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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
八章 家族の形
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理想と偽善

 うなされていたクラークを起こし、朝早くからやる事のないランスは、コーヒーを淹れに食堂へと足を運んでいた。


 賑やかな声に気づき、厨房をのぞいてみると、炊事当番のロニーとマルクスが作業をしていた。


「おはよう、マルクス。ロニーも。二人は今日炊事当番か?」

「あ、おはよう。朝早いね、ランス」

「はよーさん」


 いつもの挨拶を交わすと、ロニーは気だるそうにランスに声をかける。


「全員分の飯を準備しなきゃならねぇーからなぁ。なぁ、ランス。交換してくんない?」

「ダメだよ、ロニー。そういうことしちゃ」

「固いこと言うなよ! それに冗談だろ? 本気にすんなよな。たぁー! これだから真面目ちゃんは」


 マルクスはロニーのサボりぐせに目を光らせるが、ロニーはその言動に肩を浮かせる。


「いい加減怒るよ。早く準備しないと間に合わなくなるだろ!」

「へーへー」

「ははは。二人も相変わらずだなぁ」


 落ち着いた様子で二人のやり取りを見守るランスに、マルクスはふと疑問を感じた。


「そう言えば、ランスは何しに?」

「ああ、コーヒーでも飲もうかなって」


 そう言って、コーヒーを注ぐランスは、心ここに在らずといった様子だった。


「どうしたの?」

「え? あ、いや、大したことじゃない……訳じゃないんだけど」

「どっちだよ! 何かあったのかよ? お前さんがそんな顔するなんて珍しいじゃねぇか」


 いつも爽やかに振る舞うランスの意外な一面に、ロニーは興味深そうにしていた。


「朝食の準備しながらでよければ聞くよ?」


 何処からどう話せばいいのかと、考え込むランスに、マルクスは椅子に座るように促した。


「あ、悪いな」

「で、話って?」


 自分も向かい合うように座り出すロニーを見て、マルクスは呆れ始める。


「ロニー、何してんの? 準備しなきゃならないんだけど?」

「たぁー! マルクスよ。こういうのはな? ちゃんと面と向かって話を聞かなきゃダメなんだよ! ランスに失礼だろ? それに、俺がいなくても実際できるだろ?」

「そう言って、体良く僕に炊事当番押し付ける気でしょ?」


 徐々に鬼の形相になるマルクスに、ランスは顔をひきつらせる。


「ロニー、気持ちはありがたいけど、これじゃあマルクスが不憫だろ? それに、俺一人の相談で、部隊全体の朝食が無いなんて事になったら大変なことになる」

「っち、真面目か! しゃーねーなぁ。わかったよ! やればいいんだろ? やれば!」


 そう言って、ロニーは渋々重い腰を上げた。


「で、話って?」


 マルクスはスープの準備をしながら、ランスの話を聞き始める。


「えっと……。実はクラークのことなんだけどさ」

「え? クラーク?」

「なんだ兄弟喧嘩かよ。俺はそういうのはよくわかんねぇぞ?」


 同室同士の喧嘩かと考えていたマルクスは、目を丸くした。


「え? そうなの?」

「違うのか?」


 顔を見合わせる二人に、ランスは寂しそうに笑った。


「ロニー、クラークは俺の弟じゃないぞ?」

「えっ? 前二人で喋ってる時に”ランス兄”って呼ばれてたろ?」


 ランスは困ったように話を続ける。


「んー、まぁ、そうなんだけど。正しくは俺の弟じゃない。クラークは俺のコロニーに入るのを拒否してきたからな。友達というか、なんというかなぁ……」

「そういえば、ランスはコロニーの長として、みんなを養う為に、軍に志願したんだもんね」


 マルクスの言葉に、ランスは自信なさげに肩を落とした。


「いや、そう言うと、なんか俺が凄いやつに聞こえるから、長とかよしてくれよ。実際、俺には長の器はないし……。ただ親のいない子供達を俺の弟妹として、家族として、迎え入れてるだけさ」

