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Finis talE ~最果ての地より~  作者: ひつき ねじ
4/20

シャオルーンの章 -4#四年の彼と一日のぼく-

しばらくここで導力(ローク)について学ぶ気はないか


そう提案してきたヴァンさんの頼もしい表情を前にぼくは丁寧にお辞儀をして

「まことにありがたい提案ではありますが」とお断りの返事を返した

だってぼくには「本当の自分を見つける」というパルニアおばあちゃんとの

大切な約束があるから。だからひと所に留まる事は


どうしても、できないんだ




                  Finis talE

                ~最果ての地より~


         シャオルーンの章 -4#四年の彼と一日のぼく-





「馬鹿だ、お前は」


「なんか慣れてきました、イースペルトさんのその見た目を裏切る毒舌っぷり」


「先生が自らお前みたいなのを、お前 み た い な の を弟子にしようとしてくれたんだぞ

快挙だぞ、畏れ多いことだぞ、身に余る光栄なんだぞ」


(『みたいなの』って、二度も言われた)

しかも弟子って。

ヴァンさんは学ぶ気はないかって言っただけで弟子にならないかなんて聞かなかったじゃないか

お屋敷を出てからイースペルトさんはずっと怒りっぱなし

なんでそんなに怒るのかな、ヴァンさんが怒るならまだ分かるのに。

大体畏れ多いとか身に余る光栄だとか、そりゃあ

ヴァンさんを先生と呼んで師事してるイースペルトさんからすれば


「そうかもしれませんけど、」


って反論しかけたら、荒い足取りで前を歩いてたイースペルトさんが物凄い勢いで振り返って

両手を腰に当てると頭突きをする勢いで腰を折って

フードの奥にあるぼくの目を至近距離で睨みつけてきた


「『かも』じゃない!そうなんだよっ実際!!」


「ひぇえ怒鳴らないで下さいよ!

≪ロア≫について教えてくれた事は助かりましたけど

ぼくにはぼくの旅の目的があるんです!こればかりは譲れないんですっ」


「お前ごときの、お前 ご と き の旅の目的だと?

それこそ下らないっどうでもいいそこら辺の石ころと一緒だ!」


今度は『ごときの』って二回も言われた

しかも、ぼくの旅の目的を石ころ呼ばわりなんて


「そこまで言うのは酷いんじゃ・・・」


「酷いのはお前の単細胞すぎる脳みそだ!先生の申し出を断るなど生きてる価値すら無い!!

くォの! ゴ ミ ク ズ め が !」


「ぇ、ぇぇ~・・・」


顔に似合わない暴言と、モザイク規制がかかりそうな形相で罵られて

向けられる威圧感から返す言葉を失った

とうとうヴァンさんみたいな巻き舌で怒鳴ったイースペルトさんの手が

フードを被ったぼくの頭に伸ばさたかと思えば、脳天から拳を捻じ込まれて

・・・布を隔ててるのにすごく痛かった


そんな感じに絶えず棘のあるセリフを突き刺されながら宿場までの道のりを歩く

道中すれ違う人が寄こしてくる視線も痛いのに

一向に声のトーンを落とさないイースペルトさんは全く気にしてない

お屋敷を出て町に入ってから途中、目的地までの方角がぼくらと同じなのか

仲睦まじく歩いていた見ず知らずの中年夫婦は

会話の一部始終を聞いてニコニコと笑ってた


(笑い事じゃないよ、全く・・・)


問題のぼくの(ロア)はというと。

あの後ヴァンさんに術布≪シュテフ≫と呼ばれる特殊な(まじな)いが施された布を渡されて

「それで髪を守るように」と言われながら、巻き方と手入れの仕方を簡単に教えてもらった

イースペルトさんがロアを保護するために使っている布や

ヴァンさんが右側の髪にだけ巻き付けている布も同じもので

どういう原理なのか、とても薄い繊細な布地なのに

物理的には破くことも傷つけることもできないらしい

ロアを持つ人であれば当たり前に使用している、言わば必需品なのだそうだ


そして、イースペルトさんだけでなくヴァンさんまでロアの持ち主だった事には驚いた

術布(シュテフ)を巻いている右側のひと房だけが黒く染まってるんだって。

ぼくとしては未知の世界に足を踏み入れたような心境なんだけど

ロアの素質を持って生まれたヴァンさんとイースペルトさんにとっては

慣れ親しんだ、驚く要素なんてひとつもない、知ってて当然の知識だという


(・・・ぼく、なんにも知らなかったんだなぁ)


