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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
七章 キズ(前篇)
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変動の兆し

 東から光が差し込み、敵影を確認してから三回目の朝がやってきた。あれから一度も姿を見せない敵に怯え、拠点を守るバーグは気が気でなかった。


「どう言う事だ! あれから二日経っても敵を見つけられないのか!? 何の為にドローンの使用を許可したと思ってるんだ!」


 バーグのいびりに、ヨダをはじめとする各小隊長は心底うんざりしていた。そこには傷を負い、肩から三角巾をかけているジャックの姿もうかがえる。


「戦いが起こらない事自体、いいと捉えた方がいいんじゃ無いですかねぇ、ハイ。もし、敵が退いたのであればこちらとしては万々歳ですけど」

「一度仕掛けておいて攻めてこないなど、奴らに限ってそんなことはないはずだ。警戒は十分にしておけ。機会をうかがっているのかもしれん」


 ヨダの考えに対し、パーシーは十分留意するようにと念を押す。


「少尉殿の仰る通り、警戒は十分に行なっております、ハイ」

「バーグ准尉、ご報告があります」


 エリックは気だるげに一歩前へと出る。


「なんだ!?」

「ドローンでは敵影は見つけられませんでしたが、味方の増援部隊を確認しました。方角から、デンバー基地からのものだと思われます」

「なんだと!?」


 エリックからの報告を聞いて、パーシーは頓狂な声を上げた。


「少尉殿、いかがなさいました?」

「い、いや。それは朗報だな。それで、数は?」


 エリックの追求に、パーシーは平静を取り戻していく。その様子を確認しながら、エリックは持ち前の冷静さで状況を分析していく。


「一個小隊相当かと。北緯四十度線戦のことを考えれば、妥当と言えます。こちらで確認できた敵影は二個小隊相当。動ける兵力を合わせれば、こちらの戦力は一個中隊以上の戦力になります。敵も、バカではありません。二倍の兵力には勝てないと悟るのでは?」

「い、いや! 油断はできねぇぞ!? ガキどもに気をひきしめろと伝えておけ! そもそも、こんな状況になったのは慢心しきったお前のせいだぞジャック!」


 バーグはここぞとばかりにジャックを糾弾し始める。それに対し、ジャックは唇を噛み締め、顰蹙(ひんしゅく)した表情を見せる。


「何か言ったらどうだ!? 部下を死なせ、敵に付け入る隙を与えた責任をどう取るつもりだ!? 見損なったぞ! これが終わったら小隊長を解任させるからな!」

「それってどうなんですかね?」


 口を挟んだティムのその一言に、バーグは青筋を浮かべた。


「なんだ!? なんか文句でもあるのか!?」

「僭越ながら申し上げます。今回の件に関しましては、ジャックに全面的な責があるようには思いません」

「なんだと!?」


 思わぬ言葉に、ジャックは目を丸くしてティムを見据えた。


「確かに負傷者は出ましたが、死者を出さずに拠点に戻り、この事態を詳細に報告したのですよ? 寧ろ賞賛に値するのでは? そもそも負傷兵の多いジャック上等兵の部隊を哨戒任務に付かせる事態どうかして――」

「ティム上等兵! それ以上は許さねぇぞ!」


 声を荒げ、机を殴りつけるバーグを、ティムは怯えず、まっすぐ見据えた。


「飲まず食わずで営倉にぶち込んで――」

「確かに。ティム上等兵の言う通りだと思わないかい? サイラス中尉」

「ええ確かに。吟味する価値あるかと思いますが?」


 突然ここにいるはずのない人物の声が聞こえ、バーグは固まった。


「ぺ、ペトロフ!? なんでお前がここにいるんだ!」


 ヨダ達がドアの方へ振り返ると、全員の目線の先には、ペトロフとサイラスが立っていた。


「随分と遅れた御登場で。あまりにも遅いんで石像になってしまうかと思いましたよ、ハイ」


 相変わらずの挨拶に、ペトロフは小さく笑った。


「いやぁ、すまないねぇ。クルード中将達を説得するのに思ったよりも時間がかかってしまってね」

「先生、あれは説得というより言いくるめでは?」

「ふむ。捉え方の問題だね」

「質問に答えろペトロフ! なんでお前らがここにいるんだよ!」


 緊張感のない二人のやり取りに、バーグは声を張り上げた。


「そりゃあ、エリック上等兵から報告があったからだよ。何かあったら知らせるようにと、マクレイア伍長に言ってあったからね」

「だからって! 前線はどうしたんだよ!」

「前線はハミルトン大佐の一師団と、ユタの方からも師団が出ているしね。精鋭部隊も向かっていることだし、私達一介の尉官風情がいなくなったところで、だよ。閣下達の相手はニコラス准尉が快く引き受けてくれたから、何も問題はない。あちらには、ね」