「だけって、そんな事ないよ。ランスは凄いと思うよ?」

「ふぅーん。で? クラークの何が問題なんだ?」


 ランスの様子から、ロニーは先ほどとは打って変わり、つまらなそうに口にする。


「いや、クラークに問題はない。クラーク自身には……。ただ、クラークのお袋さんの事でな」

「え? クラークのお母さんに何かあったの?」


 母と子二人でウェーダーを生きてきたと聞いていたマルクスは、少々聞き辛そうにしていた。


「休暇中に何があったかは俺も聞いてないんだけどな? 様子がおかしいから、どうしたもんかと思って。また、暴力を受けたんじゃないかって……」

「それって……」

「そんなの、スラムじゃ珍しくもねぇじゃん」


 ロニーの発言に、マルクスは空気を読めと睨みつける。


「はいはい。口挟みませんよ。続けろよ」

「ちょっと、長くなるけどいいか?」

「気にしないで、大丈夫だよ。話してみて?」


 どこから話せばいいかと、ランスは小さく唸った。


「俺のコロニーは、今ではダーヴコロニーと言われててな。ジャックのいたホークコロニーとは対をなすように巷では有名になったと思う。そんな頃だ。クラークと初めて会ったのは。ウェーダーに近い市場だった。そこで盗みをしていたクラークが、見つかりそうになったところを、俺が助けた」

「どうやって?」

「俺は土木業のおやっさんに、頼み込んで働かせてもらってたんだ。賃金は低かったけど、それでもできのいい弟と一緒に頑張って稼いでたから、その分を切り崩して、盗んだ分を俺が買ったんだ。知り合いの店だったから、コロニーに入ったばっかの弟だってことにして」


 ランスはまだ口調の荒かった頃のクラークを思い出す。


「それからすぐ後、クラークに親がいるってわかって、家まで送ってやって、そこで……その……」


 発狂し、自分の子を信じられない母親に叩かれるクラークの姿を思い出し、ランスは唇を噛み締めた。


「弟はほっとけって言ってたけど、俺はどうしても気になって。度々クラークに会いに行って、クラークのお袋さん、マチルダさんとの関係を気にかけてきた」


 通う度に増える打撲痕と、喉に残る青い痣。幼い少年の苦しみに耐える姿。それに、ランスは耐えられなかった。


「なんとかクラークだけでも俺のコロニーに連れてこれないか考えて、何度も誘ったんだ。でも、クラークのやつ、大丈夫だって無理やり笑うんだよ。俺はそれが辛かった。それで、今朝の話に戻るんだ。ここにきてから、あんな顔、見た事なかったのに……」

「確かに胸糞悪ぃ話に違いねぇけど、よくある話だよな」


 肩を落とすランスにロニーが口を曲げる。


「クラークのお袋さん、マチルダさんにどんな理由があったって。傷つけるなんて間違ってる。親は子供を守るものだろ?」

「……お前さんの理想はわかったけどよ? そうなれない奴がいるから、クラークみたいな子が後を絶たねぇーんだぜ?」


 ランスは顔をしかめる。


「家族はお互いを思いやる。それが普通だろ?」

「は?」


 目角を立てるロニーに、ランスは思わずたじろいだ。


「な、なんだよ」

「確かに、普通じゃねぇーかもな。だから? それがどうしたって言うんだよ」

「ロニー、ちょっと――」

「マルクスは黙ってろ。俺はコイツに聞いてんだからな」

「だから、休暇の間に何かされたんじゃないかって心配だろ? 手を上げるなんて普通じゃないし、クラークはまだ子供だ。助けてやりたいって思うのは当たり前だろ?」


 ランスの答えに、ロニーは舌打ちした。


「俺がこの世でどうしても許せねーのが二つある。”イカサマ”と”偽善者”だ」

「え?」

「お前さんは”偽善者”だ」

「なっ!」

「ロ、ロニー? どうしたの?」


 いつも飄々としているロニーの変貌に、マルクスは完全に萎縮していた。


「俺は偽善者じゃない! 俺は本心でクラークを助けたいと思ってるし! その為に動いて来たんだ!」

「おーおー、それはご立派なことで! でもな! お前さんがクラークを助けたいって思ったのは、自分が幸せになりたいからだろう?」

「は? 何言って――」

「身寄りのねぇーガキを囲って、世間様からいい目で見られたいだけなんだろ! クラークを幸せにして自分は良いことをしているって、悦に浸りたいだけなんだよ、お前さんは!」

