海へ(十一)
さすがに春の陽気とはいえ、砂浜まで降りてくると少し暑い。直射日光とその照り返しで気温が上がっているのだろうが、日向ぼっこと言いつつ、終わる頃には全身が真っ黒になってしまいそうだ。
とりあえず、波打ち際まで程近いところに適当に腰を下ろす。当然、泳いでる人もいなければ砂浜で遊んでいる人もいない。いるのは、僕らと犬の散歩をしているおじいさんくらいだ。
ただボーっと座っているだけでも苦にならないのが、紗千と一緒にいる理由と言っても良い。お互い好き同士なので一緒にいて嬉しいとか楽しいってのは当たり前なのだが、何も話さなくても一緒に居て楽ってのはとても大事だ。こんな幸せがいつまでも続けば良いな、なんて考えるが、ある事を思い出し、
「自転車で、少しだけだけど遠出をしてさ、くだらない話して、美味しいもの食べて、楽しい事がたくさんでそれに夢中になってたから忘れちゃってたんだけど、もう消えちゃうかもしれないんだよね」
そう言葉を吐き出した。
少しの間を置いて、
「その話は禁止だって言ったでしょ?」
と、紗千が言う。
僕は「ごめん」と、慌てて謝ろうと彼女を見るが、寂しそうなその表情に口に出そうとしていた言葉を飲み込んでしまった。
「まあ、でも僕が消えるかもしれないってのは人から聞いた話だし、それが本当かどうかも分からない訳だから、あんまり気にしない方が良いのかもしれないよね?」
彼女を元気づける為に言った訳でも自分自身の不安を拭う為でも無く、思った言葉がそのまま出た。
「僕はさ、千広さんのお店で働き始めて色んな人と出会って、その人達は自分の心残りが晴れると、僕の前からどんどん居なくなったんだよ。確かに気付いたら消えちゃってたって人もいるんだけど、多分、自分の意思で出て行った人達も結構いるんだと思うんだよね?」
「自分の意思?」
「うん。ある人達はさ、まるで旅行に行くみたいに電車に乗って居なくなったりしてるんだよ?」
寂しそうだった彼女の顔が少しだけ和らいだのが分かった。
「それがもし出来るなら、私もそれが良いかな?」
ただ、本当にこの世界から消えてしまったのかは、定かではない。今日の僕たちのように本当にただ単に旅行へ行っただけかもしれない。そして、いつの間にか元気な姿でまたお店に顔を出すことだって十分有り得る話だ。
「今日みたいにさ、今度はバイクとか車でもっともっともーっと遠くまで旅行に行くの」
楽しそうに話してくれる紗千の顔を僕は見えなくなっていた。
17.04.06 誤字修正




