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おばさん神官の孤児院経営記 ~無双もチートもありませんが、ハーフエルフ院長の「知恵と準備」で今日も日銭を稼ぎます~  作者: さく


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閑話~闇の神々~

冬の始まりを感じさせる冷たい風が、広大な街道の草木をかさかさと揺らしていた。

西の空は茜色から濃い群青色へと刻一刻と表情を変え、遠くの連峰のシルエットが黒々と浮かび上がり始めている。


レムリアの街へと続く一本道を、五人の影が並んで歩いていた。

墓場で起きたゾンビ事件を無事に解決し、恐怖に怯えていた村人たちから惜しみない感謝の言葉と多くの食料を贈られて戻る道中である。


「はあ……やっぱり、疲れるもんだなあ」

旅の荷物を背負いながら、ダグがふぅと息を吐いた。

戦いの興奮が冷め、無事に事件が解決した安心感が広がる一方で、彼らの胸中には依然として拭いきれない不気味な余韻が残っていた。

死者が土を押し分けて這い出し、生者に襲いかかる——あの腐臭漂う異様な光景は、十四歳の少年少女たちの心に重い影を落としていた。


その少し後ろを歩くエドワードは、ぎこちない手つきで腰の短杖に触れた。

先の戦闘において、彼は自らの無力さに打ちのめされながらも、命がけで聖句を唱え、調和の神の声を聴くことができた。神殿の中だけで教わっていた知識ではなく、血と土の匂いが漂う場で得た経験。それは、彼が見習い神官として踏み出した、小さくも確かな成長の一歩であった。


エドワードは隣を歩くダグやキース、コレットへと視線を送る。

最初はどこか壁を作り、神殿の権威の後ろに隠れようとしていた自分を恥じ入る思いがあった。

彼らは過酷な冒険の厳しい現実に立ち向かい、自分を命がけで護ってくれたのだ。


そんな静寂を破るように、ダグが前方を歩くマーサの背中に視線を向け、素朴な疑問を口にした。

「なあ、院長……。ちょっと気になってたんだけどよ。ゾンビなんて気味の悪いものを作って生者を襲わせるなんて……そういうのって、結局『闇の神様』の仕業ってことなのか? 死んだ奴の尊厳を踏みにじって悪さをさせるなんて、闇の神様ってのは、やっぱり悪い神様なんじゃないか?」


ダグの発言を聞いた瞬間、隣を歩いていたコレットが足を止め、呆れ果てたような顔でダグを振り返った。

「ちょっと、ダグ! あなた、孤児院で院長が毎週日曜の夜に開いてくださってい会で、いったい何を聞いていたの?」

コレットは大事そうに抱えていた魔導書を胸に抱え直し、お説教モードで眉をひそめる。

「院長はいつもおっしゃっているじゃない。『世界に存在する現象や神々に、人間が勝手に善悪のラベルを貼ってはいけない』って! 会の最中、あなたずっと船を漕いでたでしょう!」

「う、うぐっ……! い、いや、あの時間はちょうど眠くなるんだよ! それに、ゾンビなんてどう見ても悪だろ!?」


ダグが気まずそうに目を泳がせながら弁解すると、その隣でキースが苦笑いを浮かべながら助け舟を出した。

「ダグの気持ちも分からなくはないよ。目の前で腐った死体が動いているのを見たら、誰だって『邪悪な存在だ』と思うのが普通だからね。でもね、ダグ。コレットの言う通り、神様そのものを『悪』だと決めつけるのは少し違うんだ」

「キースまで……。じゃあ何なんだよ? ゾンビを作るような神様が、良い神様だって言うのか?」

「そうじゃないよ。光があるから影ができるように、どちらか一方だけでは世界は成り立たない……って、何度も聞いただろう?」


二人のやり取りを、エドワードは少し驚いた目で見つめていた。

調和神の神殿附属の施設とはいえ、孤児院という場所で、このような講義が行われているとは思ってもみなかったからだ。神殿の厳しい戒律やドグマに縛られた教えとは異なり、子どもたちが自らの頭で考え、対話する土台が作られている。


歩みを緩めたマーサが、振り向いて穏やかな笑みを浮かべた。

「ふふ、ダグの疑問はごく自然なものよ。目に見える現象や恐怖に心を奪われれば、それを生み出した源を『悪』だと考えてしまうのは、人間の防衛本能のようなものですからね」

マーサの言葉に、ダグは「ほら見ろ!」と言いたげな顔をしたが、マーサはすぐに優しく首を振った。

「けど、ダグ。あなたは本当に何も聞いていなかったのね!せっかくだから、ここできちんとした説明してもらいましょうか」


マーサは視線をエドワードへと向け、柔らかく微笑みかけた。

「エドワード。あなたは神殿で神学を修めたわね。彼らに分かりやすく『闇の神々』について教えてあげて。将来、あなたが立派な神官となって街頭で人々に教えを説く……辻説教のための、良い実践の機会にもなるわ」


