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異世界派遣社員の暗躍  作者: よぞら
焔の章
32/42

責任

 空間自体が機械でできたような部屋。

 元々、数百年前に建造された宇宙船の機関室を改造した部屋だ。

 中心には天井までつながる円柱の水槽のようなものが置かれ、中には転移装置と融合したレイがいる。歯車が飛び出し、仕掛け時計と融合したような姿の男は氷の彫刻のように透明になっていた。

 始祖ヴィーと特式調律師ヨウが融合した存在がもたらしたクリスタル化と仮称している現象。

 生体反応はあるが意思の疎通は出来ない。

 α元素の浄化能力もそれに伴う異常現象も消えており、レイの中にある転移装置に繋がる機器にてアクセスは可能であるがエネルギー供給不足にて機動は不可であった。

 物言わぬ神の像のようになってしまったレイの前で懺悔する様にシドは項垂れていた。その顔には疲労が色濃く浮かんでいる。


「……レイ。私は、私のしている事は正しいですか?」


 何を問いかけても何度問いかけても返答はなく、八つ当たりをするように装置に拳をぶつけると足取り重く退出した。

 執務室にもどると、通知を知らせる機械音が鳴っている。

 各地より報告や状況説明を求めているのだろう。スリープモードから復帰するといくつものディスプレイが空中投影された。

 現在、世界中で雪が降っている。

 浄化の始祖がクリスタル化した時は人の領域のみであったが、最後の始祖ガブリエルがクリスタル化したことで世界中に雪が降り出したのだ。

 各地の気温も天気も変わらない。

 冷たさを感じないというのに手に触れると本物の雪のように儚く溶けてしまう不思議な雪。

 ふぅっと息を吐いて一つ一つの通知に目を通しているとヒールの靴音が聞こえた。


「統括。大丈夫?少し、休んだら?統括は私達と違って休息が必要よ。」


 食事を持ってきたミチが遠慮がちに声をかけてきた。旧式の調律師であるシドは休息も栄養補給も必要だ。普通の人間より数十倍頑丈ではあるが蓄積された疲労がかなり堪えている。


「…ミチ。私は大丈夫です。ありがとうございます。」


 受け取ったカフェランチメニューのような洒落たプレートに手を付ける。チョイスがミチの好物であることに苦笑が零れた。



「ヨウと調律師はどうなりました?」


 心なしか青い顔で問うとミチは首を横に振った。


「ヴィーと融合したヨウは電子機器に映りません。何のセンサーにも反応しない。始祖達の話通り、まるで幽霊です。」

「ドロシーさんに始まって、レイさん、メルビンさん、ウィリアムさん、コラリーさん。ガブリエルさんまで。世界はどうなるのかしらね。」


 ヨウと融合したヴィーを止めるため、立ち向かった複数の調律師は生死すら分からな状態だ。

 強大な威力の兵器を使用したことで発生した電磁場の影響でウォール諸島共和国の中心部では通信機器が支障をきたし連絡がつかない状態である。

 花屋敷に本体のあるマキならばと連絡を取ってみるが花屋敷にすら繋がらないのだ。更に、シドの能力で繋いでみたが作戦に参加した調律師全員と五感の共有ができない。

 状況は絶望的だ。


「……現在の最高戦力が全滅ですか。」


 好成績で研修を終え攻撃力の強いルカ、モモ、オット。始祖の護衛を務めていたニカ。α元素変異体処理を担う特式のマキ。新式の最古参であるアーシー。

 始祖専属護衛のラウと箱庭専属管理のオーズ。

 彼らがとどのように闘い、どのような最期を遂げたのかすらわからない。

 悶々と考え、進まない食欲にカラトリーを置くとフォンっと電子的な音を上げて誰かからの通信を伝える。

 調律師の認証コード135189の数字を確認したシドはすぐさま通信を繋げた。


「メリ、無事でしたか?状況は?」

「とりあえず情報操作は問題ないわ。後始末を終えたら一度戻るわね。」


 変らない姿のメリと通信機器が回復したことに安堵する。


「メリ……そっちの調律師は何人残りました?」

「私が言わなくても把握済みじゃないの?希望的観測は慎重で臆病な貴方らしくないわね。」


 辛辣な言葉にシドは拳を固く握る。頭では判っているのだが感情が付いていかないのだ。長年統括として調律師をまとめてきたシドだが冷酷無慈悲な独裁者ではないのだから。


「現在、ウォールの箱庭である八番島エイヴァは劫火に包まれて侵入不可の状態よ。私達調律師は捜索に行けるけど神官達と警護隊が島の周りを囲んでてね、流石に入る混むには苦しい状況だから帝国軍の援軍が到着したら魔導隊に紛れて捜索する予定よ。でも作戦部隊で無事な人がいるなら徒歩でも仮設基地まで帰ってこれる時間は過ぎているけど誰一人戻ってないわ。花屋敷は不測の事態にて籠城中。門前払いされたからマキ君の本体安否も不明。これで満足かしら。」