自分が持つ特異性に関することなのに、

導力(ローク)に関係する知識は何一つ備わってはいなかった


パルニアおばあちゃんの家にはかなりの数の本があったけど

導力(ローク)』という言葉も、『第一種導力(エルダー・ローク)』に関わる単語にも覚えがない

町のライフラインに使われるほど人々の生活に身近な存在だったにも(かかわ)らず、だ。


(おばあちゃん・・・この事もワザと隠してたのかな)


ぼくがあまりに頼りなくて気弱だったから、ヘタに知識があるよりはって考えたのかも

ヴァンさんに会わなければそれこそ今でも何も知らないままでいたかもしれない

だから今日、ほんの少しでも自分に関わる情報を知る事が出来て良かったと思う

三か月旅を続けて、ほんの小さな取っ掛かりかもしれないけど

この特徴を辿っていけばきっと無くした記憶に辿り着ける筈だ


お屋敷を出る前に全身を包み隠せる真新しいローブまで譲ってもらい

せめてものお礼にと町での滞在中お屋敷の掃除を申し出たけど

「短期滞在で町を出るつもりなら俺たちとは関わり合いにならない方が良い」と

よく分からない理由でやんわり断られてしまった


(・・・)


その時のやりとりを思い出して眉を顰める

先に断ったのはぼくだけど、なんていうか・・・勝手だけど

面と向かってヴァンさんに「関わるな」って言われたのは、寂しかったなぁ

この町での滞在中ぐらいは時々会いに行こうかと思ってたのに


『町を出るつもりなら』


・・・この町を出ずにずっと住むって言ってたら

ヴァンさんはまたぼくと会ってくれるのかな

もしかしたらそのまま家政婦として住み込みで雇ってくれてたかも


「・・・」


そう考えると、とても心が揺らいで

気がつけば自分の足元をじっと見つめてしまってて、はじかれる様に顔を上げる


(だ、ダメダメ!ぼくは自分を探しに行くっていう

おばあちゃんとの大事な約束があるんだから!)


何を差し置いてもおばあちゃんの言葉を優先するって決めたんだ!と

首を左右に振って迷いを振り払っていると

前を歩いて道案内してくれてたイースペルトさんの足が止まった事に気付き

まだ着慣れなくてズレるフードを抑えながら立ち止まった彼を見上げる


フードの隙間から視線が合うと同時に「チッ」という舌打ちが聞こえた気がしたけど

(・・・聞こえなかった事にしておこう)

見下ろされる冷えた眼差しを見つめ返していれば

イースペルトさんが顎を動かして目的の建物の方角を示した


「ここがお前がこの町にいる間滞在する宿だ、安心安全と評判で

地下の酒場で出される料理は私の先生がリピートするほどの絶品だ

ありがたく思え」


「はい、あの、でもぼく、今おか」


お金、1スートも持ってないので宿に泊まるとか無理なんですけど

って言おうとしたらまた至近距離から睨み下ろされる


「お前 み た い な 奴の旅の目的 ご と き で

私の先生がここまで(ほどこ)して下さったんだ、真実ありがたく思っているというのなら

先生が居る方角に向かって一日三回感謝の祈りを捧げろ、死ぬまでだ」


「し、死ぬまでってそんな無茶苦茶な・・・それに言い方もねちっこ」


「ァア"?」


「ひッはい!お祈りします!」


もうやだこの人、ほんとガラ悪い・・・

先ほどからその身に纏う神秘的な雰囲気をぶち壊し続けているイースペルトさんの

人の目に触れさせてはならない類の表情を見ていられなくなってこれ以上の反論を飲み込む

言い回しとか態度とかほんとにヴァンさんそっくり

いくら弟子だからって師匠をリスペクトし過ぎだよ

「分かればよろしい」と姿勢を正したイースペルトさんは慣れた様子で宿へと入っていった


(立派な宿だなぁ)


