黯然銷魂
残酷な描写があります。
苦手な方はご注意ください。
どれだけ時間が経ったのだろうか。開かれた扉の先で、何人もの男達が、コナーのいる部屋へ行き来している。しかし、今のショウに、そんなことを考えている余裕などなかった。
耳が当てがわれた壁から聞こえてくる物音で、ショウは堪え難い苦しみに苛まれていた。
薄っぺらい壁を挟んだ先で、何が起こっているのかは想像に難くない。恐らく壁がなければ、ショウが手を伸ばせば届く距離にコナーは居るだろう。
何度も二人の名を呼ぶコナーの叫声と、ソルクスの怒声。ショウはそれらに答えることはできず、ただ喚く事しかできない。少しでもと温存していた体力を使って暴れるが、手を拘束され、壁に頭を押し当てられた状態では余りに非力で、それを押さえつける事はアダラには容易な事だった。
先程まで叫声を上げていたコナーの声は、時々漏れるほどになった。段々と小さくなっていくコナーの悲鳴と規則的な音は、ショウの精神により負荷をかけていった。
ソルクスの怒声が聞こえるまではまだ耐えられた。ソルクスならばこの状況をどうにかしてくれるのではないかという希望が、ショウの中で微かな支えとなっていた。
拘束から抜け出すことができず、体力も底をつき始めたところで、ソルクスの怒声が聞こえなくなった。ソルクスが生きているのか、死んでいるのかもわからない。右隣の部屋で拷問をしていた男達がスラッグに呼ばれ、代わる代わるコナーの部屋へと向かい始めているのが目に入る。そこでとうとうショウは限界を迎えた。
怒りからなのか、悔しさからなのか、あるいは恐怖や悲しみからなのか。ショウの目からはただひたすらに涙が溢れでた。
「もう……やめてくれ……」
物音でかき消されてしまいそうな程か細い声を、アダラは聞き逃す事はなかった。
「は? お前、今……なんて言った?」
目を丸くし、押さえつけているショウを覗き見る。
「やめてくれ……もう、十分なはずだ……」
「なんだ? よく聞こえないなぁ? ほら、隣がうるさくてな?」
「っ、全部……話すから……。やめさせてくれ……。もう……」
「もう? もう何だ? ん?」
壁からショウの頭を持ち上げ、こちらに向けさせる。
「聞き、たく……ない……。っ……こんなの……耐えられない……」
そこには、先程まで顔色一つ変えず、男達を睨みつけていた少年兵は既になく。苦しげに目を瞑り、涙を流している姿は、ただの非力な少年そのものだった。
アダラは、ただひたすら口角を引き上げた。今まで爪を剥ごうが、殴ろうが崩すことができなかったショウの精神が、今崩れ始めている。嗚咽混じりに嘆願するショウの姿は、アダラを興奮の高みへ押し上げた。
「そうか……。だが、それじゃあダメだな」
「?」
「お願いしますの一言ぐらい言えないのか?」
ショウは唇を噛み締めると、ゆっくりと声を出す。
「おね……がい……します」
「で?」
「全部……。話す、から……。やめて……ください」
「フッ、ククククッ!! そうかそうか! やめて欲しいよな?」
アダラはショウの髪を掴み、強引に上に引き上げると、ショウの目を覗き込む。
「嫌だね」
ショウの目が見開かれ、絶望の表情を拝んだアダラは悦に浸り、同時に下半身に熱が生まれる。
「さて、そろそろ行くかな」
「え? 何処……行くんだよ?」
「そりゃあ、お前。決まってんだろう?」
ショウはアダラの顔からずっと下へと視線をずらし、愕然とした。
そんなショウの表情をしっかりと見届けたアダラは、ゆっくりとショウから手を離し、部屋を出て行く。
