海の女たち
輸送艦がパナマ基地に到着し、第三部隊は漸く陸に降り立った。
所々青い顔をしているものが見受けられ、やっと陸についたことに安堵する者もいた。
「うん。随分と船酔いでダウンしてしまっているねぇ。予想以上だよ」
ペトロフはやれやれと頭を搔く。
「なんとか整列させましたが、少し休ませないといけないかもしれません」
「そうさせたいところなんだがねぇ……」
ショウの言葉に同意したペトロフだが、踵を鳴らして歩み寄る影を見て、そうもさせてやれないと呟いた。
「ご機嫌よう。久しく見たけど、少し老けたかしら?」
「これはこれは、閣下。貴女はいつ見ても、変わらず麗しいですな」
「あら、気を遣わせてしまったかしら?」
金のウェーブのかかったショートヘアを揺らし、隻腕の外套を棚引かせながら、一見物腰の柔らかな雰囲気を漂わせた彼女は、切れ長の目を細めた。
彼女の透き通るような青い瞳は鋭さを忘れず、その風貌、佇まいから、彼女がカラヴェラ・バーゼルト元帥本人であることが読み取れる。
ペトロフと他愛のないやり取りをし、その眼光が少年達に注がれると、嫌なプレッシャーを感じる。
「アル。お前の部隊は少年兵だと聞いていたけど、随分と窶れている奴が多いわね? 皆青白く、今にも死にそうな老人のようだわ」
そう言って、少年兵を端から端まで見渡す。
「ふん。何人かは、見込みがありそうだ」
細められた元帥の視線に、張り詰めた空気が流れる。プレッシャーとも取れるそれは、船酔いで疲弊した少年たちの胃を更に縮ませた。
「吐くなら海にしなさいな。ミーア! エルズ!」
彼女の呼びかけに、颯爽と駆けつける女軍人の二人は、キッチリと敬礼してみせる。
「紹介しましょう。ミーア・アンブラ中尉、並びにエルズ・レッドフィールド少尉。お前達の面倒を見てくれるわ。ミーア、エルズ。彼らが陸の客人だ。やることは、わかってるわね?」
「「ウィルコ!」」
「よし。私も後で合流する。後は任せた。アル、お前は私と来い。陛下がお待ちだ」
「承知致しました」
踵を鳴らし、艦隊へと歩を進める元帥とペトロフを敬礼で見送り、彼女たちは少年兵へと向き直った。
背が高く、金髪に褐色の肌をしたエルズ少尉は少年兵へ声かけを行う。
「聞こえたか、少年兵諸君! 今から我々の言うことに従って動いてもらう! なお、君達に拒否権はない」
張りつめた緊張感が伝わる中、エルズとは対照的に背が低いミーアは、おさげにしたブルネットの髪の枝毛を気にしながら、大きく溜息をつく。
「ちょっと堅すぎない? 慣れない航海で疲れてるだろうし。真面目すぎなんだよね、エリーは。あ、僕たち飴ちゃん食べる? あ、待って、船酔いしてる人多いから干しプリュネ食べなよ! 美味しいぞぉ?」
そう言って、ミーアはポーチから乾物を取り出す。
「なっ! 困ります、中尉殿! 舐められては、閣下の立つ瀬が――」
「やだー。エリーったら堅すぎー。オフの時みたいにミーちゃんって言ってもいいのよ?」
「息を吐くように嘘つくのやめてください。貴女のテンションに付き合う私の身にもなってください!」
「ねぇ聞いた? 冗談も通じないのよ? だから、いつまでたっても処女のままなのよ」
「貴女って人は子供の前で何言ってんですか! いい加減仕事しないと張っ倒しますよ!」
「おーこわ。あ、そこの目隠れ君。干しプリュネ回してくれる?」
干しプリュネなる物を貰ったラウリは、取り敢えず一つとって隣に回していく。
目の前で繰り広げられるやり取りに、呆気に取られている少年兵達は、取り敢えず干しプリュネを口に放り込む。
「っ!」
「酸っぱい!」
突然口に広がる酸味に、顔を歪める少年兵達。
衝撃的な味と、唾液の分泌量に驚くものも多かったが、食べた後、船酔いの気持ち悪さが、まるで波が引くように去っていく。
「さてと、場の空気も、船酔いも和んだところで、早速乗り込みましょうか」
「なっ! 中尉、彼らはまだ水上訓練もしたことないんですよ!? いきなり艦に乗せるなんて!」
「えー? 水上訓練なんて、海に出てからすればいいじゃない! 実践が一番! さぁ、諸君! カリブ海へ繰り出そうではないか!」
「はぁ……。あの人は……。すまない、諸君。迷惑をかけるかもしれん」
そう言って、軍艦へ乗り込む彼女たちを前に、第三部隊は呆然と立ち尽くした。
「ほーら! 早く乗りなよ、少年達! 置いてくぞー?」
