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近頃、幼女の口が悪いそうです。

 俺がこの世界に来てから、つまりフィオナと出会ってからかれこれ一週間が過ぎようとしていた。

 俺は町を歩いていれば、この前のような出会いがあるんじゃないかと淡い期待を胸にフィオナと共に一日一回は出歩くようにしていたがこれといって何も起こらなかった。強いて言えば、フィオナが食べ物を見つけるたびに食べようとしたせいで気付くとお金に羽がついていたくらいだ。

 変わったことは、フィオナにアイドルの動画を見せて以来、俺のスマホにダウンロードしてあった某アイドルアニメにはまり、半ば、俺のスマホを私物化してアニメを観ている。アイドルに興味を持ってくれたのはうれしい限りだが、あまりにも観ている時間が長いので、ほかのアニメも観ているんじゃないかと思っている。

 それでもアイドルアニメに感化されたらしく、早朝ランニングを始めたり、ダンスの練習をしてくれているのが微笑ましい。ただ、ランニングに俺まで付き合わされるため、体が鉛を背負ったかのように重い毎日を過ごしている。


 「カントクー。スマホ貸してー」

 今朝も朝食後俺がリビングで一息ついていると、後ろからフィオナが声をかけてきた。

 「あいよー」

 俺はスマホをフィオナに手渡しながら、ふと思った。

 久しぶりに俺もアニメ観たいな。

 ほんとはテレビがあれば、スマホをつないで大きな画面で観れるんだが、この世界には映像という概念がないのだから当然テレビなんてあるはずもない。

 俺はフィオナの後ろからスマホの画面を覗き込んだ。

 「は?」

 「やんっ」

 フィオナはスマホを自分の体で覆い隠した。

 なぜだろう。フィオナはアニメを観ていたんじゃないのか?

 なぜ三次元の人間が映っている。

 「フィオナ、スマホ貸してみ?」

 「だめだよ。いま観てるんだから」

 「俺も一緒に見せてくれよ」

 フィオナの顔が赤くなった。なんで?

 「か、カントクのへんたいさんっ!」

 いきなり怒鳴られた。

 だから……なんで?

 なんだかよく分からないので、俺は奥の手を使うことにした。

 立ち上がりキッチンに行き戻ってくる。

 「ほらよ」

 俺はキッチンから持ってきたサンドイッチの山をフィオナに差し出した。

 「サンドウィッツ!!!」

 フィオナはすばやくサンドイッチにむさぼりついた。

 「隙あり!」

 俺はその隙を逃さずフィオナからスマホを取り返した。

 「し、しもうた!」

 フィオナがやられた!とばかりに目を見開きながらサンドイッチを食べている。

 そこは口からサンドイッチこぼすとかだろ。どんだけ食い意地張ってんだよ。

 俺は勝ち誇った笑みを浮かべ、スマホに目を落とした。

 ほんとに目を落としたくなった。

 画面に映っていたのは三次元の男性だった。ただし全裸の。

 要するに入浴シーンだ。

 誰か、誰か、俺にゲロ袋を……。男の入浴シーンだけでも男にとったら誰得もんなのに、よりによって……ん?なんかこの顔見覚えが……って、自分のかいいいいいい!!!

 「何をしとんじゃおどれはああああああああああああああ」

 口調が変になったことは「だって混乱しちゃったんだもん!てへっ」ということでどうかお許しいただきたい。

 俺はフィオナの脳天にチョップという名の制裁を加えた。

 「いったああああい!」

 フィオナは呻き、転がっている。

 「どういうことだよ、これ!」

 俺は仁王立ちでフィオナを問い詰めた。

 「ち、違うのカントク!これはー、その」

 しどろもどろになるフィオナに俺は早くもとどめを刺した。

 「フィオナ、お前夕飯抜きな?」

 「ごめんないさい私がやりました」

 勝った。

 フィオナの話によれば、スマホをいじっていたらカメラにビデオ機能がついていることを発見し、試してみたくなりとりあえず俺を撮ろうとしたところ、俺が風呂に入っていたため、仕方がなかったらしい。

 まったく、変態はどっちなんだか。

 「でもね、カントク、湯気さんが活躍してくれちゃったせいでよく見えなかったの」

 「見えなくてよかったよ!!ビバ湯気さんだわ!!」

 見ようとしてたのかよ!

