 文句ある?」

「別にないね。それにレオンに聞いたってそう返ってくるに決まってんだろ。そいつは何着てもそう言うぞ」

「褒めてくれないオニキスよりもマシだもん。レオは友達だもん。ねー?」


 腰掛けていたレオンの膝の上に座り、アンバーは顔を見上げながら同意を求める。


「……アンバーは友達」

「ほらぁ」

「ああ、そうかよ。しっかし、来た時もデカイと思ったけど、何食ったらそんなに身長伸びるんだよ。あと、何? 筋骨隆々って言うの?」

「……残飯だ」

「残飯だけ食ってそうなったら世話ねぇな!」


 オニキスは自身と比べ、口を曲げた。


「ここに来てからレオは更に肉付きよくなったよねー。前は(あばら)とか浮いてたけど、今は筋肉凄いもんね!」

「……そうか」

「ふっふっふ。オニキスってば羨ましいんでしょー。男らしくなりたいもんねー」

「ばっか! 羨ましくねぇ――」


 声を張り上げて立ち上がったオニキスは一瞬ふらついた。


「オニキス?」

「何でもない……。ただの立ちくらみ」

「イボ痔の次は立ちくらみー? ダッサ」

「はぁ!? お前それ言うなよ! ……もういい。ちょっと部屋戻るわ」

「え? あ、うん……」


 歩きにくそうに部屋に戻るオニキスの背中を見送り、アンバーは不安そうにレオンの顔を見上げる。


「……どうした」

「オニキス、最近調子悪そうなんだよね。大丈夫かな?」

「……わからない」

「はぁ、そうだよね。レオに聞いてもわからないよね」

「……臭いがする」

「え? 確かに最近、オニキスにしては香水キツくなったけど」

「傷が腐った臭いだ」

「……え?」


 アンバーは目を見開いて固まったあと、レオンの膝から飛び降りてオニキスの後を追っていった。


 一人置いていかれたレオンは、アンバーが消えていった廊下の暗がりを見つめていた。


「あら、ここにいたのね。オニキスとアンバーは一緒じゃなかったの?」


 ウアスとの用事が済み、ローブを羽織ったパールがレオンに話しかける。


「……さっきまで居た」

「あらそう。残念ね。まぁ、いいわ。私もすぐシャワー浴びたいし」


 レオンは、自室に戻るパールの後を付いていった。


 それから数時間後、パールとレオンはウアスに呼び出された。


 部屋に着くと、青い顔をしたオニキスと、ウアスに泣きながら懇願するアンバーが居た。


父様(ととさま)、お呼びかしら?」

「おう、来たか」


 軽く挨拶をする男とパールの言葉に、二人の肩が跳ねる。


「レ、レオン……」


 レオンの顔をみて、ますます顔を青ざめるオニキスに対し、アンバーはパールに泣きついた。


「ねぇ! パール! お願い! パールからも父様に頼んで!」

「ちょっと落ち着いて! アンバー、何があったの?」


 何が起こっているのか状況が飲み込めず、パールはとにかくアンバーを落ち着かせようとする。


「オニキスが病気なの! でもまだ間に合うから! 薬を! 薬を飲めば間に合うから! 父様に薬を買ってもらえる様に頼んで! オニキスは身請けが決まったんだもん! これから幸せになるんだもん! だから!」