ミーアに言われるがまま、第三部隊は船に乗り込んだ。
* * *
「いやっほーい!」
大きな水しぶきを立てながら、待ってましたと、ソルクスは海に飛び込んでいく。
「おい、ショウ! すっげーぞ! 水がしょっぱい!」
「あのバカ……」
ショウが呆れていると、すかさずエルズから注意が入る。
「イグルス上等兵! そんな飛び込み方では、骨折しても文句は言えないぞ!」
軍艦に乗り、波が落ち着いた沖で、第三部隊は水上訓練を行っていた。
「大丈夫! 大丈夫!」
メガホンで怒鳴るエルズの注意を全く気にしていないソルクスに、既に下で浮上訓練をしていたランスとロニーが声を上げる。
「ソルさん! あぶねぇーでしょーよー!」
「そうだよ。ソルクス。怪我人が出たらどうするんだ?」
「あー、もう。悪かったって。てか、マルクスは? あいつも先に飛び込んだろ?」
「「え?」」
二人の後ろで無数の泡が浮かんできているのが見える。
「マルクス!?」
「たぁー! あのアホたれ! カナヅチなのかよ!」
「しゃーねぇーなぁ」
ソルクスは綺麗に潜水すると、沈んで行ったマルクスを拾い上げる。
水上に顔を出したマルクスは、勢いよく咳き込んだ。
「生きてるかー?」
「ゲホッ! そう、みたい」
ソルクスの言葉に反応し、マルクスは意識があることを示す。
「大丈夫かよー」
「マルクス、さっき習ったろ? 服脱いで空気含ませて――」
「わかってるよ!」
ソルクスに掴まりながら、マルクスはズボンを脱ぎ、両足の裾を縛った。ぎこちない立ち泳ぎで身体を一生懸命保ちながら、ズボンの穴を上空から振り下ろし空気を溜め、身体を入れて浮き輪を作る。
「はぁ……死ぬかと思ったぁ」
「今のうちに立ち泳ぎ練習しとかないと、何かあった時焦って溺れるぞ?」
「いつもソルさんが側に居る訳じゃねぇーからな」
「わかってるよ! 僕だって好きで泳げない訳じゃない!」
二人の友人に指摘され、マルクスは不機嫌そうにそっぽを向いた。
「遊びじゃないんだぞ! とっとと上がってこいガキども!」
「すみません、少尉! 今上がりますから!」
「たぁー! マルクスが溺れるから怒られたろうが!」
「悪かったな!」
「チッ。いちいちウルセェなぁ。生理かよ」
「口を慎めイグルス上等兵!!」
「やっべ。地獄耳だ」
バタバタと海から上がり始める少年達を見送りながら、エルズは苛立ちを隠しきれない。
「あの、クソガキども……」
「まぁ、いいじゃないか、エリー。せっかくの機会なんだから、楽しませてあげようよ!」
「そういうアンタは何してんですか」
半裸姿でじゃれ合う少年兵を双眼鏡で眺めている上司の姿を見て、エルズは頭を抱える。
「エリーも見なよ! そこら中に少年達が肌を晒しながらじゃれ合ってるのよ!? 私達はそれを遠目で眺めるに徹するの! ほらぁ! あの目隠れ君と元気系ショタなんて最高では!? おっと、レオン一等兵は中々服を脱がないねぇ、その服の下にはどんな筋肉が眠ってるのかしら!? 濡れたままじゃ風邪引いちゃうぞぉ? ショタから外れ始めてるけど、私マッチョは好きなのよねー! いやぁ、眼福、眼福〜!」
驚くほど早口になるミーアに、エルズは大きく溜息をついた。
「いつから、私の上司はチャイルド・マレスターになったのやら……。いくら、ひでっているからと言って、その言い方だと誤解されますよ、中尉」
「エリー! 誤解しないで! 私はそんな変態じゃないわ!」
「説得力がありませんよ」
「いい!? ショタは愛でるもの! ショタがいたら、部屋に呼んでお菓子をあげて、何もしないで家に帰す! コレが生粋のショタコンと言うものよ!」
力説しているものの、ミーアは片時も目を離さない。
「おっしゃる意味がわかりません。中尉の性嗜好を否定するわけではありませんが。まず、部屋に誘うこと自体がアウトですよ」
「まず、ショタは愛でるものであって、性的対象とは違うの! はぁ……エリーにはショタの良さはわからんかぁ」
残念残念と言いながら、ミーアは再び少年達を物色し始める。
「わかりたくありませんね、全く。それよりも、ちゃんと評価してますか?」
「大丈夫、大丈夫! ちゃんと仕事はしてますって――おお!?」
「何事ですか?」
「天使か……」
「はぁ?」
熱の籠った溜息を漏らすミーアに、エルズはいい加減怒りが込み上げてくる。
