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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
七章 キズ(前篇)
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惨苦と陰謀

残酷な描写があります。

苦手な方はご注意ください。

「うぁあああああ!!」


 響き渡るコナーの絶叫に、ショウとソルクスは驚愕した。今まで拷問を受けていたのはわかっている。だが、多少の暴力に慣れているコナーが、ここまでの叫び声を上げることに、一種の焦りが生じた。


 ――何が起こっている!?


 ショウはコナーが死に直面するような事をされたのではと考えた。


 ――情報を得ようとして痺れを切らし始めたのか!? なら一番情報を持っている俺にするはず。いや、コナーに叫び声を上げさせ、俺が情報を漏らす事を期待しているのかもしれない。そうすると、腕や脚を切り落とされていたりしたら、コナーが危ない! どうする!? 考えろ! 考えろ!


「フッ! ククク!」


 思考を巡らせていると、アダラは静かに口角を引き上げた。だが、一点変わらずアダラの目はショウを捕らえ続けている。


「やぁっと始まったか。スラッグの野郎、待ちくたびれたぜ」

「コナーに何しやがった!」

「おいおい、落ち着けよ? 俺は何もしちゃいねぇよ。らしくねぇじゃねぇの? 安心しろよ、殺したりしねぇからよぉ?」


 薄ら笑いながら両手を広げてみせ、ショウを挑発し始める。


「何されているか聞きたかったら、俺に聞かねぇで、よぉく耳すまして見ろよ? 幸い、ここの壁は薄いからなぁ?」

「何を――」

「シーッ」


 人差し指を立ててショウの発言を妨げると、アダラは耳に手を当てる。


「ほら、黙ってれば聞こえるだろう?」


 一瞬の静けさの後、隣の部屋から聞こえてくる物音に、ショウは雷に打たれたような衝撃を受けた。


「クソがぁあああ!!」


 ショウは身を乗り出し、拘束を無理矢理にでも解こうとした。手首の肉が裂け、血が出ることも厭わずに、今まで温存していた体力を全て使う勢いでもがき始める。


 悔しさと怒りで歪んだショウの顔を見て、アダラは込み上げてくる感情を止めることはできない。暴れるショウを壁まで蹴り飛ばし、ショウの頭を掴むと、壁に耳を無理やり押し当てる。