 まるで大切なものを失ったかのような顔をしているフィオナを横目に、俺は流れるような動きで不純なお風呂動画を削除した。

 「むぅ……もうアニメ観る!貸して!」

 フィオナは頬を膨らませながら、俺から半ば強引にスマホを奪い取るとアニメ鑑賞にふけってしまった。

 フィオナがすっかり拗ねてしまったので、俺はいつもより少し早いがまた町を出歩くことにした。

 一応フィオナに声をかけたが、拗ねたせいなのか、アニメに夢中だからなのか返事がなかったので、俺はひとり外に出ようとした。

 「…………」

 ドアが勝手に開いた。

 どうしたものか。異世界に来たら、ついに俺にも異能が宿ったみたいだ。これはなんだろう、意識するだけで作用する感じの異能だろうか。自ら手を加えなくていいのはかなりかっこよくないか?

 「……い。……ぉい」

 何か声が聞こえる。これは使い魔の声か?

 さすがファンタジー世界だぜ。

 「おい!突っ立ってないで返事しろおおおおおおおお!!」

 突然の怒鳴り声に俺は我に返り、下腹部に目を落とすと、そこには小さな美少女が眉を吊り上がらせて俺を見上げていた。

 「もしかしてドアを開けたのは君かい?」

 「そうだよ!ほかに誰がいるんだバーカ」

 じゃあ、俺に異能は目覚めてなかったのか。

 「はああああ……」

 俺は思わず大きなため息をついていた。

 「なんでため息なんだ!コノヤロウ!」

 「ああ、ごめんごめん。こっちの事情さ」

 「な、なんだ。それならそうと先に言えよ……」

 口の悪い幼女は急にしおしおしてしまった。なんなんだ?

 てか、何しに来たんだ、この子?

 「それで、うちに何か用があるのかな?」

 俺はそれとなく彼女に聞いてみた。

 「あたしのこと泊めてくれ」

 「なんだ、家出か。別にいいぞ。一日くらい」

 「い、家出なんかじゃない!え、いいの?」

 「ああ、構わないよ」

 幼女は自分から申し出たにも関わらず、俺の承諾に驚いているようだった。

 家出じゃないなら、なんでこんな幼い子が。またフィオナみたいな境遇の子とかか?

 俺が思考を巡らせていると、後ろからフィオナが顔を出し、俺に告げた。

 「カントク。その子ピクシーだよ。背中に羽がついてるでしょ?ピクシーはね、家を持たないで集団でいろんなとこを飛び回って生活するんだよ」

 「へえ、なるほど」

 言われてみれば、たしかに背中にトンボの羽みたいなものがくっついている。

 それよりも、フィオナが普通の態度で教えてくれたことに俺は若干の安堵を覚えた。

 「で、そのピクシーがなんでひとりで泊まる場所なんて探してんだ?」

 俺は率直な疑問を投げかけた。

 「それは……」

 ピクシーの幼女はうつむいて黙り込んでしまった。

 「おーかたほかのピクシーたちとはぐれちゃったんじゃないかな?」

 「ぎくぅ!」

 フィオナの予想にピクシーの幼女は絵に描いたようなリアクションをとった。

 自分の口で「ぎくぅ!」っていうやつ初めて見たぞ。

 「そうなのか?」

 俺の問いにピクシーの幼女は顔を沸騰させてしまった。

 「そ、そうだよ!悪いか!!」

 逆ギレしてるのに、なんだろう、園児を見てる親の心境だ。

 「悪くはないよ。というか、家族がはぐれたらみんな探してるんじゃないのか?」

 「別に家族なんかじゃねーよ。ピクシーは集団から外れたら、それっきりなんだ。あたしだって、ほかの仲間がいなくなったら途中で死んじまったかなんかだと思うしな。べ、別に悲しくなんかないんだからな!」

 ピクシーの幼女は少しノスタルジーに浸りながら呟いた。強がりが余計に悲しみを浮き彫りにさせている。

 獣人もピクシーも独自の慣習をもってるんだな。

 あまり自分の世界の固定概念に縛られてものを考えないほうがいいみたいだな。

 「事情はわかった。とりあえず上がりなよ。フィオナも別にいいよな?」

 「……うん」

 フィオナは多少むくれてはいたものの承諾してくれた。「今夜はうかつに寝れないよ…」とか聞こえてきたが、なんかするんだろうか。

 「君、名前は?」

 「アンジュ……」

 アンジュはかき消されそうな声で言った。

 「アンジュか。じゃ、今日一日よろしく」

 「……ん」

 これが俺の計画の歯車を大きく動かすことに、このとき俺はまだ気づいてなかったんだ。

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