建物に入る前に改めて宿全体を観察する

町の風景に溶け込んでいる・・・素朴で年季が入ってるけれどそこそこ大きい、きれいな宿だ

建物の出入り口には酒場の、酒瓶をイメージしたであろう看板がぶら下がっていて

これも結構年季が入ってる、長く続いてるお店だろうことが窺える

ぼくみたいな浮浪児紛いの旅人だとまともな宿からは宿泊自体断られるので

酒場付きの宿なんて当然初体験

(ぼく、今現在無一文だし追い出されるんじゃないかな)

なんて思いながら小さな体をさらに小さくする気持ちで店に入る


きょろりと辺りを見渡すと

さほど大きくはない広間(ロビー)の奥に宿泊の手続きをするためのカウンターを見つけて

そこでイースペルトさんがお店の人と親しげに話している姿があった

その様子を店の出入り口で突っ立ったまま見ていたら

お屋敷の玄関で初めて会った時と同じように落ち着いた優し気な声がかけられる


「来なさい、シャオルーン」


イースペルトさん、さっきと雰囲気も口調も違いますけど。


・・・と、喉まで出かかった台詞を飲み込んでカウンターに歩み寄る

受付の向こう側にいたのは人懐っこそうな顔をした、笑顔が可愛いお姉さんだった

あんまり近づくと、ぼくの身長が低いから遮蔽物で相手の顔が見えなくなってしまう

それを察したかのようにお姉さんが受付の台から身を乗り出して僕を覗き込んでくれた


「私はユゥトレイ、ユゥトさんって呼んでね!今日からしばらくよろしく、シャオルーンくん」


「は、はい!ぼく、シャオルーン・パルニアと言います!お世話になります!ユゥトさんっ」


にこっと微笑まれたものだから、慌ててお辞儀をする

「まぁ!小さいのに礼儀正しいのね」なんて褒められて

若いお姉さんに褒められるなんて滅多に無いから嬉しさからついもじもじと身を揺らしてしまった

こんなにも立派な宿でこんなにもまともな対応されたのなんて初めてだ

やっぱり見た目の所為だったのかな・・・あんな汚れた格好してたから

今までちゃんとした宿に泊まれなかったのかも。

綺麗な服を一式貰えて良かった、できる限り大切に着ていこう

ぼくを送り届けるという役目を終えたイースペルトさんの足は既に店の出入り口に向かっていた


「では、私はこれで・・・何かあればすぐに連絡を」


「分かりました・・・あっハインリヒさん!今夜は来られるんですか?」


「依頼の件もありますし、寄らせて頂くと思います」


「折角ですから、シャオルーンくんと夕食を取られては?

新作が出来てるので是非レゾンさんにも試食して頂きたいんですけど」


「いえ、わざわざ我々の食事時間に合わせるのも申し訳ないですから

彼には相応の時間に食事をさせてあげて下さい

ですが夕食の件はお言葉に甘えて・・・新作とくれば先生も喜びます」


「じゃあお待ちしてますね!」


「ええ、また今夜

子供が寝た頃にお伺いします」


そう言って、神秘的な雰囲気全開のイースペルトさんは優雅な立ち振る舞いで店を出て行った

ユゥトさんとのやりとりを、大口開けて唖然としながら見守っていたぼくは

ついボソリと呟いてしまう


「猫かぶり・・・」


「あー、シャオルーンくん早速陰口?ハインリヒさんに言っちゃおうかな~」


「ひェエ!今の内緒ですよ!!」


反射的にイースペルトさんの氷の眼差しを思い出し慌てて口止めに入れば

「冗談よ」と笑顔で返されて本気の安堵から盛大に肩を落とす

それにしてもイースペルトさん、フルネームはイースペルト・ハインリヒさんって言うのか

ヴァンさんもヴァン・レゾンさんって言うらしい


(そういえば、ちゃんと自己紹介すらできてなかったんだ・・・

やっぱりもうちょっとお話ししたかったなぁ)


