16-4 世界変革のカウントダウン・世界への宣誓
[脳接続 継続]
「人と仮想生命体がひとつになれば、叶えられない願いはこの星から消える。つまり願いを叶えられずに絶望する人生もまた、なくなるということ。それは貴様にとっても好都合なはずだ。クロウ:エイジ」
紛れもない彼女の声で、コード:0はしゃべる。
僕は両手を握りしめたいほど、いや、いっそ握りつぶしたいほど悔しかった。コード:0に支配されている彼女を、一刻も早く自由にしてあげたかった。
でも、僕は同時にわかってもいた。
コード:0はいま魔女の姿になっている――形態変化を起こしたということは、すでに完全融合態になったか、あるいは覚醒態になったということ。
だとしたら、彼女は自ら望んでコード:0に支配されている。
いずれにしたって体が動かない。
すべての命を操るコード:0の力の前では、僕を自在に操ることなど容易いようで。
したくもないお辞儀をさせられて、僕は何ともかっこわるい姿を晒していると思う。
一方、相手はこれが絶好の機会とばかりに言いたい放題で。
「クロウ:エイジ、いや、コード:ドラグーン。貴様の世界改変はあらゆる未来に対して幸福を決定づける。どんな世界でも、どんな現実でも幸福を勝ち取れるよう動くことができる。その力を、我らとの戦いではなく己の人生に対して使え。その時、貴様は自らの手で最善の未来を勝ち取ることができる」
二重の意味で反論を許さないコード:0の言葉は、真実だった。口を動かせないし、もし動かせても僕は相手に返す言葉がない。物理的にも論理的にも反撃することができず、僕は歯を食いしばることさえできなかった。
それでも僕は思う。
仮想生命体の力で僕の願いを叶えることは、はたして本当に、僕が僕の手で自分の願いを叶えることと同じなんだろうか?
たとえ体は動かせなかったとしても。現実で何もできない状況なのだとしても、考えること、思うことまで制限されるいわれはない。
相手が仮想生命体の王で、神様に等しい存在なのだとしても。
僕は視界の端で、魔女が赤い杖をこちらに向けている様子を捉える。彼女の顔はやっぱり闇に隠れて見えないけれど。
「人は何かを願う。しかしそれを実現するには、実に膨大な時を要する。誰でも将来の夢を持っていた。だが、時が経ち、体が大きくなるにつれてそれを捨てる。冷酷なる現実の前に、夢は――願いは、打ち砕かれていく。そんな冷たい常識など、変えた方がいいと思わないか」
杖の先端から赤い輝きがぼうっと浮かび上がる。
同時、コード:0はやっと僕に問いかけてきた。
「答えてみろ:我が敵よ」
瞬間、僕の体が勝手に動く。
ガクンと視界が急速に持ち上がって背筋がピンと伸びた。無理矢理、お辞儀の姿勢から気をつけの姿勢を取らされていた。
指先ひとつ動かせないのに、口だけは動かせた。
やっと与えられた自由だけど、僕はそれを喜ぶ暇もない。
「変えられるなら、変えた方がきっと良いと、誰もがそう思うと、僕も思います」
僕はあくまで本音を答えた。そういう命令が僕に下されたということもあるけれど、口にした言葉は紛れもない本音だった。
「でも、仮想生命体が願いを叶えてくれることと、僕自身が願いを叶えることは……きっと違う」
「ほう?」
「仮想生命体は、確かにどんな願いだって叶えてしまう。僕だって、化身すれば世界改変の力をつかって願いを叶えられる。それはとても凄い力で、それで救われる人も多いと思います」
僕はこれまで出会ってきた仮想生命体とその宿主たちの姿を思い浮かべながら言葉を放って。
そして、僕の手で削除してきた彼らのことを思うからこそ「でも」と、また言葉を継いだ。
