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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
二章 戦略的敗北と戦術的勝利
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束の間の休息

 ショウが第一部隊を撃滅して、暫くたった頃。平原中央部には、緑の腕章をした第二部隊と、青の腕章をした第四部隊がほぼ同時刻に到着していた。


「思ったより早かったな。第四部隊」

「それはこっちのセリフだぜ。エリック」


 第四部隊小隊長を務めるジャック・ウェーダーは、自分より背の小さい第二部隊小隊長エリック・サウザーを見下ろした形で、答える。だが、ふと何かに気づいたように、怪訝そうな顔をして周りを見渡す。


「おい。ティムはどうした?」


 ジャックはもうとっくに到着しているはずの第一部隊小隊長のティム・ノーマンの姿を探す。


「まだついてないな。奴らなら俺たちより早く着いていると思ったんだけどな。あそこは時間厳守が取り柄だろう?」


 ジャックは納得がいかない様子で、エリックに尋ねるが、エリックも溜息まじりに推測を話す。


「それはそうだが、こんな平原で足踏みするとは思えないな。とすると何かあったとしか考えられない……」

「何かあるなんてあるか? 第三部隊は今頃やっと平原に出た頃だろうし……、あいつ腹でも壊したか?」

「第三部隊の進行具合に関しては、未知で推測の域を出ない。そういう風に決めつけないほうがいいと思うんだが……。まさかとは思うが、もうとっくに第三部隊に落とされてるとか……」

「な訳――」

「報告します!」


 突然自分の部下に話を遮られたジャックは、若干苛立ちながら用件を聞く。


「…んだよ?」

「第一部隊の分隊が到着しました! 装備を見るに銃撃兵だと思われます!」

「何ぃ? 分隊だと? 小隊長のティムはどうした?」

「そのことについて分隊長からお二人に話がしたいと――」

「だったら早く連れてこい!」


 言葉をかぶせて威圧されたジャックの部下は、大慌てで第一部隊の分隊と思われる者たちを連れてくる。


 十五人程度の銃撃兵分隊の腕には、黄色の腕章が付いている。


「第二、第四部隊小隊長殿にお伝えします! 我が隊は東側で第三部隊を目撃、交戦。すぐに第三部隊が北の森へ退行したため、そのまま追撃中。そのためティム・ノーマン小隊長殿は隊を離れられません。両小隊長殿に至急協力を仰げとの命令を受け、参上いたしました」


 報告を聞き、納得したかのように顔を見合わせる両小隊長はすぐに出動の準備に取り掛かる。


「まったく、勝手なことしやがって! おいしいところ持ってかれたら勝っても意味ねーじゃねーか! 行くぞエリック!」

「考え過ぎだったか……。このまま北上して行けばいいのか?」


 丸い目をした銃撃兵分隊長はすぐさまトランシーバーで第一部隊小隊長と思わしき人物と連絡をとる。こちらからは声が聞き取れない。out、と通信を終えると、すぐにこちらに向き直る。


「どうやら第三部隊は森の中へ逃げ込み、戦いは膠着状態のままのようです。両小隊が到着した折、第一部隊が東側から第三部隊を追い立て、西側に出たところを両小隊に迎撃して欲しいとのことです」

「なるほど……挟撃か……」

「いいじゃねぇーか! 奴らの絶望した顔が見えるようだぜ! 早くその顔を拝みにいかねーとなぁ! お前ら! このあいだの借りを返す時が来たぜ! イグルスのゴミ共を俺らの前に跪かせてやろう!」

「「おー!!」」


 ジャックは兵の士気を上げ、意気揚々と動き出す。


「我々も同行しますので、一番後列で待機しています」


 第一部隊の兵はそういうと、そそくさと第二部隊の後ろに付きにいった。


「うーん……。東側に第三部隊……? 応戦中……。なんかひっかかる……。また俺の考えすぎか?」


 第二部隊小隊長のエリックは何か引っかかる物を感じながらも、進行を開始した。




    *     *     *




 太陽が完全に沈み、月明かりを頼りに北の森へ到着したショウ達第三部隊は、明日の作戦の最終確認をしていた。


「――ということで、質問はあるか?」


 ショウは沈黙で異論がないことを確認すると、少し緊張を解いて続ける。


「よし、今日はみんなよく頑張ってくれた。ここにいない別働隊にも労いの言葉を言おう。第一部隊を確実に制圧したことで、戦況はだいぶ楽になったと言える。挟撃される心配もなく、俺たちの損害はゼロだ。だが明日俺たちが相手取るのは、俺たちの二倍、約百人の中隊だ。くれぐれも油断しないように。それぞれが、それぞれの仕事をきちんと果たせば間違いなく勝てる戦いだ」


