ナイトメア・ライブ
ドームの外は盛況だった。一足も二足も早い夏祭りが来たみたいに屋台が並び、そこかしこにライブグッズが並んでいる。
いや、そこまでは良い。別に不思議ではないと思う。ただ、ちょっと、その。
―― 金魚すくいとか、わたあめ売りとか、夏祭りのド定番たる屋台もたくさん並んでいるのだ。
夏祭りも確かにお祭りの1つだけれども、ライブとは違うと思うのですが?!
「いつもこんな感じなのかな・・・・」
幸い、人がいすぎて進めないなんて事はないし、ライブが始まる時間と言っても、会場に客が入り始める時間、とほぼ同意なのだそうだ。だからこうしてゆっくり見物しているのだけど・・・・こういう雰囲気の中を1人で歩くというのは、いささか寂しさを煽るなぁ。
そう言えば、と、寂しさを紛らわす為に探し出したものは、このライブの主役、花宮 蓮華の事だった。確か、彼の記念すべき初ライブもこの町だった。ファンでなくとも、それぐらいは知っている。
蓮華君は2年前、彗星の如く現れ、一気に人気を集めた。同級生の女の子達が電気量販店の前で、目を釘付けにされていた事を思い出す。
残念ながら、私は「がんばってほしいなぁ」なんていう、小さな興味しか持っていない。でも、せっかくあの紫音がわざわざ私にもチケットをくれたのだ。ライブに来ないわけには行かなかった。
それにしても、このチケット、席とかは決まっていないらしく、チケットが本物であるという証拠になる数字やバーコードがあるだけで、それ以外はライブ会場の場所などが書かれているだけだ。つまり、本当のファンなら誰よりも早く来て良い席を勝ち取れ、と、そういう事だろうか。
「まぁ、最悪どこでも良いかなぁ・・・・」
「どうせなら特等席を教えようか?」
ふと、後ろから聞こえてきた声。低くて、聞き覚えのある、かなり有名人の声である事を、私は知っている。私は目を丸くして、勢い良く振り返った。
「・・・・え、えっ?」
でも、何故此処に彼がいるのか、そこまでは理解出来なかった。
わたしが知る限り、その人は、アイドルに興味があるようには思えなかったのだ。
紫音からチケットをもらったとして、この人は、その厚意を断る事が出来るほど神経が図太い。
・・・・あえて、天然とは口に出すまい。
◇ ◆ ◇
主役が出る前から、ドームの中は騒がしかった。所々から奇声があがり、ごく一部では、席の取り合いで男女関係無くケンカが起こり、そして、そのごく一部の人々を抑える為だけに、多くの警備員達が集まっている部分が見て取れた。
此処は、ドームの天井、その手前。開く天井の横辺りで、設置されたステージからは真正面の位置にある場所である。
殆ど人が来ておらず、下に比べて余裕の笑みを浮かべる人達が静かにライブの開始を待っている。それは下にいる人達に比べて年齢層が若干高く、見るからに10代の人間は私達だけだ。
「あ、あの、此処、何?」
「・・・・天井付近」
「いや、それは誰でも分かるよ紫苑君?!」
眠気眼にも見える、半分ほど伏せられた目。吸い込まれそうなほどに綺麗な、漆黒の髪と瞳。あまり喋るようには見えない、そんな人。
小室 紫苑。それが彼の名前。今や世界中で普及され、最早持っていない人は赤ん坊かかなりのお年寄りだけだとすら言われるほど有名な、超次世代型携帯端末『ECT』の製作者である。
そして、マイ・クラスメイト。
「・・・・迷惑、だった?」
と、紫苑君が私の顔を下から覗き込む。珍しく眉を下に弧が来るように曲げ、困ったような目つきになっていた。妙に、子犬っぽくてかわいいのだが、それは横に置いておこう。
私が無言で首を横に何回か振ると、紫苑君は小さく息をついて、若干目が優しくなった。多分これが紫苑君の最大限の感情表現なのだろう。困った時や慌てた時は、普通の人でも無表情とそうでない時の、微妙な変化がわかりやすいのかもしれない。
「ね、此処、何なの? 客席とは何か違うっぽいけど」
「・・・・スタッフ席。スタッフと一緒に入れば、それがチケット代わり」
「スタッフと一緒って、誰がスタッフ?」
思い出してみる。確か、エレベーターで何階までか上った後、階段を使って此処に来たはず。そしてその道中、私達以外には誰も同伴していなかった。
じゃあ。
「え、スタッフって、この場合、紫苑君の事?」
「・・・・そうなる」
コクリ、と紫苑君は頷いた。
「ECTの技術、ステージのライトとか映像に応用できるから。葵も、さっきまで映像編集、最終調整をしていたから。一緒に来られなくてごめんって」
え、葵が来られなかったの手そういう事だったの?
