護衛任務
ショウが少女を探し始めて約三十分が経過した。
第四研究所は三階建ての建物だが、敷地面積が広い。部屋も多いが、地下の研究室など、許可証がないと入れない立入禁止区域も多い。
ショウ自身が探せる範囲は狭まるが、それでも敷地面積は広い。
探す範囲の広さと情報量の少なさに、何度も溜息を吐きながら、ショウは二階の突き当たりの部屋に差し掛かる。そこには資料室と書かれている部屋があった。鍵は開いていて、入れそうだったのでドアを少し開けて中をのぞきこむと、そこには馴染み深い顔があった。
「あれ? ショウさん? どうかしたんですか?」
「コナー?」
ドアを開けた先にコナーが不思議そうな顔をして立っていた。
「いや、ちょっと人を探しててな。コナーはここで何を? 図書館に行ったんじゃなかったのか?」
「ああ、ここの資料室がそうらしいですよ? 元々資料室だったところに、ある人の都合で大量の本が置かれるようになったそうです。それもつい最近のことらしくて、ここの人はみんな資料室のことを図書館て呼ぶようになったらしいです」
大量の資料を抱えながら、コナーは丁寧に説明をする。
「そうだったのか……。ところでコナー?」
「はい?」
「女の子を見なかったか? お前と同じくらいの歳の子なんだが……」
「えっと? 女の子ですか? いえ、僕は見てません」
「そうか……」
ショウは少し残念そうにした後、コナーをじっと見つめる。
「あとひとつ聞いていいか?」
「え? 何ですか?」
「どうして俺に図書館の中を見せないよう、背伸びして立っているんだ?」
一向に部屋に入れようとせず、あまつさえショウの視線を遮るように立っているコナーを訝しげに見つめる。
コナーはビクッと肩をすくめながら、ちょっとした冷や汗をかいた。
「な、何でもないですよ! 別に中を見せたくないとか、そういう訳じゃないです!」
コナーは少し声が上ずったような棒読みで返答する。
「……ほう? 見せたくないのか……」
「え!? いや見せたくない訳じゃないです! 会わせたくないだけで!」
「は?」
「あ」
コナーはやってしまったという顔をして口元がヒクつく。
「……入るぞ」
「ああ! ちょっと待ってください! 今はダメで――」
「おーい! コナー? この本なんて、すげーおもしれーんだぜ? ペニシリンを作るきっかけとなった話を語る実話録なんだけど……あ?」
黒髪に首からゴーグルを下げ、何とも気の抜けた顔をした白衣の少年が、本の山のてっぺんに居た。
そう、研究所が資料室を図書館にしなければならなくなった要因。その顔を見た瞬間、ショウは苦虫を噛み潰したような顔をした。
コナーは最悪の状況を回避できなかった事で、どうすればいいかわからず目を泳がせていた。
「お前はあの時の……」
「うげー。コナーがいるから、もしかしてと思ったけど、やっぱりいたのかよ……。元気そうじゃねぇーか暴力軍人さんよ」
出会い頭で煽ってくる少年のニヤケ顔に、ショウの中に沸々と怒りがこみ上げてくる。
「お前も憎らしい位に元気そうだなイカレ博士。こんな事ならもっと力一杯殴っとくんだったか?」
イカレ博士こと舎密倞は、本の山から降りるとコナーを挟んで、ショウから一定の距離を保ちつつ近づいてきた。
「おー怖ー! 聞きましたか? コナー君? 彼は殴るしかコミュニケーション能力を持たないのかもしれないぞ?」
舎密の問いかけにより、完全に巻き込まれたコナーは顔がより引きつっていく。
「シ、ショウさん、お、落ち着いてくださいね。喧嘩はやめましょう?」
「喧嘩? そんなことしねーよ」
真顔で言うショウの表情をみて、コナーは安心できない。
「そうそう。こんな道徳がどうのだの、人間がどうだの。人に意見を押し付けてくる低脳なやつとなんて口も聞きたくないから、喧嘩なんてしたくてもできねーよ」
「ぶっ飛ばしていいか? いいよな?」
「ダメです! ショウさん! 抑えてください! 舎密さんに手を出しちゃダメです!!」
今にも殴りかかりそうなショウを、コナーは必死に押さえる。
「大丈夫だコナー。見えないとこ殴れば問題ない」
「問題大アリです!!」
「おー? また暴力かー? やだやだ。これだから脳みそない脳筋は困るよなー?」
「舎密さんも挑発しないでください!! ショウさんも! 本来の目的忘れてませんか!?」
