模擬戦の始まり
進行訓練・模擬戦闘演習場、通称第六訓練場にて、揃いの赤い腕章を持つ小隊が、勾配が急な山道を進行していた。
「なぁ~ショウ。もっと楽な道ねーのかよー。足が棒になっちまうぜ」
着崩した軍服から覗く翡翠石の首飾りを揺らしながら、ソルクスは、急勾配の道を行くことに嫌気がさしていた。
「仕方ないですよ。僕ら側の出発地点からは、この道一本しか通る場所がありませんし、ここを過ぎれば、なだらかな下りの山道になりますから」
コナーは人一倍荒くなっている息を整えながら、ソルクスを元気付けようとしていた。
「しっかしよー。なんで俺らがこんな目に遭わなきゃいけねーんだよ。向こうは総勢百五十人くらいいるんだぞ? 三倍だぞ! 三倍! しかも向こうは歩きやすい平地を移動してこっちに迫ってきてんだぞ? 勝てっこねーよこんなの。どー思うよショウ」
「お前が計算できたことに驚いた」
「バカにしてんのか!」
ショウは滴る汗をぬぐいながら、茶化す余裕を見せる。
「それくらい元気あれば大丈夫だろう。このまま歩いて開けた場所に出れば、あとはなだらかな下り坂。一旦そこで休憩を取る」
「え、でもそうしたら予定される場所への到着時間を大幅に過ぎて、向こうに先手を取られますよ?」
「〝交戦に最適〟とか言う場所だろー? ペトロフ准尉もあそこに先に着けば有利になるかもって言ってたよな?」
今回の不当な演習内容を覆せなかったペトロフの歯痒そうな顔が浮かぶ。
「どう考えたって、進行しやすい道を行くあっちの部隊の方が早く着くに決まってるだろ。向こうだって各教官に〝交戦に最適〟と聞いているだろうから、戦略的合流するとすれば、そこに向かおうとするのは、わかりきってる。休憩なしに歩き続けたとしても東西、南とバラバラな場所から進行してきた部隊に、三方向から戦力合流されて即全滅、なんてことになるに決まってる」
「じゃーもうどーしようもねーじゃんか!」
「完全に負け戦ですよね……」
がっくりと項垂れて、やる気を削がれる二人。その後ろの第三部隊全体も既に戦意喪失状態で、やる気を微塵も感じられない。
途中休憩を挟みながら、だいぶ進行が遅れているショウ率いる第三部隊は、ようやく開けた場所にたどり着いた。ゴツゴツした岩場で、周りに木々はなく、今来た急勾配な道と前方のなだらかな道以外は、道という道はなく、右側は山の岩肌、左側には崖しかないという場所だった。
「やっと着いたー! ここで休憩なんだよな? まだ進むとか言わないよな?」
その言葉を聞いて溜息をつきながらも、ショウは全体に休憩の合図を出す。若干五十名の少年兵たちは、慣れない山道で疲労困憊の様子だった。
それはショウやソルクスも例外ではない。コナーは肩で息をする始末だ。
ショウは開けたこの場所をぐるっと一周し、眺めの良い場所に立ち、風にあたりながら、目の前に広がる地形をただひたすら眺めた。
ショウは頭の中で穴があくほど見つめていた地図と、目の前に映る光景と照らし合わせる。
演習前のペトロフとの会話を思い出し、頭に交戦に最適という言葉が頭に響く。
頭の中で、何かがはまる感覚がした。
「やめた」
「「え?」」
小隊全体の様子を見て、今まで難しい顔をしていたショウが、急に吹っ切れたように、ポツリとこぼした。
「やめたって何がだよ!」
「まさか、降伏するんですか?」
「誰もそんなことは言ってない」
「じゃあ何をやめるんだよ!」
ソルクスの追及に、ショウはふっと息を吐いた。
「何って、ペトロフ准尉が言っていた、〝交戦に最適〟って言われている場所まで進行するのをやめる。どうせ行ったって、蜂の巣になるだけだし。そんなの、わかっていて、実戦で進行するバカはいない。それに誰もそこで戦わなきゃいけないなんて言ってないしな。あのペトロフ准尉がなんであそこまで何度も〝交戦に最適〟な場所と言って強調していたのか……」
「でも……どうするんですか?」
「ちょっと待ってろ」
そういうとショウは大きな岩に登り、小隊全体を見下ろせる位置に立った。
「全員注目! これから俺たちはここに陣をはる!」
ショウの言葉に小隊全員がどよめき始める。
「このなだらかな山道の先は、森になっている。さらにこの先は、だだっ広い平地が広がっている。そこには演習前にペトロフ准尉に言われた、〝交戦に最適〟と言われる場所がある訳だが、そんなところに行ったところで、全滅は必至。そこで俺たちは、あえてここに陣をはり、最終的にここで敵を迎え撃つ。あくまで最終的に、だ」
ショウが全員に語りかけるが、完全に戦意喪失している者たちは、そんなことしても勝てっこないと口々に漏らす。
「いや、勝てる!」
ショウは決して勝利を疑わない目をしていた。だが確信のない小隊全体が悲鳴をあげるようにショウに野次を飛ばす。
「無理だよ、こんなの……」
