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16-2 世界変革のカウントダウン・世界を覆う蒼穹

『もうすぐその時がきます。それまでどうか落ち着いて、お待ちください。どうか皆さまの願いが、いずれも叶う世界になりますように』


 そんな祈りの言葉で演説は締めくくられた。時間にして一〇分。緊急的な演説といえば納得できる時間ではあっても、危機を前にした総理大臣の演説にしては短すぎる。

 何も音を出さなくなったスマートフォンの電源を切り、そしてココロは空を撮影した写真を二枚、交番の控え室のホワイトボードに貼り付けた。


「天頂を覆っていると思われるナショナル・オーラが、一〇分で明らかに色を濃くしている。総理の言葉は嘘じゃない、確実に地表に向かって降下している」

 時間差で撮影された写真が二枚。右のものはライトブルーの空で、雲がやや透けて見えている。だが、左のものになると透けて見えるものなど何もなく、青空と見間違えるほど鮮やかな青一色に塗りつぶされていた。


 寝ぼけ眼をこすくりながら、英治はその写真をぼんやりと視界に映す。

 ゲンジに突然たたき起こされたかと思えば、いつの間にか乗せられていたミニバンから降ろされ、交番に連行された。

 さんざんな扱いだとは思ったが、しかし控え室に通されてココロの説明を聞き、さらに目の前の現実を映す写真を見せられれば事態がいかに切迫しているかは嫌でも伝わってくる。

 ココロは説明をつづける。


「天を覆い尽くすラショナル・オーラ、これと同時に世界に顕現した巨大なアオマキグサ。何が起こっているのかはあたしにもわからないが、しかし巨大なアオマキグサが現在空を覆っている膨大なラショナル・オーラを放出しているのは間違いないだろう。現状を打開できるとしたら、これに対処するしかない」


 現在時刻、夜の一〇時。

 英治はそっと窓から外の景色を覗いてみる。ひっそりと静まりかえっている夜の団地は、しかし青白い靄に包まれていた。

 ラショナル・オーラがすでに地表に到達しているのだろう。

 先ほどまでは人っ子一人いなかった夜道に、まばらに人が往来しはじめてもいた。そして必ず、そうした人間の傍らには青白い輝きを放つ仮想生命体が寄り添っている。

 段階にして半融合態フェイズ1といったところだろう。しかしこれが数日後、ないし数時間後には完全融合を果たし、個々人の願いを無尽蔵に叶えるようになる。全人類が仮想生命体に成り代わっていくのも時間の問題で、世界が転覆されようとしているのを間近に見せつけられている。


(これが世界の変革なの……大湖さん)


 地底の奥底で抱きしめあって、本心を打ち明けあった後、突然去ってしまった彼女のことを思い出さずにはいられない。

 彼女を抱きしめつづけることができず、その手を掴むこともできなかった。無力感を覚える一方、この現状がはたして彼女の望む世界の変革なのか、違和感を覚えてもいた。

 仮想生命体になれば願いが叶う。それはそうなのかも知れないが、人類の全てにその力を与えてしまえば、結局、形成される社会はいまと同じようなものになりはしないか?

 それに仮想生命体が必ずしも人類の救いになり得ないのも、英治はすでに見てきた。人の願いに寄り添ってくれる個体もあれば、人の人生などどうでもいいと考える個体もある。ひとくちに仮想生命体といっても実は多様で、一様には語れない。

 首をかしげつつ、英治はココロの計画に意識を戻した。


「これから伝える作戦を実行するかどうかは、英治くん。キミの意志に任せるよ。あたしたちはそれを強制しない。でも、もし実行するのであれば全力でサポートすると約束しよう」

 ココロがホワイトボードに新しい資料を貼り付けている間、ゲンジもひげ面をぐにゃと歪めて笑みを作った。その目は鋭く剥かれ、けして笑ってなどいなかったが。

「ココロがこういう以上、俺も強制できない。だが英治くん、これを実行できるのはもうこの世界じゃお前さんただひとりだけ、ということも忘れないでほしい。俺から言えるのはそこまでだ」

「はい」

 英治は頷くと、ココロに向かって、

「やります。僕は、大湖さんをそのままにできません」

「ハッ! 言うじゃねえか。ひょろっちいけど、一応は男ってことかよ」

「まだ作戦内容も伝えてないんだがな。まあいい、好きにするといい。一応説明しておくから頭に入れてくれ。話を終えて少し休んだら、すぐに作戦開始になる。いいか、まずキミには早速、化身してもらう。コード:ドラグーンにね。すでに観測済みだ……キミの脳にはムラマサが戻ってきているはずだ」