コナーの必死の説得に舌打ちをしながら、ショウはようやく殴りかかろうとするのをやめた。
「うわー、お前の上官めっちゃガン飛ばしてくるんだけど? 怖くね?」
「舎密さん! いい加減にしてください! ショウさんも! 僕だって怒りますよ!」
コナーは腰に拳を当てて頬を少し膨らます。
「……すまない。どうかしてた。どうにもこのアホ面を見ていると、殴りたい衝動にかられる」
「本当に舎密さんを目の前にするとこうなるなんて……。ショウさんらしくないですよ?」
「……返す言葉もない」
自分の行動を客観視したショウは、冷静になろうと努める。
「部下に叱られてやんの。プププ」
「舎密さん! もうあっち行っててください! 僕も自分の上官を馬鹿にされ続けたら、止めませんよ!」
「はいはーい。また殴られるのはごめんだしな。触らぬ神に祟りなしってか」
舎密はそのまま、そそくさと本の山の中に消えて行った。
「散々こねくり回しといて何言ってんだあいつ」
「ショウさんも、もうここ出ましょ? リドナー軍曹が今居なかったから良かったですけど、間違っても舎密さんと喧嘩しちゃダメですよ?」
一生懸命仲を取り持つコナーに、ショウは少し口を尖らせる。
「コナー。やけにあの野郎と仲良いよな?」
「え!? そんなことないです! そりゃあ僕だって、思う所はありますけど……。リドナー軍曹に聞いたところ、舎密さんは、何というか科学者なんですけど、軍の階級に見立てていうと尉官以上の権限があるらしくて、下手に手を出したら……」
ショウはコナーの懸念を聞き、舌打ちをした。
「相変わらず面倒なやつだ。コナー、迷惑かけたな」
「はい! お気をつけて! 無理しちゃダメですよ?」
図書館を後にするショウに、コナーは心配して声をかけた。
「わかってる。お前も勉強頑張れよ。あのエセ博士の考えに呑まれるんじゃないぞ?」
「わかってます!」
「じゃあ後でな」
「はい!」
コナーが図書館の中に入るのを確認し、ショウはレイチェル・ランドルフの捜索を再開する。
三階は今、会議で使っているため、門番のように立ちふさがる軍人によって立ち入りは禁止されている。
一階に移動したはいいが、舎密と同じように白衣を着た科学者が何かの研究をしている部屋ばかりで、これといって探せる場所はない。
「残るは外か……」
ショウは外に出て、研究所の敷地内を一周することにする。
「探すって言ってもこの広さ……。日が暮れるな」
ショウは自分の発言を想像して、がっくりと肩を落とす。
――ああ、言わなきゃ良かった
後悔し始めていたところに、突然赤い何かが目の前に現われた。
「よっ! 何して――うわっ!?」
ショウは片腕で一本背負いをし、相手の肩に関節技をかける。
「イデデデデデ! 何すんだよ!? やめろって! おい、ショウ!!」
「ん? ああ、ソルか。悪い、ちょっと考え事しててな。お前も突然目の前に出てくるなよ。反射的に体が動くだろうが」
そう言いながらも、ショウは一向に手を緩める気配がない。
「俺も悪かったけど! イデデデデデ! そろそろ離せって! もげるって! おい!」
「あー……悪いちょっと、ムシャクシャしてて」
「てっめぇー! 俺を八つ当たりの道具にすんな!」
「悪い悪い」
やっとの思いで関節技から解放されたソルクスは、あぐらをかき、腕を組みながらツンとした態度でそっぽを向く。
「ったく、ショウが一人でフラフラしてるから、何してんのかと思って話しかけてやったのに!」
「悪かったって――」
「ソルクス一等兵。見廻中だぞ。何をしている?」
不貞腐れているソルクスに平謝りをしていたショウは、声がした方を確認する。
ショウは自分の後ろにケスラー曹長が立っているのを見上げて、すぐさま敬礼をした。
「失礼しました。邪魔をしてしまったようで――」
「いい。マクレイア上等兵……だったか? ソルクス一等兵が、チョロチョロするので、困っていた」
「別にチョロチョロしてねぇーよ! ちょっと気になるものがあってフラフラしてただけだっ――いでぇ!」
「それをチョロチョロしてるって言ってんだろうが」
ショウがデタラメなことを言っているソルクスに鉄拳制裁を食らわせる。
「ケスラー曹長、自分の部下が大変失礼しました。煮るなり焼くなり好きにしてやってください」
そう言ってソルクスを差し出す。
「捕まえてくれて助かった。礼を言う。これは俺が預かろう。……片腕であの関節技は、見事だった」