「だ、ダメだ。まだ話は終わってない!! 待てよ……待てよ!!」
ショウは叫びながら、機嫌良さそうに隣の部屋へと足を運ぶアダラを見送ることしかできない。
「ひっ……やめて! いやだぁあああ!!」
ショウとソルクスの名を呼び、助けを求めるコナーの悲鳴がショウの頭に重く響く。
「ぁぁあああああああああ!!」
耐えられず出たショウの叫声が、コナーの悲鳴と共に廃屋に響き渡った。
* * *
日が落ち始め、辺りが暗くなった頃。コナーの部屋からは、酒池肉林のお祭り騒ぎのように賑やかな声が聞こえてくる。そんな中、ソルクスが拘束されている部屋では、見張りの男が貧乏ゆすりをしながら、賑やかな声を気にしていた。
「おい、そんなにイラつくなよ」
「うるせぇな……。ちょっと様子を見てくるって言った奴はちっとも戻ってこねぇーし、俺達はこの動かねぇーガキを見張ってろっていうしよ!」
「落ち着けよ。そのうち回ってくるって。ジャンケンで負けたのはお前だろ?」
男は舌打ちをすると、愚痴をこぼし始める。
「にしてもよー? こんな動かないやつ見張ってる意味あんのか?」
「そりゃあ――」
「てかこいつ生きてんのか?」
二人の男は顔を見合わせると、項垂れたままピクリとも動かないソルクスを見て、焦りの表情を浮かべる。
「おい、死んでんじゃねぇの?」
「馬鹿、そんな事――」
「まだ殺すなって言われてたろ!? ヤバくないか? アダラさん怒らせたら、俺達が殺されるぞ!? あんだけ殴ったんだし――」
「し、仕方ねぇーだろ!? なんかヤバかったんだから! このガキ普通じゃねぇーし! ていうか、一人死んだくらいでどうこう言うかよ!? あと二人いるんだぜ? なんで殺しちゃダメなんだよ?」
「俺が知るかよ!? お前確認しろよ! 誰か来ないか、外の様子見て来るから!」
「なんで俺なんだよ!?」
「いいから! お前がここ担当だろう!? 早く確認しろよ!」
そう言うと、一人の男は部屋の外へと出て行った。
「なんだよ、担当って! 畜生が」
残った男は、金属の棒を持つと、それでつついてみる。
「おーい。生きてるかぁー?」
少年から返事はなく。血が滴り落ちるだけだった。
「マジで死んでんのか?」
ソルクスの拘束された手を確認し、男は恐る恐る近づいていく。ゆっくりと屈んで、右へ左へと頭を動かしながら目を細めて、少年の顔を覗き込む。辺りが暗くなり、明かりのない部屋ではよく確認できない。
「なんだよ……。見えねぇなぁ」
男が左に頭を傾けた瞬間、ソルクスの頭が動いた。
「!?」
男が気付いた時には、ソルクスの鋭い犬歯が、男の喉元を捕らえていた。歯は男の首に食い込み、喉笛を潰し、悲鳴をあげることを許さない。
「かっ!? ……かぁっ……ごぼっ……」
男は血の泡をブクブクと吐きながら呼吸をしようとするが、潰れた喉では酸素が肺に届くことはなく、代わりに血が流れ込んでくる。頚椎の折れる鈍い音がし、男は痙攣した後、やがて動かなくなった。
ソルクスは喉の肉を引きちぎり、吐き捨てると、足元に広がる血だまりを眺めていた。
呆然とした後、手首の肉が裂けるのも厭わず、無理やり手錠を引きちぎった。脈打つ身体を起こし、徐に立ち上がると、血溜まりに倒れている男を凝視していた。
「おい、どうだ? そいつ死んで――」
もう一人の男が戻ってきたのと同時に、ソルクスは男の頭に飛びつき、勢いよく首を捻った。脳からの信号を失った男は、何が起こったかもわからずそのまま倒れる。
流れ作業のように二人を殺し終えると、ソルクスはゆっくりと息を吐く。殺した二人からナイフと拳銃を奪い、ゆらりと歩き出した。