「えっ……! ぼ、僕ですか!?」

突然振られた大役に、エドワードは慌てて背筋を伸ばした。

見習い神官として、冒険者の先輩である彼らに知識を授ける——その責任の重さに緊張が走るが、マーサの温かな眼差しと、自分を頼りにしてくれている子どもたちの視線を感じ、彼は深呼吸をして気持ちを整えた。


「はい!僕の知る限りの知識をお話しさせていただきます……! ダグさん、キースさん、コレットさん、どうぞ耳をかしてください」

エドワードは短杖を両手でしっかりと握り直し、少しだけ誇らしげに、しかし丁寧な口調で語り始めた。


「まず、ダグさんのおっしゃった『闇の神々は悪い神様なのか』という疑問についてですが……結論から申し上げますと、闇の神々は決して邪悪な存在ではありません」

エドワードの声は、緊張から最初は少し上ずっていたものの、自らが修めてきた学問の話になるにつれて、しだいに落ち着きと熱を帯びていった。

「僕たちが奉る『調和の神』をはじめとする光の神々が、秩序や育成、安寧を司るように、闇の神々もまた、この世界に必要な秩序の一部を担っておられるのです。以前、マーサ様も教えられたかもしれませんが、世界は『光と闇』『火と水』といった、相反する力が均衡を保つことで成り立っています」


ダグは頭を傾げながら、腕を組んだ。

「均衡ねぇ……。でもよ、エドワード。さっきも言ったけど、破壊とか死とか、そういうのを司ってる神様だっているんだろ? それってやっぱり、人間に害を及ぼすんじゃないのか?」

「ええ、その通りです。例えば『破壊の神』や『終焉の神』は、しばしば闇の神々に数えられます」

エドワードは頷き、言葉を続けた。

「ですが、ダグさん。少し考えてみてください。もしもこの世界に『破壊』が存在しなかったら、どうなるでしょうか?」

「どうなるって……誰も死なねぇし、物も壊れねぇなら、それが一番いいんじゃないのか?」

「一見するとそのように思えますよね。ですが、枯れた大木が倒れず、朽ち果てることもなく永遠にその場所に留まり続けたとしたらどうでしょう? 新しい芽が太陽の光を浴びる隙間すらなくなってしまいます。あるいは、古びた建物が永遠に壊れず、敷地を占領し続けたとしたら、新しい家を建てることもできません」


エドワードの問いかけに、ダグは言葉を詰まらせた。

「つまり……『破壊』がなければ、新しいものを生み出す『創造』もまた、絶対にあり得ないのです。古いものが終わりを告げ、土に帰り、次の命へと引き継がれる。この偉大な巡り環(わ)をもたらすのが、闇の神々の司る破壊や終焉の理なのです。ですから、神々そのものに『善』や『悪』という人間の都合による区別は存在しない……それが基本的な考え方です」


「なるほど……」

キースが深く頷き、感心したように呟いた。

「破壊があるからこそ、新しい命が芽吹く余地ができる。神様の側から見れば、どちらも世界に必要な仕事をしているだけ、ということなんだね。エドワードくんの説明、すごく分かりやすいよ」

「あ、ありがとうございます、キースさん……!」

キースから素直に褒められ、エドワードの頬が少し赤くなった。

知識をひけらかすためではなく、仲間たちの疑問に誠心誠意答えようとするエドワードの姿勢に、子どもたちの見る目も確かな敬意へと変わっていく。


「でも、エドワード」

今度はコレットが静かに手を挙げた。

「もし闇の神様が邪悪でないのなら……なぜ多くの国や神殿では、闇の神々を信仰することが固く禁じられているの? 単に世界に必要な役割なら、光の神様と同じように崇められてもいいはずじゃないかしら?」


コレットの問いは、素朴ではあるものの核心を突いていた。

エドワードは表情を少し引き締め、真剣な眼差しでコレットを見つめ返した。

夕闇が深まり、街道の周囲はすっかり濃い影に覆われていた。

エドワードの声が、夜の静けさの中に響く。


「闇の神々がもたらす教えや理(ことわり)そのものは、世界の不可欠な一部です。しかし……その教えに目覚め、神々の声を聴くことができるようになってしまった人間は……なぜか例外なく、正気を逸した行動をとってしまうことが多いのです」


「正気を失う……?」

ダグが眉をひそめ、不気味そうに身を縮めた。

「ええ。例えば、闇の神が司る静寂や安らぎの美しさに魅せられた者がいたとします。その者は最初、純粋な信仰心から神の声を聴こうと試みます。ですが、人間の小さな心が神々のあまりにも巨大で圧倒的な理に触れた瞬間……その深遠さに耐えきれず、精神が歪んでしまうのです」


エドワードは短杖を強く握りしめ、かつて神殿の書庫で読んだ記録を思い起こしながら語った。

「命とは過ちであり、永劫の静寂こそが真の救いである、という神の側からの視点を人間の脆弱な精神でそのまま受け止めてしまうとどうなるか……。『ならば、すべての生命の息吹を止めることこそが神への奉仕だ』という、狂気的な結論に至ってしまうのです」


