舎密の正しい使い方
「そんでぇ……なんで俺のところに来るわけぇー? 意味わからないんだけど? は? 何? そんっなに、あんた俺のこと好きだったの? 俺はあんたの事、大っ嫌いだけどねぇ! 上等兵さんよぉ!」
頬杖を突きながら、この世で最も不快なものを見たかのような顔をしながら、首にゴーグルを下げた少年は悪態をつく。
「俺だってお前とは二度と顔を合わせたくないと思っていたんだがなぁ、エセ博士」
「え? 何? 喧嘩売ってんの?」
ショウとレイチェル、及びG-ウルフ、そしてソルクスとコナーは、舎密が入り浸っている図書館に足を運んでいた。
顔を合わせた二人は、コナーとソルクスの予想通りに、恒例行事のごとく、飽きもせず、火花を散らしている。
「あの……。お二人とも……落ち着いて……」
「だから言ったろ? 絶対喧嘩するって……」
「ねぇねぇ、二人はどういう関係なの?」
二人のことを、特に舎密をよく知らないレイチェルは、興味深そうに見物していた。
「おい、ちょっと表でろエセ博士」
「ほぉ〜また暴力ですかぁ? 流石たたき上げのスラム上がり上等兵さんは違いますねぇ〜?」
「……うるせぇ。来いって言ってんだ」
ショウは舎密の襟首を掴むと、ズルズルと舎密を図書館の外へ引きずって行く。
「っえ? マジで? ちょっと待てよ! それは良くないんじゃないの? コナー! お前の上司だろ! なんとかしてくれ!」
「ちょっと! ショウさん!!」
「あー、そうだ、コナーも一緒に来い。あとヴォルフスブルクも」
「へ?」
コナーは理由がわからず、取り敢えずヴォルフスブルクと共にショウの後に続く。
「え? なんだよ……二人と一匹で俺をリンチするってか? そんなことしていいのかよ! 俺は一応お前らより上の権限もって――」
「うるせぇんだよ。ピーピー喚くな。ちょっと話があるだけだから静かにしてろ。ソル、レイチェルのこと頼んだぞ」
「りょうかーい」
ソルクスにレイチェルを預け、ショウは図書館を出る。
「ショウさん本当に話するだけですよね?」
「……勿論だ」
「今の何? 何の間? 何の間だよ!? コナー早くこいつを俺から引き剥がしてくれ!」
「舎密さんも落ち着いてください!」
ショウはさっさと舎密を図書館からつまみ出すと、まず自分が目の前にいる人物にペースを乱されないように大きく深呼吸をした。
「さて、と。本題に入ろう。エセ博士、お前、人が馬に乗る為に馬につけるやつ知ってるか?」
「はぁ?」
「鞍と鐙の事ですね」
ショウが伝えたいことをコナーが代わりに伝える。
「それが何だよ?」
「こいつに合わせて作れるか?」
ショウはヴォルフスブルクの頭を撫でる。
「は?」
「えっと、レイチェルさんが足を悪くしてしまったので、足を使えなくてもヴォルフスブルクに乗りやすいような、そういう物を舎密さんに作ってもらえないかなって」
コナーから説明を受けた舎密は口角を上げでニヤリと笑う。
「へぇ~、あんたが俺に頼みごとねぇ? でもおっかしいなぁー? それが人にものを頼む態度かねぇ?」
相手が下手に出るしかないとわかった瞬間、舎密は突然強気に出始める。
ショウは大きく溜息をつくと、腕を組んで舎密を冷やかな目で見下ろした。
「別に俺は頼んでない」
「はぁ?」
「俺はお前のことをこれっぽっちも、凄いやつだとは思ってないし、ただのガキだと思ってる」
「あんたさぁ……」
「で、だ。ただのガキじゃないと証明してみろよ。そうしたら俺はお前を少し認めてやる」
ショウの言葉に、舎密はあからさまに大きく溜息をつく。
「あのさぁー、さっきから何言ってんの? 俺は別にあんたに認めてもらえなくても、何も損しないから!! 俺に何のメリットもないね! そもそも両足使えないで、自分の身体を振り落とされない様に支えられると思うか? 無理だね。バカじゃないのか? じゃあな。俺はそんなに暇じゃねぇーの」
舎密はショウとコナーを背に、図書館へと戻ろうとドアノブに手をかける。
「なーんだ。やっぱりできないんだな」
舎密はショウが発した言葉に反応して、ドアノブを回す手を止める。
「天才科学者か何かしらねぇーけどさ、やっぱお前はただの大口叩いてるだけのガキで、実は何にも出来ないやつだったんだなぁー。思った通り――」
「誰が何にも出来ないただのガキだって?」
舎密はショウの方に振り返り、怒りの形相でショウを睨む。
「誰も出来ねぇーなんて言ってねぇーし!!」
「さっき無理って――」
「言葉の綾ですぅー!! 他の奴には無理かもしれないって意味ですぅー!! いいか! そんなもん俺にかかれば二日、いや、一日で作ってやるわ!! 首洗って待ってろ! 舐めんじゃねぇーよ、このバァーカ!!」
舎密は図書館の扉を勢いよく閉めて、静かになった。
「よし、計画通りだ」
「いいんですか? あんな言い方して?」
「いいんだよ。あいつは煽れば勝手にやってくれるだろう」
「ショウさん、段々舎密さんの扱いに慣れてきましたね」
そう言うと、コナーは小さく笑った。
「別に? 俺もあいつに自分から頭下げて頼むなんてごめんだっただけだ」