「でも、願いは誰かの手で叶えてもらうものじゃないとも、思います。僕は僕の手で、願いを叶えてみたい。誰の助けも借りずに、僕の力で……そうしないと、ダメなんじゃないかって思うから」
「どうしてだ? 何故ダメなんだ。願いを叶えるために人の人生はあるんだろう。人生の終着点にあるのは、願いのはずだ。終着点に辿り着きさえすれば、その人生はけして無駄ではなかったと言える。その逆は、空しい。願いが叶わない人生など、悲しいだけだ」
「違う……違います」
「何が違う?」
「願いを叶えるために、人生があるんじゃない。ただ生きるためだけに、人には人生がある」
「ただ生きるため、だと」
「うまく言葉にできませんけど。でも、願いを叶えても叶えなくても、僕が生きて死ぬことは、何も変わらない。たとえ僕がいじめられてても、いじめられなくても、僕が毎日を変わらずに過ごすということは変わらなかった。だから、願いなんて本当に、僕が勝手に決めてた事に過ぎなくて、もっと変わらないものが、僕の人生にありました」
「それが、生きつづけること、だと?」
「きっと」
問答の末、コード:0はくるりと僕に背を向けた。「理解できん」と一言を添えて。
「生きるために、人生があるだと? 生まれ落ちることが始点であり、悲願の成就こそが終点。生きることというのは、その過程でしかないはずだ。終点に辿り着くことが目的ではなく、過程を永遠に繰り返すことが目的だと? そんな理屈で自己弁護できるとでも思っているのか。貴様だって、冷酷な世界のなかで苦しんできた人間なのだろう?」
そしてコード:0は再びターン。僕に正面から向き合って、
「いままで味わってきた苦しみから、解放してやると言っている。仮想生命体によって誰もが等しく願いを叶えられる世界ならば、奪い合いも殺し合いもその数を減らすだろう。少なくとも、何も叶わない人生を過ごすよりかは幾分、マシなはずだ。貴様を救いたくて、我は――私は、いまここにいる。お願い、九籠くん。うなずいてよ」
まだ完全融合が不完全なのか、あるいはそれがコード:0の特性なのか。
相手に生じた語調の歪みの理由を伺うより先に、僕は否定の言葉を口にする。
「僕は、もう少しがんばってみたい。僕の力を、試してみたい」
「そう」
僕の本音の決意を真正面から受け止めた彼女は、次には思い切り杖を振っていた。
「なら。そんなわからず屋のあなただけを、消してあげる」
闇に埋もれて見えないはずの彼女の顔の、頬の部分が縦一文字に、かすかに揺らめいていた。
『とんだ、理詰めトンカチ女だな!』
魔女の杖から赤色の光線が飛び出したのと同時。
僕の頭のなかを、ムラマサのテレパシーが駆け巡る。
「これは……!」
彼女の驚愕に満ちた悲鳴が響いたのと、僕の全身が白銀の騎士に変わったのは同時だった。
さっきまではコード:ドラグーンとして、九つの龍の首をあしらった鎧を身につけていた僕は、一瞬で白銀のプレートアーマーを身につけた人間そっくりの仮想生命体、コード:ファーストに姿を変えた。
覚醒態であるドラグーンから退化して、あえて完全融合態のファーストになってみせたのは、実は事前に用意していた作戦のため。
コード:0があらゆる命を操作できることくらい、僕もムラマサも知っている。だから事前に対策を打つのは当然だ。
といっても以前の僕だったら、対策を立てずに失敗してマヌケ面を晒していたかも知れないけれど。
いずれにせよ僕がコード:ファーストになったことで、現実改変“消去”を行うことができる。
たとえ体は動かせなくとも、万物を抹消する力で敵の光線を打ち消すことができる!
