107.修羅場
「あー、えっと、もちろんです。……ただ、この後に馬術の小テストがあるので」
しどろもどろに答えながら、わたしは必死に考えた。
デルフィーヌ様がわたしにお話って、一体何だ!?
……いや、アレしかない。王太子殿下との婚約についてだな。
「時間は取らせないわ。こちらに来てちょうだい」
有無をいわせぬ迫力に、わたしは大人しくデルフィーヌ様の後をついていった。
デルフィーヌ様は校舎を出て、学院の裏手にある森の入り口まで歩いていった。
まだお昼休み前なので、森の前にある建屋にも人気はなく、静まり返っている。
建屋の前までくると、デルフィーヌ様は足を止め、わたしを振り返った。
「……ルブラン伯爵令嬢」
デルフィーヌ様の声は、震えていた。
「お願い。……どうか、お願いします」
「ラクロワ公爵令嬢!?」
いきなりデルフィーヌ様が膝を折り、わたしに深々と頭を下げた。
「ど、どうなさったんです、頭を上げてください!」
「なんでもするわ、わたくしにできることなら、なんでも!」
デルフィーヌ様は艶やかな金髪を振り乱し、わたしに取りすがった。
「だからお願い……、わたくしにはあの方しかいないの。わたくしからあの方を奪わないで、お願いよ」
「ラクロワ公爵令嬢」
「あなたはユニーク魔術の使い手だわ。殿下の求婚を受け入れなくても、魔術師の塔に就職すればいいじゃない。ソレル魔法伯だって、あなたに執着している。王太子殿下と争ってでもあなたを妻にと望んでいるわ。それなら、何も殿下でなくたっていいじゃないの。わたくしに殿下を譲ってちょうだい!」
デルフィーヌ様はわたしの足元に崩れ落ち、さめざめと泣きはじめた。
ああ……、どうしよう。女の子に泣かれるのは苦手なんだよ。どうしたらいいかわからなくなる。
「ラクロワ公爵令嬢、泣かないでください。わたしは……、すみません、本当に申し訳ありません。あの、殿下の求婚は、その……、なんと申し上げればいいのか」
ジェラルド様がわたしに求婚したのは、ユニーク魔術の使い手であるわたしを、自陣へ加えたかったからだろう。そこに、ケルテス辺境伯家から婚約をゴリ押しされていたわたしの思惑が重なった。
いわば利害の一致が生んだビジネス婚約なのだが、これは将来的に解消されるのがわかっている。
もし今ここで「わかりました、殿下とは婚約しません」と言っても、結局ジェラルド様は聖女さまと結婚してしまう。どちらにせよ、デルフィーヌ様の想いは叶わないのだ。
「あなたが現れるまで、殿下はわたくしに優しくしてくださったわ。……それなのに今は、どんなにお父様にお願いしても、王子宮に伺うことさえお許しいただけない。ジャンヌさえわたくしに諦めろと言うのよ。あんまりだわ……」
「ラクロワ公爵令嬢」
デルフィーヌ様は顔を上げてわたしを見た。涙に濡れた緑の瞳には、様々な感情が渦巻いて見えた。
「……ルブラン伯爵家は、あまり裕福ではないと聞いたわ。学院の食堂で、食事をするのさえ難しいほどだと」
そのとおり。だけど今は、学院の森で魔獣狩りをすればなんとか昼食代を捻出できる。
「あの、昼食代についてはご心配いただかなくとも」
「ね、それならラクロワ家からルブラン家へ援助させていただくわ」
わたしの言葉をさえぎり、デルフィーヌ様が言った。
「お父様に頼んで、いくらでもルブラン家へ資金援助をするわ。ドレスでも宝石でも、欲しいものは何でも差し上げるから、だから……」
「ラクロワ公爵令嬢、どうかそれ以上はおっしゃらないでください」
わたしは泣き崩れるデルフィーヌ様の腕を取り、立ち上がらせた。
「殿下との婚約は、わたしの一存ではどうにもならないのです。王家とルブラン家、両家が話し合う段階に入っていますから」
それに、ジェラルド様が「必ず君を婚約者にする」っておっしゃってたし。
ジェラルド様の性格からいって、そこら辺に手抜かりはないだろう。
ルブラン家も王太子派へ鞍替えするし、今さら「やっぱ婚約はナシで!」とは言えない状況なのだ。
少なくとも聖女さまが現れるまでは、もう身動きがとれない。
「申し訳ありません、ラクロワ公爵令嬢」
わたしはデルフィーヌ様に頭を下げた。
「ご意向に沿えず、心苦しい限りです。……どうかご容赦ください」
デルフィーヌ様は、わたしの手を振り払った。
「こんなに頼んでいるのに……! あなたは、わたくしから何もかも奪うつもりなのね!」




