番犬たちの朝
太陽が地平線から顔を出し、冷え切った朝を暖めだす頃。ヨダ・ソウ二等兵は、下士官宿舎の物置部屋の一角で目を覚ます。
ヨダが改装したこの寝床は、年端もいかない少年が見たら秘密基地だ、とさぞかし興奮するだろう。ヨダは糸目をこすり、両腕を上げて伸びをした。そうして大きく溜息をついて日付を確認する。ペトロフとショウ達が第四研究所に召喚されてから十一日目の朝を迎えた。
「あーあ、まだ戻ってこないですねぇ、ハイ」
ペトロフとショウ達が宿舎を留守にしてから、第三部隊の扱いはとてもぞんざいなものになっていた。
ショウ達がいない間、ペトロフはヨダと他二名に部隊を任せたのだが、長のいないスラムの犬など、まとまるわけがないと言うクルード中将の要らぬお節介で、第一部隊から第四部隊を一日ごとに回る羽目になった。決定権は常に他の部隊の隊長にあり、自分たちが今までやっていた訓練をさせてもらえずにいた。
一日目の第一部隊では、部隊長のティムの指示により、時間通りに何をするか、きっちり決まっていた。そのため、各個人を伸ばすような時間も訓練も無かった。気持ち悪いほどに足並みがそろっているのに、個人個人の気持ちは何処かバラバラだった。一言で言えば自分たちの部隊と比べたら窮屈な部隊という印象だった。
二日目の第二部隊は全部の隊を見てから言えることだが、かなりマシな方だった。基本的な事をした後は各自自由行動と、何とも適当な部隊だったわけだが、個人個人で伸ばしたいことに力を入れると言うところは第三部隊と同じだった。しかし、隊長のエリックが真面目にやるつもりが無く、怠け癖があるため、部下一人一人を見ようとしていない。こちらとしても縛りがなく、やりたいように出来るので不満はなかったが、どうにも休憩と言う名のサボりが多く見られ、やる気を削がれることこの上なかった。
三日目の第四部隊に至っては、隊長のジャックが積年の恨みのごとく、勝手にミニ演習として模擬戦を仕掛けてきた。第三部隊は成績が良かったからと不利な条件を提示され、クルード中将や教官のバーグが許可を出したため、縛りの多い第三部隊はタコ殴りにされるという事態になっていた。
最初の三日を過ぎたあたりから第三部隊の不満は大いに高まり、六日を過ぎたあたりから負傷者も増えた。第三部隊全員で訓練をボイコットするという苦肉の策を弄したが、案の定、全員営倉行きになり、三日間は飲まず食わずの罰を受けた。体力も気力も落ちたところで、第四部隊との訓練に参加し、負傷者が続出したのがつい昨日のことだ。
この十日間を思い出すだけで、ヨダは溜息が止まらなくなる。留守を任されたからといって、実際は仮の隊長を真面目にやる義理も無いし、好き勝手にしようと、ヨダは思っていた。
しかし、ヨダは自分より能力が低そうな隊長に従わなくてはならないことが、不満でならなかった。やられっぱなしというのも気にくわない。そう思っているのはヨダだけでは無いだろう。
もっとも、一儲け出来る時間も余裕もなかったことが、ヨダにとっては一番の精神的痛手となっていた。
ショウ達が留守にしてから十一日目の今日、回り的に第一部隊との訓練なので、まだいいかと、ヨダは妥協した。頭を掻きながら目覚めのコーヒーを淹れに行こうと、ヨダは寝床の物置部屋から出ようとしたが、何か重い物に閊えてドアが開かない。
「あ、ヨダおはよう~」
半開きになったドアから中を覗き込むようにしている恰幅の良い少年を見て、ヨダはいつものようにニヒルな笑みを浮かべる。
「やぁ、カール。よければドアの前から退いてもらえませんかねぇ、ハイ」
「ああ、ごめんね~。よいしょっと」
カールことカールソン・サウザー二等兵は、くぐもった声で大変な仕事のように、ドアの前から退いた。まだ何もしていないと言うのに、カールソンは額に脂汗をビッショリとかいていた。営倉から出てきたばかりの時は痩せていたというのに、一日でどうやったらこんなに太れるのかの疑問に触れず、まず目の前にいる彼が何故ここにいるのかを聞いてみる事にする。
「で、カール。こんな朝早くからどうしたんです? ハイ」
「ああ、あのさ、一ヶ月くらい前にトカゲ女の騒ぎがあったでしょ~? ほら、隊長が大怪我した時の」
「あー」
ショウ達が見回りの最中、宿舎の七不思議を追っていたのを思い出し、不気味な笑い声の正体である彼はその笑みを崩さない。
「そんなこともありましたねぇ、ハイ」
「でね。その時に出てきた偵察型ドローンの残骸で、使える物を見繕ってカメラの機能を復活させてみたよ~。あとこの間ヨダに頼まれてた倉庫に眠ってたパソコンとモニター。あれもドローンのやつを使って復旧しといたよ~」
さも当然の様に口にするカールソンに、ヨダは口笛を吹いた。
「おー流石カールですねぇ! 仕事が早いです、ハイ」
