第320話 覚悟
この話を以て連載を停止いたします。
扉が開き、誰かが入ってくる。
音に気づき、不安に満ちた顔を上げた、という演技をするセシルの目には、10名の人物が映っていた。
「(白いローブが9名。あと、この男は……)」
今のセシルと同じ様な白いローブ姿の人物の前に、自信満々な顔をした男が立っている。
身長は180cmほど。
上半身裸で、下はエーリの世界で言うニッカポッカの様なダボっとしたズボンを履いている。
引き締まり、程よく着いた筋肉は美しさすら感じるが、黒い髪に特徴的な赤い肌と、額から生えた2本の角が、セシルの心を揺るがせた。
「(アベクシス・ウルゴ……!)」
発せられる圧力も、記憶が飛ぶ前に感じていた物と同一。
セシルの感覚全てが、目の前の人物がアベクシス・ウルゴだと語っていた。
だが、セシルはそれを表に出すことなく、『記憶がなくなって不安でいっぱい』な自分を演じる。
「あの……どなた、ですか? 私のこと、知って、ますか……?」
身体と声を震わせてそう尋ねれば、アベクシス・ウルゴは眉を上げて驚きの表情を浮かべ、逆に横に立っていたローブ姿の1人(人間族の男)は、ローブを上げて満面の笑みをセシルに向けた。
優しさに満ちた、という笑顔を。
「おはようございます、セシル」
「セシル……それが、私の名前、なんですか?」
男はセシルの言葉に頷くと、ゆっくりと近づき、腰を落とした。
「ええ、眠る前のあなたがそう話していましたから。自己紹介がまだでしたね。私はアイン。『RESET』という、全能神様を崇める教団の教徒です。道で倒れていたあなたを、ここに連れてきました」
優しさに満ちた笑顔、こちらを心底心配しているという表情、そして口から発せられる声の高さ、強弱、間の取り方。
セシルは、緊張が急速に抑えられていくのを感じ、同時に警戒を強めた。
アインという男の言うことが嘘であることはわかっているが、その事実を知っていてもなお、自分の心が穏やかになったのだ。
『一流の詐欺師にはぁ、嘘だとわかっていても騙されるのよぉ』
昔ルイーズが自分に言っていたことを思い出しながら、セシルは自分が敵のど真ん中にいることを理解した。
「そう、なんですか……。私、何も思い出せなくて。なぜ倒れていたのか、ご存知ですか?」
セシルの言葉に、アインは悲しそうに首を振る。
「いえ、身体中傷だらけで、自分の名前くらいしか思い出せない、と仰っていて。余程酷い目にあっていたのかもしれません。でも」
そう言うと、アインはそっと、セシルの手を包んだ。
「ここにいれば安全です。もう、怖いことなどありませんからね。全能神様が守り、導いてくださるのですから」
袖口から甘い香りを漂わせ、見惚れる程の笑顔を向けてくる。
セシルはぐらりと揺れる頭を叩き起こし、そっと微笑んだ。
「……はい」
セシルの笑顔に、ニッコリと微笑むアイン。
記憶消去と、洗脳準備の確認は上々だったようだ。
だが、ここでアインにとってもセシルにとっても誤算が起こる。
「おい、セシル。俺様のこと、覚えてねぇか?」
「「?!」」
アインの後ろからぬぅっと出てきたアベクシス・ウルゴ。
その顔は苛立ちに満ちていた。
赤く光る目には、怒気すら感じられる。
「ヒッ! し、知らない、です。ご、ごめんなさい、あの……何も覚えて、なくて」
身体をガクガク震わせ、涙を流して赤い鬼を見つめる。
演技だとは言え、恐ろしいのは本当だ。
記憶の中のアベクシス・ウルゴならば、この白い部屋を一瞬で赤に染めることなど造作もない。
セシルの言葉を受けて膨れ上がる怒気に反応したのは、アインだった。
「お待ちください、ウルゴ様。セシルは目覚めたばかりなのです。混乱を招くことはお控えください」
「あぁ?」
セシルの前に立ち、アベクシス・ウルゴの視線を遮る。
だが、それにより怒気は殺気に変化していく。
「……てめぇ、誰にもの言ってんのかわかってんのか?」
アベクシス・ウルゴから無属性の魔力が溢れ、それにより部屋が小刻みに震え、ベッドも揺れ始めた。
もはや赤い部屋に変わるのは決定事項だと思った次の瞬間、
「教主様の洗礼の邪魔をなさるおつもりですか?」
「……」
「(え?!)」
部屋に充満したアベクシス・ウルゴの魔力と、殺気諸々が掻き消えた。
セシルが素で驚くほど素早く。
『教主様』という言葉を聞いた瞬間、アベクシス・ウルゴは殺気を納めたのだ。
「……チッ! わかってんよ」
不満はあるが反論はない、と言うように、アベクシス・ウルゴは不貞腐れた顔で部屋の隅を見ている。
その様子に少しホッと息を吐いたアインは、振り向くと何事もなかったような笑顔をセシルに向けてきた。
「驚かせてしまいましたね。彼はアベクシス・ウルゴ様。我々を邪なる者達から守ってくださる、全能神様に仕える戦士なのです。少し前に戦いがあって、この所気が立っておられるのですよ。本当はとてもお優しい方です。許してあげてください」
「は、はい」
「フン……」
アインの言葉に鼻を鳴らすアベクシス・ウルゴは、興味をなくしたのか部屋を出て行こうとする。
そこに近づいた扉近くの1人が、顔を近づけて何事か話すと、
「セシル、また後でな」
ニッと笑って部屋を出て行く。
手のひら返しの様な状態に驚きつつも、セシルにはアベクシス・ウルゴが何を言われたのか、しっかりと聞こえていた。
「(記憶は無くしても気性は変わりません。洗礼が済んで戦闘訓練を積めば、ウルゴ様の好きな彼女に戻るでしょう。余計な記憶がない分、都合がよろしいのでは?)」
