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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
四章 解語の花は夢を見る
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召集命令

     挿絵(By みてみん)



 下士官宿舎で起こった事件から二十日後、陸軍第七連隊所属・少年兵第三部隊指揮官アルガ・ペトロフ准尉は、尉官宿舎の自室で一枚の手紙を開き、窓辺で物思いにふけっていた。


 静まり返る一室にノックの音が響く。


「どうぞ」

「失礼します」


 左腕を三角巾で固定したショウが、敬礼をして部屋へ入ってきた。


「お呼びでしょうか?」

「ああ、マクレイア上等兵。傷の具合はどうだね?」


 肩に力が入ったショウに、ペトロフは優しく声をかける。


「大方治っているのですが、コナー二等兵が過保護でして。大げさに三角巾をつけているだけです」


 少々不満そうに三角巾を見せるショウに、ペトロフは苦笑いをする。


「許してやりなさい。彼は用心深いからね。それに、衛生兵として彼の右に出るものはいないよ」

「身体がなまってはいけないので、コナー二等兵の目を盗んでは訓練をしているのですが……っと、このような話をするために自分をお呼びになったわけではないですよね?」


 閑談(かんだん)も早々に、ショウは本題に取り掛かる。 


「君は本当にせっかちだな。たまにはこういう雑談も悪くないと思うのだがね?」


 ペトロフは真面目なショウの言葉に、若干呆れてしまう。


「それは……すみませんでした」

「いいよ。それも君らしいからね」


 ペトロフは小さく笑うと、一通の手紙を揺らして見せた。


「実は私の直属の上司から、部下同伴での召集命令があってね」

「なるほど。では、少年兵第三部隊を……」

「いや、私の召集命令に部隊全体を連れていくわけには行かないよ。連れて行きたくともクルード中将にどんな嫌味を言われるか想像に難くないしね」


 苦笑しながらペトロフは続ける。


「私はマクレイア上等兵と他二名を連れて行こうと考えているんだよ。隊長がいなくても、しっかりやれる部隊じゃないとね。他二名はマクレイア上等兵が選んでくれればいい。まぁ、決まっているだろうがね。準備が整い次第出立する」

