惨苦と陰謀
残酷な描写があります。
苦手な方はご注意ください。
「うぁあああああ!!」
響き渡るコナーの絶叫に、ショウとソルクスは驚愕した。今まで拷問を受けていたのはわかっている。だが、多少の暴力に慣れているコナーが、ここまでの叫び声を上げることに、一種の焦りが生じた。
――何が起こっている!?
ショウはコナーが死に直面するような事をされたのではと考えた。
――情報を得ようとして痺れを切らし始めたのか!? なら一番情報を持っている俺にするはず。いや、コナーに叫び声を上げさせ、俺が情報を漏らす事を期待しているのかもしれない。そうすると、腕や脚を切り落とされていたりしたら、コナーが危ない! どうする!? 考えろ! 考えろ!
「フッ! ククク!」
思考を巡らせていると、アダラは静かに口角を引き上げた。だが、一点変わらずアダラの目はショウを捕らえ続けている。
「やぁっと始まったか。スラッグの野郎、待ちくたびれたぜ」
「コナーに何しやがった!」
「おいおい、落ち着けよ? 俺は何もしちゃいねぇよ。らしくねぇじゃねぇの? 安心しろよ、殺したりしねぇからよぉ?」
薄ら笑いながら両手を広げてみせ、ショウを挑発し始める。
「何されているか聞きたかったら、俺に聞かねぇで、よぉく耳すまして見ろよ? 幸い、ここの壁は薄いからなぁ?」
「何を――」
「シーッ」
人差し指を立ててショウの発言を妨げると、アダラは耳に手を当てる。
「ほら、黙ってれば聞こえるだろう?」
一瞬の静けさの後、隣の部屋から聞こえてくる物音に、ショウは雷に打たれたような衝撃を受けた。
「クソがぁあああ!!」
ショウは身を乗り出し、拘束を無理矢理にでも解こうとした。手首の肉が裂け、血が出ることも厭わずに、今まで温存していた体力を全て使う勢いでもがき始める。
悔しさと怒りで歪んだショウの顔を見て、アダラは込み上げてくる感情を止めることはできない。暴れるショウを壁まで蹴り飛ばし、ショウの頭を掴むと、壁に耳を無理やり押し当てる。
「折角だ。よぉく聞いておけ。頭から離れないくらいにな」
拘束され、頭を固定されたショウは、詳細に聞こえてくる音を遮ることはできない。
「ぁぁあああああ!!」
* * *
ソルクスの優れた聴覚には、離れたコナーの部屋で何が起きているかも、ショウの叫びも、彼の耳には鮮明に届いていた。
「クソがぁああ!! 殺す殺す殺す殺す!! 殺してやる!!」
「うるせぇ!!」
頭を鈍器で殴りつけられるが、少しも動じず、ソルクスは勢いよく身を乗り出す。拘束された手首は手錠が食い込み、ぶちぶちと肉の裂ける音がし始める。
「お、おい!」
「落ち着けよ! アレが取れた時は、こいつの手首が落ちた時だ!」
自分の手がちぎれそうになるのも構わず、なお力を込め続ける。もがくソルクスを見て、見張りの男たちは尋常ではない恐怖を感じた。
「う、うわぁああ!!」
一人の男がソルクスを殴りつけるのをきっかけに、周りの男達も目の前にいる恐怖の根源をなくそうと、容赦無く殴り続けた。
「ぁぁあああ!!」
次に受けた殴打で、頭の中で何かが切れる音がし、ソルクスの目の前は真っ暗になった。
* * *
「いやぁあ……」
「ふふ。ごめんねぇ。拘束したままだと身体痛いよねぇ? 今解いてあげるからね」
スラッグが手の拘束を解くと、コナーは椅子から崩れ落ちた。立ち上がることができず、スラッグから逃れるように床を這っていく。
「そんなに嫌だった? 大丈夫、大丈夫! 最初は痛いかもしれないけど、そのうちよくなるからねぇ? ああ! ちょっと、ちょっと待ってろ」
スラッグはそのままドアを開けると、外で待機している見張りの男たちを呼び寄せ、中に招き入れる。
「おい、お前らもどうだよ? 結構イケると思うぜ?」
その言葉を聞いてコナーは凍りついた。
「はぁ? でもなぁー。女じゃねぇしなぁ」
「バカかよ! そこらの女よりイイぜ? 自己処理なんて飽きただろう?」
「まぁ、確かに」
「そうとも言うけどよ――」
男の視線が固まるのを見て、スラッグは首をかしげる。
「どうした?」
「見ろよ」
三人の視線の先には、開いたドアに向かって這っているコナーがいた。
「お? お? 頑張れコナー! もうちょっとで出られるぞ!」
「おいおい、マジかよ。悪趣味だなぁ」
「ははっ! 流石に引くわ」
興奮気味にコナーを鼓舞し始めるスラッグに、見張りの男たちは顔をひきつらせた。