「ッチ。アンバー。お前もわかんねぇ奴だな」


 必死に説明をするアンバーに、男は呆れ返る。


「コイツが病気だったから身請けは無しになったんだよ! 客はカンカンに怒ってやがる! しかもコイツはそれを隠してやがった!」

「でもっ! でもっ!」

「父様。私からもお願いよ。オニキスは私たちと一緒にこのステカーを引っ張ってきてくれた子よ? 優しい父様なら助けてくれると思って、アンバーもお願いしてるのよ?」

「でもなぁ……」


 パールの言うことに、ウアスは口に手を当てて考える。


「父様お願い! オニキスを助けて! お願い! お願いだからっ!」


 飛びついてくるアンバーに、ウアスは溜息を漏らす。


「わかった! わかったから泣くなよ、アンバー。可愛い顔が台無しだぜ?」

「ぐすっ。オニキスを、助けてくれるの?」

「ああ、勿論だ」


 そう言ってアンバーを抱き寄せ、頭を撫でるウアスの顔は不気味なくらい優しかった。


「レオン。()れ」


 その一言に、アンバーは愕然とした。


 アンバーが振り返ると、レオンは斧を手に持ち、オニキスの方へ向き直っていた。


「やめて! レオ! やめてよ!!」


 オニキスの前に出ようとするアンバーを、ウアスが引き止める。


「ちょっとレオ! 何してるの!?」


 アンバーの代わりに、パールがレオンの前におどり出る。


「今すぐその斧を置きなさい! こんな事しちゃダメよ!」

「……テテ様の言うこと、絶対。己の仕事」

「これだけは譲れないわ! だって――」

「パール」


 ウアスの声にパールは固まる。


「いけない子だなぁ。パールはそんな子じゃないだろう? 下がってろ。それとも、俺の言うことが聞けないのか?」


 パールは身体を震わせ、動けなくなる。


 レオンはその横を通り過ぎ、後ずさりするオニキスとの距離を縮めていく。


「やめろよ! 来るな!」


 壁際に追い込まれ、逃げ場がなくなったオニキスの目には涙が浮かんでいた。


「死にたくない! 嫌だっ! なぁ! レオン! 助けてくれよ! 俺たち友達だろ!?」


 レオンは歩みを止め、オニキスを上から見下ろす。


 恐怖で震えながら懇願するオニキス。


 後ろからアンバーの声が響いてくる。


 レオンはゆっくりと斧を振り上げた。


 オニキスの見開かれた目に映る、紫暗の瞳をした少年は、顔色を変えずに脳天めがけて斧を振り下ろした。


 小さい悲鳴とともに、崩れ落ちたオニキスを見て、アンバーの悲鳴が部屋中に響いた。


「パール、アンバーを連れていけ」


 恐怖で震えるパールはフラつきながらも、泣き崩れるアンバーへ駆け寄り、声をかける。


「アンバー、行きましょう……」

「もう嫌だ……。ダメだ……。ここにいたら……」


 目を見開いたまま小声で呟くアンバーを、パールは、苦々しい顔をしながら部屋の外に連れ出して行った。


「ったく。殺処分ぐらいで、ギャーギャーうるせぇガキだ。おい、その生ゴミを片付けておけ」


 レオンは斧を抜き、かつての友の死体を袋に入れて担ぎ上げる。


「ああ、それと、言い忘れてたがな」


 レオンが部屋を出かかったところでウアスに呼び止められる。


「今夜は月が出ない。よぉく見張っておけよ?」

「……」


 レオンは黙って頷き、廃棄場といわれるステカーの焼却炉へ死体を持っていく。


 焼却炉へ死体を丁寧に置き、硬く厚い扉を閉める。レオンはつまみを回し、火力を最大値まであげた。


 厚い扉を閉めても漏れてくる、高温で焼かれる人の臭い。レオンは遺体が骨になるまで焼却炉の前で立っていた。


 夜も更け、屋内へ戻ると、(わず)かな物音が耳を掠める。感覚の鋭いレオン以外では聞き逃してしまうであろう。


 ステカーの外へ出た足音を追いかけると、サウザーの路地を裸足で走るアンバーの姿を捉えた。アンバーは息を切らし、追手を気にしながら走っていた。


「はぁっ、はぁっ。逃げなきゃ……。ここにいたらダメだ! オニキス、オニキス! ごめんなさい! ごめんなさい! 僕が父様に言ったから!」


 泣き続けて腫れ上がった目に、涙をいっぱいにため、ひたすらに走っていたアンバーはずっしりと重たい気配を感じた。それに気が付いた時には、建物の上から目の前にレオンが飛び降りて来ていた。