ヴァンさんの姿だけを思い浮かべながら

イースペルトさんが出て行った方角をぼんやりと見つめる形になってた所為か

隣に歩み寄ってきたユゥトさんがぼくの傍らにしゃがみ込んで

どんな罪も許してくれそうな慈悲深い微笑みを浮かべて顔を覗き込んでくる


「さびしい?」


「ええ!?そ、そんなんじゃないです!っけど・・・」


「けど?」


「もう一回、ヴァンさんに会いたいなぁって・・・」


って、ユゥトさんに言っても仕方ないのに何言ってるんだろ

自分の言葉が恥ずかしくなってフードをもしゃもしゃと動かしてると

傍らから無言でじっと見つめてくるユゥトさんの視線に気が付いて小首を傾げる


「ユゥトさん?」


「シャオルーンくん」


「え?はい」


「ヴァンさんって、ヴァン・レゾンさんの事よね?

シャオルーンくんはレゾンさんと知り合いなの?」


ユゥトさんが神妙な顔つきで尋ねてくると同時に

店の扉が開き見覚えのある中年夫婦が入ってきて声をかけてきた


「ユゥトレイ、その子が今日からここで働くって本当かい?」


「ガルウィンさん、奥さんもおかえりなさい!随分早耳なのね」


「さっき通りでハインリヒと話をしてね

道中この子と興味深いやりとりをしてたから無理やり捕まえたのさ

この酒場に新しい店員が入るというから急いで帰ってきたんだよ」


「ええその通りよ、シャオルーンくんって言うの、可愛がってあげてね!」


立ち上がって話を始めたユゥトさんに軽く背中を押されて紹介されたものだから

反射的に自己紹介してお辞儀をしてしまう・・・というか、

店員って・・・働くって・・・もしかしなくてもぼく、寝床だけじゃなく

滞在中の働き口までヴァンさんの口利きで世話になってしまってるって事だろうか


(・・・)


イースペルトさんの言う通り一日三回お祈りしなきゃ、と気持ちを新たにしていると

ガルウィンさん、と呼ばれた男の人が豪快に笑い始める


「いやぁ驚いた驚いた!その子レゾン師のお弟子さん候補だったんだぞ!」


「ええ!?嘘っあのレゾンさんの?!

じゃあシャオルーンくんはハインリヒさんの次のお弟子さん?」


「それがそれが!この(わっぱ)あろうことか断ったそうだ

レゾン師が自分から弟子にしたいと申し出たにも拘わらず!

ハインリヒのあの悔しがりようといったら見ておれんかったわい」


「断るなんて勿体なーい!!シャオルーンくん、今からでも遅くないから

レゾンさんのお弟子さんになった方がいいわよ!絶対その方がいい!」


「いえ、あの、ぼく、」


「ハインリヒの坊主は弟子になれるまで四年もかかったというのになぁ

すごい剣幕だったぞ、『先生の申し出を断るなど生きてる価値すら無い!!』と

人目も(はばか)らず往来で叫び倒しておったよ」


「想像に難くないですね・・・見たかったなぁ、私も」


「ハハハッ、今日の夜には町中の噂になっとろうなぁ

今夜の酒場は忙しくなりそうだぞ、ユゥトレイ」


「ガルウィンさん言いふらす気満々じゃないですか、もぅ

ハインリヒさんにはくれぐれも宜しくと言われてるんだから

この子が困るようなことは勘弁してやって下さいね」


「なァに!イジられるのはハインリヒの方だよ

ところで今から食事をお願いできるかね」


「分かりました、お部屋までお持ちします

付け合わせは奥さんのお好きなジャムでいいですか?」


「ええ、ありがとうユゥトレイさん

ではあなた、そろそろお部屋に戻りましょう」


「ああそうだな、失礼するよ、新入りくん」


口を挟む間もなく世間話が終了する

噂好きそうな旦那さんに比べて大人しそうな奥さんは

去りしなにほんの少し困ったような笑みを浮かべて小さく会釈をした

客室へ繋がっているだろう階段を上っていく夫婦の背中を黙って見送っていると

ぼくの目の前にひとつの鍵が垂れ下がる


「はい、これがシャオルーンくんの部屋の鍵と番号!

住み込みの従業員用だから戸締りもちゃんと自分で管理するのよ?

部屋への入り口は店の裏側、お昼ご飯はもう食べた?」


「いえ、まだです」


「ちょうど良かった、ガルウィンさんの昼食を作るから手伝ってくれる?