 ショウは目を閉じてそっと息を吐く。


「取りに行くぞ! 戦略的敗北を覆してやろう!」

「「サー・イエス・サー!!」」


 第三部隊の少年達は、ショウの再び開かれた力強い目と、握り締められた拳から、勝利の確信を感じ取り、力強い敬礼で応えた。


 今日の成果から、ショウの指示に強い信頼を持った彼らは、ショウの掛け声で士気を上げ、彼らもまた勝利を疑わない。


「では、各自明日に備えて、ゆっくり休んでくれ。解散!」

「「サー・イエス・サー」」


 バラバラと散っていき、それぞれ貴重な休憩を取り始める。


 ショウもドッとくる疲れを感じ、その場に力なく座る。空を見ると月明かりが眩しく輝いていた。


「柄にもなく熱くなったな……」


 ――明日が最大の山場……。この作戦が上手くいくかどうか……。上手くいかなかった時の対策もあるにはあるが……。本当にできるのか? 敵の誰か一人でも違和感に気づくか? 別働隊は上手くやっているだろうか……。勝ち筋は見えているが、相手の行動を監視しているとはいえ、おそらくとか、きっと等の推測の域をどうしても出ない。別働隊から連絡は来ないが、連絡を取れない状況になっているとすれば、陣からの戦況観察だけでは不十分すぎる。七割、八割がた上手くいくはず……。だが残りの二、三割が、どうにも引っかかってしまう。