「いや~、頼まれた時はどうしようかと思ったけど、何か使えるかもしれないからってドローンの残骸を取っておいてよかったよ~」
「しかし、よくドローンの残骸なんて取っておけましたねぇ、ハイ」
「うん、まぁ、ね……。それで報酬の件なんだけどさ~」
その理由に何かあるのか、カールソンは肩を落としながら、聞きにくそうに報酬の話を持ち出した。
「ああ、ドーナツですね、生憎今手元になくて。後でもいいですかねぇ? ハイ」
「ああ、いやいや、ドーナツじゃなくてね~」
「ハイ?」
「あの、良ければ僕もここで寝泊まりしてもいいかな~って」
「生憎ここにはカールが入れる場所がありませんねぇ、ハイ」
ヨダは突然の申し出に、顔色を変えず即答した。
「そ、そうだよねぇ~」
「報酬はドーナツでいいという話でしたけども、ハイ。一体どうしたんです?」
明らかに落胆するカールソンを見て、ヨダは嘆息しながらその理由を尋ねる。
「いや~、なんて言うか、僕ってほら、こんなんでしょ? 今いる部屋の人に出て行けって言われちゃってさぁ~。ドローンの残骸も床に散らばっててさぁ~。あはは」
「あー……そういうことですか、ハイ」
ヨダは、自分が折角確立してきた生活スペースを乱されると思うだけで、頭痛がしてきそうだった。
「ああ、ヨダの邪魔はしないからさ! 僕に出来ることなら何でも手伝うし、まぁ、ドーナツがあったほうが頑張れるけど~」
「何でも?」
ヨダはカールソンの一言を聞き逃さなかった。
「う、うん。まぁ、本当に僕に出来ることだけだけどね?」
ヨダは顎先に手を当てて、ううんと唸る。
「カール、あなたはとても手先が器用みたいですけど、スラムにいた頃は何をしていたんです?」
「あぁー……うーんとね、大した事じゃないよ~? 僕はサウザーの廃棄場を寝床にしててね。で、パソコンとか何かわからない機械をいじったりしてるうちに、貴族とか、中央の会社の口座をハッキングした事はあったけど……。それ以外は別に他の人と何ら変わった事はし……」
またもやとんでもないことを当然の様に言うカールソンに、ヨダは目の前の少年の処遇を考え始めていた。
スラム街出身で、しかもこの時代にハッキングや機械の技術を持っているものなどいない。しかも、ヨダの見立てではカールソンは間違いなく逸材だった。
「いやぁ~でもさ、口座に侵入しちゃったのだって殆ど事故みたいなものだったし――」
「決めました」
「え?」
ヨダはそっと手を差し出す。
「カール、交渉成立デス」
「え!? 本当!? わーい! ありがとう!」
カールソンはヨダの手に飛びつき固く握手を交わす。
「でもいいの? 僕の事そんなに良く知らないだろうし……」
「あなたの生まれや、今まで何をしてきたかには、さほど興味がありません。重要なのは、あなたが技術を持っている。それだけですから、ハイ」
ヨダの言葉に、カールソンは肉のついた口角を持ち上げて感謝の言葉をのべる。
「その代わり……」
「うん。僕に出来る事なら何でも手伝うよ」
「イヒヒヒ。決まりですねぇ! あなたとは仲良く出来そうです、ハイ」
そうと決まれば、ヨダは取り敢えずカールソンが通れるだけの道を確保するため、さっさと部屋を整理し始める。
「今更だけど、ここ勝手に使ってていいのかな~?」
「あー、いいんですよ。ここを開けた時ぱっと見で奥が見えなければセーフですよ、ハイ」
「んー、そういうもんなのかなぁ~?」
ヨダを手伝う様に、カールソンも片づけをし始める。
意外と簡素で、見てくれは使われていない物置部屋そのものだが、床などには塵一つない。
「ペトロフ准尉に確認した所、ここは殆ど廃棄する予定の機材置き場らしいですから、殆ど人は来ないですしねぇ、ハイ。カールにとっては宝の山でしょう?」
「ふーん、そうだね。まぁヨダがずっとここで寝泊まり出来てるなら大丈夫か」
そんな他愛のない会話をしながら二人は作業を進める。
数分もしないうちに、カールソンは軍服を汗でぐっしょりと濡らしていく。なんとかカールソンの寝床を確保し、時計を見ると、そろそろ朝食の時間といった所だった。
「そろそろ朝食の時間ですし、食堂へ移動しますかねぇ、ハイ」
「わーい! ごはんの時間だぁ~! 僕もうお腹ペコペコだよ~」
そう言ってヨダたちは部屋を後にした。
どうも、朝日龍弥です。
五章はショウたちのいない第三部隊から物語がスタートした訳ですが……。
ヨダは大丈夫として、皆さん覚えておいででしょうか、カールソンの事を。
そう、二章に出てきた「太っちょカール」です。
陣で無線を担当していました彼です。
あれ? こんなキャラいたっけ?
そう感じた方、大丈夫、まだ間に合います!
二章で復習しておきましょう!
まだまだ出てきますので、後に控えるキャラも、どうぞよろしくお願いします!
次話更新されています。




