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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
五章 第三部隊の番犬たち
31/398

食堂にて

 物置部屋を出て、一階にある食堂へと移動すると、その前で嫌でも目につく二人がヨダの姿を見かけてこちらに歩いて来た。


「あら~ヨダちゃんじゃなーい! 例の品はもう用意できたのかしら?」

「おはようございます、ネイサン。すみませんねぇ。昨日まで全員で営倉に入っていたんでまだ準備できていないんですよねぇ、ハイ」


 ネイサンと呼ばれた女口調のこの少年は、第三部隊の衛生兵に所属しているネイサン・パールである。顔は整っていて、口元にあるホクロがチャームポイントだと自分で言っていた。化粧をしているのが見て取れ、爪はきっちりネイルをしている。ショウたちがいない間の第三部隊を共に任されている一人でもあり、主に衛生兵の管理をしている。


「そうよねぇ。まぁいいわ! まだ化粧品残ってるし、準備できたら声をかけてちょうだいね! そうだ、レオも何かヨダちゃんに頼んでみたら? 結構力になってくれるわよ?」

「……」


 ネイサンの隣に佇む十五歳とは思えない大木のような巨躯を持つレオン・サウザーは、第三部隊の白兵に所属している。普段から口数が少なく、喋るときも名詞で会話することが多いような男で、彼とコミュニケーションが取れるのは同郷のネイサンくらいである。今回も沈黙を貫いたまま、ヨダとカールソンを見下ろしていた。


「何かあれば、できる範囲でやりますよ? ハイ」

「…………」


 ヨダは何時ものようにニヒルな笑みで対応するが、返事が返ってこない。


「ごめんなさいね。昔からこういう子なのよ。悪気はないから気にしないでね」


 ネイサンは少し困ったような顔をしているが、ヨダは気にせずいつも通りの対応をする。


「いえいえ、気が向いたらいつでも歓迎しますよ。カールという新戦力も加わりましたしねぇ、ハイ」

「あら、それは楽しみね!」

「何が楽しみだというのです?」


 またもや背後から聞き覚えのある声が聞こえ、ヨダは面倒臭そうに振り返る。すると、一冊の聖書を携え、姿勢良く立つ褐色の肌を持つ少年が、眉間に皺を寄せながら、こちらを睨んでいるのが否応無く目に入ってくる。


 この部隊で真面目な人物を挙げろと言われれば、誰もが彼、リカルド・ノーマンと答えるであろう。その実直さから、ヨダ、ネイサンと共に部隊を任された一人であり、白兵の分隊長を任されている。


「あら、リッキーじゃない! もう怪我は大丈夫なの?」


 ネイサンが気さくに話しかけると、リカルドの鋭い眼光がネイサンに向けられる。


「リッキーじゃありません! リカルドです! お陰様でこの通り、良くなりましたよ!」

「え~、リッキーでいいよ~。そっちの方が呼びやすいし、僕だって愛称のカールで呼ばれてるしね~」

「愛称で呼んだ方が親しみやすいですからねぇ、ハイ」

「あー! もういいですよ!! それよりも、今度は何を企んでいるのですか?」


 カールソンの気の抜けた語り口調や、からかう様にニヤニヤとしているヨダに、リカルドは話を折らせまいとヨダを問いただす。


「んー、質問の意味がわかりませんねぇ、ハイ」

「とぼけないでください!! あなた達が集まっていると、決まって悪巧(わるだくみ)しているとしか考えられません!」


 決めつけるように声を上げるリカルドに、ヨダたちは心外だと溜息を漏らす。


「酷いな~リッキー。僕たちはただご飯のために集まってるだけだよ~」

「そうよ。人聞きの悪いこと言わないでちょうだい」

「そんなに堅いと肩凝っちゃいますよ? ホラ、肩の力抜いてくださいよ、ハイ」

「いいえ! 僕は隊長と准尉にこの部隊を預かった身です! 部隊の風紀の乱れは無視できませんからね! 神は僕達を見ていらっしゃるというのに! はっ! そうやって僕を悪の道へと引きずりこむ気ですね!? そうはいきませんよ!!」