「そ、それは……」


 あからさまに狼狽えるバーグに、ペトロフは一つ息を吐く。


「バーグ准尉。敵に攻められているという事実も問題なんだがね。おかしい事があってね?」


 ペトロフの言う事がよくわからず首を傾げ始めるバーグは、責任追及されるのかと思い、顔を青ざめる。


「な、なんなんだよ?」

「エリック上等兵からの報告によると、敵は第四部隊と接敵し、一人も殺していない。むしろ、殺さずに増援を待っていた」

「ああ。それがどうした!」


 くだらないことを聞くなと吐き捨てるバーグに、ペトロフは眉を顰める。


「考えなかったのかい? なぜ敵は相手の増援を待つ必要があった?」

「敵の考えなんて知るかよ! 俺が知りたいくらいだ! なんで攻めて来ねぇんだよ!」

「まだ話は終わってないよ」


 ペトロフが片手で静止すると、バーグは舌打ちをした。


「これはあくまでも推測なんだが。何故第四部隊だったんだろうか? たまたま敵は、一番手が薄いところを突けただけなのか? 或いは――」

「失礼します!!」


 ペトロフの言葉をかき消すように、マルクスが司令部に駆け込んできた。


「あ、ペトロフ准尉!! あの……お邪魔でしたか?」

「そんな事はいい、マルクス二等兵。何か緊急を要する報告があったのでは?」

「あ! そうなんです! ヨダ! ドローンが見慣れない軍事用トラックを捕らえたってカールが――」

「おっと? それは予想だにしなかった事ですねぇ、ハイ」


 ヨダは思わぬ事態に一驚し、すぐ行くと伝えた。


「私も行こう。何かわかるかもしれない」


 この話は後程と言い、ペトロフはヨダと共に、司令部を後にした。


「パーシー少尉、兵を出してくれ。最前線にな」

「え?」


 サイラスの言葉に、パーシーは固まった。


「なんだ? 変な声出して。あんたの部隊が一番数いるし備えられるだろ? それともなんだ? まだガキども頼りかよ? 大佐殿にパーシー少尉は役立たずでしたって報告してもいいんだぞ? 少しはいいとこ見せたらどうだ?」