 不安と心配事で頭がいっぱいになると、ショウは決まって下を向いて難しい顔をする。


「よ! お疲れだなー小隊長殿!」


 ふざけ口調の陽気な声がした方を見ると、ソルクスが右手を上げながらこちらに近づいてきているのが見える。


「ソルか。遅かったな。準備はできたのか?」

「もうバッチリ! 完璧よ!」


 ソルクスは親指を立てて、ニシシと笑ってみせる。その顔を見て、だんだんと不安と心配を纏った緊張がほぐれていく。


「一緒に連れてったちびっこい奴が、スゲーんだぜ? ラウリって言ったっけか?」

「ああ。そのための人選だ。この部隊には、思った以上に器用なやつが多い」

「そうだな! 面白れぇ奴が多いよな! なあなあ! 今日第一部隊をやった時に、デカい奴が凄かったって聞いたぞ!」

「レオン二等兵の事か?」

「そうそう、確かそんな名前だった! 気になってたんだよなぁ。ぜってぇ強ぇ奴だって思ってたんだよ! 本気でやりあいてぇーな!」

「今度にしろよ。明日は大掃除だからな。気を引き締めろよ」

「わーってるよ! 任せとけって!」

「期待してるぞ」


 緊張感のないソルクスの声に、ショウは笑みをこぼす。


「あ、ソルさん戻ってたんですね!」


 コナーがソルクスの姿を見つけて駆け寄ってきた。


「おう、コナー! ちゃんと生きてるな! 戦死してねーか心配したぞ!」

「ぼ、僕だってちゃんと戦いましたからね! それにショウさんの指示が的確だったので、第三部隊の〝戦死者〟はゼロですよ!」


 誇らしそうに、鼻を高くするコナーに、ソルクスも賞賛する。


「へぇー。一人、二人は戦死するかと思ったけど、なかなかやるなぁー!」

「その一人、二人に僕は入っていたんですか……」


 コナーはがっくりと項垂れて、溜息をこぼす。


「そう言ってやるなよ。コナーはちゃんと自分の役割を充分こなしてたぞ」

「ショウさん……」


 ぱぁっと嬉しそうに笑顔になるコナーに、ソルクスは少し訝しげな顔をした。


「ショウ……お前さー。なんかコナーにだけ甘くねぇーか?」

「そんなことはない。お前にだけ厳しいだけだ」

「ああ! なるほどな! っておい!」


 ソルクスは今にも噛み付かんばかりの面持ちでショウを睨むが、ショウはそれを気にもとめずコナーに話しかける。


「平地とはいえ、急いでこの場所に戻ってきたから、みんな疲れた顔してる。カールソン二等兵の連絡から、予定通り作戦決行は明日の昼頃を予定してるが、もしものことも考えて、コナーもゆっくり休んでおけよ」

「はい! 僕は大丈夫です! あの、お二人とも……これ! 良かったら飲んでください!」

「ん? 何だこれ?」


 渡された器の中に透き通った赤茶色をしたお茶が入っていた。


「はい! 昨日山道を通った時に、滋養強壮作用のあるナルコユリが群生してたので、陣にいる間に干しておいたものを煎じてみました。あと、カタクリの粉末と砂糖も入れたので、飲みやすくなってると思います。衛生兵のクラークと一緒に考えて、皆さんお疲れのようなのでさっき作ってみました」


 流れるように専門用語を多用されて、ソルクスは頭の上にハテナがでていた。


「あー、うーんと、なんかよくわかんねーけど、体にいいんだな!」

「いつの間に作ったんだ? なんか段々衛生兵っぽくなってきたな」


 そう言って二人はグイッと器の中の茶を飲み干した。多少のほろ苦さがあるが、砂糖の甘さが口に広がり、エネルギーを必要としている身体にスッと入ってくる。


「うーん……なんか苦いな……」

「そうか? 俺はこれ結構好きだけどな。結構飲みやすいし……」


 ソルクスはお茶の味に首を傾げ、ショウは絶賛していた。


「やっぱり美味しくなかったですか……?」

「そんなことない。きっとバカにはわからない味なんだよ……」

「なんだとー!!」

「もっと頭使えば美味しくなるってことだよ」

「くっそー! 言わせておけば! やっぱりお前はコナーに甘すぎるんだよ!」

「ソ、ソルさん落ち着いてください! ショウさんも挑発しないでくださいよ!」

「挑発なんてしてない。こいつと喧嘩するだけ、体力の無駄だ。俺はもう寝る」


 ショウはそのまま横になって睡眠を取り始めた。


「あー!! 逃げんのかこらー!!」

「ソルさんも休みましょ! 明日はソルさん忙しいんですから! 見張りは陣で待機しているカールソン二等兵の方と僕らがしてるので、今は休んでください!」


 ソルクスは口をへの字に曲げて、納得できない顔をしながらも、コナーにお茶の礼をしてそのまま後ろに倒れこむようにして、草原に寝転がった。


「そういえばソルさん。いつもその首飾り提げてますよね?」

「ん? これか? まぁな。貰いもんだよ。似合ってんだろ?」

「似合うかどうかは別としても、綺麗な石ですね」


 コナーは月明かりに光る黄色い石に見惚れる。


「……やらねぇぞ」

「あ、すみません! そういう意味じゃないです!」

「別にいいけどよ……」


 ソルクスは首飾りの石をなでながら空を仰いだ。


 満天の空に散りばめられている星の一つが流れ、いろんな感情を押し殺す。


「もう寝る!」


 明日の作戦の成功を予感してソルクスは静かに目を閉じた。


どうも、朝日龍弥です。

今回は、戦闘もなく休憩回です。(作者の)

まぁね、しっかり休憩するのは大事だからw

一週間更新を待った方には、少々物足りないかもしれませんが……。

文章量はどうですかね?

大体5000文字程度に抑えるようにしています。

ちょっと話が長い章がこれから出てきますので、切りのいいところで区切ると文章量が必然的に増えてしまうかもしれません!

ご了承くださいませ。

え?後書きが長い?

すみません……。

次回予告!

ソルクスが暴れると思うよぉ?

次回更新は、6/6(水)0時となります。

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