「筒抜け、なんですね」

「これでも一流科学者の端くれなんだ。当たり前だろう」

 英治とココロ、二人分の不敵な笑顔がゆきかった。


 街はずれの交番でその時、世界の運命を覆す作戦が発表される。



――国際標準時、一四時。


 地上から離れ、オゾン層より上の高度一〇〇キロメートルの宇宙空間。

 国際宇宙ステーションで、アメリカ人の新米とロシア人の新米が窓に顔をへばりつかせつつ、唐突に地球で観測された異常な天体現象について話していた。

「おいおい、なんだよアレは……俺たちの帰る星が、なくなっちまうんじゃ……」

「冗談でも言っちゃいけねえ台詞だぞソレ。まあ不安な気持ちはわかるが」

「わかるなら何とかしてくれ! どう見てもヤバイだろアレ。特に、あの花」

「どうにかできるレベルなら、とっくに報告してるっての。どうしようもねえだろ」

「……それも言っちゃいけない台詞だと思うがなあ」

「違いねえ。こんな宇宙のビン詰めで地球の最後を見届けるとか、俺は嫌だね」

「俺もだよ」

 何もできないが故に、絶望を通り越して達観の域に到達してしまった二人の研究員の後ろで、スマホに釘付けになっている少女がひとりいた。

 本来、国際宇宙ステーションにいるはずのない一〇歳の日本人少女だ。

 名前も所属も不明だが、何故か国際宇宙ステーションにいた。空気漏れのひとつも許されない宇宙ステーションにあって、所属不明の少女がいつの間にかいた、という事実は事件以外の何ものでもなかったが、しかし送り返すためだけに有人宇宙船を手配するのもコストがかかりすぎる。

 そんな事情で放置されているうち、いつしか“ザシキワラシ”とカタコトの日本語でからかわれステーションのアイドルとなり、そうして研究に加わってしまった出自不明の天才少女は、ひとこと、ぼそりと呟いた。

「ココロさんから、要請……」

 台京ココロ。それはかつて熱い研究の日々を共に過ごした仲間の名であり、姉のように自分を可愛がってくれた恩人の名でもあった。

 天才少女――通称ザシキワラシはスマホをぎゅっと握りしめると、くだらないことをくっちゃべっている目の前の新米研究員に指示を飛ばす。

「お兄ちゃんたち! お願いがあるの!」

「ああん?」

「何々、ゴーストガールちゃん」

 窓ガラスにへばりついていた男二人は、可憐な少女の声に雷鳴を打たれたように俊敏に反応した。

「通信衛星ひとつ、借りちゃうね!」

「ちょっと待てよ。そんなこと、申請しても通るかどうか」

 アメリカの新米が呆れて説教しようとしたのだが、ザシキワラシはすでに仕事用のパソコンを起動し、せわしなくキーボードを叩いていた。そして年相応の可愛らしい笑顔を浮かべて、堂々と告げる。

「申請とかじゃなくてね、もうハッキングしてるの。どれにしようかなーって適当に選んだんだけどね、なんかロシアさんの通信衛星だったみたい。あなたちょうどロシアさん出身でしょ。話通してといて。お兄ちゃん、お願いだよっ!」

「はあ!?」

 ロシア人の新米が蒼白な顔を浮かべたが、こうして地球を周回する通信衛星がひとつ、国際宇宙ステーションから発する謎の電波によってジャックされた。

 これを察知した当国政府は混乱を極め、他国からの工作も視野に全力で原因究明にあたって捜査を開始したと言うが、実行犯の少女からすればそんなことはどうだっていい。


「これで恩返し、できるかな」

 ザシキワラシは呟くと、ココロから送られてきた指示書通りに通信衛星を操作。日本から放出された正体不明の怪電波を受信、それを衛星内部で電力増幅、最大出力で地表面に向けて送り返した。


 その電波は日本のとある交番から放出されたもので、血のような赤色を帯びていたという。



 同時刻、午後十一時の日本。

 ココロの指示通り、英治は仮想生命体に化身。そのまま上昇して高度一五キロメートル上空にまで到達していた。

 コード:ドラグーンとなった英治は背中から翼を生やし、ラショナル・オーラが存在しない高さまで上昇せよ、というココロからの大ざっぱな指令に応えていた。

「足下に青白い靄が見えます……予定高度に到達しました!」

『ありがとう。それでは続いて鬼切をチャージアップ、赤色(デリート・カラー)に遷移させてほしい。遷移させたらまた通信をよろしく』

「了解」

 ムラマサの脳接続を応用した電波通信でココロとテレパシーで会話しつつ、作戦はすすめられる。

 指示通り、英治は右手にムラマサ・グリップを顕現させると瞬時に空振り。グリップにプログラムされた起動動作を行ったことで、金色の刃――鬼切が顕現する。そのままトリガーボタンを一度押すと、金色の刃が銀色へと錆び付いた。