「……ありがとうございます。」


 覚悟していた事だが言葉にされると沁みるものがある。


「それにしてもあの子、計器を通すと本当に映らないのね。でもおかげで見つけられたわ。非戦闘員の人海戦術の溜ま者よ。」

「見付けたんですか?ヨウはどこへ?」


 唯一の朗報にシドは食い入るようにメリの映るディスプレイを見つめた。今までは始祖が襲われた後だとしても足取りを掴めなかったのだ。


「海に入って南南西に向かったわ。5人態勢で後を追ってるけど無理しないように厳令してるから見失うのも時間の問題かしら。」

「分かりました。また何か分かったら教えてください。」

「ええ、ちゃんと寝るのよ。シドちゃん。」


 母親のような忠告をしながら投げキッスを送ったメリは通信を終わらせた。


「………チル。」

「なんですかぁ。逢引きは終わったかしらぁ。」


 他人の睦み合いに胸やけを起こし口元をへの字にしていたチルはつまらなそうに返事をする。シドは逢引きでないと即答しそうになったがチルに反論したところで勝てるわけがないので喉元まで上がっていた言葉を飲みこんだ。


「現存する始祖は全てクリスタル化しました。次はどうすると思います?」


 ヨウと融合したヴィーの目的が解らないのだ。だから全て後手となっている。


「そもそもなんだけど、どうしてクリスタル化してるのかしら?」

「……調律師としてR-0009を元に戻す。」


 襲われたウメが聞いたライネの言葉。ライネとドロシーはヴィーと繋がっていた。

 調律師の目的は終末日(アポカリプス)破壊神(アポック)が壊し、α元素にて汚れた世界を浄化することだ。


「ねぇ、統括。ヨウちゃんの力は破壊神(アポック)に対抗するためのものよね?」

「ええ、大まかにいうならば捜索と浄化に適した能力が付与されているはずです。」

「天華蜘蛛。天華は雪。雪には浄化するって意味があるわ。この雪がα元素を浄化しているっとことはない?世界中の浄化のためにパワー不足を始祖さん達で補ったってことは?」


 世界中を浄化するとなると特式とはいえ流石に一人の調律師では不可能だ。始祖が6人そろっても世界中の浄化が出来ないのだから道理である。

 そこにさらに1人の始祖ヴィーが加わり浄化に特化した調律師が調整するならば不可能ではないのかもしれない。しかし、この推測には疑問点がある。


「それだけなら、わざわざ調律師を敵に回す必要がないでしょう。ドロシーが状況を説明して説得したでしょう。彼女はなによりも平穏を望んでましたから。」


 わざわざ敵対する理由が無いのだ。

 ライネはもちろんネオやガイまでも命と人生をかけたのだから、全てを説明すれば反故を唱える者が出てくるような目的があるはず。


「……私達は何も知りません。そしてまだ終わっていないのでしょう。」


 暗闇を歩く様な先の見えない不安にシドは一つの決意を決めた。

 戻ることも止まることも出来ないのならば結果につながらなくても進むしかない。


≪結果が好転しようとも悪化しようとも構わないさ。好きにすると良い。我々の相違だ。≫


 いつしか伝えられた始祖の言葉が後押しする様に過った。





。+・゜・o◯.。.o・゜secret゜・o.。.◯o・゜・+。





 時速1200キロメートルを超える陸上最速の機体が水上を走る。ハーシェルと呼ばれる円柱状の空中走行型の列車型軍用機だ。

 最高速度を出せるのは障害物のない海上のみ。陸上では時速500キロメートルが限界だ。それでも加速と減速時に6~8Gかかる為、訓練した者でなければ耐えられない。

 数十秒で最高速度まで加速するのだから当然と言えば当然だ。

 そんな機体を駆使しても1万数千キロメートルの移動には4刻(約12時間)ほどかかる。

 機体に備え付けられた浴室でローズマダーと呼ばれる濃い紫みの赤髪をした青年がシャワーを浴びていた。かなり汚れているようで流れる水は濃い灰色をしていた。来ていた服は破れ汚れボロボロだったのだから仕方がない。

 3回程洗髪し、2回程身体を洗ってようやく汚れが落ちたことを確認すると青年はシャワールームから出た。

 任務先から本部へ帰還することなく次の任務が入り、疲労の色が濃い。

 出た先では直属の部下である通称ジェンが控えており、タオルや着替えを用意していた。一回り程年上の女性に裸体を見られることに思うところがあるが互いに仕事上の事なので戸惑うこともない。

