消えない烙印
騒動があり、訓練を終えた第三部隊は、エルズ少尉の指示のもと、物資の運搬を行っていた。
「あら? レオ。あなたまだ濡れた服そのまま着てるの? みんなもう着替えたわよ?」
濡れたまま作業しようとしているレオンに対し、ネイサンが声をかける。
「いくらあなたが丈夫だって言っても、風邪ひいちゃったらどうするの?」
気遣うネイサンに対し、レオンは押し黙り、眉を顰める。
「うん。意地でも着替えないって顔ね。そのままだと物資が濡れちゃうから、海軍の人たちも困るだろうし、さっさと済ませれば大丈夫よ」
返答のないレオンに、ネイサンは大きく溜息をついた。
「それとも私に脱がして欲しいの?」
そう言われ、レオンは渋々上着を脱ぎ出した。
「どうした?」
二人が動きを止めているのを見て、ショウは声をかけた。
「ああ、隊長。ごめんなさいね。この子濡れたまま作業してて、今着替えさせてるとこだから」
「そうか、ならいい」
そうして、レオンが濡れて脱ぎづらい上着を脱ぎ捨てた時だった。
「なっ! 貴様ぁ!!」
突如エルズが声を張り上げた。
何か緊急事態が起こったのかとショウ達が身構え、振り返った先には、こちらに拳銃を構えるエルズの姿があった。
「動くな! レオンと言ったか!? 貴様何者だ!」
「え?」
突如敵意をむき出しにされ、三人は何が起こっているのかわからなかった。状況が呑み込めないのは、三人だけではない。
第三部隊全体が甲板にいた海軍兵に、銃口を向けられ、少年達は両手を挙げていた。
ショウは何故自分達に、特にレオンに対して敵意を示すのかわからず、動揺はしたが、即座に第三部隊全体にハンドサインで待機を命ずる。
「エ、エルズ少尉。何か誤解ではないでしょうか? お互い、冷静に話し合いを――」
殺伐としたこの場を治めようとネイサンが一歩前に出た時、エルズは拳銃を握ったまま裏拳で殴り飛ばした。
「動くなと言ったのが聞こえなかったのかパール一等兵」
勢いよく殴られ、額から血を出し、後ろに倒れこむネイサン。その光景を目の当たりにしたレオンの紫暗の瞳が散瞳した。
エルズが視線を戻すと、素手のまま殺す気で飛びかかってくるレオンが目に映った。
素早く銃を構え、引鉄に指を駆けようとした刹那、間に入る影に二人は目を奪われた。
強引に割り込んだショウは、大きく殴りかかったレオンの拳を蹴りで去なすと同時にエルズが構えた拳銃を掴み、発射できないように素早く分解して見せた。
「なっ!」
完全に虚を突かれたエルズは、思わず身を引いた。
「その場で待機だ、レオ。お前の気持ちもわかるが、今は動くな。少尉殿もどうか冷静になっていただきたい。無事か? ネイサン」
ネイサンを気にかけながらも、ショウはエルズから目を離さない。
「え、ええ。大丈夫。額の傷だから血が派手に見えるだけよ。レオ、今は隊長の言うことを聞いて」
「……諾」
レオンはネイサンの無事を確認し、その指示を受け入れた。
一方のエルズは、弾倉とスライドを抜かれた状態の拳銃を投げ捨て、腰からもう一丁取り出した。
「ふっ、見事なものだ。あの一瞬で銃を分解するとはな?」
「拳銃の分解は必修ですよ。少尉殿」
「ふん。それもそうだな。だが、次はないぞ。マクレイア軍曹」
エルズは再び銃口をショウに向けた。
「ショウさ――むぐっ!?」
甲板で起こっている状況が理解できず、思わず声を上げたコナーは、クラークとラウリによって木箱の陰に引き込まれた。
「コナー、よかった! もう動いて大丈夫なんすか!?」
「皆心配さしてたでな」
小声で喋る二人の様子に、コナーも声を合わせる。
