49.恨まれている?
その時、次の授業を告げる予鈴が鳴った。
「あ、いけない。急ぎましょう、ランドール様」
「……ああ」
ランドール様は何か言いかけて口を閉じた。
王太子殿下に求婚されたことを喜べない、って言ったことを気にしているのかな。別にいいのに。わたしだって、自分が王太子殿下の婚約者だなんてありえないって思うんだから。
ランドール様は優しいから、たとえわたしが王太子殿下にふさわしい相手ではないと思っても、正直にそれを言うのをためらっちゃうんだろうな。
訓練場には一年生から六年生まで、多くの生徒が集まっていた。ほとんどは男子だけど、女の子も数名いる!
ランドール様は、訓練場に着くなり講師らしき男性に「ランドール君はこっちの列を見てやってくれ」と引っ張っていかれた。ランドール様、まだ三年生なのに講師的役割を押し付けられているのか。
わたしも一年生の列に並ぶと、
「ねえ」
後ろからちょいちょいと肩をつつかれた。
「あなたでしょ、ユニーク魔術の使い手って」
振り返ると、吊り気味の大きな黄色の瞳に褐色の髪をポニーテールにした女の子が立っていた。
「……マティルド・ルブランです」
「わたしはブリジット・ダントンよ。……ねえ、王太子殿下に求婚されたって、ほんと?」
ダントン……、南東に領地を持つ伯爵家だろうか。ルブラン家とはあまり関わりがないからよく覚えていない。
『ソランの薔薇』でもダントン伯爵家の人間が活躍した記憶はないから、わたしと同じモブ令嬢ってとこか。
ブリジット様は興味津々の様子で続けた。
「てっきりラクロワ公爵家のお姫様が王太子妃になると思ってたら、公衆の面前で王太子殿下が貧乏伯爵家の娘に求婚したって聞いた時は、そりゃもう驚いたわ! でも、ユニーク魔術の使い手なら、ありえる話よね」
「………………」
悪気はなさそうだが、本人に面と向かって「貧乏伯爵家の娘」というのはいかがなものか。本当のことだけどさ。
「ああ、ごめんなさい、そういう意味じゃないの」
わたしの表情に気づいたブリジット様が、慌てたように言った。
「うちだって、そんな大した家じゃないし。未来の王太子妃に楯突こうなんて思ってないわ。……そうじゃなくて、忠告しようと思っただけよ」
忠告?
首をかしげるわたしに、ブリジット様は小声で言った。
「一番右側の列の後ろに、女性が一人いるでしょ? 六年生のジャンヌ様よ。マイエ子爵家の」
マイエ子爵家……、聞いたことがあるような? 武闘派の家門で、たしかラクロワ公爵家の寄り子じゃなかったっけ。
ジャンヌ様は肩で切りそろえた赤毛に青い瞳の、きりっとした顔立ちの女性だった。貴族令嬢で短い髪は珍しいけど、よく似合っている。
「ジャンヌ様はデルフィーヌ様を妹のように可愛がっていらっしゃるし、建国記念祭にも出たいと希望されているから、相当あなたのことを恨んでいるはずよ」
「えっ、なんで」
思わず素で質問してしまった。
いやだって、王太子の件はともかく、建国記念祭とわたしに何の関係があるって言うんだ。
だがブリジット様は肩をすくめて言った。
「建国記念祭に出られる女子は、毎年一人だけなの。いつもは六年生から一番剣技の優れた女子が選ばれるんだけど、今年はあなたで決まりでしょ? だからジャンヌ様は怒っているのよ」
「わたしで決まり? どうして?」
「ユニーク魔術の使い手で、未来の王太子妃だもの。逆にあなたを選ばなければ、不敬だと思われるわ」
不敬じゃありません! そもそも王太子妃にはならないし! 慣習にのっとって、例年通り六年生から選んでください!
しかし、そうか……。そういうことならブリジット様の言うとおり、ジャンヌ様に恨まれて当然かもしれない。
ていうか、今さらだけど他にも色々な方面から恨みを買っているかもしれないな。魔術師の塔や王宮騎士団への入団希望者とか、特に。
「あの、ジャンヌ様ってひょっとして、王宮騎士団へ入団を希望されているのかしら」
「ああ」
ブリジット様は気の毒そうな目でわたしを見た。
「その件もあったわね。……ええ、そうよ。ジャンヌ様はサヴィニー伯爵に憧れていらして、卒業後は王宮騎士団へ入団することを希望されているわ」