「承知しました。では、失礼します」


 ショウは敬礼を済ませ、足早に部屋を出ていった。


 ショウを見送ったペトロフは、淹れておいた紅茶を飲みながら、もう一度自分宛に届いた力強い筆跡の手紙を眺める。


「ふぅ。我らが大将閣下は相変わらずのようだなぁ」


 残りの紅茶を全て飲み干し、ペトロフは召集場所となっている第四研究所に向けて身支度を始めた。




    *     *     *




「スッゲー!!」


 移動用に用意したトラックの窓から、ソルクスは興奮気味に顔を出していた。


「何だよ! あのデッケー建物! どうやったらあんなん建てられんだ――グヘェ!」


 騒ぎ立てるソルクスの頭に勢いの良いチョップが飛んできた。


「うるさい」

「ってーな! あぶねぇーだろショウ! さっき落ちそうだったぞ!!」


 ソルクスは今にも噛みつかんばかりの勢いで、ショウを怒鳴りつける。


「騒がない約束だ。今すぐ口を閉じないと舌噛むぞ」

「お前のせいでもう舌を噛んじまったよ!! 口ん中血の味がするくらいな!」


 ショウは威勢の良いソルクスを睨みつける。


「やるか?」

「おー? 銃を持ってないショウなんて赤毛同然だぜ!」

「ちょ、お二人とも危ないですよ!! せめて座ってください! それとソルさん。なんですか? 赤毛って! 赤子ですよ!」


 ショウとソルクスの口喧嘩を(なだ)めようとするコナーは、ソルクスの揚げ足を取る。


「うるせー! 赤毛でも赤子でも何でもいいけどよ! 今それどころじゃねぇんだ! コナーは黙ってろ!」

「アッハッハ!! 飽きないねぇー! 君たちは! 召喚場所に行くのにこんなに賑やかなのは初めてだよ!」


 ペトロフは三人の様子を、腹を抱えながら眺めていた。


「ペトロフ准尉も笑ってないで止めてくださいよ! 二人ともトラックの中でも始めちゃいますよ!?」

「いやいや、済まない。可笑しくってね。赤毛と赤子って……アッハッハ!」

「准尉殿!」


 頬を膨らませて怒るコナーに根負けし、ペトロフは咳払いをする。


「二人とも、楽しい余興はここまでにしよう。コナー二等兵がお怒りだよ。喧嘩するなら今すぐ外でやりなさい。上官命令だ」

「……ちぇー」

「……イエス・サー」


 相変わらずの二人はペトロフに止められ、やむなくその場に座り込んだ。


 ソルクスはつまらなそうに小さな声で愚痴をこぼし、コナーはそれを(なだ)める。


 そんな二人を尻目に、ショウはペトロフに声をかける。


「あの、ペトロフ准尉」

「ん? 何だね?」

「我々が向かっている場所は第四研究所だと聞きましたが、召集された理由は何でしょうか」


 ショウの質問に、ソルクスとコナーもペトロフの答えに耳を傾ける。


「さぁ?」

「さぁ? ってなんだよ!!」


 ソルクスはペトロフの回答に思わず声を出す。


「いやぁ、実の所どういう目的で呼ばれたのかは私もよくわかってないんだ。手紙には〝お前の自慢の部下を数人連れて第四研究所にこい〟としか書いてなかったからね」

「なんだそれ?」

「よくそれでクルード中将が、外出を許しましたね」


 突拍子のない手紙の内容に、ソルクスとコナーは呆気にとられる。


「ペトロフ准尉の直属の上官はフィリップ・ダナー大将閣下だ。中将より上の階級だから、俺たちを黙って送り出すしかないだろ」

「あのおっさん、俺たちなんていない方がいいとか思ってんじゃねぇーの? ”虫ケラなんぞ、いない方が清々するわ!”なんて言ってる気がするよな。ペトロフ准尉も嫌われてるっぽいしさー」


 ショウの言葉に、ソルクスはクルード中将の物真似をして見せる。


「中将閣下にしたら、私は邪魔者以外の何者でもないからね。それにしてもソルクス一等兵。上官の悪口も程々にしときなさい。誰がどこで聞いているかわからないからね。あと言葉遣いは? 私とマンツーマンで座学をしたというのに全然なってないではないか」

「以後、気をつけますであります!」

「はぁー……」


 ペトロフが大きな溜息をつくと、丁度トラックが停車した。


「到着いたしました!」


 運転手がトラックのドアを開け、ペトロフに向かって敬礼をする。


「ご苦労様。さて、全員降りて私についてきなさい」


 ペトロフが降りた後を追って、ショウを先頭に三人はトラックから降りる。


 スラム街と訓練施設以外の場所に出たことがない三人は、外の世界が物珍しく、あたりを見回さずにいられない。ソルクスは心なしかウズウズしているように見える。


「ソルクス一等兵、勝手にどこかに行ってはいけないよ? コナー二等兵。ソルクス一等兵を見張っておいてくれ」

「は、はい!」

「何で俺ばっかり!」

「君が一番何かしらやらかすからだよ」

「ちぇー」


 少し歩くと、巨大な建物におあつらえ向きの門があり、数名の軍人に止められる。軍服から見るに、軍曹階級だと見受けられる。


 ペトロフが名前と召集令状を出し、確認を取ると、門が自動で開けられる。その光景を目の当たりにした三人の少年は目を輝かせていた。


 巨大な門を抜け、軍曹階級の者に中へ導かれる。幾つか階段を上り、四人は大きな扉の前に案内される。


「こちらで閣下がお待ちです」


 軍曹階級の者がそう言って扉をノックする。


「失礼します! アルガ・ペトロフ准尉とその部下三名をお連れしました!」

「入れ」


 了承を得たところで、ペトロフとショウ達が扉を開け、中へ入る。


「アルガ・ペトロフ准尉、他三名、召集命令を受け参上いたしました」


 ペトロフがピシッと敬礼をしたのを見て、ショウ達は遅れて敬礼をする。


 敬礼を向けた先には召集命令を出した、フィリップ・ダナー大将が大きく背もたれのある椅子にどっしりと構えていた。ペトロフと同じくらいの年齢だろうか。ダナーは強面な顔を崩し、砕けた笑顔を見せた。


「おおー! アル! 息災であったか! 遠いところからすまんな! 長旅ご苦労であった!」

「いえいえ、閣下もお変わりないようで」

「堅い! 堅いぞアル! 本来お前は大将であるはずの者ではないか! 我々の間にそのような堅さはいらないと言っているだろう?」


 ダナーはペトロフに歩み寄ると、勢いよく肩を叩き始める。


「閣下のその評価は誠に嬉しい限りではありますが、私はしがない尉官であります故、閣下のお許しがあったとしてもこれは譲れませぬ。親しい仲にもというやつでございます」

「全く、そういうところは変わっても良いのだがなぁ。お? お前の後ろでぎこちない敬礼をしているのが、お前が選んだ自慢の部下達か?」


 ダナーの視線がペトロフよりも後ろの三人に向けられると、真ん中で敬礼をしていたショウが一歩前に出る。


「小官は、ショウ・マクレイア上等兵であります。ペトロフ准尉から同行の命を受け、閣下の御前に馳せ参じました」


 ショウは挨拶を終えると、コナーへ目配せをする。


「お、同じくコナー・ウェーダー二等兵であります!」

「同じくソルクス・イグルスにっ……一等兵であります!」


 コナーにつられるように、ソルクスもぎこちなく挨拶する。


「カッカッカ! 中々のものじゃないか! スラム上がりだとは誰も思うまいて! 特に黒いの!」


 ダナーは機嫌よく独特な高笑いをあげた。


 そんなダナーにペトロフが思い出したかのように口に出す。


「ところで閣下。我々が召集された理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ん? ああ! それはな! 単にアルの顔が久々に見たかったからだ!」