 リカルドの発言に、ヨダは心底うんざりとしていた。


「あーもう、誰かこのバカどっかやってくれませんかねぇ、ハイ」

「バカとは何ですか!? バカなのは、あなたでしょう? いつまで規則違反のものを売りさばくつもりですか!!」

「そのバカから聖書買ったのはどこのどいつですかねぇ、ハイ」

「うっ……」

「な~んだ。リッキーもヨダから買い物してるんだね~」

「人のこと言えないじゃないのよぉ」


 リカルドはわざとらしく咳払いをする。


「い、いいですか!? 売っていいものと悪いものがあってですね――」

「あ、自分の事を棚にあげようとしてるわよ」

「つれないなぁ、リッキー。風紀を気にするのなら自分がコナーの写真買っちゃダメですよねぇ、ハイ」

「そ、それは!」


 ヨダの発言に、リカルドは慌て始める。


「やだ、この子聖書と一緒にコナーちゃんの写真買ったの?」

「自称聖職者だけど、煩悩にまみれてるよね~」


 ネイサンは信じられないと口元を覆い、カールソンは何食わぬ顔で正論を言い始める。


「そういうのなんていうか知ってますー? ハイ」

「………ムッツリ」

「なっ!」


 今まで沈黙を貫いてきたレオンも口を開き始める。


「変態ですねぇ、ハイ」

「変態ね」

「変態だね~」

「……変態」


 ここぞとばかりに共鳴し始めるヨダたちに、リカルドは頭を抱え始める。


「ああ、もう嫌だ……。あなた達と関わると頭痛がしてくる」

「じゃあ関わらなければいいのにね~」

「友達いないんでしょ、ハイ」

「あら、リッキー。寂しいなら私に言いなさい。可愛がってあげるわよ?」

「……」

「もういいですよ!! 何なんですかもう! 僕一人でこの人達を制御するなんて無理だ。わかっていたじゃないか!! おお! 神よ! 僕はどうすれば良いというのですか!! あぁー!!」