「折角だ。よぉく聞いておけ。頭から離れないくらいにな」


 拘束され、頭を固定されたショウは、詳細に聞こえてくる音を遮ることはできない。


「ぁぁあああああ!!」




    *     *     *




 ソルクスの優れた聴覚には、離れたコナーの部屋で何が起きているかも、ショウの叫びも、彼の耳には鮮明に届いていた。


「クソがぁああ!! 殺す殺す殺す殺す!! 殺してやる!!」

「うるせぇ!!」


 頭を鈍器で殴りつけられるが、少しも動じず、ソルクスは勢いよく身を乗り出す。拘束された手首は手錠が食い込み、ぶちぶちと肉の裂ける音がし始める。


「お、おい!」

「落ち着けよ! アレが取れた時は、こいつの手首が落ちた時だ!」


 自分の手がちぎれそうになるのも構わず、なお力を込め続ける。もがくソルクスを見て、見張りの男たちは尋常ではない恐怖を感じた。


「う、うわぁああ!!」


 一人の男がソルクスを殴りつけるのをきっかけに、周りの男達も目の前にいる恐怖の根源をなくそうと、容赦無く殴り続けた。


「ぁぁあああ!!」


 次に受けた殴打で、頭の中で何かが切れる音がし、ソルクスの目の前は真っ暗になった。




    *     *     *




「いやぁあ……」

「ふふ。ごめんねぇ。拘束したままだと身体痛いよねぇ? 今解いてあげるからね」


 スラッグが手の拘束を解くと、コナーは椅子から崩れ落ちた。立ち上がることができず、スラッグから逃れるように床を這っていく。


「そんなに嫌だった? 大丈夫、大丈夫! 最初は痛いかもしれないけど、そのうちよくなるからねぇ? ああ! ちょっと、ちょっと待ってろ」


 スラッグはそのままドアを開けると、外で待機している見張りの男たちを呼び寄せ、中に招き入れる。


「おい、お前らもどうだよ? 結構イケると思うぜ?」


 その言葉を聞いてコナーは凍りついた。


「はぁ? でもなぁー。女じゃねぇしなぁ」

「バカかよ! そこらの女よりイイぜ? 自己処理なんて飽きただろう?」

「まぁ、確かに」

「そうとも言うけどよ――」


 男の視線が固まるのを見て、スラッグは首をかしげる。


「どうした?」

「見ろよ」


 三人の視線の先には、開いたドアに向かって這っているコナーがいた。


「お? お? 頑張れコナー! もうちょっとで出られるぞ!」

「おいおい、マジかよ。悪趣味だなぁ」

「ははっ! 流石に引くわ」


 興奮気味にコナーを鼓舞し始めるスラッグに、見張りの男たちは顔をひきつらせた。


「ほら、頑張れ! もうちょっとだから!」

「うっ……うぅっ……」


 腰が立たないコナーは、床を這いながら出口を目指した。涙が止まらず悲痛な嗚咽が溢れる。コナーは必死に出口の先へ手を伸ばす。


「よく頑張ったな! でもダメだ。君にはまだまだやってもらいたいことがあるんだから!」


 後少しという所で、両足を掴まれたコナーは、再び部屋の中へと引きずり込まれる。


「うぅっ! いやぁだぁあ!」


 スラッグが離れても、コナーはもうその場から動くことができないでいた。


「ほら、お前、やれよ」


 スラッグは親指を立てて、コナーを指さしてみせる。


「マジで言ってる?」

「おう。今なら空いてるぜ?」


 男達は怯える少年を見て、下卑た笑みを浮かべた。


「じゃあ俺が次でいいな?」

「順番なんて気にすんなよ。下が埋まってんなら、上も使え」


 その言葉を聞いてコナーはこれから自分に起こる事、そして鼻息荒く近づいてくる男達を見て、震えが止まらない。


「うぅっ……うぁ……」

「じゃあ、俺は酒を取りに行きがてら、外の連中にも声かけてくるわ。じゃあ、精々楽しめよー」


 スラッグは部屋の外に出かけて、思い出したかのように足を止めた。


「あ、そうだ――」

「うぁああああああ!!」

「壊すなよって……もう聞こえないか?」


 スラッグは口笛を吹きながら外へと出て行く。


 後にはコナーの悲鳴だけが響いていた。




    *     *     *




 第四部隊が接敵してから、一日半が経った。旧アスペン街の厳戒態勢は相変わらず続けられ、前線の警備を受け持っている第一部隊は、交代で哨戒任務に当たっていた。


「こちらティム。状況は?」

『こちら、ドローン部隊。今の所変わった事はありませんよ、ハイ』


 変わった事が無いというヨダの発言に、ティムは眉を顰める。


「ドローンを導入してから一日経つが、敵影の一つも見あたらないのか?」

『隊長達の信号が無くなったところから、くまなく探してはいますけど、これと言って成果は殆どないですねぇ、ハイ』


 ヨダの言葉を聞いて、ティムの中で違和感の芽が育って行く。


「そうか……」

『どうかしたか?』


 何か引っかかっているティムの様子に、エリックが声をかける。


「なぁ、エリック。この状況をどう見る?」


 自分の中で生まれた違和感の正体がなんなのか探るべく、一番状況整理に長けているエリックに意見を求める。


『この状況、か。一日数回ドローンを飛ばして、敵影無し。マクレイア達の影も形もない。勿論、死体も見つかっていない。周辺の廃屋なども見ているとなると、ドローンを飛ばせる範囲外に敵が潜んでいるとみて間違いないだろう』

「となると、大分敵と距離が離れていないか? 敵は第三、第四部隊と接敵した後、追いかけもせず退いたって事か?」

『ヨダ二等兵、マクレイア達が殿として残った場所の様子は?』


 ティムの言葉に、エリックはヨダに情報提供を試みる。


『敵兵の死体がゴロゴロ転がっていますけど、全部じゃありませんねぇ、ハイ。我々が対峙した敵の数にはかなり劣るかと』

「大打撃を与えたとしても、深追いする程マクレイアは馬鹿じゃない。攻めてくることが敵の目的では無いとしたら、奴らの本当の目的は何だ?」

『目的……か』


 エリックは敵の思惑に考えを巡らせる。


『”目的は既に達成された”、もしくは”最初から目的なんてなかった”と見るのが妥当ですかねぇ、ハイ』

「消えた敵と、殿として残った三人、か……」


 ヨダの回答に、ティムは考えれば考えるほど、胸騒ぎがする。


『ヨダ二等兵。一つ聞いてもいいか?』

『なんです?』

『偵察型ドローンを飛ばせる範囲を知っている者はどれくらいいる?』


 エリックの質問に、ヨダは少し間をおいて答える。


『……導入されたばかりですからねぇ。飛行距離の範囲なら、ドローンを扱う兵と、小隊長殿、責任者のパーシー少尉と我々の教官くらいですかねぇ、ハイ』


 エリックとヨダの会話を聞き、ティムは胸騒ぎの正体に気が付いた。


「クソが! そういう事かよ!」


 ティムは握りしめた拳を壁に打ち付けた。


『ティムさん。あなたも気づきましたか?』

『落ち着け。まだ推測の域を出ないんだぞ?』

「落ち着いてなんていられるかよ! 俺は知ってるんだ! この感じを! 敵の目的は、攻めることでも、逃げることでも無い! 敵は、アイツは最初から――」

『ティム! それ以上はダメだ! わかったら、黙ってろ! 決して悟られるんじゃ無いぞ!?』

「っ!!」


 ティムは叫びたい感情を押し殺し、言葉を飲み込む。グレンヴィル家が陥れられ、没落したことを思い出し、奥歯を噛み締めた。やり場の無い負の感情を何処にやればいいかわからない。