作戦の通り、僕を削除するはずだった赤色の破壊光線は命中する直前の間一髪、僕の目の前から消え失せた。
「だが、二度目はない。失せろ:その力!」
即座にコード:0の世界改変“生命”が発揮。当然、僕のこの危険すぎる力は金輪際発揮できないようになる。
これで僕がコード:ファーストに切り替えて化身した意味はまったくなくなった。何の力も使えない、ただ美しい鎧を着ただけの木偶の坊の誕生だ。
そんな僕に対して魔女は容赦しない。今度こそトドメを刺すべく杖をまた振りかざして――それも当然予測済み。
『さて。まだ使えるはずだ。そうだろう、俺の体は!』
ムラマサが僕の脳内で盛大に叫ぶ。その叫びのあまりのデータ量に思わずめまいがするけれど、おちおち休んでもいられない。
ムラマサの叫びと同時、僕もまたコード:ドラグーンへと化身するべく、願いを叫んだ。彼女の心に僕の本音を伝える……そんな僕の信念も込めて。
「僕は、ただ“幸せになりたい:[この僕の手で]”!」
「これは、何だ!」
コード:0が戸惑う中、僕は周囲を蝶のように舞う小さな光の塵が出現したのを確認した。
カスといって差し支えない、それら幾つもの光の塵は群れを成して僕の全身の全周囲に展開される。そのタイミングを見計らって、コード:ドラグーンへの化身を実行した。
白銀の鎧が醜く歪み、龍の頭の造形に成り代わっていくなか――小さな光の塵がその真の姿を現わす。
それらは、原型も留めないほどに打ち砕かれてしまったあのムラマサ本体の、破片。外目では判断できないくらい細かい塵にしか見えないけれど、ムラマサ自身がそう言い張っている。
どんなに言い張ったところでそれは鉄くずというにも空しいくらいの、本当にお粗末な鉄の粉でしかなかった。
負けを認めないと駄々をこねたいがために、必死にAIがかき集めてきたその粉微塵の魂を、僕は僕の全身に取り込んだ。
コード:ドラグーンへと形態変化する間の、わずかな隙間にねじ込むように異物を混入させた僕の体はいま、かっこいいとは言いがたい中途半端な見た目になっているに違いない。
というのも、ただでさえ九つの龍の頭を模したぐちゃぐちゃした見た目をしているコード:ドラグーンの、裾部分とつま先部分だけが灰色になっていて、顔を覆う兜も半分、騎士型と武者型とに左右で分かれている状態になっているはずだから。
異形の戦士といえばそのいびつな感じも自己弁護できそうだけれど、相手はあの大湖さんで、コード:0。
どんな相手にも遠慮せず本音を言ってくれる彼女は魔女の姿になっても変わらず、僕の見た目をぶった切る。
「半分龍で、半分武者……中途半端な九籠くんに、ぴったりで!」
魔女はただ杖をもう一度だけ、一振り。
体を動かせない僕は、続いて照射される赤色の破壊光線に消滅させられる――僕が体を動かせないままだったら、きっとそうなっていたんだろうけど。
「ほんと、憎らしい」
魔女が毒づいたのと同時、僕は自由を得た体を悠然と動かして容易く光線を避けてみせる。
『よし、計画通りって奴だな! 破片でも何でも、俺の体はアステロイド合金製ってわけだ!』
ムラマサが僕の頭でまた叫ぶおかげで情報の嵐が脳内を満たしていくけれど、その言葉はそのまま今の僕の状態を説明してくれている。
地球外の物質からできた最終兵器の、その破片を取り込んだ僕は、“地球外の物質を操ることまではできない”という性質だけを得ることに成功していた。
だから僕は、もうさっきまでのように彼女の言いなりになることもない。
コード:ファースト・ムラマサ×ドラグーンとなった僕はいま、再び決着をつける力を手に入れたことになる。
敗北は許されない。ムラマサの破片がその力を発揮しているうちに相手を倒さなくちゃいけない。
とてもじゃないけど、笑みなんて浮かべていられない。でも彼女を睨みたくはなくて。
僕は前を向いて、ただこの現実に、この世界に対処することにする。
「幸せになってやる:[僕の手で]:いつか必ず!」
[脳接続 継続]