「ほら、頑張れ! もうちょっとだから!」
「うっ……うぅっ……」
腰が立たないコナーは、床を這いながら出口を目指した。涙が止まらず悲痛な嗚咽が溢れる。コナーは必死に出口の先へ手を伸ばす。
「よく頑張ったな! でもダメだ。君にはまだまだやってもらいたいことがあるんだから!」
後少しという所で、両足を掴まれたコナーは、再び部屋の中へと引きずり込まれる。
「うぅっ! いやぁだぁあ!」
スラッグが離れても、コナーはもうその場から動くことができないでいた。
「ほら、お前、やれよ」
スラッグは親指を立てて、コナーを指さしてみせる。
「マジで言ってる?」
「おう。今なら空いてるぜ?」
男達は怯える少年を見て、下卑た笑みを浮かべた。
「じゃあ俺が次でいいな?」
「順番なんて気にすんなよ。下が埋まってんなら、上も使え」
その言葉を聞いてコナーはこれから自分に起こる事、そして鼻息荒く近づいてくる男達を見て、震えが止まらない。
「うぅっ……うぁ……」
「じゃあ、俺は酒を取りに行きがてら、外の連中にも声かけてくるわ。じゃあ、精々楽しめよー」
スラッグは部屋の外に出かけて、思い出したかのように足を止めた。
「あ、そうだ――」
「うぁああああああ!!」
「壊すなよって……もう聞こえないか?」
スラッグは口笛を吹きながら外へと出て行く。
後にはコナーの悲鳴だけが響いていた。
* * *
第四部隊が接敵してから、一日半が経った。旧アスペン街の厳戒態勢は相変わらず続けられ、前線の警備を受け持っている第一部隊は、交代で哨戒任務に当たっていた。
「こちらティム。状況は?」
『こちら、ドローン部隊。今の所変わった事はありませんよ、ハイ』
変わった事が無いというヨダの発言に、ティムは眉を顰める。
「ドローンを導入してから一日経つが、敵影の一つも見あたらないのか?」
『隊長達の信号が無くなったところから、くまなく探してはいますけど、これと言って成果は殆どないですねぇ、ハイ』
ヨダの言葉を聞いて、ティムの中で違和感の芽が育って行く。
「そうか……」
『どうかしたか?』
何か引っかかっているティムの様子に、エリックが声をかける。
「なぁ、エリック。この状況をどう見る?」
自分の中で生まれた違和感の正体がなんなのか探るべく、一番状況整理に長けているエリックに意見を求める。
『この状況、か。一日数回ドローンを飛ばして、敵影無し。マクレイア達の影も形もない。勿論、死体も見つかっていない。周辺の廃屋なども見ているとなると、ドローンを飛ばせる範囲外に敵が潜んでいるとみて間違いないだろう』
「となると、大分敵と距離が離れていないか? 敵は第三、第四部隊と接敵した後、追いかけもせず退いたって事か?」
『ヨダ二等兵、マクレイア達が殿として残った場所の様子は?』
ティムの言葉に、エリックはヨダに情報提供を試みる。
『敵兵の死体がゴロゴロ転がっていますけど、全部じゃありませんねぇ、ハイ。我々が対峙した敵の数にはかなり劣るかと』
「大打撃を与えたとしても、深追いする程マクレイアは馬鹿じゃない。攻めてくることが敵の目的では無いとしたら、奴らの本当の目的は何だ?」
『目的……か』
エリックは敵の思惑に考えを巡らせる。
『”目的は既に達成された”、もしくは”最初から目的なんてなかった”と見るのが妥当ですかねぇ、ハイ』
「消えた敵と、殿として残った三人、か……」
ヨダの回答に、ティムは考えれば考えるほど、胸騒ぎがする。
『ヨダ二等兵。一つ聞いてもいいか?』
『なんです?』
『偵察型ドローンを飛ばせる範囲を知っている者はどれくらいいる?』
エリックの質問に、ヨダは少し間をおいて答える。
『……導入されたばかりですからねぇ。飛行距離の範囲なら、ドローンを扱う兵と、小隊長殿、責任者のパーシー少尉と我々の教官くらいですかねぇ、ハイ』
エリックとヨダの会話を聞き、ティムは胸騒ぎの正体に気が付いた。
「クソが! そういう事かよ!」
ティムは握りしめた拳を壁に打ち付けた。
『ティムさん。あなたも気づきましたか?』
『落ち着け。まだ推測の域を出ないんだぞ?』
「落ち着いてなんていられるかよ! 俺は知ってるんだ! この感じを! 敵の目的は、攻めることでも、逃げることでも無い! 敵は、アイツは最初から――」
『ティム! それ以上はダメだ! わかったら、黙ってろ! 決して悟られるんじゃ無いぞ!?』
「っ!!」