「兵力の差がまるでわかってないですねぇ、ハイ。隊長殿は計算ができないのでしょうかねぇ?」
「もう降伏しか残されてないのかなぁ~?」
「三倍の兵力を持つ敵に、どう勝てというのですか!」
「こんなことになったのは、元はと言えばお前のせいだろ!」
「そうだそうだ!」
ぼぼ全員が不平不満の野次を飛ばし、ショウの言葉に耳を貸さない。
それどころかこの不当な扱いの責任の所在を、ショウに押し付けて罵倒し始める。
「や、やめてください! ことの発端は僕にあります! ショウさんのせいじゃ――」
この件に一番責任を感じているコナーは、目一杯に声を張り上げるが、凄まじい罵詈雑言に掻き消されてしまって声が届かない。
「いい加減に、しろーーー!!」
ソルクスの一喝が、周りの空気にビリビリと伝わり、不平不満をぶつける者たちを一瞬で黙らせる。
ソルクスは顔を真っ赤にして声を張り上げる。
「いいか!? ショウが勝てるって言ったら勝てるんだよ! ショウは小隊長だぞ!? お前らはなんだ! ただの二等兵だろうが! どうせ負けるなら、勝てるかもしれない方に賭けろよ! 不満があんなら、お前らが隊長やれよ! 勝てる確信があるならな! ショウはな! お前ら一人一人の戦力を考えた上で、勝つって確信してんだよ! そんなこともわかんねーのか! ばぁーか!!」
周りがより静まり返り、小隊全体が不安そうにショウの方へ静かに向き直る。
フーッフーッと息を荒げているソルクスが、ショウの方に顔を向けて頷く。ショウもそれを見てホッとしたように頷き返す。
「いいか? 敵は何も最初から一個中隊程いるわけじゃない。それぞれが、それぞれの出発地点から進行している。つまり、戦力合流しない限り、俺たちと兵力は変わらない」
ショウが言葉を重ねていくたびに、彼の考えが段々小隊全体に伝わっていく。
「つまり俺たちが求められる行動は一つ。戦力合流する前に小隊を各個撃破すること。ここで一番最初に撃破する部隊は、ここから一番近い東側から進行してくる少年兵第一部隊。続いて南側の第四部隊、西の第二部隊と順番に各個撃破していく」
ショウの考えはいたってシンプル。ショウは自分の小隊に勝ち筋を示し、兵の士気を上げることに努める。だが同時に疑問も生まれる。
「本当にそんなことが可能なんでしょうかねぇ? ハイ」
キツネ顔をした少年が漏らした言葉に、全員が、できなかった時のことを考えて青ざめる。
できなかった場合、勝ち筋が無くなる。たとえ戦力合流する前に小隊同士でやりあったとしても、戦死者扱いのものや、負傷者が出ればその時点で小隊同士でも不利な状況になる。
もし、第一部隊を撃破できたとしても、第四部隊と第二部隊が合流する前に各個撃破できる可能性は限りなくゼロに近い。
「できなくてもいい」
ショウの発言に、また全体がどよめくが、その度にソルクスが再び声を張り上げる。そのためショウの発言を妨げようとするものは、もういない。
「できなくてもいいんだ。できなかった場合の策も幾つかある。その布石のための陣地だ。砦までとはいかないが、この高低差を利用すれば、簡単には攻め落とされない防御陣形を作れる。そしてここは平地を見渡せるくらいの高さだ。つまりこの位置から敵の進行及び位置がある程度見えるようになるが、相手からはこちらが見え辛い。ここは陣を張るには最適と言える場所だ。だから今日は無理して進軍しない。だけど第一部隊の撃破は、この戦いを勝ち抜くために最低限必須条件となる。期限は五日間しかない。今日を抜いて後四日。明日が俺たちの最初の山場になる。明日決行する作戦を成功させるかさせないかによって、俺たちの勝敗はほぼ決まる。異論はあるか? ヨダ二等兵」
「いえ、別に」
ヨダと呼ばれたキツネ顔の少年は、少し肩を浮かせてニヒルな表情を崩さない。
「ほかに、異論のあるやつはいるか?」
ショウの考えに意見する者は無く、皆、ショウの見通しのたった考えに、ただじっと次の指示を待っていた。
「だいぶ日が傾いてきたな。今日はここに陣を張り終えたら、明日に備えて各自休んでくれて構わない。明日は日の出とともに行動を開始する。白兵分隊長リカルド二等兵、銃撃兵分隊長ヨダ二等兵、衛生兵分隊長コナー二等兵はこの後集まってくれ。作戦の概要と分隊の役割を話す」
「「サー・イエス・サー!!」」
小隊全体が敬礼を揃えて、陣を張るために行動し始める。その様子を見届けてショウはソルクスを呼ぶ。
「どうしたー? 俺は分隊長じゃないだろー?」
「分隊長である前に補佐官だろ。いや、その話はいい。ソルには今日中に確認してほしいことがあるんだ」
「ん?」
衛生兵分隊長としてコナーがショウのところへ来た時、ソルクスはショウから何かを伝えられた後、任せろとニカッと笑いながら、二人の銃撃兵を連れて、なだらかな山道を下って行った。