というか、ECTの技術ってどういう風に応用されているのだろうか。確かに、従来の携帯端末より映像の解像度は上だし、動画が動く時の滑らかさが尋常ではない。って、あ、そういうのを使うのだろうか。
「とりあえず、ここなら蓮華君の声がよく聞こえそうだね」
「結構、声の通りは良いよ特殊な技術で、マイクは遠くの客にしか使っていない。・・・・『あいつ』は元々、声量が尋常じゃないからな」
あいつ、って蓮華君のことだろうか。スタッフだからこんな呼び方をしているのかな? でもアイドルに失礼では無いだろうか。
あ。アイドルのライブを盛り上げられる立場で、なおかつ年上で、本人はあまりアイドルに興味が無いのだから、当然と言えば当然なのだろうか?
「あぁ、そろそろ始まる。ほら、下」
黒い鉄格子張りの柵、網状になっている空中廊下は、スカートの下にホットパンツを履いていて良かったと思う。殆ど誰も知らないとはいえ、下からスカートの中が見えてしまう可能性があるのだ。
そして。
少しずつ場内が暗くなり、次第に客席も静まっていく。
静寂に包まれた場内で、緊張感と喜々とした雰囲気が混ざり合う。
下に幾つものライトが、星のように煌いていた。
幾つも用意されたライトが点灯する。段々と大きくなっていく白い光が、ステージの中央に集まり、それは真上から見ると、花のようにも見えた。
その花が見えなくなるぐらいに、ドライアイスの真っ白な煙がステージの中央や端から流れ始める。
そして・・・・。
「皆さんこんばんはぁ~! 花宮 蓮華のライブに来てくれて、ありがとうござい8ます~!」
ステージの真ん中から、ドライアイスを巻き上げて、着飾った蓮華君が飛び出した。
あちこちから奇声があがる。
蓮華君はマイクを手に持ちつつ、左手で熱烈なファンに手を振り、笑顔を見せる。
「今日もたくさん歌います! まずは皆さんおなじみ『ファーストレター』です☆」
蓮華君がウィンクを送った部分から、三度奇声があがる。赤と黒のチェック柄ベスト、黒い半袖のワイシャツ、同じく黒いスッキリとしたシルエットの、膝下丈のズボンは端の方を少しまくり、黒と赤のブーツはズボンとの間にほんの少しだけ足を見せている。片耳のみにつけるタイプのヘッドフォンも黒い。
『ファーストレター』は、確か本当に最初のデビュー曲。デビュー曲にして新人アイドルの壁をぶち抜いて、一気にプロにまで押し上げた曲だ。
キラキラ輝く粉のような物が降り始める。というか、私の近くにある何かの装置から降っていて、ライトの光に煌いている。
そして、曲が流れ始めた。
「―― サヨナラの手紙を 君宛に書き始めた 届く事の無い手紙を ただ机の引き出しにしまう――」
そう言えば、この声、この場所の場合はマイク無しだったよね。わぁ、確かに素晴らしい声量だ。マイクを使っていないのに、びりびりと振動が伝わるみたい。
「―― 出てきた言葉は いつだって 嫌い キライ
そういつだって いつだって 素直な言葉は出ないの・・・・
寂しい時 嬉しい時 君の傍にいたいと そう書きたいのに 素直に書けないよ
君にこの手紙が 届かないように 机の奥にしまっておこう――」
澄んでいて、まだ変声期が来ていないのか、とても高い歌声。漆黒の髪が揺れて、後頭部で一部だけ伸びている髪を、長くて紅い紐リボンでまとめている。
リボンは、髪をまとめている部分は細い紐状。でも縛った辺りから1mほど、平べったくて少し太いリボンになっている。そのリボンの先には蒼い鈴が付いていて、2本のリボンが揺れる度、2つの鈴も音を鳴らしている。
その鈴が揺れる度、不思議と既視感を覚えたけれど、何に対するものかが全く分からない。蒼いリボン、紅い鈴・・・・?