『奴さんがその気なら、もうコソコソしながらドローンを飛ばさなくても良さそうですねぇ、ハイ』

『ああ。そういう事なら堂々と索敵出来るはずだ。許可を取って反応を見るのも悪く無い。ティムもそれでいいな』

「……わかったよ」

『ティムさん。悔しいのはわかりますが――』

「わかってるって!」


 事情を知っているヨダが声をかけるも、ティムの怒りは冷めやらない。エリックは相変わらず藪をつつかず、黙していた。


『……それならいいですが。じゃあ、操作はカールに任せるとして。私は行動しますかねぇ、ハイ』

『ああ、そうだ。ペトロフ准尉に連絡がついた。デンバー基地からこちらに向かっているらしい』


 エリックの報告に、ヨダは舌を巻いた。


『ほう? 話がわかる人が来てくれるのはありがたいですけど、ペトロフ准尉がこちらに来て大丈夫ですかねぇ、ハイ』

『どうだか。気になることがあるんだとさ』

『……そうですか。わかりました。ペトロフ准尉へ連絡して頂いき、感謝します』

『マクレイアに頼まれたからな』


 よく尉官連中にバレずに連絡できたものだと言うヨダに、エリックはにべなく答えた。


『では、私は失礼します』

『ああ、俺も行くから後で落ち合おう』

『了解です。out』


 ヨダとエリックが無線を切り、ティムは一人、その場に呆然と立ち尽くす。


「あの……。何かありましたか?」


 ティムの補佐官であるダリル・ノーマンは、少し不安そうに訪ねてくる。


「何って――」


 ダリルの呼びかけで振り向くと、後ろに待機している部下達の顔色が、ティムの怒鳴り声を聞き、不安一色となっていた。


「あ……。すまない。取り乱してしまった。心配はない。どうも俺は人を疑わずにはいられないらしい」

「それには同感です。小官も、他の連中も、常に他人を信じないで生きてますからね」

「疲れるな……」

「え?」


 部下の言葉に、口をついて出てしまった。出てしまったのは仕方ないと、ティムは半ば自棄(やけ)になり、大きく息を吐いた。


「なぁ、ダリル」

「何か?」

「俺たちも堅苦しいのはやめないか?」

「と言いますと?」

「もっとほら、ちょっと、その、気軽にさ。なんて言うか、ほら。第三部隊みたいにさ?」


 照れくさそうに言うティムに、副官は唖然とし、間もなく吹き出した。


「な、何がおかしい!?」

「いや、悪い意味じゃないんです。ただ、隊長が俺達と話をしようと思うとは思わなくて」

「は?」

「だってほら、俺達もそうですけど。隊長は自分以外の連中のことなんて、どうでも良いと考えていると思っていたので」

「そんな事――」


 ティムは今までの自分を振り返り、頭を掻いた。


「今まではそうだったかも……しれない。自分の事しか考えてなかったのは確かだから。はは、笑えるよな。周りが見えない隊長とか……」

「んー。確かに」

「お前――」

「でも、これからは違う。そうでしょう?」


 ダリルのその言葉に、ティムは狐につままれたかのようにな顔をした。そして吹き出すように笑い出した。


「はははっ! お前、急に馴れ馴れしくなったな!」

「だって隊長が気軽にって言ったんでしょう?」

「まぁ、そうだけど」

「節度は持ちますよ?」

「わかったよ」


 一人気に病んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなり、不安が次第に解けていく。


「思えば俺は、お前達のことなんにも知らないなって思ってさ」

「じゃあ、これから知ればいい。俺もよく知らない隊長の下で働くよりも、隊長がどんな人間か知っていた方が良いですしね」


 部下の率直な意見に、ティムの表情が柔らかくなっていく。


「ですが、今はお喋りはやめて、任務に集中することにします。他の連中にも心配はないと言ってきますよ。敵が攻めてこないとは限りませんから」

「ああ、俺達は俺達のできることをしよう」


 ティムは土嚢が積み上げられたバリケードの先を見据える。その瞳が揺らぐことはなかった。


どうも、朝日龍弥です。

三人の行方を捜す拠点組の結束は強まり、ティムも頼もしくなってきました。

しかし、三人には耐えがたい苦しみが続きます。精神的苦痛……度し難い……。


次回更新は、4/17(水)となります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 拷問等において精神攻撃が基本かつ効果的という言葉をふと思い出しましたね。 詳しく描かれていない分、色々と想像が膨らんで止みません! 果たして今後彼等がどうなるのか、固唾を飲んで読ませてい…
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