 リカルドは両手で頭を抱え、天を仰ぐ。


「あ、リッキーがヒスってますねぇ、ハイ」

「もう、誰のせいよ」

「明らかに僕たちのせいだよね~。そんなことより、僕もうお腹減っちゃったんだけど~」


 やれやれといった様子のヨダとネイサンに、カールソンは腹の虫を響かせていた。


「あら、そうよね。立ち話してないでさっさと食べちゃいましょ」

「あー、誰かさんのせいで足が棒になっちゃいますねぇ、ハイ」

「僕のせいなんですか!?」


 朝から食堂の前で言い合いをしていた五人は、配給された食事を手に、なんやかんや言って同じテーブルに腰を落ち着かせる。


 席に着くと、カールソンは今まで食事を抜いていたかのように豪快にかぶりつく。ヨダ、ネイサン、レオンはごく普通に食べ始め、リカルドは未だに祈っていた。


「ねぇ、リッキー。食べないなら食べてもいい~?」

「ダメです。今お祈りしているので話しかけないでください」

「…………まだ食べないの~? 食べないなら食べちゃうよ~?」

「人の話聞いてましたか? 邪魔しないでください!」


 リカルドは、横から手を伸ばしてくるカールソンの手を容赦なく叩く。


「ダメですねぇ、スラムでは弱肉強食が普通でしょう? 祈ってる暇なんてなかったと思いますけどねぇ、ハイ」

「いいんです! 私はこれをしないと一日が始まりませんから!」

「いいんじゃないかしら、そういうのも。リッキーらしくて私は好きよ」

「まぁ、リッキーのアイデンティティだよねぇ~」

「……個性」

「まぁ、私もリッキーのそういうところは嫌いではないですねぇ、ハイ」


 その場の全員がリカルドの個性を尊重し、リカルドは純粋に感動し始めた。


「み、皆さん……。散々周りからは馬鹿にされてきましたが、なんやかんや言って皆さんは――」

「からかいやすくていいですよねぇ、ハイ」

「なんか、見てて面白いよね~」

「わかるわー! でもそんな聖職者ぶってるところも可愛いのよね!」

「皆さん!? せっかく感激していたのに! 僕の感動を返してください!」


 再びからかい始めるヨダたちに、リカルドは猛抗議する。


「そういう純粋なところも可愛いわよね。食べちゃいたいくらい」

「ネイサン。その舌なめずりやめてもらえませんか!?」

「えーいいじゃないのよ。今晩私のお部屋に来なさいよ。たっぷり可愛がってア・ゲ・ル」


 ネイサンはリカルドの耳元にそっと息を吹きかける。リカルドは今まで感じたことない悪寒で震え上がった。


「不純だぁああー!!」

「あら、失礼しちゃうわねー。ここでは同意があればいつ、どこで、誰としてもいいのよ?」

「どこでもっていうのは違う気がするけどね~」

「流石サウザー一の男娼だった人の言うことは違いますねぇ、ハイ。やってもらったらいいんじゃないですかねぇ、聖職者になったら一生童貞のままですよ、ハイ」

「え?」


 ヨダの発言に、リカルドは目を見開きながら、ネイサンを見た。


「おや? 知らなかったんですか? 隊内外でも結構有名ですよ? ハイ」

「そうよ! だから私、結構自信あるわよ? せっかくだから童貞だけじゃなくて処女も捨てちゃったら? 私がもらってあげるわよ?」


 ネイサンの言葉に、リカルドは震えあがった。


「い、いい加減にしてください!! 僕は一生童貞でいいですから!! あとネイサン、冗談はやめてください! あなたのは冗談に聞こえませんから!!」

「あらやだ、冗談じゃないんだけど」

「冗談って言ってください! お願いですから!! て、ちょっとカール!! なに勝手に食べてるんですか!」


 食堂で早朝からリカルドをからかって騒いでいる様子からは、一昨日まで三日間の営倉行きにあっていたとは思えない程の活力を見せ、周りの人を呆れさせていた。


「みな、揃ってんな。アテも仲間に入れてもらってもいいが?」


 いろんな言語が混ざった独特の訛りを聞き、そちらを見やると、長い前髪で前が見えているのか分からない天然パーマの背の幼年が、配給された食事を持って立っていた。


「あーラウリ! 君もこっちきて座りなよ~」


 カールソンは、ラウリと呼んだ幼年を手招きして歓迎する。


「じゃあ、カーくんの隣さ行ぐ」


 第三部隊の銃撃兵に所属するラウリ・ウェーダーはカールソンの隣に座り、朝食を取り始める。リカルドと同室であり、たまにこの五人と顔を合わせることが多くなっていた。


「やあ、ラウリ。この間の品はどうでしたかねぇ? ハイ」

「相変わらず、ヨーさんから買うものは品質よか。不満はなんも無いで。ほんに描き心地よか!」


 ラウリは子供らしく笑う。


「ヒヒヒ。ご期待に添えて感激です、ハイ」

「あら、ラウリちゃんもヨダちゃんのお得意様?」

「ヨーさんが仕入れてくれる画材、結構質がいいで、よく買う。アネさんもヨーさんに何か買うんけ?」

「まぁ、そんなとこよ。でもリッキーが仕入れやめろってうるさくて……」


 ネイサンの言葉を聞き、ラウリは信じられないとリカルドの方へ身を乗り出す。


「ええ!? リー君なんでなん? したら、アテはどうやって絵を描いたらええんじゃ!? ウヌだってコナーの写真さ買って、毎日さお祈りして――」

「ああああー! なに言ってるんですかぁあ!?」


 リカルドは思わずラウリの口に配給されたパンを突っ込んで黙らせた。ラウリは口をもごもごと動かして放り込まれたパンを食べ始める。


「うわぁー……。コナー教ですか、ハイ」

「せっかくなら、お祈りじゃなくてオカズにしなさいよ」

「リッキーもなんかずれてるよね~」

「コナー教じゃありません!! というかネイサン! なにとんでもないこと言っているんで――」


 食堂の扉が勢いよく開け放たれた音を聞き、食堂にいる少年兵全員が静まり返る。


 注目の的となったラルド・サイラス中尉は気だるげに口を開く。


「静粛にー。朝っぱらからアホヅラぶら下げて騒いでる馬鹿どもー、注目ー……はしてるな。今日の訓練だが、全部隊合同でやることになった。内容は、クルード中将の余興……いや、命令で奇数部隊対偶数部隊の模擬戦だ」


 サイラスの発言は、今日一日は平穏に過ごせると思っていたヨダの顔を引きつらせた。


「各自準備して第五訓練所に集合な。詳しい事は追って伝えるから、俺からは以上だ。質問は一切受け付けないぞー」


 終始気だるげなサイラスは、大きなあくびをして食堂から出て行った。それと同時に、訓練内容を聞いた二百余名の少年兵はざわめき出す。


 六人が座っているテーブルでも全員が呆れた表情を見せ、カールソンが一番に不満を漏らし始める。


「また模擬戦~?」

「しかも、戦績最悪の第一部隊とですか……」


 カールソンとリカルドは、苦々しく表情をゆがめる。


「あのタヌキジジイは、よっぽどウチの部隊が嫌いらしいですねぇ、ハイ」


 ヨダは、暇つぶしに余興を楽しんでいるクルード中将の顔が頭に浮かぶ。


「しかも、ウチの部隊はみんな昨日の夕方まで営倉にいて飲まず食わずだったのよ? 体力だって戻ってないのに……。ほんと最悪よね」

「……負け戦」


 ネイサンの発言に、レオンも同調する。


「まぁ、少なくてもここの六人は元気だけどね~」

「だども奴ら、アテらが必死こいて戦ってるとこ、ただの見世物としか思ってね!」

「まぁ、それは今に始まった事じゃ無いですから、なんとも思っていませんけどねぇ、ハイ……」


 ヨダは第一部隊隊長のティムを横目で見やると、ティムも怪訝そうな顔でこちらをジッと見ていた。


「どうやらあちらも、私たちと組んで最悪と思っているみたいですねぇ、ハイ」


 六人は深い溜息を漏らしながら、営倉行きを避けるために仕方なく重い腰を上げて第五訓練所に向かった。


どうも、朝日龍弥です。

文字数的に一節を分けてこの形になった訳ですが、いやいや濃い人たちだ。

彼らの初登場は二章からでしたが、ヨダやネイサン以外は本当に久々の登場になります。

個性豊かで騒がしい彼らをこれからもよろしくお願いします。


次回更新は、10/24(水)となります。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 前回に引き続きライト回ですね! 重っ苦しいのも無いと死ぬぐらいには大好物ですが、こういうわちゃわちゃは本当に見ているだけで心を癒されます!! そして、コナー君の写真はものすごく欲しい……
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