疑惧の種
デンバー基地を奪還してから一週間が経ち、少年兵達は砦から基地の中間に位置する旧アスペン街を拠点とし、第一部隊と第四部隊、第二部隊と第三部隊とで分かれ、交代で哨戒任務に当たっていた。
「あー暇すぎるー」
頭の後ろで手を組みながら、ソルクスは大きな欠伸をした。
「ちょっとソルさん! 真面目にやってくださいよ!」
ソルクスの目に余る不真面目さに、コナーは眉を顰めた。
「なんだよコナー。真面目にやってるって。てかさ、これなんの意味があるわけ?」
「なんの意味って、敵が攻めてこないか見張るためですよ! 砦と基地は奪還しましたけど、周辺地域に敵が潜んでいないとは限らないんですからね!」
「んなこと言ってもさぁー、基地取り戻してから七日だぜ? 流石にもういねーんじゃねーの?」
「もう! 油断しちゃダメですってば!」
真面目に取り組むコナーに対し、ソルクスはニシシと笑った。
「まあまあ、安心しろよコナー。敵がどこに潜んでようと関係ねーよ! コナーは無理でも、俺一人いれば十分だろ!」
「ほう? じゃあ、今度から第三部隊の哨戒任務は、お前一人に任せようかな」
「へ?」
二人の会話を聞いていたショウは冷笑した。
「な、なんでそうなんだよ!」
「なんでって、一人で十分なんだろ?」
「いや、敵が出て来る分にはって話で……」
「どう言い訳したって、お前が哨戒任務自体をなめてることには変わりないだろうが」
「うっ……」
図星を突かれたソルクスは、ぐうの音も出ない。
「わかったらとっとと仕事しろ」
「ちぇー。わかったよ。あーあ! 暇だなー!!」
ソルクスは大げさに独り言ちると、つまらなそうに石蹴りをしていた。
「全く、あいつには緊張感て物が足りないな」
「でも、緊張感が無いのはソルさんだけじゃ無い。ですよね?」
コナーは、ショウが部隊全体をどう思っているのか探るように訊ねて来る。
「ああ。大きな戦いが終わって、どの部隊も安堵感や達成感で気が緩んでる。俺だってそうだ」
「ショウさんも、ですか?」
意外だという様に、コナーは目を丸くした。
「俺だって戦争が好きなわけじゃ無いし、基地よりも後方となれば、今では安全地帯にいるようなもんだ。ここ一週間、何もないしな」
「それは――」
「と言っても、油断大敵とも言うしな。警戒は怠るなよ?」
「は、はい!」
「仕事に戻るぞ」
ショウたち第三部隊は、第二部隊と合同で行動し、現在は拠点で、立哨として任務にあたっている。対して、第一部隊と第四部隊は周辺地域を哨戒中である。
被害が多い部隊とそうでない部隊を組ませ、哨戒任務に当たることを提案したのはパーシー少尉だった。数を調整することを考えたら、珍しく妥当な判断だといえる。
現在この拠点には、パーシーと第四部隊教官のバーグが指揮官としてここにいる。ハミルトンはパーシーを完全に見限ってはいなかった。しかし、表向きには指揮官としてパーシーとその部隊がいるが、全指揮権はバーグにある。そのことから、評価は確実に下がっていると言える。
パーシーは自分より階級が低い者の命に従う事を、ハミルトンが与えた最後のチャンスだと思って目を瞑ったのだろう。
全指揮権をバーグに与えるというのはどうなのだと疑問視したショウだが、バーグがクルードのお気に入りだということを思い出し、嫌に納得できてしまった。
出世するためにゴマをすっている奴がチャンスを与えられる。当然の結果であり、加えてバーグは野心家である。しかし、昇格を辞退してきたペトロフと違い、同世代で准尉の位にいるということは、底が知れるというのも、また事実。
バーグは殆ど安全地帯だと思われる地域の指揮官に任命され、安堵感と使命感に駆られている。自分が一個中隊相当の少年兵と、パーシーの部隊を従えていることに、明らかに天狗になっているのである。
指揮官がそのような調子であるから、当然部下にもそれが伝播する。
何か胸騒ぎがして、ショウはふと空を仰ぐ。自分が抱いている靄と違い、雲一つない青空に思わず溜息をこぼす。
「ショウさん?」
「ん? ああ、悪い。少し考え事をしてただけだ」
「そう、ですか」
分かりづらいが、表情を曇らせるショウに、コナーは浮足立っていた。
「そろそろ外に出ている部隊が戻ってくる。炊事当番の奴に言って、少し急がせよう。飯を食ったら、今度は俺らが外回りだ」
「そうですね。今、ネイサンに昼食の準備を早めてもらえるように連絡しますね」
コナーが小型無線機に手を当てると同時に、耳に突き刺さらんばかりのけたたましい鐘の音が、拠点全域に響き渡る。今はもう既に使われていないゴーストタウンの鐘の音に、コナーは虚を突かれたように焦りの表情を浮かべ、ソルクスはショウのもとに駆け足で戻ってきた。
「て、敵襲!?」
「ショウ!」
「慌てるな! まずは状況確認だ。俺は司令部に行く。コナー、みんなを集めてアスペン街郊外の守りを固めろ。ヨダに部隊を任せたら、お前も司令部に来い」
「はい!」
素早く指示を出し、コナーを走らせる。
「ソル」
「いつでもいけるぜ!」
自信を前面に出したソルクスの笑みに、ショウは思わず表情が和らぐ。
「よし。お前もコナーと一緒にみんなの所に行ってくれ。司令部の指示より早く敵が現れたら――」
「迷わずぶっ殺す」
「何人かは生け捕りにしろ。出来るか?」
「なめんな」
「じゃあ後で」