「クラーク、ラウリ。この状況ってどうなってるの!?」
「わがんね。アテらが気付いた時さ、もうコレじゃ。最初ば、アニさんに一斉に銃さ構えだしたっけ。次に少尉の指示で一斉にアテらに銃さ向けたんじゃ。アネさんも殴られて頭から血ぃだしとる」
「ネイサンが!?」
コナーは上ずる声を必死に抑えた。
「今は隊長がレオさんの前に出て、話し合いをしようとしてるとこっすけど……」
「相手さ臨戦体勢じゃ。だども、アテらは手出しすんなって隊長の指示じゃ」
「話し合いをするなら、こちらに敵意がないのを示さなきゃいけないから……」
コナーはショウの考えを理解する。
「確かに、こりゃあ、えらいことになっているねぇ」
「バレンシア船医長!?」
この状況では敵対する相手であるはずのバレンシアが、いつのまにか隣で様子を伺っていた。
「どうしてあなたもここに隠れるんですか!」
「私の専門は医療だからねぇ。ここで様子を見させてもらうよ。さぁて、あいつがマクレイアか。お手並み拝見だな」
四人の視線の先には、銃を向ける女性たちに対し、冷静に話し合いを求めているショウの姿があった。
「どうして、レオン一等兵に銃を向けるのですか? エルズ少尉。我々はこの通り、あなた達とやり合うつもりはない。小官の部下に、我々に対し銃を向ける理由を、お聞かせていただけませんかね?」
「ほざくな。マクレイア軍曹。我々が何も掴んでいないと思っていたのか?」
「いったい何の話をしているのですか?」
「とぼけるな! ふっ、陸軍がなぁ。貴様らが我々に喧嘩を売るとは」
エルズは奥歯を噛み締めながら、拳銃を握りなおす。
「全く話が見えないのですが?」
「言わせる気か、貴様。我々の同志達を無惨に殺した罪、ここで償ってもらおうか」
一方的に話を進めるエルズに、ショウは溜息をついた。
「待ってくれ。我々は今日こちらに着いたばかりで、あんたらの仲間が殺されたことなんて知らない。あんたらの誤解じゃないのか?」
「まだ言うか! 貴様の後ろに立っている男の肩を見ろ! それが証拠だ!」
レオンの左肩に刻まれた刺青を見たバレンシアは、この状況に合点がいった。
「なるほどね。奴隷紋ね」
「え?」
コナーは聞き覚えのない言葉に首をひねった。
「なんだい、知らないのかい? じゃあ、エルズ達の早とちりで間違いないねぇ」
「あの、どういう……」
「もう少し様子見るかねぇ……」
バレンシアの言う意味がわからず、三人は首を傾げた。
「まぁ、見てな」
バレンシアは煙管を吸い始め、傍観に徹した。
バレンシアとは違い、ショウにはそれが何を意味するのかはわからなかった。
「ただの刺青だ。コレがなんだっていうんだ」
「まだ、シラを切るか。まぁ、私も信じられないさ。反奴隷協定を結んだ陸軍が、まさか奴隷を飼っているなんてな!」
「奴隷?」
ショウはレオンを一瞥するが、その表情は変わらない。
「レオ、一つ質問する」
何を問われるのか、問われたところでこの状況がどう変わるのかと、レオンはただ、目の前の少年を見据えた。
「お前は軍に買われたのか?」
「……違う」
「ならいい。ただの確認だ」
そう言うと、ショウはエルズに向き直る。
「エルズ少尉。陸軍は奴隷は買っていない」
「何?」
「軍はそもそも、弾除け目当ての俺たちを金で買おうとはしない。全て志願制だ。一応軍は世間体を気にしているからな」
ショウは改めて口にした少年兵制度を鼻で笑った。
「確かに、レオンは奴隷だったのかもしれない。だか、それはもう過去のこと。今のこいつは奴隷じゃない。少年兵第三部隊のレオン・サウザー一等兵だ。俺の部下を奴隷と言う奴は、例え海軍相手だろうと許さない」