ティムは叫びたい感情を押し殺し、言葉を飲み込む。グレンヴィル家が陥れられ、没落したことを思い出し、奥歯を噛み締めた。やり場の無い負の感情を何処にやればいいかわからない。
『奴さんがその気なら、もうコソコソしながらドローンを飛ばさなくても良さそうですねぇ、ハイ』
『ああ。そういう事なら堂々と索敵出来るはずだ。許可を取って反応を見るのも悪く無い。ティムもそれでいいな』
「……わかったよ」
『ティムさん。悔しいのはわかりますが――』
「わかってるって!」
事情を知っているヨダが声をかけるも、ティムの怒りは冷めやらない。エリックは相変わらず藪をつつかず、黙していた。
『……それならいいですが。じゃあ、操作はカールに任せるとして。私は行動しますかねぇ、ハイ』
『ああ、そうだ。ペトロフ准尉に連絡がついた。デンバー基地からこちらに向かっているらしい』
エリックの報告に、ヨダは舌を巻いた。
『ほう? 話がわかる人が来てくれるのはありがたいですけど、ペトロフ准尉がこちらに来て大丈夫ですかねぇ、ハイ』
『どうだか。気になることがあるんだとさ』
『……そうですか。わかりました。ペトロフ准尉へ連絡して頂いき、感謝します』
『マクレイアに頼まれたからな』
よく尉官連中にバレずに連絡できたものだと言うヨダに、エリックはにべなく答えた。
『では、私は失礼します』
『ああ、俺も行くから後で落ち合おう』
『了解です。out』
ヨダとエリックが無線を切り、ティムは一人、その場に呆然と立ち尽くす。
「あの……。何かありましたか?」
ティムの補佐官であるダリル・ノーマンは、少し不安そうに訪ねてくる。
「何って――」
ダリルの呼びかけで振り向くと、後ろに待機している部下達の顔色が、ティムの怒鳴り声を聞き、不安一色となっていた。
「あ……。すまない。取り乱してしまった。心配はない。どうも俺は人を疑わずにはいられないらしい」
「それには同感です。小官も、他の連中も、常に他人を信じないで生きてますからね」
「疲れるな……」
「え?」
部下の言葉に、口をついて出てしまった。出てしまったのは仕方ないと、ティムは半ば自棄になり、大きく息を吐いた。
「なぁ、ダリル」
「何か?」
「俺たちも堅苦しいのはやめないか?」
「と言いますと?」
「もっとほら、ちょっと、その、気軽にさ。なんて言うか、ほら。第三部隊みたいにさ?」
照れくさそうに言うティムに、副官は唖然とし、間もなく吹き出した。
「な、何がおかしい!?」
「いや、悪い意味じゃないんです。ただ、隊長が俺達と話をしようと思うとは思わなくて」
「は?」
「だってほら、俺達もそうですけど。隊長は自分以外の連中のことなんて、どうでも良いと考えていると思っていたので」
「そんな事――」
ティムは今までの自分を振り返り、頭を掻いた。
「今まではそうだったかも……しれない。自分の事しか考えてなかったのは確かだから。はは、笑えるよな。周りが見えない隊長とか……」
「んー。確かに」
「お前――」
「でも、これからは違う。そうでしょう?」
ダリルのその言葉に、ティムは狐につままれたかのようにな顔をした。そして吹き出すように笑い出した。
「はははっ! お前、急に馴れ馴れしくなったな!」
「だって隊長が気軽にって言ったんでしょう?」
「まぁ、そうだけど」
「節度は持ちますよ?」
「わかったよ」
一人気に病んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなり、不安が次第に解けていく。
「思えば俺は、お前達のことなんにも知らないなって思ってさ」
「じゃあ、これから知ればいい。俺もよく知らない隊長の下で働くよりも、隊長がどんな人間か知っていた方が良いですしね」
部下の率直な意見に、ティムの表情が柔らかくなっていく。
「ですが、今はお喋りはやめて、任務に集中することにします。他の連中にも心配はないと言ってきますよ。敵が攻めてこないとは限りませんから」
「ああ、俺達は俺達のできることをしよう」
ティムは土嚢が積み上げられたバリケードの先を見据える。その瞳が揺らぐことはなかった。
どうも、朝日龍弥です。
三人の行方を捜す拠点組の結束は強まり、ティムも頼もしくなってきました。
しかし、三人には耐えがたい苦しみが続きます。精神的苦痛……度し難い……。
次回更新は、4/17(水)となります。