 大きな音を立て、地面はその重さでひび割れる。高所から飛び降りたにもかかわらず、レオンは平然としていた。


「ひっ! レオ……。なんで……」

「逃亡者追う、仕事」

「嫌だっ! 僕は戻らないよ! そこどいて! もうあそこに戻りたくない!」

「……」

「来ないで!」


 アンバーは(ふところ)からナイフを取り出すが、レオンは構わずアンバーとの距離を詰める。


「何でっ! どうしてっ!? 嫌い、嫌い、嫌いっ! 父様も! パールも! レオも! みんな大っ嫌いだ!」


 追い詰められたアンバーはナイフを持った手を突き出し、レオンの懐に飛び込んだ。


 その刃は防御したレオンの腕に深々と刺さった。


 手に伝わる生々しい感覚に、アンバーは思わず青ざめた。


「あっ……僕は……」


 レオンは固まっていたアンバーの喉を片手で掴み上げ、壁に押し付ける。


「がっ……あっ……」


 足をバタつかせ、レオンの手から逃れようと踠くが、非力な彼に引き剥がせるはずもなかった。


 苦しむアンバーを見て、レオンは一気に力を込めた。不快な音が聞こえ、アンバーはそのまま動かなくなった。


 レオンはアンバーの目を閉じ、労わるように両手で抱きかかえ、ステカーに戻った。


 店の裏口に来たところで、タバコを吸いながら帰りを待っていたウアスを見て、足を止めた。


「おう、ご苦労だったな」

「……」


 レオンはウアスを一瞥すると、焼却炉へ向かおうとした。


「おっと、待った。ソレにはまだ使い道がある」


 ウアスの指示を聞き、レオンはステカーの屋内に入る。


 アンバーを下ろし、綺麗な長い髪を掴み、廊下の端から端まで引きずって歩いた。階層を変え、その行為を続ける。


 朝方になり、客もいなく、静まり返るステカーの屋内に、アンバーを引きずる音だけが響く。廊下にうっすらと刻まれる赤い筋は、見る者を震え上がらせ、見せしめには打ってつけだった。