「ソルさんには何を?」
「別に。あいつのやりたいようにやらせてやろうと思っただけさ」
「え?」
コナーは頭の上に、はてなを浮かべながら首を傾げた。
「ああ、そうだコナー。お前たち衛生兵十名には、今回情報伝達役としても活躍してもらいたい。連絡用に与えられたトランシーバーは、六つしか確保できなかったからな。衛生兵を白兵分隊に三名、銃撃兵分隊に二名、陣に四名それぞれ組み込んでほしい。各分隊長に一つ渡すから一人は情報伝達役、他は衛生兵として行動してほしい。コナーは俺と行動してくれ」
「わかりました。では僕の方で人選してしまっても大丈夫ですか?」
「問題ない。コナーの方が衛生兵の個々の能力を知っているだろうから、俺が人選するよりよっぽどいい。そうだ、トランシーバーの親機は陣に置く。電磁パルスだか何だか知らないが、雑音がひどいとカールソン二等兵に伝えてくれ。どうにかなるかわからんが、あいつは機械に詳しい。頼んだぞ」
「了解です! あの、今回ソルさんが白兵分隊長じゃないのは何でですか?」
コナーの疑問を受けてショウはフッと笑って見せた。
「俺はあいつを分隊長にするつもりはないよ」
「え、でも……」
「あいつは分隊長って柄じゃないし、そんな枠に閉じ込めたら、あいつの良さが出し切れない。自由があいつの良さの一つだからな」
「はぁ……」
「まぁ、あれだ。暴れたい時に暴れさせるためだ。近くに人がいたら巻き込まれるだろう?」
「まぁ……それは何と無くわかります」
思わず苦笑いをするコナーは、ふと何かに気づいたように空を見上げる。
「ショウさん、見てください! こんな所にカラスが飛んでますよ! 珍しいですね!」
「カラス?」
コナーが見つめる先には、一羽のカラスが上空を旋回していた。
「本当だ。珍しいこともあるもんだな。もう日が暮れるっていうのに。まぁいい、今は明日のことについて考えないとな」
「そうですね!」
少し疲れた顔をしたショウはふうっと一息ついて、遅れてきた各分隊長とコナーを交えて、翌朝の作戦会議を始めた。一羽のカラスは大きな岩に留まり、その様子を眺めていた。
* * *
尉官宿舎となっている場所の一角に設置された部屋で、各教官たちは演習の様子をモニター越しに眺めていた。
「第三部隊を除いて、第一部隊から第四部隊は予定通りに進行していますね」
「まぁ、何にも無いような平原を歩いてるんだ。遅れたら逆におかしいだろ」
真面目なニコラスに対し、サイラスは気だるげに答える。
「しかし、第三部隊は他の部隊の半分も進めなかったなぁ。まぁ予想どおりだ、なぁペトロフ准尉殿」
バーグは、常時この調子でペトロフを煽ってくる。
「子供の足であそこを進行するのは大変だろう。無理もない。本当に先生の部隊は気の毒です」
サイラスに正論を言われ、バーグは舌打ちをしながら自分の部隊の様子を眺め始める。
「しかしこれが新型の偵察型ドローンですか……。よくこんなもの作れましたね。本物のカラスと見分けがつかないほど細かい造りですし、何よりこの電磁パルスの中を機械が飛び回れるなんて……」
ニコラスはカラスの形を模した新型の偵察型ドローンに改めて感心していた。
「まぁ俺たちはArmy派なんて呼ばれてはいるけど、科学者がいないわけじゃない。もう一度人間が空を飛べるようになる時代はそう遠くないかもな。なんでも最近になって子供ながらに天才って呼ばれてる科学者が出て来たらしく、この新型のドローンもそいつが作ったらしいとかなんとか」
「気がつけば戦争は大人の仕事ではなくなってきている。悲しいことだ。子供が戦争の道具に使われるなど」
苦々しい面持ちでモニター越しにショウたちの様子を片時も見逃さず見守るペトロフは、今、A派が置かれている状況を鑑みて、嘆いていた。
「しかし、先生の所の小隊長はやけに慎重ですねぇ。まだ敵もいないとわかっていながら斥候を出すなんて」
「明日効率よく森を進むためじゃないですか? 迷ってしまったら、それこそ大幅に後れをとりますからね」
「ただ単純に兵力差にビビって斥候を出さずにいられなかっただけだろう? これだけ兵力差があれば兵の士気も下がってるだろうしなぁ? 流石に可哀想なことしたかぁ? ククク」
バーグはニヤニヤしながらペトロフを一瞥するが、ペトロフは無言のままショウがとる行動をじっと見ていた。
どうも、朝日龍弥です。
二章来ました!ドーン!
ということで、始まった訳ですけど、二章のタイトル無駄にかっこよくしすぎた……。
インテリ風を装ったけど、内容でバカだとばれるわww
今回から読みやすくするために区切ってみました!
いかがでしょうか?
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次回更新は5/23(水)0時更新です。