「なっ! そんなことは絶対――」

「無いって言えんのかい? 行くあてのない孤児達を助けて、感謝されて、さぞ気分がいいだろうよ。だがな、その後は? 雀の涙みたいな給料でやりくりしようってか? 無理だね! 非現実的すぎるだろうが!」

「それは……」


 ランスの頭に、弟がよぎる。


「俺はお前さんの弟に同情するね! お前さんは側から見て、報われない孤児達を助ける善人に見られることが好きだったろう? 俺は可哀想な子供達を助けてる素晴らしい人間だって、周りの奴らに思われたかったんだろう? お前さんは虚栄心や利己心からやった行動じゃないって本当に言えんのかい?」

「俺はただ、助けたいって、一心で……」


 顔を俯かせるランスに、ロニーは嘆息した。


「クラークが一度でも、お前さんに助けてくださいなんて言ったか?」


 ――大丈夫っすよ


 今朝のクラークの顔が思い浮かぶ。


「言われて……ない」


 ランスは胸が潰れるような感覚がした。


「助けを求められてもないのに、何が助けたいだよ。それはただのお節介って言うんだよ。俺たちからすればいい迷惑だよ!」


 ロニーは憤る感情を整理し、大きく息を吐いた。


「お前さんの行動が、クラークをさらに苦しめる事になるってことは考えなかったのかい?」

「え?」


 ロニーの言葉に、ランスは目を丸くした。


「自分の普通を他人に押し付けて。お前さん、何様のつもりだよ」


 ランスは固く口を噤む。両手の拳に力が込められているのが側から見てもわかった。


「ロニー、もうその辺にしなよ」


 マルクスの忠告を聞き、ロニーは不貞腐れたように二人に背を向ける。


「もう、朝食の準備できたし、部屋戻るわ」

「ちょっとロニー!!」


 マルクスが声をかけるが、ロニーはそれに応えずに食堂から出て行ってしまった。


「全く……。もうすぐ朝食の時間なのに……」


 分配までが炊事当番の仕事なのにと、溜息をつきながらランスの様子を気にかける。


「俺は……間違ってたのかな?」

「え? んー……えっと……」

「マルクス、正直に言ってくれないか?」


 言い淀んでいたマルクスは、鍋の火を消し、席に着いた。


「んー、正直さ。僕にはわからないよ」

「はは、そうか」


 落胆するランスに、マルクスは続ける。


「確かに、僕やロニーからしたら、ランスの考えは見通しが甘いし、場当たり的なところが多いなぁとは思うよ? でも俺達はウェーダーの事よく知らないしね。人の事考える余裕があるんだなぁ、くらいには思うよ? 僕だってノーマンで暮らしていた時は、母さんとモニカの事で頭いっぱいで、他の人の事なんて考えられなかったしね」


 俯いてしまうランスに、マルクスは一つ息を吐いた。


「ロニーがどうしてあんなに怒ったのかは、わからない。きっとロニーも昔の事で、何か引っかかることがあったんじゃないかな? 僕は個人の問題にそこまで介入しようとは思わないけど、ランスはそんな風に悩んでる人をほっとけないでしょ?」

「そ、そうだけど……」

「偽善者って言われたことを気にしてるの?」


 偽善者という言葉に、ランスは唇をかんだ。


 自分はそうではないと思っていた。だが、ロニーにはそう映っていた。そう考え、ランスは偽善者という括りについて、頭を悩ませた。


「僕は、ランスが偽善者でもいいと思うんだけどなぁ」

「え?」


 意外な発言に、ランスは肩をすくめる。


「だってさぁ、それが例え虚栄心や利己心からした行動であっても、簡単にできることじゃないし、凄いと思うよ。何より、僕には出来ないしね。まぁ、僕は、ロニーとは違って、ランスがそういう事を考えて行動する人間とは思えないんだけどね」