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その言葉を聞き、レオンの目が見開かれる。彼の目には自分よりも随分と小さな背中が、大きく映っていた。
ショウは第三部隊に銃口を向ける者全員を睨らんだ。
海軍兵は少年とは思えない、重い殺気を感じ、冷や汗をかく。
「もう一度聞く。あんたらの誤解ではないのか?」
「くっ……。例え誤解であっても――」
「誤解であったら、困るのはあんたらだ。俺たちは引鉄を引くつもりはないし、そっちも銃を下ろせばいい話だ。だが、もし、俺たちを殺したら、どうなる? 海軍元帥の管理下でとなると、アルトワの信用問題にもつながるのでは?」
ショウの言葉に、エルズは唇を噛んだ。
「……それくらいで我々と貴様らの同盟関係がなくなるとでも?」
「なくならないだろうな。陸軍は俺たちが死んだところで、どうもしない。実際あんたらに同盟破棄されて困るのは陸軍だ。だが」
ショウは目を細め、続ける。
「アルトワ領に住む、平和を愛する領民はどうだろうな? ちょっとした誤解で、無実の少年兵を皆殺しにしたら、領内の軍への信用はどうなる? その命令を下したエルズ少尉、あんたもタダでは済まないんじゃないか?」
「貴様っ!」
エルズの手に力が入り、ショウへ向ける銃口が揺れる。
狙いが定まらず、引鉄に指を掛けるか迷い始めた時だった。
「あれー? 何々? どんな状況? エリー何してんの?」
張りつめた空気をぶち壊すような緩い声が聞こえ、全員がその声の主に注目する。
そこには、この状況についていけていないミーアが立っていた。
「どうしたの? エリー、怖い顔してるよ?」
「中尉! 今ふざけてる場合じゃありませんよ! レオン一等兵の肩を見てください!」
「ん?」
エルズに言われ、レオンの肩をじっと見つめる。
「確かに……ふざけている場合じゃないわね……」
ピリッとした空気が流れ、エルズは思わず息を呑む。
「中尉、ここは私が――」
「すっごい筋肉ぅ!! えー! 触らせて触らせて!」
目を輝かせて駆け寄ってくるミーアを見て、流石のレオンもどうしていいかわからず、いつものしかめっ面のまま、固まっていた。
「あ、貴女という人は!! この状況で何をして――」
「えー、だってこの筋肉を見たら触りたくなるでしょー? というか、そもそも何でこんなに空気がピリピリしてんの? 訳わかんなーい」
「なっ! 中尉! 彼の肩には奴隷紋が刻まれて――」
「だから? それが何? 奴隷紋が刻まれてるからって理由で、エリーは奴隷だった人全員が敵だって言いたいの?」
急に声色が低くなったミーアを前に、エルズは思わず口を噤んだ。
「い、いえ、しかし……」
「確かに私達の仲間を殺した奴には奴隷紋があるって、ナーシャは言ってたけどさぁ。奴隷紋だって珍しいものでは無いじゃん? 他にも特徴言ってたでしょー? なーんだっけ?」
「そ、それは、白髪に赤い目を……していたと……」
エルズの言葉を聞き、レオンはいつも以上に眉間に深く皺を作った。
「エリー?」
「……はい」
「他の人も注目! ほら、見て! レオン一等兵の髪色は? 瞳の色は? 情報と違うでしょ!?」
「し、しかし、警戒するに越したことは……」
「警戒するにしても、他に色々あるでしょー? ピリピリするのはわかるよ? 生理中だもんね?」
「なっ! 違います!」
顔を真っ赤にして否定するエルズに対し、ミーアは変わらず続ける。