 一瞬の沈黙の後、ペトロフは続ける。


「はぁ、また貴方というお方は――」

「というのもあるが」

「……はい」

「実の所、ある一件でお前の意見を聞きたくてなぁ」

「なるほど、では私の部下を同伴させたのは……」

「ただ見たかっただけだ!」

「そうでございましたか……」


 ダナーとのやりとりに頭を抱えつつも、受け答えする姿はショウとソルクスを見ているようだった。


「まぁ、君たち少年兵は好きにしていてくれて構わないのだが……。んー、ここにいる間それぞれ個人個人に任務をやろう!」


 ダナーの破天荒っぷりに三人は思わず顔を見合わせた。


「そこの金髪の君! 装備を見るに衛生兵だろう? ここには沢山の本がある。今後戦場に出るだろうし、いい機会だから知識を蓄えなさい」

「は、はい!」

「赤い髪の君! 君は……そうだな。この第四研究所の警備をしてもらおう」

「イエッサー!」

「黒い髪の君は……。なんでもできそうだが……。怪我をしているからなぁ」

「ほぼ完治しているので問題ありません」


 ショウは三角巾で吊っている左腕を上まで上げてみせた。


「真面目だなぁ。よし、わかった! 君には護衛任務をやろう! 護衛と言っても側にいるだけで構わん」

「サー・イエス・サー」

「よし! 決まりだ!」


 ダナーは無線をつけ、人を呼び始めた。


 少しして、ガタイのいい青年と、線の細い青年の二人の軍人がノックをして入って来る。


「ご苦労。この逞しい彼は、ここ第四研究所の警備部長をしているケスラー曹長だ。ケスラー曹長、イグルス一等兵の面倒を見てやってくれ。彼も警備に回すからね」

「イエッサー」

「そしてこちらがリドナー軍曹だ。我が第七連隊の衛生兵長をしている。彼から色々教わるといい。リドナー軍曹、金髪の彼女……ではなく彼、ウェーダー二等兵に図書館を案内してやってくれ。あと、実戦での衛生兵のあり方を教えて上げてほしい」

「承知いたしました」


 ガタイのいいケスラー曹長はいかにも寡黙そうな雰囲気をし、線の細いリドナー軍曹は一見して真面目さが伝わる人物だった。


 ソルクスとコナーは二人に連れられ、先に部屋を出て行く。


「じゃあ、また後でな!」

「たくさん勉強してきます!」

「ああ。二人とも行儀よくしろよ」

「りょーかい!」「わかってます!」


 二人は元気よく返事をし、足早に出て行った。


「では、えー、マクレイア上等兵。我々が会議室に移動するついでに、護衛してもらう人物の元に案内しよう」

「承知しました」


 ショウはペトロフとダナーに連れられ、階段を降り、少し廊下を歩いた先にある扉の前で立ち止まる。


 門番のように二人の軍人が立っているのが確認できる。


「ご苦労」


 ダナーは見張りをしている部下に労いの言葉を掛け、ノックをして扉を開けた。すると、行き場のなかった風が、扉が開けられたことにより、颯爽(さっそう)とショウ達の間を通り抜ける。


 その部屋は窓が開け放たれているだけの、もぬけの殻だった。


「あー……またかー。二階だからと油断していたな。よし、マクレイア上等兵! 探して連れ戻してきなさい!」


 ショウは突然のことで訳が分からず、立ち尽くしていたが、ペトロフの困った顔を見て、ショウの中でもどこか諦めがついた。


「……わかりました。自分が護衛する方の名前と、特徴を聞いてもよろしいですか?」

「ああ、まだ言ってなかったな。名前はレイチェル・ランドルフ。十歳。特徴は言わずともすぐわかると思う。この研究所で女の子は彼女一人だからね。では、我々は忙しいので失礼する。頼んだからな!」


 ダナーは背中を見せながら、右手をヒラヒラと振って見せた。


 呆然としているショウにペトロフが申し訳なさそうな顔をして、ショウの肩に手を置く。


「うちの上官がすまない。取り敢えず言うことを聞いてやってほしい。閣下にも考えがあるはずだから」


 そう言ってペトロフはダナーの後を追って行った。


 一人残されたショウは無茶振りに頭痛がしてきた気がしたが、仕方なくこの広い研究所のどこかにいる少女を探し始めた。

どうも、朝日龍弥です。

ようやく女の子が登場します。

長かった……。

かわいい女の子を待っていた皆さんお待たせしました!

え? 待ってない?


次回更新は8/15(水)となります。



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