馬鹿騒ぎをしている部屋の手前に、見張りもなく、解放された部屋がある。ソルクスがそこへ足を運ぶと、椅子に拘束されたままのショウを見つけた。ショウは人の気配に気づき、頭をあげる。
「ソ……ル……」
ショウの声は力無く、体力を使い果たし、肉体的にも精神的にもボロボロになっていた。
ソルクスが縄を切ると、解放されたショウは脱力し、倒れこんだ。
「う……うぅっ……」
「ショウ……。動けるか?」
「どう……かな……」
「コレ使え。ねぇーよりマシだろ」
ソルクスは奪った拳銃を、うつ伏せに倒れているショウの前に置いた。ショウはゆっくりと手を伸ばすと、拳銃を握りしめる。痛む身体を無理やり起こし、ショウは変わらず物音の絶えない壁にもたれ掛かった。
「ソル……頼みがあるんだ」
ソルクスは瞳孔の開ききった目でショウを見つめる。
「……ここに居る奴ら全員。……殺して、欲しい」
ソルクスはショウをジッと見つめた後、静かに頷き、部屋を出て行こうとする。
「ソル……」
「なんだ?」
「コナーのとこには、俺が、行く。外にはまだ、一個小隊相当居る、はずだ」
「……わかった」
ソルクスは振り返らずに承諾すると、コナーの部屋とは反対方向へと歩き出した。部屋を後にするソルクスの横顔がショウには笑って見えた。
「クソ……。クソ……」
ショウは激痛が走る身体を起こし、一歩、また一歩と歩き出す。覚束ない足取りで、コナーのいる部屋へと向かう。
「コナー……」
ショウの中で、コナー・ウェーダーという存在はいつの間にか大きくなっていた。自分とソルクスの後をついてくるコナーを見ている内に、自分の弟同然に思っていたのだ。
ショウの頭の中で、自分を呼ぶコナーの声が響く。記憶の中のコナーはいつも笑っていて、純真無垢なコナーを守りたいと思っていた。
一歩ずつ進むたびに、そんな眩しい思い出が蘇ってくる。
「俺が、守らなきゃ……」
やっとの思いでたどり着いた部屋は、ドアが完全に閉じられておらず、中から光が漏れている。
ショウは壁に背中を当て、拳銃を確認する。弾倉は真新しい。
握り直すと、爪を剥がされた指に激痛が走る。身体は重く、今にも倒れそうになるのを必死に堪える。息を整え、部屋の中の様子を垣間見た。
ショウは眼前に広がる光景に絶句した。
そこには記憶の中にあるコナーの姿は当然なく、男達の恍惚とした顔を見て吐き気がする。アダラとスラッグは、コナーのそれを、余興を楽しむかのように眺め、酒をくらっていた。
笑い声がくぐもったような音でショウの頭の中に響き、その光景はスローモーションにも見える。
ショウの頭の中に一つの記憶がフラッシュバックする。イグルスにいた頃の記憶。それはショウが幼い頃、イグルスの醜悪な男達に拘束され、陵辱される母の姿を見せつけられた過去。
集られる母の姿をコナーに重ね、ショウはどす黒い感情に包まれて行く。
コナーの瞳からは、涙さえ流れていなかった。光を失ったその瞳は、抜け殻の様になってしまった第四研究所の少女と同じだった。今度こそ助けなければ。そう思った時だった。
コナーと視線がぶつかった。
コナーはショウの姿を確認した後、ゆっくりと視線を外した。
「あ……」
その瞬間、ショウは身体が軽くなったような感覚を覚えた。身体の痛みは周囲の音と共に、嘘のように消え失せ、ショウの頭は冴えわたっていった。
ショウはそのまま部屋に足を踏み入れた。
どうも、朝日龍弥です。
辛い描写が続きます。
タガが外れたショウとソルクス。そして、コナーは……。
次回更新は、4/24(水)となります。