「でも、イジメよくないよー? パワハラ反対ー! ショタをイジメる奴を許すなー!」
「貴女どっちの味方なんですか……」
「まぁ、冗談はさておき、そろそろ銃を下ろさないと流石にマズイと思うよ?」
「え?」
「何をしている、エルズ少尉」
普段からよく聞くその声に、エルズ を含め、海軍兵士全員の体が硬直した。
皆の注目を集めたのは、現在の海軍トップ。カラヴェラ・バーゼルトだった。
「誰かこの状況を正確に説明できるものはいるか?」
港でペトロフと喋っている時のような女性らしい言動は無く、威圧で人を刺し殺せるような、厳めしさが伝わってくる。
「私はコイツらを鍛えろとは言ったが、敵対しろとは言っていない。前にも説明したが、彼らは私の客人でもある。私の顔に泥を塗るつもりなのか? 少尉」
「い、いえ、その様なつもりは!」
「無いなら銃を下ろせ、エルズ少尉。だからお前はいつまでたっても少尉なんだ」
「……はい」
「呆れたわ。揃いも揃って海の女が何をやっている。先走るのは男だけにしろ。全員仕事に戻れ。始末書は後だ」
「ウィルコ!」
海軍兵士全員が銃を下ろし、元帥に敬礼をして各自の持ち場に戻る。
「少年兵諸君。同志達の非礼な振る舞い、不手際に対して、アルトワ代表として詫びよう。すまなかった。完全にこちらの誤解に違いない。諸君らは陸からここまでの長旅の疲れもあるだろう。船内に部屋を用意してある。好きに使ってくれて構わない。今日は存分に休んでくれ。ミーア、エルズ。船内を案内してやれ」
「はい、はーい!」
「わ、私もですか!?」
「当然だ。私の指示が不満か?」
その言動で、エルズは肩をすくめ、委縮した。
「い、いえ」
「では、直ぐに実行しろ。それと、ルシア」
「なんだい。閣下」
指名を受け、バレンシアは木箱の影から顔を出した。
「怪我人がでている。そっちで処置を頼む」
「任せな」
バレンシアは隣にいたコナーを連れ、ネイサンに駆け寄った。
その様子を確認し、元帥は辺りを見回す。
「マクレイア軍曹は居るか?」
「はい」
「お前は私と来い」
「イエス・サー」
「では、ミーア、エルズ。くれぐれも、これ以上不祥事を起こしてくれるなよ」
「「ウィルコ!」」
二人の返事を聞くと、バーゼルトはショウを連れ、艦長室に向かった。
その背中を見送った二人は、あからさまに大きな溜息をついた。
「はぁー、死ぬかと思ったー。エリーの所為だぞ? 私は艦長室でこっ酷く絞られて来たってのにさー」
「申し訳ありません、中尉」
奥歯を噛みしめ、肩を落とすエルズを励ます様に、ミーアは背伸びをしながら頭を撫でた。
「はいはい! 失敗を反省できるのはいいことだぞ! それを糧にできてこそ一人前だね!」
「中尉……」
「ん?」
「貴女にだけは言われたく無いです……」
「うんうん。生意気言えるなら大丈夫だねー。さてと、少年兵諸君!」
集合し始まった少年達を前に、ミーアはにっこりと笑った。
「さっきはエリーがちょーっとやり過ぎちゃったけど、許してあげてね? はい、お詫びのアメちゃんあげるから! ね? これから改めて仲良く出来たらいいなぁーって思ってるから、よろしく頼むよー? 諸君! さぁ、私についておいで!」
山の天気よりも移り変わりの激しい海軍のテンションについていけず、少年達はどっと疲れを感じた。
どうも、朝日龍弥です。
ちょくちょく触れられていた奴隷制度。彼らは往々に存在し、使われてきた。
レオンもその一人だったというわけですね。
彼ら奴隷についても、どんどん掘り下げていきますので、よろしくお願いします。
次回更新は、11/6(水)となります。




