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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
九章 邂逅
84/425

海の女たち

 輸送艦がパナマ基地に到着し、第三部隊は漸く陸に降り立った。


 所々青い顔をしているものが見受けられ、やっと陸についたことに安堵する者もいた。


「うん。随分と船酔いでダウンしてしまっているねぇ。予想以上だよ」


 ペトロフはやれやれと頭を搔く。


「なんとか整列させましたが、少し休ませないといけないかもしれません」

「そうさせたいところなんだがねぇ……」


 ショウの言葉に同意したペトロフだが、踵を鳴らして歩み寄る影を見て、そうもさせてやれないと呟いた。


「ご機嫌よう。久しく見たけど、少し老けたかしら?」

「これはこれは、閣下。貴女はいつ見ても、変わらず麗しいですな」

「あら、気を遣わせてしまったかしら?」


 金のウェーブのかかったショートヘアを揺らし、隻腕の外套を棚引かせながら、一見物腰の柔らかな雰囲気を漂わせた彼女は、切れ長の目を細めた。


 彼女の透き通るような青い瞳は鋭さを忘れず、その風貌、佇まいから、彼女がカラヴェラ・バーゼルト元帥本人であることが読み取れる。


 ペトロフと他愛のないやり取りをし、その眼光が少年達に注がれると、嫌なプレッシャーを感じる。


「アル。お前の部隊は少年兵だと聞いていたけど、随分と窶れている奴が多いわね? 皆青白く、今にも死にそうな老人のようだわ」


 そう言って、少年兵を端から端まで見渡す。


「ふん。何人かは、見込みがありそうだ」


 細められた元帥の視線に、張り詰めた空気が流れる。プレッシャーとも取れるそれは、船酔いで疲弊した少年たちの胃を更に縮ませた。


「吐くなら海にしなさいな。ミーア! エルズ!」


 彼女の呼びかけに、颯爽と駆けつける女軍人の二人は、キッチリと敬礼してみせる。


「紹介しましょう。ミーア・アンブラ中尉、並びにエルズ・レッドフィールド少尉。お前達の面倒を見てくれるわ。ミーア、エルズ。彼らが陸の客人だ。やることは、わかってるわね?」

「「ウィルコ!」」

「よし。私も後で合流する。後は任せた。アル、お前は私と来い。陛下がお待ちだ」

「承知致しました」


 踵を鳴らし、艦隊へと歩を進める元帥とペトロフを敬礼で見送り、彼女たちは少年兵へと向き直った。


 背が高く、金髪に褐色の肌をしたエルズ少尉は少年兵へ声かけを行う。


「聞こえたか、少年兵諸君! 今から我々の言うことに従って動いてもらう! なお、君達に拒否権はない」


 張りつめた緊張感が伝わる中、エルズとは対照的に背が低いミーアは、おさげにしたブルネットの髪の枝毛を気にしながら、大きく溜息をつく。


「ちょっと堅すぎない? 慣れない航海で疲れてるだろうし。真面目すぎなんだよね、エリーは。あ、僕たち飴ちゃん食べる? あ、待って、船酔いしてる人多いから干しプリュネ食べなよ! 美味しいぞぉ?」


