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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
五章 第三部隊の番犬たち
32/398

三人の存在

 第五訓練場は第六訓練場より狭い範囲であり、一日で模擬戦を終えられることが出来るくらいの広さである。開けた平原、太陽の陽を遮る暗い森、流れが緩やかで水深は大人の膝下までの川が流れている。


 東西に分かれている各部隊は、中央にある平原を目指して進行していた。


 西軍となって進行中のティム・ノーマン率いる第一部隊連合軍は、森が囲まれた平原が遠目から多少見下ろせるくらいの勾配の尾根を下っていた。連合軍の中には勿論ヨダたち第三部隊の姿を確認することが出来る。


「あーあ、もう、とっとと降伏旗掲げてこの模擬戦終わりにしませんかねぇ、ハイ」

「仕方ないでしょ。降伏旗なんて最初からないのよ?」


 ネイサンの言葉に、ヨダは大きく溜息を漏らす。


 もちろんヨダもわかっていたが、改めて言葉にして言われると、嘆息せずにはいられない。


「進めと言われたら進む、攻め込めと言われたら攻める。上からの命令は絶対だと言うことを、嫌でも理解させてくれる状況ですねぇ、ハイ」

「我々に降伏などという道など無いですからね。逆らったら戦犯として罰せられてしまうのが現状ですしね」


 ヨダが気だるげに発した言葉に、いつもなら何を言うのだと食いかかっていくリカルドも、今回は呆れと体力の消耗で彼にしては珍しく暗い声だった。


「降伏すっなら、死ね言うが。お(かみ)にとっだら、アテらなんて弾除けでしかないんじゃ!」

「はぁ。はぁ。もう僕歩けないよぉ~」

「カーくん、その荷物さ何? 重くねが?」


 ラウリは、恰幅のいいカールソンですら身に余る荷物に目を丸くしていた。その中からは、金属がこすれるような音が聞こえてくる。


「ああ、コレ~? ちょっと必要になるかもと思ってまとめてきたんだけど、思ったより荷物多くて……もう……僕……ダメそう……あれ?」


 カールソンは、背中が急に軽くなった事を不思議に思っていると、自分が軽く宙に浮いていることに気がついた。


 あまり回らない首を回して後ろを見ると、レオンが両手で背中の荷物ごと自分を持ち上げていた。


「あ、ありがとう、レオ。助かるよ~」

「アニさん、かっこええ!!」

「……頑張れ」


 そう一言励ましの言葉を述べると、レオンはカールソンの荷物を肩代わりし始める。


「ダメですよーレオさん。カールを甘やかしていたら、もっと甘えてきますよ、ハイ」

「実際、僕たち第三部隊の面々は体力消費が激しいですね。やっぱり営倉行きが響いていますね」


 前を歩く隊長代理のヨダ、ネイサン、リカルドは部隊の後方の遅れを見て、尚更苦い顔をする。遅れを見ても構わず進む第一部隊の対応を見ても協力という二文字はないと見える。


「ちょっと進軍のペース速すぎないですか? これではいくら体力があっても、目的地に着いたとき上手く機動展開できませんよ」

「どうするの? 私たち。あのティムちゃんに従わなきゃいけないのよね?」


 リカルドとネイサンの問いかけに、ヨダは再び嘆息する。


「残念ながらそうなんですよねぇ、ハイ。あの人に任せてたら確実に負け――」

「おい!! 第三部隊! 遅れてるぞ!! 時間が勿体無いだろうが! 我々の足を引っ張るな!」


 ヨダたちが喋っているのを見て、ティムは訝しげにこちらを睨む。


「いやぁ、すみませんねぇ、ハイ。我々は負傷兵といっても過言では無いものばかりなので、ハイ。それにしても少しペースが速くないですかねぇ、このままじゃ第一部隊のみなさんも平原に着いた時には体力が――」