「―― ふと思ってしまった きっときっとこの想いは
ずっとずっと いつまでも 伝えちゃいけない事じゃないかって
だってだって そうだって 僕の心は言っている
書いた手紙が何枚も 机の中がいっぱいで 入りきらないくらいに
もういっぱいに なっていたのだから――」
思い出せない。うん。
「・・・・藍菜、さっきからどうした?」
「あぁ、うん。何か蓮華君って誰かに似ている気がするの。でも、何か分からなくて」
「・・・・ふぅん」
聞いてきたのは紫苑君なのに、全く興味が無さそうだ。私がライブに集中していない事に腹を立てでもしていたのだろうか。
このステージを作っている1人として、紫苑君も何かしら思う所があるのだろう。このライトや蓮華君の後ろで華やかな映像を映しているあのスクリーンは、紫苑君の技術で従来のものより技術が向上しているのだ。もう、このステージの、もう1人の主役と言っても過言ではないのかもしれない。
だとしたら、私が今ステージの事とは別の事を考えていたのは、とても失礼な事なのではないだろうか?それに紫苑君が腹を立てていてもおかしくはない。
「あ、あの、ごめん、私――」
「しっ」
注意された。
そ、そうだよね。私はさっき、言ってほしくない事を言ってしまったものね。何も言わない方が良いと、自分でも思う。
「藍菜、ちゃんと見ていてくれないか」
「え」
「これから起こる事」
な、何か凄く真剣な顔だ。いつも無表情ゆえに、無表情とは微妙に違うから分かりやすい。これは間違い無く真剣な顔。眉間にシワを寄せて、でも目がしっかりと開いていて、その瞳が私を見つめる。
黒い格子状の柵、そこに左手をかけて、右にいる私に言う。柵の上に腕を組んでいた私は、前傾姿勢で、紫苑君が放った言葉を脳内で巡らせた。
『 これから起こる事 』
紫苑君は、私が『繰り返している』事を知っている。
というか、私が知らない事も知っている素振りを見せる。
まるで、これから起きる事を知っているかのような・・・・。
―― バキリ ――
・・・・何かが聞こえた。
何かが割れる音。
横の方から。
もっと言うと、私のちょっと右の、真下。
今、ちょうど蓮華君が踊っている、ステージの真上。
目をこする。
さっきより数十cmほど、黒い金属に包まれた光源が、その位置を低くしている。
簡単に言うと。
―― ライトが落ちそうになっているのだ。
今の何かが割れたような音は、近くにいた私達だけが聞こえていた。
下はもう、奇声と歓喜が混雑していて、その音が全く届いていないのだ。
私なんかが手を伸ばしたところで届くはずも無いし、届いたところで重すぎて離してしまうだろう。
つまり。
あぁ、やっぱりそういう事か。
関係者だけの特等席、その通路の先に、白くて、脇腹に穴の空いた、燕尾服のようでチャイナ服のような不思議な服を着た、青年らしき人影。
その、やけにはっきりと見えた姿の、その顔に。
見えた。
うっすらと浮かべられた、怪しげな笑み。
いかにも楽しそうに、嬉しそうに、何か愛おしいものを見るように。
ただ、その瞳が私を見ていた。
その笑みが視界に入った一瞬の後。
ライトが光を失って、熱気の集まる会場めがけて落ちていく。
止めようとした手が空中をかき回して。
かき回した辺りから、もしくは何処か知らない場所から。
段々と景色が歪んでいく。
大きな音と、何度見ても見慣れない色を置き去りにして、歪んで歪んで原型を崩す。
時に円を描くように、時にお餅を伸ばしたかのように、世界が変わる。
色が混ざり、消えて行く。
全部が混ざって視界が真っ黒になる頃には。
―― 私は、慌しい放課後へと戻っていた。