 パールの部屋に差し掛かった時、すすり泣く声が部屋から漏れていた。レオンはその声を聞き、暫く静止した。


 再び歩き出し、その行為が終わった頃、レオンはアンバーの髪を整え、丁寧に抱きかかえて焼却炉へ向かった。


 焼け残ったオニキスの隣に寝かせ、レオンは焼却炉の戸を閉めた。


 焼却炉から出る黒い煙は中央の街からでも見ることができるが、その存在に気付くものは誰一人いない。


 レオンがパールの警護に戻ると、一晩泣きはらしたのだろう。パールの目が腫れていた。


 レオンを見た時、その腫れた目が見開かれ、パールは血相を変え、レオンの頬を思い切り叩いた。


「最低よ……。父様の命令ならなんでも聞くのね!」

「……それが、己の仕事」

「あなたはっ! あなたにとって、あの二人は何だったの!? 酷いわよ! あんまりだわ!」


 レオンの胸を両手で叩き続けるパールの姿を見て、彼は重たい口を閉ざした。


 レオンを叱責しするパールの言葉は、止めることのできなかった自分を叱責しているかのようだった。それをやめさせようと、レオンはパールの白く細い腕を掴む。


「放しなさ――」


 そう言いかけ、パールは自身の腕を伝うものに気が付いた。その後を目で追うと、レオンの腕にナイフが刺さっているのを見つけた。


「ちょっと! これ、どうしたの!?」

「……アンバーは、生きたかった。それだけだ」


 レオンのその言葉を聞き、ネイサンは再び涙を浮かべた。だが、レオンを責めるのをやめ、できる限りの手当を行なった。


 ナイフを引き抜いたにもかかわらず、止血しているうちに血はすぐに止まり、レオンは平然としていた。


「あなた……いえ、何でもないわ」


 座っているレオンにもたれかかる。


「ねぇ……ここから逃げた子は殺さなきゃいけないんでしょ?」

「……そうだ」

「……そう。じゃあ私がここから逃げたら、私も殺してくれるの?」


 レオンの思考が停止した。


 友と呼んでくれた二人を殺し、守ると誓ったパールの心を守る事も出来なかった。命令に従った結果、命令に反するという矛盾が生じ、レオンは混乱していた。


 パールはゆっくりと立ち上がり部屋を出て行く。


 混乱していたレオンはすぐにその後を追うことができない。止まってしまった思考を動かすため、もう一度命令の優先順位をつけ直す。


 一番の最優先事項。それは、なにか。


 ――パールを守る事。


 そう、命令された。これは、絶対に守らなければならない命令。


 彼の答えは決まっていた。


 レオンはゆっくりと立ち上がり、斧を持つと、パールの後を追いかけた。




    *     *     *




「なぁ、お前こんなとこで何してんの?」


 ふと、声がした方に目を向けると、ソルクスが不思議そうに顔を覗き込んできた。


「……海を見ている」

「ふーん……。なぁ? それ楽しいのか?」

「いや……」

「じゃあ、なんで見てんの?」


 更に首をかしげる少年に、レオンは眉を顰めた。


「見てればと言われた」

「そんだけ?」

「……そうだ」

「ふーん」


 ソルクスは甲板を囲うブルーワークに頬杖をつく。


(けい)は何をしている?」

「あ? 俺? 俺は別に何してるわけでもねぇーよ。ショウは偉そうなオバさんに呼び出されるし、コナーは医務室でネイサンみてるだろ? 俺はその間やる事ねぇし、暇だから散歩してただけ」

