シャオルーンの章 -3#表裏の片鱗(へんりん)-
脱衣所にて
悲鳴を上げて頭を隠そうとしたぼくの行動は見事に無視された
Finis talE
~最果ての地より~
シャオルーンの章 -3#表裏の片鱗-
おばあちゃんは、ぼくの髪を見た人は不幸になるって言ってた
でも、彼は平然としてて気にかけてすらいない様子
「ぼくの髪を見ても大丈夫なんですか」って聞きたいのに
この人が醸し出してる雰囲気が全力で「話しかけるな」って言ってる
(声かけたら殺されそう)
なんか・・・さっきからぼくってば事ある毎に「殺されそう」とか思ってる
仕方ないじゃないか、美人で綺麗だけど怖いんだもんこの人
急かされるままに出てきたから持っていたもの全てを風呂場に置いてきてしまった
自分が身一つになってしまっている事に気付き心細くなる
纏められなかった髪を引きずってやわらかい絨毯を素足で歩き
細かい彫りが施された扉を開いて入室を促され、足を踏み入れた
案内された場所は屋敷一階の、高価な家具が乱雑に敷き詰められた部屋
一人掛けの柔らかそうな椅子に深く腰を沈めていたヴァンさんが
手にしていた書物から顔を上げて声をかけてきた
「やっと落ち着いて話が出来るな」
外で会った時は身に着けていなかった眼鏡をしてたみたいで
一目で高価だと分かる装飾のそれを目元から外すと無造作に胸元に引っかけてる
着ていた厚手の外套も今は椅子の背に掛けられ
鍛えていそうだと思っていた体つきがより際立った形で眼前に晒されていた
盛り上がった胸板と引き締まった腰
組まれた脚を包む上質なスラックスでは隠しきれない脹脛の筋肉
それら全てが、彼が『戦士』である事を如実に物語っている
(改めて見ると、格好良いんだなぁこの人)
脚を組んで椅子に座ってるだけなのにその姿は絵画のようにサマになっている
二人とも最初に会った時は恐いと思ったけど
よくよく見れば”恐い”とは結びつかない容姿だ
・・・スゴまれたり蔑む眼差しを向けられるとやっぱり怖いけど。
(羨ましいなぁ)
ぼくなんか髪はボサボサだしちんちくりんだし顔だって自信ない。
羨望の眼差しでヴァンさんを見て
次に美人だなぁという感想を持った男の人に目を向ければ
何黙って突っ立てんだゴルァ
と、巻き舌でスゴまれんばかりの厳しい視線が
現在進行形で叩きつけるように向けられている事に気が付き
慌ててヴァンさんに向かって頭を下げる
「おっお待たせして申し訳ありません!お風呂、とても快適でした!
服まで用意して下さりありがとうございます!!」
「・・・全く、その様子じゃ勝手が分からず戸惑ったんだな
融通の利かない弟子で悪かった、とりあえず適当に座ってくれ」
まるで全部見ていたかのような鋭い指摘に目を丸くする
二人の付き合いが長いであろう事が推察できる一言だった
(やっぱり師弟関係だったんだ)
道理で似てるはずだよこの二人の言動
遠回しに咎められたお弟子さんは心外だと言わんばかりに声を尖らせる
「先生」
「客人としてもてなせと言っただろ」
「これを客人などと戯れが過ぎます、どういうおつもりですか」
・・・言い方が酷い、確かにぼくは小汚い子供だけど『これ』扱いって。
神秘的な雰囲気とか牧師さんみたいな柔和な顔つきは形だけなのだろうか
町で浮浪児に暴力を振るう大人と同じようには見えないんだけど
今の発言は絶対にぼくの事を人として見てないよね
斜め前に居たお弟子さんの横顔をほんの少し睨みつけるつもりで盗み見たぼくと
同じタイミングで不快を表すようにヴァンさんも眉を顰めてくれた
言動は強引で豪快だけど、ぼく、ヴァンさんの方が好きだなぁ
(・・・って、そんな事考えてる場合じゃなくて!!)
髪!髪の事を早くなんとかしないと!