「いえ、それがご迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「ふっ。幼くして上等兵になるだけはある。差が見えるな、ソルクス一等兵」
猫を持つように襟首を掴み、ケスラーはソルクスを受け取る。
「人を物扱いすんな――いでぇ!!」
「ソル、口の聞き方に気をつけろ」
ソルクスの頭に二つ目のたんこぶができると、寡黙なケスラーがショウに思い出したかのように尋ねる。
「マクレイア上等兵。お前は何故、ここにいる?」
「小官はレイチェル・ランドルフを探しています。護衛任務を承ったので」
「……なるほど。また、か。彼女を探すのは骨が折れる。頑張れ」
ショウの事情を察したケスラーは、ショウの肩に手を置いて励ました。
「はい!」
「では、我々はこれで」
ケスラーはソルクスの襟首を掴んだまま、引きずって行く。
「何でみんな俺をそうやって引きずるんだよ!! 猫じゃねーぞ!!」
「見廻り頑張れよー」
「だー! 離せー!」
そのままケスラーと建物の角に消えて行った。
「不安だ……」
溜息を漏らし、ショウは捜索を再開した。
* * *
子供にしたら広大な研究所の敷地を探し始めて二時間。
「…………いない」
人に頼んで入れないところは探してもらってはいるが、やはり時間はかかる。
中を探し、外を探し。もう探し尽くした気がするが、目立つはずの少女が見つからない。
――これだけ探して見つからないとか、本当に女の子がここにいるのか? ダナー大将の嘘で、余興だったとか言わないよな?
ショウは小石を蹴りながら、少女の所在について考え込む。
――ケスラー曹長の反応からして存在しているのは確かだ。探せと言われたものは探すしかないし……。あと探していないところは……
ショウは中庭の一角にある雑木林に目をやった。
――女の子が入っていきそうな場所には思えないが……
少しでも可能性のある場所は潰しておこうと、ショウは見るからに手入れされていない雑木林の中に足を運んだ。
乱立した木の所為で太陽の光が遮られ、足場も見通しも悪く、比較的自由な右腕で草木をかき分けながら奥へ進む。
――なんでここだけ整備されてないんだ……。中庭に雑木林って何処にでもあるものなのか?
とにかく広い雑木林に、ショウは段々と嫌気がさしてくる。
「これじゃあ前が見えな――」
前が見えないせいで、足元の木の根に気づかず、ショウは足を滑らせてしまった。
左手が三角巾に吊るされているせいで、上手く受け身が取れないショウは、雑木林の緩やかな坂道を転げ落ちて行く。
転げ落ちた先で、ショウは横向きに寝転んだ状態で止まった。
「いってぇ……」
頭に葉っぱやら小枝やらをくっつけながら、右手でぶつけた頭を押さえ、ゆっくりと立ち上がる。上手く受け身が取れなかったせいで、打ち身と擦り傷を負ったが、大事にはならない。
ふと前を向くと、暗い雑木林の中に光が見える。ショウはその光を頼りに進むと、開けた場所に出た。
たくさんの花の甘い香りと眩しい光で目を細めると、その中に、少女は座っていた。
辺り一面広がる花畑の中に、よく映える艶やかな長い黒髪。ふんわりとした白いワンピースを着た少女と、二頭の大型の獣が確かにいた。
その光景はあまりにも――
「……綺麗だ」
言葉にできないような何かがこみ上げて、胸が熱くなる。右腕で心臓あたりを強く抑えてみると、鼓動が大きくなっているのがわかる。すると少女がこちらに気づき、視線が重なる。
「あら? 今度は随分小さな騎士様ね」
少女が不思議そうにショウを見つめると、少女のすぐ隣で眠っていた一頭の獣が、ショウに気づき、唸り声をあげて警戒する。もう一頭の獣は少女の陰に隠れるようにして怯えていた。
「ダメだよ、ヴォルフスブルク。リチャードも。大丈夫だよ」
少女が獣を宥めると、二頭の獣は静かにこちらの様子を伺う事に専念する。
ショウはその光景をぼーっと眺めていることしかできなかった。
「こんにちは。小さな軍人さん。今度はあなたが私を護衛するの?」
目を細め、澄ました笑顔はとても十歳の少女のものとは思えないほど綺麗だった。
どうも、朝日龍弥です。
やっとお披露目できましたレイチェル・ランドルフ!
舎密も出てきたことだし!
(扉絵でネタバレなんて気にしない!)
次回更新は8/22(水)となります。