 そう言って、ミーアはポーチから乾物を取り出す。


「なっ! 困ります、中尉殿! 舐められては、閣下の立つ瀬が――」

「やだー。エリーったら堅すぎー。オフの時みたいにミーちゃんって言ってもいいのよ?」

「息を吐くように嘘つくのやめてください。貴女のテンションに付き合う私の身にもなってください!」

「ねぇ聞いた? 冗談も通じないのよ? だから、いつまでたっても処女のままなのよ」

「貴女って人は子供の前で何言ってんですか! いい加減仕事しないと張っ倒しますよ!」

「おーこわ。あ、そこの目隠れ君。干しプリュネ回してくれる?」


 干しプリュネなる物を貰ったラウリは、取り敢えず一つとって隣に回していく。


 目の前で繰り広げられるやり取りに、呆気に取られている少年兵達は、取り敢えず干しプリュネを口に放り込む。


「っ!」

「酸っぱい!」


 突然口に広がる酸味に、顔を歪める少年兵達。


 衝撃的な味と、唾液の分泌量に驚くものも多かったが、食べた後、船酔いの気持ち悪さが、まるで波が引くように去っていく。


「さてと、場の空気も、船酔いも和んだところで、早速乗り込みましょうか」

「なっ! 中尉、彼らはまだ水上訓練もしたことないんですよ!? いきなり艦に乗せるなんて!」

「えー? 水上訓練なんて、海に出てからすればいいじゃない! 実践が一番! さぁ、諸君! カリブ海へ繰り出そうではないか!」

「はぁ……。あの人は……。すまない、諸君。迷惑をかけるかもしれん」


 そう言って、軍艦へ乗り込む彼女たちを前に、第三部隊は呆然と立ち尽くした。


「ほーら! 早く乗りなよ、少年達! 置いてくぞー?」


 ミーアに言われるがまま、第三部隊は船に乗り込んだ。




    *     *     *




「いやっほーい!」


 大きな水しぶきを立てながら、待ってましたと、ソルクスは海に飛び込んでいく。


「おい、ショウ! すっげーぞ! 水がしょっぱい!」

「あのバカ……」


 ショウが呆れていると、すかさずエルズから注意が入る。


「イグルス上等兵! そんな飛び込み方では、骨折しても文句は言えないぞ!」


 軍艦に乗り、波が落ち着いた沖で、第三部隊は水上訓練を行っていた。


「大丈夫! 大丈夫!」


 メガホンで怒鳴るエルズの注意を全く気にしていないソルクスに、既に下で浮上訓練をしていたランスとロニーが声を上げる。


「ソルさん! あぶねぇーでしょーよー!」

「そうだよ。ソルクス。怪我人が出たらどうするんだ?」

「あー、もう。悪かったって。てか、マルクスは? あいつも先に飛び込んだろ?」

「「え?」」


 二人の後ろで無数の泡が浮かんできているのが見える。


「マルクス!?」

「たぁー! あのアホたれ! カナヅチなのかよ!」

「しゃーねぇーなぁ」


 ソルクスは綺麗に潜水すると、沈んで行ったマルクスを拾い上げる。


 水上に顔を出したマルクスは、勢いよく咳き込んだ。


「生きてるかー?」

「ゲホッ! そう、みたい」


 ソルクスの言葉に反応し、マルクスは意識があることを示す。


「大丈夫かよー」

「マルクス、さっき習ったろ? 服脱いで空気含ませて――」

「わかってるよ!」


 ソルクスに掴まりながら、マルクスはズボンを脱ぎ、両足の裾を縛った。ぎこちない立ち泳ぎで身体を一生懸命保ちながら、ズボンの穴を上空から振り下ろし空気を溜め、身体を入れて浮き輪を作る。


「はぁ……死ぬかと思ったぁ」

「今のうちに立ち泳ぎ練習しとかないと、何かあった時焦って溺れるぞ?」

「いつもソルさんが側に居る訳じゃねぇーからな」

「わかってるよ! 僕だって好きで泳げない訳じゃない!」


 二人の友人に指摘され、マルクスは不機嫌そうにそっぽを向いた。


「遊びじゃないんだぞ! とっとと上がってこいガキども!」

「すみません、少尉! 今上がりますから!」

「たぁー! マルクスが溺れるから怒られたろうが!」

「悪かったな!」

「チッ。いちいちウルセェなぁ。生理かよ」

「口を慎めイグルス上等兵!!」

「やっべ。地獄耳だ」


 バタバタと海から上がり始める少年達を見送りながら、エルズは苛立ちを隠しきれない。


「あの、クソガキども……」

「まぁ、いいじゃないか、エリー。せっかくの機会なんだから、楽しませてあげようよ!」

「そういうアンタは何してんですか」


 半裸姿でじゃれ合う少年兵を双眼鏡で眺めている上司の姿を見て、エルズは頭を抱える。


「エリーも見なよ! そこら中に少年達が肌を晒しながらじゃれ合ってるのよ!? 私達はそれを遠目で眺めるに徹するの! ほらぁ! あの目隠れ君と元気系ショタなんて最高では!? おっと、レオン一等兵は中々服を脱がないねぇ、その服の下にはどんな筋肉が眠ってるのかしら!? 濡れたままじゃ風邪引いちゃうぞぉ? ショタから外れ始めてるけど、私マッチョは好きなのよねー! いやぁ、眼福、眼福〜!」