今はまだ影響が出てないかもしれないけど
「今から説明を・・・俺がするよりは本人に聞いた方が早いかもしれないな」
「あ!あのっ・・・説明とかより前に髪を隠す布を下さい!このままじゃ
貴方がた二人を不幸にしてしまいます!!」
終始敵意剥き出しのお弟子さんは兎も角、ヴァンさんは
こんな浮浪児同然のぼくに優しくしてくれたのだから不幸にはしたくない
と、必至になってお願いしているにも関わらず
相変わらずゴミ虫でも見るように斜め前から横目で見下ろしてくるお弟子さん
「貴様如きが我々を不幸にするだと?使役される分際で、」
「イースペルト」
まだ何か言いかけたお弟子さんの言葉を、ヴァンさんの低い声が遮った
不満そうな顔でぼくから視線を外したお弟子さんは
ヴァンさんと目を合わせると同時に何か言おうと小さく開いた口を閉じると
しくじったように視線を泳がせる
(・・・あれ・・・?)
目の前の二人の間に気まずい沈黙が流れ始めた気がしてとても嫌な感覚を覚えた
何故だか、自分でも無視できないほどに気持ちが焦り始める
(なんだろう・・・すごく嫌だ、この感じ)
場の空気を変えるためにも何か喋らなくては。
責めるような目つきでお弟子さんを見つめるヴァンさんに
何でもいいから兎に角話しかけないと・・・
「あ、あの、えっと、そうだ!天気!今日はいい天気ですよね!」
なんて、窓を指さしながら言ってみるけど生憎と窓の外は
手入れされてない庭の所為で空なんて欠片も拝められない状態
ぼくの言動は完全に不自然そのものだった
(駄目だっ余りにも突拍子がなさ過ぎた!)
二人とも呆気に取られてぼくを見てる!「キョトーン」って顔してる!
(でも、)
さっきまでの空気はうまく消せたかな・・・消せてるといいなぁ
緊張しながら二人の様子を交互に窺ってると
間を置かずヴァンさんが笑顔を見せてくれたから安堵から肩の力が抜ける
立ち上がり、歩み寄ってきたヴァンさんがぼくの前で片膝をついて
今度は直に頭に片手を置いて撫で始めてくれた
「気を使ってくれてありがとな、良い子だ」
まだ水気を帯びて湿ってる髪を優しく撫でてくれる
それがすごく嬉しくてつい「えへへ」と言いつつだらしない笑みを浮かべてしまった
実の所、誰かに頭を撫でてもらえたのなんて初めてで
こんなに気持ちが良くて心が温まるものなのだと知って感動した
(パルニアおばあちゃんも優しかったけど
普段から厳しかったから頭を撫でてくれた事なんてなかったなぁ)
この場所の様に部屋が散らかることだって一度もなかった
おばあちゃんとぼくが暮らしていた家は
質素ではあったけどいつだって綺麗で清潔だったから
だからこのお屋敷みたいに見た目は豪奢だけど中身は散らかり放題、なんて
なんだか色々勿体ない気分になってくる
(整理整頓のし甲斐があるなぁ)
家政婦を募集している理由が分かった気がした
お屋敷に上げてもらったお礼にせめて屋敷内の掃除くらいはしていきたい
乱雑に物が積まれた部屋だった為か、手を伸ばせば届く距離にタオルが置かれていて
それを手にしたヴァンさんは生乾きのぼくの髪を優しい手つきで乾かし始めた
思いがけない親切を受けて慌てていると
時折タオルで前が見えなくなる視界の中話が再開される
「先ず、お前の髪を見たものが不幸になるという話は偽りだと教えておくぞ」
「え?おばあちゃんはぼくに嘘なんか付いた事ないですよ?」
「不幸になるという話においては嘘だ
お前の婆さんは嘘を吐いてでもお前を守りたかったんだろう」
おばあちゃんが、あえて嘘をついた・・・って、なんで?
「イースから聞いたが、クロセンツ極東の村出身だそうだな
ここまで長旅をしてきたのならもう分かっているだろう
お前のような髪をした人間は一人もいなかった筈だ」
「はい・・・ひとりも、いませんでした」
ぼくの髪は根元から毛先まで”真っ黒”だった
そして、立って歩いても床を掃除できるほどの長髪・・・
これまでの道中短髪の人よりも多く見受けられたから
長髪である事に関しては珍しい事ではないけど
『髪が黒い』という点においては断言する事ができる
黒い髪をした人は滅多にいない
・・・否、
ぼくの様に全てが真っ黒な髪をした人はただの一人としていなかった
「第一種導力という言葉を知っているか?」
髪を拭いてくれていた手の動きが緩やかになる
ヴァンさんの、大人の男性特有の落ち着いた声音が心地いい
でもその問いかけに思い当たる知識は無かった
(エルダーローク・・・)
聞いたことのない単語だ
「いいえ」と呟き小さく首を振ると暫しの沈黙の後、背中に流れていた髪を
まとめて前に持ってきた手がタオル越しに揉むように乾かし始めて
手元に集中する為に俯いたヴァンさんの前髪の生え際が目の前に来る
「・・・≪ロア≫という言葉は?」
「それならどこかの酒場で聞いた事があります
お客さんが『金になる』って上機嫌に話してました」
「≪ロア≫っていうのは『特殊な髪』の事だ
お前の髪もそれに分類される」
「ぼくの髪が≪ロア≫?という事は、お金になるんですか?」
「ああ、しかもかなりの高値だ」
「すごい!知らなかった!!」
「一本残らず売ったとして、500スアトルは下らないだろうな」
・・・
「・・・はい?」
「500スアトル」
「はァぃィイいいい!!???」
スアトルって!スアトルって!!!