都合という言葉に、顰めそうになる眉間を必死に抑えて会釈を送る。
そんなセシルに、アインが手を差し伸べる。
「さあセシル。起きぬけで申し訳ないのですが、我らが教主様があなたをお待ちです。一緒に来ていただけますか?」
「教主様、ですか?」
「はい。全能神様の声を届け、我らに導きを与えてくださるとても素晴らしいお方です。今日からここで暮らすあなたに、洗礼を施してくださいます」
恍惚、という表情がピッタリな顔で教主を想うアイン。
後ろに控える8人も、少しだけ見える口元が緩んでいるのがわかる。
「……わかりました」
「ありがとうございます。さ、こちらへ」
手を引かれ、ベッドを出る。
そして周りを囲まれるようにして扉を抜ければ、そこには見たこともない内装の長い廊下があった。
エーリが見ていれば、『宇宙船みたいだ』と言うだろう。
「あっ!」
「おっと」
足がもつれて転びそうになるセシルを、アインではないローブの1人が支える。
それにより、セシルは驚きとともに様々な情報を得た。
「(1、2、3……。最低4つは魔導具を持っていますね。それに……)」
恐らく洗脳や、万が一暴れた時のための拘束用魔導具らしきものを、音や触覚で感じ取る。
更には、背筋が冷える恐ろしいことにも気づいてしまう。
「(声が……同じ)」
発せられた声は、自分の目の前を歩くアインと全く同じものであった。
よく見れば身長も、アインとローブを被る全員が同じであることにも気づく。
「大丈夫ですか? セシル」
「あ、はい。ごめんなさい。助けていただいてありがとうございます」
支えてくれたローブは、それ以上声を発さずに口元に笑みを浮かべ、また前を向く。
促されるまま進みながら、セシルはある答えに辿り着いていた。
「(同じ人を、作っている? ゴーレムみたいに……?)」
普段なら考えられないことではあったが、鬼神族という絶滅した種族を復活させることが出来る相手であるがゆえ、現実味を帯びるその考えに根源的な恐怖が湧き上がる。
ゴクリとなりそうな喉を抑え、歩き続けること数分。
「着きましたよ。中に教主様がいらっしゃいます。さあ、中へ」
大きく、豪華な扉の前で、アインがそう告げた。
真ん中に大きな四角と『RESET』の文字が見える。
戸惑っていると、1人で行くように促された。
意を決し、扉に手をかける。
ガチャ……
ゆっくりと扉を開ければ、そこは神殿と思しき場所だった。
あの部屋と同じく白で統一されてはいるが、突き抜けるほどに高い天井、豪華な装飾がなされた壁、柱。
閉塞感を感じる廊下に対する様に開放的で、どこからか差し込む光により神性を増すその威容に、演技を忘れ圧倒されるセシル。
周りを見ながら進んでいくと、祭壇付近に誰かがいるのがわかった。
祈りを捧げているのか、跪いている。
気づかなかったことに驚いたが、気を取り直してその人物を観察する。
ゆったりとしているが、相当な価値があるとわかる服を着ている。
白であるためわかりづらいが、随所に細かく美しい刺繍が施され、光を反射し輝いている。
場所、服装、そしてアインの言葉により、それが誰であるのかは言われずともわかる。
「教主様、ですか?」
セシルの言葉にピクリと反応したその人物は、立ち上がるとゆっくりと振り返った。
アインに似た顔の、人の良さそうな男で手には教典らしき大きな本を抱えている。
「やあ、初めまして」
「?!」
『セシル!』
その声を聞いた瞬間、セシルの精神が大きく揺らいだ。
この人の言葉を聞かなければならない。
この人を信じなければならない。
一瞬、本気でそう思ったのだ。
「どうかしたのかい?」
「ぅあ…………。いえ、なんでも、ありま、せん…………」
またも声をかけられて、全てを委ねたくなる衝動に駆られながら、必死に自我を保とうとする。
が、セシルはこの2回で悟った。
今の自分には、抗うことも、逃げることも、ましてや戦うことなど出来ない。
「(色々な覚悟を、決めないといけないようですね)」
走馬灯の様に巡る記憶。
幼かった日々や、集落を飛び出したあの日のこと。
ミルク帝国で出会った、今は家族となった少女とのこと、配属されたギルドでの日々。
そして、自分の全てを捧げようと心に決めた、あの人との出会い。
楽しかった日々を眺めながら、セシルの心は決まる。
「(私の指輪は?)」
『私の中よ』
「(あれは?)」
『もちろんあるわ』
影の言葉を聞き、目を瞑る。
「(セシル……私と、戦ってくれますか?)」
影はセシルの意図を知り、そして
「私はあなたの影。いつまでも、一緒よ」
抱きしめる様にそう言った。
「(ありがとう)」
自分を満たす多幸感に少しの間浸ったセシルは、胸の位置で手を組むとその場に跪いた。
「教主様。私をお導きください」
その姿を見た男は、満足気な笑みを浮かべ、そして頷いた。
妖しい光をその目に宿しながら。
「いい子だね。……いや、全ては全能神様の尊さがそうさせるのだろう。よろしい、では洗礼を始めよう」
祭壇でそう話す教主が持っていたぶ厚い本を開くと、そこから透明な何かが溢れ出す。
それはあっという間にセシルを覆い、そして……
セシルを真っ白に染めていくのだった。
お待たせしました。
セシルの戦いはこれからが本番です。
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