国の危機より、まず仕事
俺達から聞いた情報を念頭に入れ、まずは学園長とお付きのメイドの二人がムスペルとの会談に臨む事になった。
他は留守番。もちろん俺もだ。
帰って来るまで半日は掛かるとの事で、ひとまずあの場は解散――それぞれ持ち場へと戻っていた。
俺達三人もとりあえずは教室に戻る事にした。まださっきの戦闘での後始末ができていないし。
道すがら、横の二人に話し掛ける。
「しっかしついて行くのがメイド一人ねぇ。あれで学園長も世界レベルでの重鎮なんだろ? もっとバリバリの護衛とか付けなくて良いのかよ?」
「そもそも学園長先生が相当腕が立ちますからねー。それにあのメイドさん、確か学園では近接戦闘の講師を務めておられた方だと思いますよ」
「え、そうなん?」
「それも、あの龍神が相手では関係ないでしょうが」
ミルヴァからの新情報の後を、ミハイル続く。
「そのムスペルってヤツ、そんなに強いんか? 序列2位だとかなんとか言ってたけど、学園長だって4位なんだろ。数字だけ見ればそこまで戦力差がある様には感じないけどな」
この国は人材の宝庫と言って良い。学園長一人で敵わなくとも、国が総力をあげて対抗できないものなどなさそうだが。
まあ、学生にまで戦いを強いる様な状況に持っていく時点で間違いではあるのだろうが。
それにもし負けたら国が滅ぶ。この国が滅べばイコール、世界が滅ぶ。容易にリスクを負えないのも、理解はできる。
あまりに事態が急激に動いていて、実感がまるで追い付いてない。
経験談から言って、今の世界の危機には圧倒的に――悲鳴が足りない。
「学園長と彼は何度か面識がありますし、幾度かの修羅場を共に乗り越えた事もあると聞きます。心配なさらずとも、滅多なことにはなりませんよ」
「まっ最悪俺を突き出せば問題解決だろうからな。確かに最悪の事態にゃならないわな」
「セツナさん!」
微妙に棘を込めた俺を、ミルヴァが咎める。
「いえ、そういうつもりではなかったのですが。気分を悪くしたのなら申し訳ありません」
ミハイルが馬鹿丁寧に頭を下げてくる。
別に、実際突き出してくれたって構わないんだけどな。それでもどうにかなるだろうし、正直『世界最強』の肩書きに興味を惹かれないと言ったら嘘になる。
だってそれってつまり、俺を殺してくれる期待度ランキングNO1って事じゃん!
普通ならどうやってコンタクトを取って、どういう風に喧嘩売ろう? とか考えなきゃならんわけだが、今ならそれを難しく考える必要もない。
そう考えると今のこの状況、案外悪いものではないかもしれん。少なくとも俺にとっては。
「むしろセツナさんは、今の状況よりもその後の事をしっかり考えておいた方が良いんじゃないですかぁ? あれからウチのクラスの子達、だいぶ消沈してましたよ?」
「む……」
終わり際にいきなり緊急招集などされたから、戦いの後ろくに言葉も掛けずに出てきてしまったから、あいつらの状態には気を配っていなかった。
まあ大きな怪我をさせたわけでもなし、大丈夫だろうと軽く思っていたのは確かだが、精神的なダメージは如何ともし難かったか。真っ向からプライドをズタズタにされたんだし。
つっても後悔などしてないがな!
連中の鼻っ柱はどうあってもいっぺん叩き折る必要があった。それが偶々あの時だっただけである。
「国や世界の危機って時に、一クラスの事にも悩まないといけないってのがなんだか笑えるわ」
しかも今現在の優先度は、三つ目が一番高いというね。
「キラノさん。なんでしたら、次の授業は私が代わりましょうか? 初日にいきなり色々有り過ぎて、少し考えたい事もあるでしょうし……」
先輩教師のミハイルが気遣ってくれるが、さすがにあれだけかました直後にその選択はないだろう。せっかく連中との壁を、手段は強引であっても一つ取っ払ったんだ。
今は攻める時である。手を抜くつもりはない。
「いやいいよ。せっかくようやくまともに授業できそうなのに、その初回を他人に譲るなんてもったいない。――はっきり言って別に教職にプライドだの持ってないし、あいつらにも情なんて大層なモン持っちゃいないが、掛けた手間暇はきっちり回収しとかないと落ち着かないんだ」
あくまで、ビジネスライク。プラスで、ちょっとした意地があるだけだ。
こんな事を言えばベテラン教師であるミハイルが怒るかと思ったが、彼は特に表情を変えずにじっとこちらの眼を見つめていた。
「……ごめん、俺そっちの趣味はないんだ……」
「キラノさん」
せっかくのボケが完全にスルーされ、思いの外真面目な顔で青年が言う。
「次の授業、私とミルヴァさんは席を外しましょう」
「うん?」
ちょっと意外な提案だ。
ミルヴァはともかく、ミハイルが俺に付いていたのは、『監視』の意味が強かったはずだ。
授業内容だけでなく、学園の生徒に対して何か害なすようであらば――と。
かなり重要な任務であり、おいそれと放棄できるもんではないはずなのだが、今の会話の中に、何かミハイルの好感度が上がる台詞でもありましたかね? やめようぜ、知らない内にミハイルルートとか入ってたら困るから。
「私やミルヴァさんの様な『抑止力』がいない状況で、本当の意味で貴方と生徒達が向かい合う。今ならそれが出来ると判断します」
「……買ってくれるなら素直に喜びたいけど、目ぇ離していいんか? まだ一日目だぜ」
「少なくとも、本気の相手から目を背ける方ではなさそうですから。弱っている生徒達とも、向き合ってくれるのでしょう?」
「仕事と、ちょっとした意地でなら」
「その答えで十分です。彼らを宜しくお願いします」
お手本の様に姿勢正しくお辞儀をされた。そこまでされて、何も思わないほど無感動ではない。
期待には応えてやりたい、という単純な気持ちが起き上がってくる。これを『やる気』と呼ぶのなら、そうなんだろう。
空気を読んだのか、黙って話を聞いていた少女を手招きする。
「ミルヴァ」
「何ですか?」
そこで俺はミルヴァの耳元に口を近付け、
「(デート頑張れよ)」
「――――ッ!?」
バシバシ! と背中を叩いて来るミルヴァから逃げ、ミハイル達と別れた。
別れてすぐ、教室の前に辿り着く。
扉の向こうには、愕然と肩を落とした23人の生徒がいるはずだ。
ぐるりと、両肩を回す。
「さて、いっちょやりますか」
それで良いと、お墨付きを貰った事だし。
欲を張らず、無理はせずに――期待に応えてみせようか!
扉に手を掛ける。このクラスの、ここがターニングポイントなのだと十分以上に理解して。
俺は躊躇う事無く、その手を引いた。
いよいよ不適合クラスとの決着を着けます。前・後編になります。