「……誰に言われたか」

「はぁ? 俺は俺の好きなようにしてるだけだっての! お前さぁ、もっと自由にしていいんじゃねぇの?」

「……自由とはなんだ」

「は?」


 あまりにも突飛な質問に、ソルクスから間の抜けた声が出た。


(おれ)にはわからない……。兄はわかるか?」

「あ? しらねぇーよ。他人の自由なんてよ。ほら、言うだろ? 感じるな、考えろって」

「……考えるな、感じろ」

「あれ? そうだったか? まぁ、なんでもいいけどよ! レオはさぁ、自分の好きに動いた事ってねぇの?」


 その言葉に、レオンは昔を顧みる。


 ステカーにいた頃の自分の罪を。ウアスの命令を聞き、二人の友を手にかけた事を。その時のパールの恐怖に染まった顔を。


「まただんまりかよ」

「兄は……」

「ん?」

「隊長の命令を聞いて動いているのではないのか?」

「はぁ? な訳ねぇだろ! なんで俺がショウの命令を聞かなきゃなんねぇーんだよ」

「……隊長だからだ」


 もっともなことを言われ、ソルクスは顔を渋らせた。


「まぁな? 階級とか? そんなんだったらショウが上かもしれねぇーよ? 俺は別に興味ねぇしよ」

「絶対ではないのか?」

「お前さぁ、俺よりバカだろ?」


 レオンはその言葉を聞いて黙った。


「じゃあ、お前はネイサンが死ねって言ったら死ぬのかよ」


 ソルクスの言葉の端々で、思い出す過去。罵倒と叱責を浴びせるパールの顔。泣きじゃくる子供のように悲しみにくれる彼の言葉を、レオンはただ聞くしかなかった。


 それでも彼はレオンに死ねとは一言も言わなかった。


「……それがネイサンの望みなら」


 レオンの言葉に、ソルクスは引き気味になる。


「……マジかよ。俺はショウに死ねって言われたら、ぶん殴るけどな! ……あ。じゃあ、ネイサンが殺してくれってお前に頼んできたらどうすんだよ?」

「殺さない」


 間髪入れぬ即答に、ソルクスは少し驚いた。


「なんで?」

「ネイサン守る。己の仕事」


 蘇るパールの泣き声と、血まみれの自分。硝煙の匂いと、倒れる男。


 ソルクスにはその言葉の真意は分からなかったが、どこか重みのある言葉に、目を細めた。


「……ふーん。そうかよ。まぁ、お前がそれでいいならいいけどよ。……お前も自分を大事にできない奴なんだな」

「兄はあの時動かなかった。何故だ?」


 思い出したかのように発するレオンの言葉に、ソルクスは何のことを言っているのかすぐには分からなかった。


「え? あの時? 女たちが銃構え出した時か?」


 レオンは静かに頷く。


「ショウが動くなって指示出してたろ? それに、あれくらい、ショウ一人でもなんとかなるだろって思ってたし、俺が下手に動いてややこしくする訳にいかねぇしよ」

「……そうか」


 二人の間にある信頼関係と、自分とネイサンの間にある信頼関係を比べ目を伏せた。


「そういや、俺、お前のその肩の模様見てカッケーって思ってたんだよなー。いいなーって」

「兄には似合わない」


 その言葉に、ソルクスは鼻で笑った。


「そうかよ。ま、それにどういう意味があるかなんて、俺には関係ねぇ。要は、お前はデカくて強くて、カッケー奴だってことに、変わりねぇーんだからよ」


 俺の次にだけどと付け加え、歯を見せて笑う少年に、レオンは目を細めた。


「お前さぁ、普段からなんも言わねぇから、どう思ってるのか全然わかんねぇんだよな」


 突然何の話をし出すのかと首をかしげるレオンに、ソルクスは話を続ける。


「言わなきゃわかんねぇーことだってあんだぞ? ネイサンにだってそうなんじゃねぇの?」


 その言葉に、レオンは目を見開いた。それは、かつてショウに投げかけた言葉でもあったからだ。


 そして、普段無骨な彼からは想像しえない、思わぬ気遣いであった。


 レオンは潮風に棚引く少年の炎髪を見て、目を細めた。


「……兄は」

「ん?」

「兄は何処で産まれた?」

「はぁ? 突然なんだよ。何処? 何処って……わかんねぇーよ! イグルスじゃねぇの? そんな昔の事覚えてるわけねぇだろ! お前は覚えてんのかよ?」

「……覚えていない」

「ほらな!?」

「咆哮、悲鳴、歓声。血の臭い、冷たい檻。焼けるような痛み」


 レオンは覚えている限りの一番古い記憶を思い出す。


 ヴァルトニル闘技場で、自分の三倍ほどある獣と闘っていた頃。血とカビ臭い匂い。蛍光色の薬剤を打たれ、身体の中で何かが暴れまわっているかのような痛み。


「それってネイサンに会う前の事か?」

「……そうだ」

「兄はいつから隊長と一緒か?」

「さぁな。覚えてねぇ」


 薄暗い中でも、淡く光るソルクスの赤い虹彩を、レオンはじっと見つめる。


「……今、わかった」

「あ? 何が?」

「己は兄になれなかった」

「……お前さ、よく喋ってくれたけど、やっぱわかんねぇや」

「……そうか」


 それ以上、レオンは話すことはしなかった。


 話すことがなくなったのか、単に話したくないのか、ソルクスもまた深く聞くつもりはなかった。


 二人はただ潮風にあたり、波の音を聞いていた。

どうも、朝日龍弥です。

レオンの過去回想回となりました。

無口な彼の想いと、ソルクスとの関わり。こういう時のソルくんが、苦しんでる人に寄り添う犬みたいで好きです。


次回更新は、11/27(水)となります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ソルさんの、色々気を回したりするよりも、側にいるだけで、他愛もない会話だけで、相手の心を解していくところが好きなのです……… ネイサンさんとレオンさんの過去回、凄く、好きです……… こう…
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