ソルクスとコナーは小型無線機を起動させながらアスペン街郊外へ向かい、ショウは中央司令部へと向かった。
「なんでこうも当たるもんかな。嫌な予感てのは……」
ショウは燦々と降り注ぐ陽の光を背負いながら、大きく溜息をついた。
* * *
「早く状況を報告しろ!」
バーグは焦りのこもった声色で司令部の机を叩きつけた。バーグの目の前にはエリックとショウ、そしてコナーが居た。扉の端にいたパーシーが一歩前に出て状況を説明する。
「司令部に入った報告だと、この拠点の西側を担当していた第四部隊が、敵と思われる一個小隊と交戦中。救援要請が出ている。応戦はしているが、完全に虚を突かれ、現場は大混乱だ」
司令部の情報処理を担当することになっていたパーシーに、いち早く第四部隊の報告が届き、警鐘を鳴らし、今に至る。
「今、第一部隊小隊長ティム上等兵に連絡を取ったところ、そちらに敵影は無いそうで、直ちにこちらに戻ると言っています!」
コナーが補足をするが、バーグの焦りは加速する。
「そんなのは当たり前だ! 戻るんじゃなくて援護をしに行けと伝えろ!」
その回答を聞いてショウは益々呆れ返った。
「准尉殿。僭越ながら申し上げます。第四部隊とは対極の哨戒任務に当たっていた部隊を援護に向かわせた頃には、第四部隊は全滅するかと」
ショウの言葉を聞いて、鈍感な者もよく分かるくらいにバーグ准尉の顔は青ざめた。
自分が担当した部隊が全滅。本来ならどこぞの戦場で少年兵がどう死のうが気にも留めないが、自分の管理下で、しかも殆ど安全地帯だと言われるこの場所で、部隊が全滅するのでは話が違う。クルードにゴマをすり、やっと降ってきた出世へのチャンスが全て水泡に帰すかもしれないという事実が、バーグの思考を一つのものに縛った。
「本部に報告は?」
「まだしてない。状況がハッキリとするまでは混乱を招くかもしれん」
――していない?
ショウは報告が滞っている事実を知って、目を閉じて首を振った。
「いいか! 第四部隊の全滅は何としても避けろ! それだけはあってはならない! それと、俺が許可するまで本部への報告は無しだ! あー、第一部隊が使えないなら! エリック上等兵! 貴様の部隊が行け!」
エリックは苦々しく顔をしかめた。
事実、エリックの部隊も、今戦闘に出せる人員は少なく、第四部隊と共倒れする可能性が高い。
エリックは、何の為に自分がショウと、ジャックがティムと組んでいるのかと問いただしたくなっていた。
「言葉をはさんで悪いが――」
「なんですか!? パーシー少尉!」
「エリック上等兵の部隊は負傷者が多い。これでは援軍ではなく、死にに行かせるようなものじゃないのか?」
意外なところからの助け舟に、エリックを始め、ショウとコナーを驚かせた。
「ここは、私の部隊を出したいところだが……何分我々の方も、負傷者が多い。第二部隊よりは耐えられると思うが……。我々も全滅する可能性は大いにあると言える」
「で、では、あなたの部隊と第三部隊で救援に向かって――」
「第一部隊が来るまでここの配備を薄くするのは、得策だとは言い難いと思われますが?」
「そ、それが敵の狙いかもしれません!」
ショウとコナーの発言をきっかけに、バーグの辛うじて留まっていた物が爆発した。
「ぁあああ! 黙れ黙れ黙れ! そんなに言うなら! お前の部隊だけでとっとと第四部隊を連れもどせ!」
「しかし――」
「ダメだ! ダメだ! ダメだ! できないとは言わせないぞ! マクレイア! 命令だ! 今すぐ! 第四部隊の連中を、生きて、ここに、連れもどせ!」
机を何度も叩き、声を荒げるバーグを、ショウは険のある目つきで見据えた。
「返事はどうした!?」
「……サー・イエス・サー」
「一分一秒でも無駄にするな! わかったらさっさと任務を遂行しろ!」
ショウは敬礼をしてバーグに背を向ける。コナーとエリックも遅れてショウに続く。
「マクレイア……」
「いい、もう決まったことだ。バーグ准尉の言う通り、今は一分一秒でも惜しい。俺達が現場にたどり着くまでに第四部隊が持ち堪えられるかもわからない」
ふっと息を吐き、ショウはやらなければならないことを見定める。
「エリック」
「なんだ?」
「拠点は第二部隊に任せる。ティムがそのうち戻ると思うが、気をぬくな。それと、この件を直ぐにペトロフ准尉に伝えてくれ。できるだけ状況を事細かく、明確にだ」
エリックは後半の指示に首を捻った。
「それは構わないが……。情報系統はパーシー少尉の――」
「どうやらあの人は、本部にこのことを伝えたくないらしい。それはバーグ准尉も同じだ。ことが起こってからじゃ遅い。ペトロフ准尉なら、そういう事も察してくれるだろう」
「わかった。そういう事なら任された」
「頼んだぞ」
ショウはエリックの肩を叩いて送り出し、自分の部隊が待機している旧アスペン街郊外に急ぐ。
「コナー、部隊の戦闘準備は?」
「既に整っています」
「よし。気は乗らないが、ジャックを見殺しにする気は無い。急ぐぞ」
「はい!」
ショウは自分が抱いていた胸騒ぎの正体に、心底うんざりしながら西へと向かった。
どうも、朝日龍弥です。
長い長い七章が始まりました。
一難去ってまた一難。
六章を経て、各小隊長同士の距離感も縮まってきましたが、どうなることやら。
七章も、よろしくお願いします。
次回、第四部隊のもとへ。
次回更新は、3/6(水)となります。