 

 告げられた作戦の名前は、クサナギ作戦。

 文字通り、草を薙ぐというところから命名したというが、アオマキグサを刈り取る作戦だからにしてもネーミングセンスに疑問を感じる英治だった。

(こんな作戦で、本当にうまくいくのかな)

 ココロによれば、通信衛星をひとつハッキングしその電波を利用、鬼切の威力を増幅させるらしい。言葉では簡単だが、通信衛星をひとつハッキングするなんてことが果たして街外れの交番から実行できることなのか?

 ほとほと疑問ではあるが、しかしココロもゲンジも一切迷いなく作戦を実行しているのだから、英治も彼らを信じるより他になかった。


 足下に広がるのは青一色の光だけ。まさに世界を覆い尽くすラショナル・オーラは、しかし太陽に並んで見えるほどに巨大なアオマキグサの花弁から随時放たれていて、依然として空を支配していた。

 状況が日常生活とはスケールの違いすぎる規模になってきた感じは否めないが、しかしその先にコウと再会できるのなら……地底のどこか、という漠然とした居所しか知らない英治には、この作戦に一縷の望みを託していた。


 ココロにも宣言したとおり、彼女をこのままにしてはおけない。

 もう一度、今度こそ彼女を抱きしめるために。

 ずっと自分を想ってくれて、救いの手をさしのべつづけてくれた彼女に今度こそ恩返しをするために。

 同時に、彼女のただひとりの友である大和リンからの遺言にも応えるために。

 決意を新たにして、英治は瞳を開く――人の瞳から、竜の眼へと変貌して、そして英治はコード:ドラグーンとして世界を見渡した。


 やがて鬼切が赤色に染まる。人の血潮を表現する赤黒い輝きに満ちた剣を握って、英治は報告した。

「ココロさん、チャージアップ完了です。次はどうすればいいですか」

『よし。ならそのまま両手で持って、真上に掲げてほしい。イメージは、そうだな。透やムラマサの言うように伝えると……ひーろーが聖剣を天に向かって掲げているポーズ、といったところか』

「は、はあ」

『さっきのは忘れてくれ。とにかく、鬼切に通信衛星からの赤色電波がそのまま落ちる。衝撃もあるだろうが、しかし鬼切を極大出力で扱えるようになる。あとは、キミに任せるが。そのためにも、しっかり鬼切を掲げてくれ。通信衛星からの出力は一度きりだ。これを外せば、キミをサポートするものがなくなってしまう』

「了解しました、ええ!」

 半ばやけっぱちに英治は応えると、ひとまず言われたとおりにする。

 宙に浮かぶ四肢を一度ゆったり伸ばして、両足を軽く広げて、両手をすっと上に持ち上げた。

 そのまま勇者のポーズを取ること、わずか五秒。


 通信衛星から地上に向かって照射された赤色電波が、予定通り鬼切の先端に落ちた。

 瞬間、長大な赤黒い光の柱が発生。それは雲を抜け通信衛星をかすめて通り、月を追い越して止まった。

 光の剣というには壮大すぎるオーロラ級の天体現象で、人の身で扱うには荷が重すぎる代物だ。まるで神の扱う巨剣が星に突き立ったかのような光景でさえあるが、その根元にいるのは一体の仮想生命体のみ、というのもまた事実だった。


 落雷のような衝撃が英治の全身を貫いたが、しかし仮想生命体に化身している英治にとってそんなものは些細な微風程度のもの――そう考えることにして、英治はムラマサ・グリップから感じる極大出力を手にし、そのままグリップを握りつぶした。


「行くよ……オーバー・チャージアップ!」

 グリップを握りつぶし、赤色の光だけを取り出す。そして、それを右手で掴み取る。

 瞬間、英治の右手と鬼切とが融合し、世界を構成するあらゆる情報を切り裂いては消滅させる人智を超える力を持つ刃を手に入れる。


「ムラマサ、お待たせ。予想よりも凄い状況だけど、一緒に戦ってくれるよね」

『当たり前だろ。最終回に出てこないヒーローなんて、偽物だぜ!』

「じゃあ、行こうか!」

 大きく息を吐いて、英治が天空から地上に降下する。ついでのように、空を覆い尽くすラショナル・オーラを消し去りながら。



[脳接続 開始]

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