「わ、わかりました……」


 パーシーは奥歯を噛み締めながらも、ここで一番階級の高いサイラスの言葉に了承した。


「これで敵が攻めてきたとなると、お世辞でもいい状況とは言えねぇな。まぁ、来ちまったもんは仕方ない。エリック上等兵、および各小隊長は至急戦闘配備」

「サー・イエス・サー!」


 エリックに連れられ、急ぎ足で司令部から出ると、急にティムがへたり込んでしまった。


「ティム!?」

「どうした!?」


 ジャックとエリックは何かあったのかと焦り始めるが、ティムは気の抜けた声で答え始めた。


「い、いや。教官に楯突いて死を覚悟したけど、なんかペトロフ准尉に助けられたと思ったら、足の力が抜けて……」

「おいおい……」

「けっ! さっきまでの威勢が嘘みてぇだな! 似合わねぇことするからだ。バカかよ」


 エリックは呆れ、ジャックは情けないと吐き捨てた。


「はは。そうだよな」

「でも――」

「ん?」


 ジャックの言葉が聞き取れず、ティムは首をかしげる。


「あ、ありが……とよ」


 ジャックの言葉に、二人は目を丸くした。


「フッ……似合わない事はするもんじゃないな。気色が悪い」

「あ!? お前ぇ! 笑ってんなよ! エリック!」

「怒鳴るなよジャック。傷口が開くぞ。しかし、腰が抜けるなんて本当にそこはお前らしいな。マクレイアの真似事か?」


 図星を突かれ、ティムは大きく溜息を吐いた。


「あいつみたいに鉄の心臓があればよかったんだけどな」

「オラ、立てよ。こんな状況だ。腰抜かしてる場合じゃねぇーだろうが」


 ジャックはへたり込んでいるティムに手を差し出した。


「言われなくても分かってる! 俺が前線に行く!」


 ティムは差し出した手を取り、ゆっくりと立ち上がった。


「そんな屁っ放り腰で大丈夫かよ」

「うるさい。怪我人は後ろに下がってろよ」

「お前……言うようになったよな……」


 呆然とするジャックの問いに、エリックは淡々と答える。


「状況が状況だしな。戦争は人を変えるって事だろう。良い方にも、悪い方にもな」




    *     *     *




 森の中の廃屋の駐屯地を出て、精鋭部隊は拠点へと向かっていた。


「コナー。大丈夫かい?」


 リドナーに声をかけられたコナーは、一瞬肩を竦め、俯いていた顔をゆっくりとあげた。


「あ、大丈夫……です」

「無理しなくても良いんだよ?」


 精鋭部隊に保護され、目を覚ました時のコナーは、錯乱状態で話もできない状態だった。だが、リドナーの顔を認識した後ゆっくりと自分を取り戻していった。


 コナーはリドナーから状況を聞くと直ぐに準備をし、リドナーと共に幹部がいるトラックへと乗り込んでいた。


「まだか? そろそろいいだろう?」


 コナーの目の前に腰を据えるバロウズが痺れを切らした。


「大佐、彼はまだ――」

「十分に時間をやった。だが、我々にはその小僧に割く時間はもう無い。口が付いていないなら仕方ないが、そう言う訳じゃない。マクレイアは昏睡状態で会話できない。ならばこいつに聞くしかないだろう?」

「大佐……」


 コナーの事情を知っている幹部連中は、バロウズの発言に頭を抱え始める。


「あの……ショウさんとソルさんは――」

「さっきも言ったようにマクレイアは昏睡状態で口がきけない。赤い方はどう言う訳だか、だんまりだ。しかもマクレイアのそばを離れようとしない」

「あ、あの!」

「大丈夫だよ、コナー。マクレイア上等兵、今は彼も伍長か。安心して。彼の傷は酷いが、できる事はした。命に別状もないだろう。今は応急処置だけど、君たちの拠点に着いたらもっといい治療が受けれると思うし。彼の命は僕が保証しよう。それと、彼とイグルス一等兵は後続の車両にいるからね」


 コナーは安心したのか、一度大きく息を吐いた。


「で? どうなんだ? 喋れるのか?」

「大佐――」

「リドナー准尉、いいんです。今は僕の出来ることだけに専念したいので……」


 身体中の痛みから目を逸らす少年に、リドナーは顔をしかめた。


「コナー……。それでは君は――」

「パウルス。小僧は了承した。始めろ」

「はい」


 コナーはバロウズの目をまっすぐ見据えた。


「まずは事の発端からだ。マクレイアとの報告と噛み合わせたい」

「はい。小官らは第四部隊からの報告により、救援に向かうことになりました。敵は敢えて第四部隊の兵士を殺さず、我々の増援を待っていたようです」

「そこで部隊と合流し、お前ら三人が殿として残ったと?」

「はい。……しかし小官の力不足により……敵の手に……」


 コナーは自分の不甲斐なさに目を伏せた。


「敵に情報を流したのか?」

「そ、そんな事はしていません!……決して。確かに敵は情報を求めていましたが……もっと何か、違う目的があったように……」


 コナーは、意識が混濁する中で聞いた、ショウとあの男の間で交わされたやり取りを思い出そうとしていた。しかし、虫食いの様に、記憶が所々抜け落ちていて、よくわからない。