 マルクスはコーヒーを淹れに立ち、そのまま続ける。


「人がどう思ってるかとか、本当に幸せなのかとかはわからないから、何とも言えないけどさ。僕はランスが間違ってるとは言えないし、ロニーの発言が間違ってるとも言えないんだよ。勿論クラークの事についてもね」


 淹れたてのコーヒーの、香ばしい香りが漂ってくる。


「俺は、クラークの幸せを無視してたのかな?」


 ランスのその言葉に、マルクスは小さく笑った。


「人の幸せを決めつけるものじゃないとは思うよ。自分が今幸せかどうかなんて自分次第だし、僕にわかるのはランスとロニーがぶつかったって、クラークは幸せにならないことくらいかな?」


 マルクスは淹れ直したコーヒーを、ランスにそっと差し出した。


「大人だなぁ、マルクスは」

「えぇ? 僕はランスより年下だけどなぁ」

「年齢じゃないよなぁー。こういうのって。俺よりずっと幼い筈なのに、ずっと大人に見えるよ。隊長しかり、弟しかり、マルクスだって。俺は無駄に歳ばかり食って……」


 自身を卑下する友人に、マルクスはやれやれと笑った。


「らしくないなぁ、僕からすれば、ランスはちゃんと大人に見えるよ? いつも人を励ましたり、悩みを一緒に考えたりしてるんだもん。たまには、ランスの悩みも聞くよ」

「ありがとう、マルクス」

「いいって」


 コーヒーに映る自分の顔を見て小さく笑うと、ランスはそれを口に運んだ。

 淹れたてで熱いコーヒーを飲みくだし、口に残る香りを嗜む。


「……苦いなぁ」

「あれ? 濃かった?」

「いや、大丈夫」


 ランスは大きく息を吐くと、目の前でコーヒーの濃さに悩むマルクスに、気がかりなことについて口を開いた。


「……あのさ、もう一つだけ聞いてもいいか?」

「ん? どうしたの?」

「ロニーは……」

「ああ、ほっとけば?」

「えぇ……」


 マルクスの冷たい対応に、ランスは思わず声を漏らす。


「そのうちケロッとして戻ってくるよ」

「そ、そういうもんか?」

「うん。罵られた後なのに、心配し過ぎだよ。ランスは優しいなぁ」


 ランスは友人の意外な一面に、目を丸くした。


「マルクスは思ったより淡白なんだな」

「んー。ロニーだからじゃないかな? あれくらいなら、大丈夫だと思ってるんだよね。まぁ、本音を言うとね?」

「ん?」

「面倒臭いだけなんだよ」


 困ったように笑うマルクスに、ランスは拍子抜けした。


「ぷっ! ははははっ! 面倒臭いかぁ。そっかぁ」

「そんなに笑うところかな?」


 眉をひそめるマルクスに、ランスは小さく笑う。


「いや、ごめんな? なんかさ、こう、上手く言えないけど」

「まぁ、いいよ。あ、ランス。良ければ、朝食の分配手伝ってくれる? ロニーどっか行っちゃったからさ」

「わかったよ。話聞いてくれたし、俺のせいでロニーがどっか行っちゃった訳だしな」

「助かるよ。ありがとう!」


 二人が鍋のスープを再度温め出した頃、朝食の時間を示すチャイムが鳴った。


どうも、朝日龍弥です。

いろんな人の価値観を考えてぶつけるって難しいなぁと思いながら書いた回です。

考えてるのは私一人なわけで、なんだか一人討論会をしている気分です。

そのキャラのバックグラウンドをしっかり考えて、その環境下ではどんな考え方になるのかと頭を悩ませました。想像力、いや、妄想力が必要になりますね。

次回もよろしくお願いします。


次回更新は、9/11(水)となります。

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