「うるさい! 黙れ! お前は二等兵だろ!? 俺に口答えするな!」


 その言葉を聞いた第三部隊の面々は、ティムの暴君ぶりに呆れて物も言えなくなった。しかし、その数十分後には第三部隊の中から更に遅れが出てきてしまう。こうなることは誰でも予想ができたのだが、ティムはその光景に益々苛立っていた。


「全く! 第三部隊の奴らはなんなんだ!? これくらいの距離も歩けないのかよ! 普段の基礎訓練がなってない証拠だろ!! 使えないな!」


 ティムの言葉にヨダが呆れながら文句を言おうとするより先に、ネイサンがティムの前に躍り出ていった。


「ちょっとあなた、今なんて言ったの? 使えない、ですって?」

「なんだよ! 当然だろ!? まだ始まって一時間も経ってないんだぞ!? そんなことでへばってる奴ら、使えないならなんだって――」


 ティムが喋り終わる前に、ネイサンの右手がティムの股間の一物を握っていた。


「な、何す――」

「おい、粋がるのもその辺にしな」

「「「「!?」」」」


 今まで聞いたこともない声色と鋭い眼光で威圧するネイサンに、レオンを除いた第三部隊の面々に衝撃が走った。


「あんたさ、何度も私らが忠告したのにペースを落とさなかったでしょう。部隊に遅れが出るってことは、部隊全体の様子も確認できないあんたのミスでもある。それをわかって言ってるの?」


 ネイサンの手に段々力が込められていき、ティムの顔が青ざめていく。だが、こんな状況になっているのにもかかわらず、第一部隊の連中は隊列を乱さずただ見ているだけで、隊長の最大の危機に手を差し伸べる者は誰もいない。勿論第三部隊の面々は助ける義理もない。


「そんなに進みたいなら進めばいい。ただし、私らはあんたらに着いていかないし、邪魔もしない。だからもう私らに指図するんじゃないわよ」


 ティムは今にも死にそうな魚のように口を開け閉めし、動けずにいる。


「第三部隊臨時衛生兵長の私が、私の部隊の連中にドクターストップかけてんの。文句はないわよね? そうだよなぁ!?」


 ティムは必死に頷き、口出しをしないことを誓い、早く手を離して欲しそうにしていた。


「わかればいいのよ。わかれば」


 ネイサンが握っていた物から手を離すと、ティムはネイサンから逃げるように第三部隊と別れ、緩やかな勾配の坂を足早に下っていった。


 ネイサンは何事もなかったかのように、後ろで青ざめている第三部隊の方へ振り返る。


「さ、みんな。少し休憩しながらいきましょ! あら? どうしたの、みんなそんなに青ざめて……何か言いたいことでもあるの? リッキー?」

「えっ!? なんで僕に聞くんですか!?」

「アネさん、かっこええ!!」

「なんか見てはいけないものを見た気がしますねぇ、ハイ」

「……ネイサン――」

「ダメよ、レオ。いくらあなたでも許さないわよ」


 ネイサンは腕を上げ、伸ばした人差し指がレオンの唇の前で止まる。レオンは表情一つ変えず、また沈黙する。


 ひとまず休憩することとなった第三部隊は岩陰に潜み、小隊長代理の三人は腹ばいになりながら、双眼鏡で他の部隊の状況を窺う。


「あーあ、第二と第四部隊は着実に進行してますねぇ、ハイ。無理に進行しないでいい所に陣を作ってやがりますねぇ」

「単細胞のジャックちゃんだけならともかく、割と切れ者のエリックちゃんがいるんだもの。予想通りって感じね」

「それに比べて、第一部隊はなんて言うか……無理に進行しすぎて足並みにばらつきが出てますし、未だに陣も作る気はなさそうですよ?」


 リカルドの指し示す方を見ると、確かに第一部隊に粗さが目立ってきている。


「速さは認めますけどねぇ……。ウチの隊長だったら持ち物をデポしたり、効率の良い道を通るから同じ時間でもっと早く進行できますし、あの人の効率の悪さといったら呆れて物も言えないんですよねぇ、ハイ」

