2話
「違います」
「は?何言ってるんですか?」
「むぅちゃんではありませんよ」
むつはするすると下がると、覆面の者の所に行った。覆面の者もかなり、疲れているのか肩で息をしている。男だけが平然としている。
「むぅちゃんの臭いじゃありません。臭いだけなら、私と同じ獣でしょうね」
京井の言葉に頷くように、男が少し顎を引いた。それを見て、京井は目を細めた。男は冬四郎に顔を向けた。仮面をしているせいで、表情はまったく分からない。だが、取り乱しそうな冬四郎に、あれはむつではないと言い聞かせるような雰囲気だった。
むつの後ろに立っていた覆面の者が、むつに抱き付くようにして手を伸ばした。そして、口に手を押し当てた。どすっと音がするとむつの目が見開かれた。仲間同士のはずなのに、思いがけない行動に、冬四郎も山上も驚いて声も出ないようだった。覆面の者は、ぐいっと布を下げると口元を見せた。何かを言うわけでもなく、にやりと歯を見せて笑っていた。
むつは歯を食いしばって、後ろを見た。そして、腹に手をあてた。そこには覆面の者が手にしていたナイフが柄の部分まで深々と突き刺さっていた。ぼたぼたと血が床に落ち、崩れ落ちそうになりながらも何とか踏みとどまっていた。
そんなむつを覆面の者が、引きずるようにして窓の側まで連れていくと、ずぶっとナイフを抜いて割れている窓に向かって、とんっと押した。