そもそも『スアトル』って単位自体町で発行されてる新聞でしか見た事ない!
これまで見てきた町や村のどこにもそんな金額で買い物してる人なんて見た事ない!
大体その単位は大きな事業での取引とか・・・そう、それこそ国が
「国が動かすような金額だ」
「ですよね!!この髪にそんな価値があるんですか!?
たかが髪ですよ?!床を掃除するぐらいしか役に立たないんですよ!?」
「まだ子供のお前にその価値を理解させる方が難しいと判断したんだろ
婆さんが嘘を吐いてでも髪を隠すように言ってた意味が分かったか?」
「・・・っ・・・っっ!」
とうとう言葉を失くした僕はコクコクと必死に頷く事しか出来なくなっていた
確かにそうだ、一人旅をし始めてやっとお金の大切さが分かったし
お金を稼ぐために働く事の大変さも学んだ
それを知る前の・・・気弱で、イエスマンで、
どんな嫌な頼まれ事でも引き受けていた当時のぼくが
自分の髪がとても高価なものだと知ってしまっていたら・・・
きっと、今頃、ぼくの頭には一本の毛も残ってはいなかっただろう
それどころか体中の毛を抜かれて全身つるっつるになってたかもしれない
何しろぼくの毛は、髪だけでなく全てにおいて黒いのだから
でもヴァンさんは髪って限定してたし・・・流石に全身なんて事は、
(・・・あるかもしれない)
「あの・・・髪の毛だけじゃなく、ぼく、全身の毛が黒いんですけど」
「そうだな、眉毛も睫毛も鼻毛も、まだ生えてないだろうが腋毛も下の毛も黒いだろうな」
「・・・お金に」
「なるぞ」
「ひェ…ッ」
全身を狩られるかもしれない恐怖から短い悲鳴を上げてしまう
ヴァンさんの言う事が本当なら、ぼくはこれからも全身を隠して
死ぬまで生きていかなければならないという事だ
国を動かせるほどにとてつもない金額的価値があるぼくの髪
(あ、でもちょっとぐらいなら売って生活の足しにはできるかな)
切ってもまた生えてくるだろうし、なんて
考えたぼくを見透かしたようにヴァンさんの視線が鋭くなる
「言っておくが、その辺の市に売り込もうなんて考えるなよ
売ろうとした時点で犯罪者になるからな」
「犯罪者・・・って、」
自分の髪を売るだけなのに?
しかしそれもそうか、スアトルって単位が付く程高価なものなら納得できる
およそ一般人では拝む事も、手にする事もできない
それこそ町をいくつか買い取らなければ使い切れない金額だもの
「じゃあ、どうやって売ればいいんですか?