 驚くほど早口になるミーアに、エルズは大きく溜息をついた。


「いつから、私の上司はチャイルド・マレスターになったのやら……。いくら、ひでっているからと言って、その言い方だと誤解されますよ、中尉」

「エリー! 誤解しないで! 私はそんな変態じゃないわ!」

「説得力がありませんよ」

「いい!? ショタは愛でるもの! ショタがいたら、部屋に呼んでお菓子をあげて、何もしないで家に帰す! コレが生粋のショタコンと言うものよ!」


 力説しているものの、ミーアは片時も目を離さない。


「おっしゃる意味がわかりません。中尉の性嗜好を否定するわけではありませんが。まず、部屋に誘うこと自体がアウトですよ」

「まず、ショタは愛でるものであって、性的対象とは違うの! はぁ……エリーにはショタの良さはわからんかぁ」


 残念残念と言いながら、ミーアは再び少年達を物色し始める。


「わかりたくありませんね、全く。それよりも、ちゃんと評価してますか?」

「大丈夫、大丈夫! ちゃんと仕事はしてますって――おお!?」

「何事ですか?」

「天使か……」

「はぁ?」


 熱の籠った溜息を漏らすミーアに、エルズはいい加減怒りが込み上げてくる。


「見なさい! エルズ少尉!」

「いえ、遠慮します」

「見よ! あの色素の薄い髪と肌! そして、髪と対照的なスカイブルーの瞳! やっぱり! コナー上等兵はショタだった! 賭けは私の勝ちね、エリー!」

「そんな……。男!?」


 エルズは急いで、船から下ろされた踊り場に双眼鏡を向ける。


「私の目に狂いは無い! おお! マクレイア軍曹もいいなぁ! 膝裏がたまらんわぁ」

「そんな……。そんな……」

「ん? あれ? あー……そっか、うん。同性愛を極めるエリーには、衝撃かもしれないね……。落ち込まないで……」

「別に、落ち込んでないです。私は五歳下までが範囲なので、別に……気にして……ないです……」

「わかった、わかっ――」

「コナー!」

「ん?」


 落ち込んでいるエルズから目を戻すと、海上が騒がしくなっていた。


 ソルクスとショウは、溺れたコナーを引き上げ、昇降式の踊り場に急いで乗せた。


 横たわるコナーはピクリとも動かない。


「あ、やっば!! エリー!」


 ミーアとエルズは急いで甲板へ向かう。


「コナー!! 起きろ!」

「ショウ! 息してねぇぞ!」

「ネイサン! クラーク! 来てくれ! ソル、水吐かせるぞ、手伝え!」

「おう!」

「どきな。素人」


 ショウとソルクスが水を吐かせようと動き出した時、背後から聞き覚えのない女性の声がした。


 振り返ると、ブルネットの髪を揺らし、白衣に眼帯姿の女性が立っていた。


 ソルクスを蹴り飛ばし、ショウを押し除け、女性は素早く気道を確保した。


 心肺蘇生法を開始してすぐに、コナーは大量の水を吐き出す。


 女性は直ちに顔を横に向けると、口を開けさせて指拭法を施す。


「誰か、乾いたタオルと毛布を持ってきな!」

「は、はいっす!」


 駆けつけてきたクラークが直ぐに指示に従う。


 女性は引き続き心肺蘇生法を試みると、コナーは咳き込み、やがて息を吹き返した。


 女性は呼吸が戻ったのを確認し、コナーの口周りの水を拭き取る。脈を確認し、ふぅっと息を吐く。


「良く戻った。いい子だ」


 頭を優しく撫でると、一足遅く駆けつけたミーアとエルズを睨みつける。


「遅いよ。ミーア、エルズ。監督不行き届きにも程がある。あと一歩で死人が出るところだ」


 二人は敬礼をし、バツの悪そうな顔をする。


「返す言葉もありません……。バレンシア船医長」

「お前達、蘇生法も教えてないのか?」

「えっとぉ……」


 目を泳がせるミーアをバレンシアは隻眼で睨めつける。


「教えていたら、意識のない者に水を吐かせるなど選択するか。素人の発想だ。エルズ、アンタが付いていながらなんてことだ。職務怠慢だぞ」

「も、申し訳ありません!」

「謝るなら、この子に謝りな」

「タオルと毛布っす!」


 戻ったクラークが持参したものを確認し、バレンシアは小さく頷いた。


「ご苦労様。身体を拭いたら、毛布を掛けてやりな。そこの赤いのと黒いの。その子を医務室に運んでくれないか?」

「イエッサー」


 ショウとソルクスがコナーに肩を貸し、医務室へと急ぐ。


「くれぐれも次がないよう、頼むぞ?」

「イエッサー!」


 ミーアの肩を軽く叩き、バレンシアはその場を後にする。


「ぶっはぁ! バレンシア船医長は元帥閣下以上に緊張するんだよねぇ……」

「中尉も見習った方がいいですよ」

「エリーってば冷たーい」

「当然ですよ。閣下に報告行ってくださいね」

「えー! 私!?」


 あからさまに嫌そうにするミーアに、エルズは大きく溜息を吐いた。


「当然です。あなたは上官ですよ? 私は彼らを見てますので……」

「えー、エリーばっかりずるい!」

「あなた反省してます?」

「はいはい! 行けば良いんでしょ! まぁ、少年が死んじゃうのは悲しいけど、溺れて死んだら、それまでだったって思うけど」

「あれだけ言っておいて、淡白ですね」

「そりゃあねー。閣下もそう思ってると思うよ? だって」


 ミーアはエルズを見上げる。


「味方だとは限らないからね」


 一瞬張り詰める空気に、エルズは嫌な汗を掻く。


「エリーは何だかんだいって、私より優しいからね〜。じゃあ、後は任せたよー」


 背を向けながら手を振るミーアを敬礼で見送り、エルズは残った少年兵達を一瞥した。

どうも、朝日龍弥です。

個性豊かで強かな女性たちが出てきましたね。

これからまた騒がしくなりますので、よろしくお願いします!


次回更新は、10/23(水)となります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お久しぶりです!! こういう女子勢、心臓に突き刺さって抜けなくなるほど性癖なので、これからどうなるのか滅茶苦茶楽しみです!! (海っていいですよねー!!!!)
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