「……っ!」

コレットが息を呑んだ。

「あるいは、死者の巡りを司る理を覗き見ようとして、禁忌とされる、今回のような死霊術(ネクロマンシー)に目覚めてしまう者もいます。彼らにとっては神の理を探求しているつもりでも、正気を失ったその行いは、生者にとって致命的な災厄以外の何物でもありません」


エドワードは一度言葉を切り、マーサの方を静かに仰ぎ見た。マーサは深く頷き、エドワードの言葉を温かく見守っている。

「だからこそ、多くの国や権力を持つ神殿は、闇の神々の信仰を厳重に禁止しているのです。民を害しようという悪意からではなく……人間という存在が闇の神々の威光を受け止めるには、あまりにも小さく、脆すぎるからなのです。悪いのは神々ではありません。神々の理を人間が正しく解釈しきれず、狂気に呑まれてしまう……人間の弱さこそが問題なのです」


街道に静寂が訪れた。

ダグも、キースも、コレットも、エドワードの語った言葉の重みを噛み締めるように黙り込んでいた。

ただの悪い奴がやる悪い魔法だと思っていたゾンビ事件の背後に、それほどまでに深く、切ない理由が存在し得るということ。そして、神という存在の圧倒的な巨大さと、人間の危うさについて、彼らは深く考えさせられていた。


「……なるほどな」

しばらくして、ダグが頭の後ろで両手を組み、大きなタメ息をついた。

「神様ってのも、付き合い方がめちゃくちゃ面倒くせえんだな。良かれと思って声を聞こうとしたら、頭がおかしくなっちまうなんてさ」


「ふふ、ダグさんらしい言い方ですが、まさにその通りかもしれません」

エドワードは少し苦笑いを浮かべ、穏やかに頷いた。

「僕たち神官の役割は、そうした過ちや狂気から人々を護り、人間が耐えられる適切な光と調和を示すことにあるのだと……今回の事件を通じて、僕自身も深く学ばせていただきました」



「見事な解説よ、エドワード」

マーサが優しい声で静かに拍手を送った。

「神殿の教義を丸暗記するだけでなく、実際の事件を経験したことで、あなたの言葉には生きた説得力が宿っていました。素晴らしかったわ」


「マーサ様……! 過分なお褒めの言葉、光栄です!」

エドワードは深々と頭を下げた。かつて神殿を出発したときの、見栄や強がりから来る高慢さはそこにはない。本物の冒険者たちの厳しさを知り、自らの無力を噛み締め、それでも神官として人々を支えたいという真摯な謙虚さが、彼の立ち姿に宿っていた。


「ねえ、エドワードくん」

コレットが少し照れくさそうに笑いかけながら、エドワードの隣に並んで歩き出した。

「さっきの話、すごく面白かったわ。今度孤児院に来たときに、もっと詳しくお話ししてね。神様のことを学ぶことは、古代魔法や精霊魔法の在り方にも関係すると思うの」

「えっ、僕なんかの知識でよろしければ、喜んでお話しします!」


「なんだよ、二人して小難しくカッコつけやがって」

ダグが口を尖らせながらも、その表情には柔らかい笑みが浮かんでいた。


「まあでも……エドワードがただのお坊っちゃんじゃないってことは分かったよ。キースを守って一生懸命聖句を唱えてただろ? あれ、かっこよかったぜ。サンキュな、エドワード」

「ダグさん……!」

不器用なダグなりの感謝と承認の言葉に、エドワードの胸が熱くなった。


「僕の方こそ、皆さんには感謝してもしきれません。もし皆さんが護ってくださらなければ、僕はあの墓場で命を落としていたでしょう。皆さんの勇気と判断力には、心から敬意を表します」


エドワードが丁寧に頭を下げると、キースがポンと彼の肩を優しく叩いた。

「お互い様だよ、エドワードくん。僕たちはチームなんだから。それに……君のその生真面目さは、僕たちのいい刺激になっているよ」

エドワードは彼らが自分を「仲間」として受け入れてくれたことが、何よりも誇らしかった。

「キースさん……ありがとうございます!」


会話に花を咲かせながら歩くうちに、街道の先、小高い丘の向こう側にぽつぽつと温かな灯りが見え始めていた。

レムリアの街を守る巨大な城壁と、住処の明かりだ。


夜の冷気が厳しさを増していく中、見慣れた街の灯りは、旅を終えた者たちの心を優しく温めてくれる。

「さあ、街に着いたら孤児院へ直行よ」

マーサが歩みを緩めず、子どもたちを振り返って微笑んだ。

「きっと温かいスープを作って待っていてくれるはずよ。冷えた体をしっかり温めて、ゆっくり休みましょう」


闇の神々がもたらす夜の静寂が世界を包み込む中、レムリアの街の門へと向かう若者たちの足音は、どこまでも軽やかで、明日への希望に満ち溢れていた。

孤児院の窓から漏れる温かな橙色の光を目指して、彼らは笑顔で帰路を急ぐのであった。

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