「もうー! 見てるこっちはヒヤヒヤするんですからね!!」
「悪かったな。コナーが居てくれた方が冷静になれるような気がしてな。ソルじゃあ、俺より先に手をだしかねないからな」
「……それもそうですね」
容易にその光景が想像できてしまい、コナーは苦笑いをする。
「なぁなぁ! あのチビッコイの、なんか一人でブツブツ言いながら、なんかし始めたんだけど?」
ソルクスはレイチェルを背負いながら、用事がすんだのかと図書館からひょっこり頭を出して、ショウとコナーの様子を見にきた。
「ああ、終わったよ。レイチェル、どこに行きたい?」
「え? そうねぇ……。そろそろお腹がすいてきたし、またみんなで食事しながらお話を聞きたいわ!」
レイチェルの提案に、ソルクスは大きく首を縦に振った。
「よーし! そうと決まったら食堂行くぞー!! 俺も腹減ってしょうがねぇーんだよ!」
「皆さん朝から何も食べていませんからね」
「それどころじゃなかったからな」
「じゃあ、俺とレイチェルで一番乗りだぜ!!」
ソルクスがレイチェルを背に乗せて食堂へと走り出す。
「ああ! 待ってくださいよ! 走ったら危ないですよ!」
「おいソル! レイチェル乗せてるの考えて動けよ!」
「平気、平気!!」
「ふふふ! あははは!」
レイチェルの楽しそうな笑い声が、研究室の廊下に響き渡った。
* * *
審判が終わり、特別会議室に残ったペトロフとダナーは、真剣な面持ちで今回の件を話し合って居た。信頼していた部下の裏切りに、二人は少なからずショックを受けていた。
「閣下、会議中にも申し上げましたが、これは由々しき事態です。ザック……いえ、ケスラー曹長は、敵と内通していた可能性があります。そして、考えたくありませんが、それに与している者がいないとも限りません」
「わかっている。わかってはいるんだ」
苦しそうに声を絞り出すダナーは、奥歯をかみしめ、ペトロフに問いかける。
「なぁ、アルよ。ザックは何故こんなことをしたと思う? 我々がいけなかったのか……。それとも元々、ザックはあの人の様にS派の間者だったのだろうか? ……いや、すまん。大将がこんなことでは……」
ペトロフは、ダナーの言葉に静かに目を閉じる。
「閣下、こういう時間も必要です……」
「ああ、そうかもしれぬ」
ダナーは目頭をギュッと抑え、項垂れながら低く唸った。
「我々の心には時間が必要かもしれんが、上は待ってくれない」
「と、いいますと?」
「今回の件を嗅ぎつけて元帥閣下が、いらっしゃるそうだ」
「……それはいつですか?」
「今日だ」
「ランドルフ博士は?」
ペトロフの問いかけにダナーは首を横に振る。その様子を見たペトロフは苦渋の表情を浮かべる。ダナーも心苦しそうな表情を浮かべ、いよいよ重くなった口を開く。
「……先程伝達が来た。デニス・ランドルフ博士の処分が決定し、その娘レイチェルを……実験の被験体にする事が、決まった……と……」
「まだ与えられた期限は過ぎていま――」
「元帥閣下が待つと思うか?」
元帥が待つはずがないと、ペトロフは押し黙る。
「アルよ……私は臆病者だ。……私はあの人を目指してやってきた。あの人がどうであれ、私は軍人として、人間として尊敬していたのだ。……だが、私はあの人のようにはできない」
「……フィリップ、君は軍人としては正しいよ。それに我々には選択肢がない。それに、何もできないのは私も一緒だ」
「……アル。あの人は最期に、我々に何を伝えたかったのだろうな」
ペトロフは、七年前に起きた出来事を思い出す。
地上のS派のロボット部隊が制御不能になり、敵味方関係なく、空から戦闘機が降り注いだあの光景。
「アル、私は……あの人がいなくなってから、とうに諦めてしまっているのかもしれないな」
「それは……私も同じかもしれない。ただ、あの子達には、私達みたいにはなって欲しくはないかな」
「はは、そうだな」
暫し沈黙が流れ、既に羽根をもがれている二人は空を仰ぐ余裕さえなかった。
「……閣下、私はこれで失礼します。彼らが心配なのでね」
「あ、ああ、そうだな。ランドルフ嬢と一緒にいると聞いているから、早いほうがいいな」
「はい。では失礼します」
ペトロフは特別会議室の扉を開け、徐に足を止めた。
「閣下、これはあくまでも、私の考えですが」
ペトロフはダナーに向き直る。
「ザックは、心優しい男でした。彼は特にレイチェルと仲良くしていたと聞いています。……それにマクレイア上等兵が言っていました。苦しむことになるなら、いっそ……とね。これから彼女が受ける苦痛を考えると、そのほうが良いと、彼は思ってしまったのかもしれません。例えそれが、許されざることでも……」
失礼しますと言って、ペトロフは特別会議室から退出していった。
ダナーはペトロフの応えを大きく深呼吸をして呑み込んだ。
彼は一人残された特別会議室の窓から見える曇天に、胸騒ぎがして仕方がなかった。
どうも、朝日龍弥です。
仲良くなっていく子供たちと、大人の事情。
色々ありますね。
次回で四章最後となります。
次回もお楽しみに!
次回更新は、10/10(水)となります。