「見なさい! エルズ少尉!」
「いえ、遠慮します」
「見よ! あの色素の薄い髪と肌! そして、髪と対照的なスカイブルーの瞳! やっぱり! コナー上等兵はショタだった! 賭けは私の勝ちね、エリー!」
「そんな……。男!?」
エルズは急いで、船から下ろされた踊り場に双眼鏡を向ける。
「私の目に狂いは無い! おお! マクレイア軍曹もいいなぁ! 膝裏がたまらんわぁ」
「そんな……。そんな……」
「ん? あれ? あー……そっか、うん。同性愛を極めるエリーには、衝撃かもしれないね……。落ち込まないで……」
「別に、落ち込んでないです。私は五歳下までが範囲なので、別に……気にして……ないです……」
「わかった、わかっ――」
「コナー!」
「ん?」
落ち込んでいるエルズから目を戻すと、海上が騒がしくなっていた。
ソルクスとショウは、溺れたコナーを引き上げ、昇降式の踊り場に急いで乗せた。
横たわるコナーはピクリとも動かない。
「あ、やっば!! エリー!」
ミーアとエルズは急いで甲板へ向かう。
「コナー!! 起きろ!」
「ショウ! 息してねぇぞ!」
「ネイサン! クラーク! 来てくれ! ソル、水吐かせるぞ、手伝え!」
「おう!」
「どきな。素人」
ショウとソルクスが水を吐かせようと動き出した時、背後から聞き覚えのない女性の声がした。
振り返ると、ブルネットの髪を揺らし、白衣に眼帯姿の女性が立っていた。
ソルクスを蹴り飛ばし、ショウを押し除け、女性は素早く気道を確保した。
心肺蘇生法を開始してすぐに、コナーは大量の水を吐き出す。
女性は直ちに顔を横に向けると、口を開けさせて指拭法を施す。
「誰か、乾いたタオルと毛布を持ってきな!」
「は、はいっす!」
駆けつけてきたクラークが直ぐに指示に従う。
女性は引き続き心肺蘇生法を試みると、コナーは咳き込み、やがて息を吹き返した。
女性は呼吸が戻ったのを確認し、コナーの口周りの水を拭き取る。脈を確認し、ふぅっと息を吐く。
「良く戻った。いい子だ」
頭を優しく撫でると、一足遅く駆けつけたミーアとエルズを睨みつける。
「遅いよ。ミーア、エルズ。監督不行き届きにも程がある。あと一歩で死人が出るところだ」
二人は敬礼をし、バツの悪そうな顔をする。
「返す言葉もありません……。バレンシア船医長」
「お前達、蘇生法も教えてないのか?」
「えっとぉ……」
目を泳がせるミーアをバレンシアは隻眼で睨めつける。
「教えていたら、意識のない者に水を吐かせるなど選択するか。素人の発想だ。エルズ、アンタが付いていながらなんてことだ。職務怠慢だぞ」
「も、申し訳ありません!」
「謝るなら、この子に謝りな」
「タオルと毛布っす!」
戻ったクラークが持参したものを確認し、バレンシアは小さく頷いた。
「ご苦労様。身体を拭いたら、毛布を掛けてやりな。そこの赤いのと黒いの。その子を医務室に運んでくれないか?」
「イエッサー」
ショウとソルクスがコナーに肩を貸し、医務室へと急ぐ。
「くれぐれも次がないよう、頼むぞ?」
「イエッサー!」
ミーアの肩を軽く叩き、バレンシアはその場を後にする。
「ぶっはぁ! バレンシア船医長は元帥閣下以上に緊張するんだよねぇ……」
「中尉も見習った方がいいですよ」
「エリーってば冷たーい」
「当然ですよ。閣下に報告行ってくださいね」
「えー! 私!?」
あからさまに嫌そうにするミーアに、エルズは大きく溜息を吐いた。
「当然です。あなたは上官ですよ? 私は彼らを見てますので……」
「えー、エリーばっかりずるい!」
「あなた反省してます?」
「はいはい! 行けば良いんでしょ! まぁ、少年が死んじゃうのは悲しいけど、溺れて死んだら、それまでだったって思うけど」
「あれだけ言っておいて、淡白ですね」
「そりゃあねー。閣下もそう思ってると思うよ? だって」
ミーアはエルズを見上げる。
「味方だとは限らないからね」
一瞬張り詰める空気に、エルズは嫌な汗を掻く。
「エリーは何だかんだいって、私より優しいからね〜。じゃあ、後は任せたよー」
背を向けながら手を振るミーアを敬礼で見送り、エルズは残った少年兵達を一瞥した。
どうも、朝日龍弥です。
個性豊かで強かな女性たちが出てきましたね。
これからまた騒がしくなりますので、よろしくお願いします!
次回更新は、10/23(水)となります。