「それで?」

「小官らは度重なる暴力に耐えました。でも、僕は……」


 度重なる拷問を思い出し、コナーは胃からせり上がるものを必死に飲み込んだ。


「コナー無理しなくてもいいんだよ?」


 口籠るコナーに、リドナーは優しく声をかける。


「僕は……あんなことに……なって……。たくさん考えたけど……。結局何も……できなかった……。ただ、ショウさんとソルさんの足を引っ張っただけだ……」


 コナーの目から涙が溢れ落ち始め、隣に座っているジェシカに背中をさすられる。周りはもう充分だと言わんばかりに顔をうつむかせた。


「そんな事はないだろう」


 罪悪感と劣等感などの自己嫌悪に苛まれるコナーに、バロウズは淡々と答える。


「お前がそうやって敵を引きつけたから、お前らは逃げられたんだろう?」


 バロウズの言葉にコナーは絶句した。周りの幹部連中も既に抱え込んでいる頭をどう抱え込めばいいのかわからずに、大きく溜息を漏らした。


「大佐! 貴方って人は! 彼はまだ十歳ですよ!?」

「なんだパウルス。本当の事だろうが。確かに子供であるが、こいつは一軍人でもある。それを忘れるな」


 当然だと言わんばかりのバロウズに皆が呆れ返った頃、トラックの上部で待機していたタオから無線が飛び込んできた。


『大佐』

「なんだ? 敵か?」


 バロウズの言葉を聞き、幹部連中全員が一斉に身構える。


『いえ、それがカラスが一羽、我々の上空を旋回していまして』

「それがどうした?」

『あんなに気色の悪いカラスは見たことがありません』

「ふむ。覗きとはな。なかなかいい趣味をしているではないか」


 その言葉に、コナーはハッとした。


『いかがします?』

「撃ち落してやりたいものだが、そうもいかんだろう。そのまま様子を見ておけ」

『イエッサー!』


 タオの返事を聞き、バロウズはコナーに視線を落とした。


「で? 何か言いたいことがあるのか?」


 コナーは確認するように口を開いた。


「あの。覗きって……。さっきカラスが飛んでるって言いませんでしたか?」

「ああ、そうらしい。新型の偵察兵器。味方の物であれ、警戒した方がいい。今はな」


 バロウズの鋭い目つきに、コナーは唾を飲み込み、ゆっくりと答え始めた。


「そのカラスは、おそらく少年兵部隊で導入された物だと……思います。拠点でそれを扱っていたのは少年兵部隊でしたから」

「ほう? 何故アレを子供のおもちゃにさせているのか。不思議でならんな」

「そ、それは……小官にも分かりかねますが……」

「ふん。まぁいい。これで我々が来たのがわかっただろう。ただ……」


 バロウズは大きく息を吐いた。


「味方に撃たれるかもしれんな」

「え!?」


 コナーは驚きのあまり立ち上がろうとしたが、腰が重く、それは叶わなかった。


「コナー。無理しなくていいよ」

「リドナー准尉、それはどう言う事ですか?」

「それが、どうやら我々の連絡を拒絶しているやつがいるらしくてね。無線を飛ばしても弾かれてしまってねぇ。信号を送っているのに、こっちの話を取り合うこともせず、偵察機で覗き見るなんて随分用心深いものだろう?」


 リドナーに代わり、副官のフェルツマンが優しい口調で答える。それに呼応するかのように各々口を開き始めた。


「どう言うつもりか知らないけど、私らに来てほしくないとしか思えないねぇ。もしくは、同士討ちをさせたいのかもしれないわね?」

「俺達は最近できた部隊だからな。軍服もホラな。お前達一般兵と違って迷彩柄だろう? ここに寄る予定もなかったわけだからな」

「タオの奴を屋根の上で立たせておけば?」

「おいおい、本当に撃たれたらどうすんだよ」


 ジェシカとロベルトの会話に、苦笑いをしていると、無線が雑音を呈する。


『なんか嫌な感じがしたんですけど? 気のせいですよね?』

「ホント勘だけは鋭いのよね」

「まぁ、どうにかなる。連中も何もなく撃ってくることはないだろう」


 バロウズが椅子に深く腰を据えた。


「話の続きをしようか、コナー。マクレイアの話と照り合わせた結果、俺の中で一つの仮説が立てられている。聞く気はあるか?」


 バロウズは鋭く強い眼差しでコナーを見据えた。コナーは少々怯えながらも、力強く答えた。




    *     *     *




 コナーが乗車する車両の後続で、ソルクスは心電図とショウの呼吸をする音をただ静かに聞いていた。ソルクスは肩の力を抜いて座っているだけだが、その周囲は殺気で満ち溢れていた。


「ショウ……早く目ぇ覚ませよ……」


 何を言っても、ショウの応答はない。頭に手を当て、グシャグシャと掻き毟る。


「足りねぇよ……全然足りねぇ……」


 手で自分の顔を覆った。


「殺したりねぇよ」


 ソルクスは暫く沈黙になると、再び頭を抱えるような体勢になる。


「うぅっ……クソ、クソが!」


 ソルクスは段々とうずくまり、呻き始めた。


「ショウ……頼むから。起きてくれよ……」


 悲痛な声は医療機器の機械音の中に埋もれていった。


どうも、朝日龍弥です。

拠点に集結し、状況が動き出しました。

意識のないショウ、狂気と戦うソルクス、そして……。

前篇も段々と佳境に入っていきます。

次回も、よろしくお願いします。


次回更新は、5/15(水)となります。

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