「あ、そうだリッキー。ちょっと負傷してる子達の様子見てきてくれない?」

「え? まぁいいですけど、それ、ネイサンの仕事なんじゃ……?」


 突然の頼みごとに、リカルドは首をかしげる。


「ほら、衛生兵の子達も動ける子は少ないし、カールはあれでしょ? 私だけじゃ気づかないこともあるじゃない? 真面目なリッキーなら頼れると思ったからよ」

「あー! そう言うことですか! ふふん! お任せください! では、リカルド・ノーマン行って参ります!」


 リカルドは腹ばいになりながら敬礼すると、素早く匍匐(ほふく)前進をして、部隊の負傷兵の様子の確認に向かった。


「リッキーってピュアよね」

「ピュアというか、ソルさんに負けず劣らずの単細胞バカでしょアレは」


 双眼鏡を覗いたまま答えるヨダを見て、ネイサンは頬杖を突き、口元を緩める。


「ねぇ、ずっと思ってたんだけど、ヨダちゃんて結構隊長のこと好きよね?」

「はぁ? やめてくださいよ、気持ち悪い。隊長を褒めてしまっているように聞こえるのは、他の隊長があまりに無能なだけですよ、ハイ」

「ふぅん」

「もしかして、そんなことを聞くためだけにリッキーを遠ざけたんですか?」

「やーね。リッキーにお願いしたことは本当に思ったからよ? あと、本当に聞きたいのは、あなたみたいな人がここに残って少年兵を続けてることについてよ。聞くなら人が少ない方がいいかなと思っただけ。まぁ、答えたくない理由でもあるなら別だけど」


 ネイサンは横目でヨダの様子を見るが、ヨダは双眼鏡から目を離さずに答える。


「答える義理はありませんが、強いていうなら()()()()()ですかねぇ、ハイ。」

「面白いから?」

「ええ。だってこの部隊にいて、飽きないでしょう?」


 双眼鏡から目を離し、ヨダはニヒルに笑った。


「そう。それも、あなたらしいのかもしれないわね」


 そうしている間にリカルドが負傷兵と動ける兵の確認をして戻ってきた所で、一旦いつもの六人で作戦会議をとる。


「さて、休憩はしたけど、どうするの? 私達の部隊は隊長たちを抜いて四十七名。そのうち負傷兵が二十五名もいるし、ただでさえ営倉明けで、負傷してない兵でも余力があるのは私達を含めても十五名いればいい方ね」

「もしかして、その余力ある兵ってのに僕も入ってるのかな~?」

「決まってますよ、ハイ」

「でも僕もう動きたくないよ~」


 バッサリと切り捨てるヨダに、カールソンは駄々をこね始める。


「カーくんはもっと動いた方がええが」

「そうですよ! 動きたくても動けないのと、動けるけど動かないのじゃ全然違いますからね!」

「僕の場合前者でもあるんだけどなぁ~」

「……頑張れ」


 ラウリとリカルドに糾弾され、しょんぼりとするカールソンの肩を、レオンが励ますように叩く。


「とにかく! どう頑張ってもこのままでは、またボコボコにやられてしまいますよ! 前回みたいに負傷兵を出したくないですし……」


 前回の模擬戦での事が六人の脳裏に思い出される。


 課せられた不利な条件下で、第三部隊の半数が第四部隊から容赦ない攻撃を受けた。既にペイントがついて、戦死扱いを受けた第三部隊の兵に殴りかかってきたため、第三部隊の負傷者は続出した。


 第三部隊の衛生兵達は、本当に負傷者が出てしまうという不測の事態に右往左往してしまった。そして何より、衛生兵の指示を任せていたコナーがいないため、手際が悪かったのも裏目に出てしまっていた。


 負傷者は主に白兵部隊だったことから、第三部隊に課せられた縛りだけでなく、ソルクスが抜けた穴が大きかったということがよくわかる結果となった。元々第四部隊は少年兵として入れるギリギリの年長者、つまり十五歳の者が多く所属しており、白兵戦になったところで、力負けするのは目に見えていた。つまり自分達にこの状況を打開するための作戦が思いつかず、正面からぶつかって負けたと言うことになる。