お部屋に届け終わったら、一緒に食事しましょ」


「はいっ!やったぁ!」


もうお腹ペコペコで、今日は食事にありつけないかと思っていたから

ユゥトさんの言葉に飛び上がって喜んだ

そんなぼくのリアクションを笑いながら「厨房はこっちよ」と

案内してくれたユゥトさんに嬉々としてついていったぼくは

それからすぐに「大きな台所で調理をする」という試練に悪戦苦闘する事となる






*****






玄関の扉を閉めると着ていた外套(コート)を脱いで腕にかけた所で

左前にあった客間の扉が開き、ヴァンが姿を見せた

自らが師と崇める人物を視界に捉えたイースは穏やかな笑みを浮かべる


「なんだ、もう帰ったのか」


「はい、先生のお言いつけ通りアレを」


言いかけてヴァンの視線が僅かに鋭くなった瞬間、一旦口を噤んだイースは

言い改めるように一度咳ばらいをした


「ではなく、『彼』を宿場までお送りしただけですから」


「ったく・・・頭が固いぞ、お前」


「前例がありますので・・・それよりも先生」


「うん?」


眉を上げて小首を傾げるヴァンを前に

イースは何かに気づいたように周囲に視線を巡らせ、僅かに肩の力を抜く

しかし眉間は「不可解だ」と言いたげに(ひそ)められた


「ベノンは外出ですか?」


「護衛に回した、何かあってからじゃ遅いからな」


「珍しいですね、先生の指示とはいえ大人しく従うなんて」


「もっと驚いた事に、アイツが自分から申し出てきたんだぞ

俺とシャオルーンの導力(ローク)質が似通っているのが気になるらしい」


「先生の導力(ローク)と?・・・勘違いでは」


「悪魔であるアイツには何か感じ取れるものがあるんだろう

人間の俺達には測れない領域だ・・・それに

もし俺の予想通りならシャオは俺が責任もって面倒みてやらないとな」


「いえ・・・ですが、しかし・・・」


「うん?」


「人間には・・・アレを作り出すことは、不可能です」


イースは言い辛そうに、しかしハッキリと断言した

俯き、視線を落とし黙り込んだ弟子を前に「ふむ」と頷きながら両手を腰に当てたヴァンは

スッと目を細めると視線を上げようとしないイースを静かに見据える


「お前が言うのなら、そうなんだろうな」


「ですが、先生ならばどんな不可能も可能にしてしまえるかと」


その台詞を聞いたヴァンは途端に脱力し、肩を落とした

顔を上げたイースの目は既に爛々と輝いており、一点の曇りも見られない


「お前・・・盲目も大概にしとけよ」


「何を(おっしゃ)いますか

アロスフォニア大帝国とクロスロード連合国による、千年にも及ぶ世界戦争に終止符を打ち

この世でただひとり『 騎 導 師(フィニ・ス・テイル) 』という称号を冠したヴァン・レゾン先生に

不可能などありません、シャオルーンが先生の落とし子ともなれば私の子も同然

私が責任を持って育て上げましょう、しかしそれだと家庭を築くようなものなので

先生と私でいっそ結婚」


「さぁて、夕食の仕込みでもするか」


「ユゥトレイさんが新作ができたから試食をしてほしいと言ってました

今夜はあちらで食事をなさいますか」


「お、いい情報じゃねーか!って、それだと夕刻まで暇ができるな」


「久しぶりの静かな時間ですから、好きな事を満喫なさるのがよろしいかと」


「んー、邪魔されずに済むなら優雅に昼寝でもするか」


「身に余る光栄です」


「イース、寝る暇があるなら二階の空き部屋を軽く掃除しておいてくれ」


「・・・」


「いい年した男が不貞腐れるな」


「彼を迎え入れる準備ですか」


「備えあればなんとやらって言うだろ、頼んだぞ」


言うが早いか、背を向けたヴァンは後ろ手を振りながら自室に向かう

ひとり玄関に残されたイースは複雑な表情で視線を落とした

師の背中が通りの奥に消え、遠くで扉の開閉音が響く


「僕は・・・四年もかかったというのに」


イースの呟きを拾う者はない



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