ぼくの髪長すぎるし、ちょっとくらい切り売りしても良いと思うんですけど」
「お前の場合、髪を切られたら死ぬぞ」
「はい?」
「髪を切られたら死ぬ、と言ってるんだ」
「・・・ ・・・嘘・・・ですよね?」
はは、と軽く笑ってみてもヴァンさんは笑みを返してくれなかった
お弟子さんも何かを見極めようとするかのようにじっとぼくを見下ろしてる
二人の様子から本当に、本当の事を言ってるんだと分かると
一瞬にして心が恐怖に染まり不安いっぱいな表情を晒してしまう
その顔があまりに怯え切っていた所為か、苦笑いを浮かべたヴァンさんは
立ち上がって湿ったタオルをお弟子さんに渡す
「お前は賢いようだし、ちゃんと把握しておいたほうがいいだろう
適当な所に座れ、長話になるからな」
そう言って最初に座っていた椅子に腰掛けたヴァンさんは
子供のぼくでも分かり易いよう細かく説明してくれた
≪ロア≫とは、この世界において最も優れた導力で
ロアを核として用いた道具・・・例えば町全体に配置されている街灯や水路
人々が快適に暮らしていくために欠かせない物や
生活の中で無くては生きていく事ができない要素は大抵
第一種導力と呼ばれる・・・ヴァンさん曰く
『無駄にどでかい鉄の塊』が使われているらしい
それらは全て国の厳重な管理下にあり、一般の人は触れる事はおろか
第一種導力そのものを見る機会すらない、という代物だ
次に、その第一種導力の核となっているロアについて…
見分け方はとても単純で、髪の黒い部分のみがロアに分類される
他の色の髪は例え黒い髪の延長にあっても
導力が含まれていない「ただの髪」なのだそうだ
導力の中でもぼくの髪は更に特別な位置付けになる、と
ヴァンさんは真剣な顔をして教えてくれた
「よく聞け、これから言う事はお前の命に関わる特に重要な事だ」
そんな前置きと共に告げられたのは
『 通常のロア 』 と 『 ぼくの持つロア 』 の違い
「通常のロアであれば毛先が黒くなる程度だ
導力に利用する為に切った所でその人の命を奪うような危険性はない
だがお前の場合は事情が異なる」
「えっと・・・もしかして、導力としての力が強すぎる、とかですか?」
「察しが良いな、その通りだ
ロアは国に管理されている・・・つまりロアを持つ人々も国の管理下にある
髪が黒い人を町で見かけなかったのはそういう理由だ
希少価値の高さから黒髪を晒して町を歩く人間など居ない
居たとしても黒い部分を隠して生活している」
イースみたいにな、と言ったヴァンさんは傍らに控えていたお弟子さんを見上げる
視線で促された事に気付いたお弟子さんは
後ろで一纏めに結っていた髪の結び目に手をやるとぼくに背を向けて
巻かれていた上品な布の表面を波のように反射させ、滑らかな動きで取り払った
同時に結び目も解けて、肩の辺りから毛先まで
真っ黒に染まった艶やかな髪が目の前に曝される
「うわぁ・・・」
その美しさに思わず感動の溜息が零れた
同じ黒でも、お弟子さんの髪は手入れが行き届いてて
毛先までさらっと、つやっと、きらきらしてる
思わず自分のごわごわとした髪と見比べてしまって
お弟子さんの髪はぼくの更に数百倍の価値がありそうだと考える
肩から毛先までの黒髪も十分すぎるほど綺麗だけど、
肩から上の白銀の髪もそれに負けず劣らず煌めいている
「顔だけじゃなくて髪も綺麗なんですねぇ」と、しみじみといった感じで呟けば
ヴァンさんが人の悪そうな笑みでお弟子さんを見上げた
「 珍 し く 、褒められたな」
「ほっといて下さい・・・しかし、先生の仰る意味が分かってきました」
「今更か」
「仕方がないでしょう、あんな依頼が持ち込まれたばかりなのですから
警戒するなという方が無理な話です」
(依頼・・・警戒?)
よくわからない会話に首を傾げる
会話に付いていけず置いてけぼりにされた気分で二人のやりとりを見つめていたら
ぼくと目を合わせたヴァンさんが話を戻すように咳払いした
「さて、ここからが本題だが今話している通り・・・お前は
非常に貴重で、希少で、高価な素材をなんの防御対策も施さないまま持ち歩いている」
「え、でも、ちゃんと布で隠し」
「ロアを持つ者として備えておくべき最低限の知識すらない」
「は、はい・・・」
「しかも記憶を失くしてて自分が何者であるかも分からない」
「・・・はい」
「にも拘わらず無謀にもちっこい身なりで放蕩の旅を続けようとしている」
「・・・そうですけど」
なんか、説教されてる気がしてきた
しかし面と向かって言い返すほどの勇気はないので
唇を尖らせる事で不満を表してぼそりと言葉を返す
尖る唇につられる様に幾分か険しくなった視線でヴァンさんを見ると
彼は不敵な笑みを浮かべて「そこで俺から提案があるんだが」と言って
顎の前で両手を組むと身を乗り出す
「しばらくここで導力について学ぶ気はないか
シャオルーン・パルニアくん?」
赤い瞳を煌めかせてぼくを見据えたヴァンさんは痺れるほどに男前だった
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