「まず、たかが演習で本当に負傷兵が出るっておかしいんですよねぇ、ハイ」

「今までの憂さ晴らしされてるのよね。まぁ、本当に負傷者が出た時、対処できないといけないのだけどね……」

「あのまま行っても第一部隊も使い物になりませんしねぇ、ハイ」

「だども、どうにかせんと……」

「何か良い打開策があれば……」

「……」


 いくらソルクスやコナーがいないといえど、本来この人数がいればどうにかできるはずだった。負傷兵が多くなった今では、どうあがいても遅いのかもしれない。そんな時にいつも脳裏に浮かぶのは、圧倒的不利な状況を覆してきた黒髪の少年の小さくて、大きな背中だった。


「隊長だったらどうしたでしょうねぇ、ハイ」

「隊長だったら、ね……」

「隊長だったら……」

「隊長だら……」

「…………」


 全員が俯いたままの沈黙が続いた。


 すると、沈黙を打ち破るような咀嚼音を聞き、全員が音の元凶へと目を向ける。視線の先にはスナック菓子を美味しそうに頬張るカールソンの姿があった。


 流石にヨダやネイサンもコレには苛立ちを覚え、美味しそうに頬張っているスナック菓子をリカルドと共に乱暴に取り上げる。


「ちょ、ちょっと~、何するの~!」

「何するの~! じゃありません!! みんな真剣に考えているのに、あなたと言う人は! こんな時に何やってるんですか!!」

「こんな時まで食い物が喉を通るなんて、その図太さに脱帽です、ハイ」

「カールちゃん、時と場というものがあるんじゃない?」


 三人に責め立てられているのに、カールソンはあまりにも平然としていた。


「いや~ゴメンね~。お腹減っちゃってさ~。それは謝るよ。でもなんかさ~、考えるだけ無駄かな~って」

「無駄って!! 何を言うんじゃ!?」

「だってみんなさ、隊長じゃないんだよ?」

「「「?」」」


 全員がカールの言葉に首をかしげた。


「そんな事わかっていますが? ハイ」

「じゃあ、なんでみんな隊長の真似ばっかするのさ。そんなの無理だよ~。僕達、少なくともヨダ達は隊長の代わりを任されてるわけだけど、やっぱり隊長自身の代わりになんてなれないもん」


 カールソンは大きく息を吐く。


「だからさ……もう隊長の真似、やめない?」


 いつの間にか、全員がカールソンの言葉に耳を傾けていた。


 そして至極当然のように納得してしまった。


「隊長殿の真似? はぁー、無理ですねぇ……。そんなのできっこないです、ハイ」

「思えば私達、無意識に隊長みたいにって考えすぎていたのかもね」

「あの方だったらとばかりで、周りが見えていなかったのは僕達もでしたね」

「カーくん、いい事さ言う!」

「……やれる事……やる」


 全員が顔を見合わせ、頷きあう。


「そうね。まず出来ることからやらないと、出来ることも出来なくなっちゃうわね!」

「なんか、考えるのやめたらスッキリしちゃいましたねぇ、ハイ」

「でも、こんなに吹っ切れちゃっていいんですかね?」

「いいんでねが? 頭さ抱えるの、アテらには似合わん!」

「そうだよ~。やりたいようにやる。それが僕たちじゃな~い?」

「……む」


 先ほどの重たい空気が嘘のように、いつもの六人の賑やかさが戻ってくる。


「で、やれる事をやるのはいいけど、どうするの?」

「あー、それならこうしましょうかねぇ、ハイ」


 ヨダはいつものようにニヒルに笑った。



どうも、朝日龍弥です。

今回は主力の三人の穴がどれほど彼らを苦しめたのかを考える回でした。

コナーの的確な指示、ソルクスの遊撃、そしてショウの柔軟な考えと対応力。

それがない今、残された彼らがどう動くのか。

次回をお楽しみに!


次回更新は、10/31(水)となります。


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