 テリアは気にせず無心を貫いて水気を拭きとると受け取った質素な着替えに袖を通した。


「お食事にしますか?お休みになられますか?」

「食事。休息は現地でとるから次の任務の詳細をよろしく。」


 運ばれてきた軽食を片手に、テリアはリノアールを起動して任務内容を確認する。報告書のファイルを開くたびに眉間に皺が寄った。

 数十年前の海祟と呼ばれる事件から、国籍に存在しない人物による暴行事件。大佐率いる軍による大規模作戦の大失態。多数の不明者と死者。不明者の中には案内役の神官と民間人もいるという。

 頭のいなくなる内容だ。


「ローズレイアねぇ。」


 古代兵器と呼ぶ程の過去に造られた負の遺産。人の管理が無くなったというのに数百年も衛星軌道上をまわっていたのだ。

 作戦部隊が目にした記録映像は悍ましいものだった。

 音速の60倍の速さで落ちた明るく白熱した火球。2秒という驚異的な速さで大気を貫いた瞬間、超音速の衝撃波が広がり数百メートルの大樹を薙ぎ倒して火の柱が輝きながら立ち昇った。

 直後、熱放射が広がり植物も動物も焼けて灰となる。同胞が一瞬に焼け焦げ途切れる映像も存在した。映像記録者もろとも映像機器も消失したのだろう。

 黒煙と砂塵で薄暗くなった空が赤く色づき、燃え盛る火の粉が降り注ぐ。

 直径60キロメートルにも及ぶ樹海は巨人のキャンプファイヤーへと姿を変えた。

 添付された計測資料を見れば衝撃波は80キロメートル先まで届き、熱波は120キロメートルにまで及び、衝撃による地響きは200キロメートル先まで揺れを観測した程。

 七番島、六番島、五番島にいた人々は最初の閃光で肌が焼け、衝撃波にて建物が倒壊し広い範囲で硝子窓が割れ、爆心地に近い所では熱波による火傷を負った。

 奇跡的に島民の死者は確認されていないが重症者を含む怪我人が多数。被害は甚大であった。

 病院は多くの怪我人が運び込まれ野戦病院のように騒然としており、潮が引いたまま海底の露呈した八番島エイヴァ付近には殉職した作戦部隊の遺体が並べられている。遺体すら見つからない兵士も百名単位であがっている。

 情報は即時送られてくるが由々しき事態だ。テリアが到着するまでの間にも悪化の一途を辿ることだろう。

どうしたものかと思考を巡らせているとミーティングの申請が入る。許可して通話を繋ぐと目の前に一人の老兵が投映された。

 今回、ウォールのフィレナキート諸島で起きた暴行事件の被疑者捜査の為に派遣された帝国陸軍大佐ジルだ。


「何?」

「将軍はエリーという魔道隊の軍人を覚えていますか?」


 出された名前にテリアは吐き気と頭痛と眩暈を併発した。先程食べたものがせり上がってくる気持ち悪さを何とか飲みこむ。


「……忘れるわけがない。」


 そこから通告されたジルからのミーティングは査問依頼であった。対象は不在であり被疑者所在不明もしくは死亡のまま処理してほしいとの内容。

 送られてきた資料に目を通し、いくつか証人の印を押した。

 休息を先に取るべきであったと後悔する。恐らく、到着後暫くは休憩すら許されない。


「将軍、そろそろ到着準備にはいりますから身支度をお願いします。」

「ええ。」


 もうそんな時間かとリノアールをシャットダウンして席を立つ。加速と減速が頻繁に起こりベルト着用義務のある陸上走行に切り替わる前に身支度を終わらせなければならない。

 テリアはジェンの用意した新しい軍服に着替え、手渡される装飾品を身に着けた。帝国陸軍第2軍団長代理を担う中将ともなると飾緒に武勲章、将官章、襟章、肩章、勤続年数章など装飾品が多い。

 部下の後始末に行くのだから正装は仕方がない。

 最後の仕上げとばかりに手首に香水を吹きかけられたところで我に返る。


「ちょっとまって、これ何?」


 渡されるままに装飾品を付けていたがテリアの身には指輪やハングル、カフスなどいらぬアクセサリーがジャラジャラと輝いていた。おまけに軍服は第二ボタンまで外され着崩され、これではまるでチンピラのようである。


「軍での地位は上ですが将軍は若造ではありませんか。ウォールの中心フィレナキート諸島を治める神官達はほぼ全員貴方より年上です。舐められないように見た目からと思いまして。」

「いらんっ。」


 別の意味で悪目立ちする姿にテリアはアクセサリーを外して香水を洗い落としたのだった。

◆テリア…濃い紫みの赤髪と明るい黄色い瞳を持つ軍の青年。将軍と呼ばれている。

◆ジェン…銀髪で紫の瞳をした壮年の女性。テリアの部下。


満を持して苦労人登場。

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