36話 球技大会③
女子バレーの試合が全て終了し、次は俺たちの出番だ。
「これより、青葉学園球技大会、男子バスケットボールの試合を行います」
体育館内に放送部のアナウンスが響き、俺は一層集中力を高めていた。
「しゃあ! いくぞ!」
駿が声を出して、バレーコートからバスケットコートに様変わりした体育館を一歩ずつ進む。
メンバーは俺、駿、野球部の佐々木、バレー部の津田、帰宅部の新田だ。
試合開始前、俺は駿に呼び止められた。
「緊張してんのか?」
「少しな……」
「大丈夫大丈夫。俺が全部指示出すから。お前はデカいから、とにかくリバウンド拾ってパス出せ。それだけで充分戦力になる」
「リバウンド……了解」
「あと、変に気負うなよ? お前はジャンプだけで仕事できるから」
「人をカエルみたいに言うなよ」
駿は笑いながらも、目は真剣だった。
「冗談抜きで、お前の跳躍は武器だ。自覚しろよ」
普段チャラついているくせに、こういうときはえらく頼もしく見える。いつもクラスの中心にいるのも納得だ。俺もいつか駿のようになりたい――。
試合開始の笛が鳴る。
「新田、ティップオフ頼んだ!」
「任せろ!」
帰宅部だが、中学バスケ部だったらしい新田がジャンプし、ボールをはじく。
味方ボールになった瞬間、駿が叫ぶ。
「翼! ゴール下だ! 準備!」
「わ、分かった!」
言われるままに走る。ボールは外からのシュートへ。だけどリングに弾かれて——。
……落ちる!
俺の体が勝手に動いた。足に力を入れ、おもいっきり床を蹴る。
バンッ!
え、俺……こんなに高く跳べたのか?
想像以上に高く跳んでいた。空中でボールを掴むと、周りの景色がゆっくり動いているように感じて、応援席の月城さんの顔もはっきりと見えた。
「ナイスリバウンド翼ー!!」
駿の声が響く。
落ち着いてパスを返すと、駿は鋭いドライブでディフェンスを抜き、そのままレイアップを沈めた。
「ナイスアシスト!」
応援席から「おぉ……」とどよめきが起きる。
……今の、本当に俺が?
手のひらを見ると、少し震えていた。
なんだ……これ。自分の身体のはずなのに、中学のときとまるで違う。バレーの練習をしてるときも感じたが、怖いような、気持ちいいような、不思議な感覚。
——やれるかもしれない。
その感覚が、静かに俺の中に灯った。
その後も、俺の役目はただひとつ。外れたシュートを、とにかく全部拾うこと。
駿の「お前はリバウンド全部取れ!」という指示に従い、俺はひたすら跳んで、跳んで、ボールを掴んでは味方へつなげた。
シンプルな動きなのに、なぜか体が軽い。コートに響く着地音すら、自分のじゃないみたいだ。
――気づけば、一回戦も、二回戦も突破していた。
「よし、一旦水飲めー!」
駿の声で、俺たちはベンチに戻る。体育館は熱気でむっとして、床に落ちた汗が光っている。
次はいよいよ、一年生優勝決定戦――。
胸が少しざわついた。俺はちゃんと役に立てているのだろうか……。中学のときなんか球技大会に出るどころか、戦力外通告されてトイレに隠れていたくらいだもんな……。
そんな不安が顔に出ていたのか。
「神崎! お前すごいな!」
野球部の佐々木が、汗をぬぐいながら声をかけてきた。ごつくて太い眉毛に坊主頭のいかつい顔なのに、今は笑っている。普段あまり話したことなかったから、正直ちょっと驚いた。
「いや、俺はただ跳んでパスしてるだけ――」
俺が言い終わる前に、横で聞いていたバレー部の津田が爽やかな笑顔を浮かべて割り込んできた。
「いやいや、あのジャンプはマジですごいよ。神崎、バレー部入らない? その身長に跳躍力、絶対にバレーをやるべきだ」
俺が? そんな風に思われていたのか……なんか、嬉しい。
「あ、ありがとう。でも俺、部活よりも、今は自分のトレーニングを優先したいんだ」
佐々木と津田が同時に目を丸くする。
「トレーニング?」
「中学からずっと目的のために減量して、体づくりして……それがまだ途中なんだ。だから悪いけど、今は部活に入る気はない」
これは嘘じゃない。むしろ、唯一胸を張れる“今の俺自身の土台”だ。
佐々木が腕を組み直し、納得したようにうなずいた。
「なるほどな。目的があってやってるなら、それはそれで立派だ」
「そうかぁ……残念だよ。じゃあ無理に誘えないね。筋トレなら僕らも好きだし! 今度一緒にトレーニングしようよ!」
津田もニッと笑った。
「ああ。やろう!」
本当に嬉しかった。馬鹿にされないか不安だったが、認めてもらえた。
「おーい! そろそろ集合だぞ! 絶対勝つ!」
いよいよ大一番。相手のクラスはバスケ部を中心に固めた強豪らしい。
「よし、行くか神崎!」
「ああ……!」
コートへ向かう一歩一歩が、さっきまでとは違って感じられた。
そして迎えた、一年優勝決定戦――。
相手は完全にバスケ部チーム。明らかにさっきまでと雰囲気が違う。
「くそ……やっぱ本職は速いな」
佐々木が息を切らす。野球部でもスピードが追いつかない。新田ですら、相手のパス回しに翻弄されていた。
そして俺も――。
くそ! ……全然、リバウンドが拾えない。
相手のシュート精度が高すぎる。リングに当たらず、そのまま決まってしまうのだ。
駿も歯を食いしばって息を切らしている。
「翼、このままだと負けるぞ」
負けたくない。
みんなが必死に食らいついているのに、俺だけ“跳ぶだけ”で終わるなんて嫌だ。
でも相手は本物のバスケ部。精度が高すぎて、リバウンドすら拾えない。
「くそ……どうすれば……」
そのとき視界の端に、応援席の月城さんが入った。
バレーの試合で震えながら、それでも何度もボールを追っていた姿、怖くても、逃げずに立ち向かう姿――。
あの完璧美少女みたいな月城さんですら、あんなに頑張ってたのに。
だったら——
俺はまだ、戦ってすらいない。
仲間のためにも。そして……あの努力していた月城さんに、情けない姿は見せたくない。
「……なぁ駿」
「ん?」
「俺も、動いていいか?」
駿の目が見開かれる。
「お前……いけんのか?」
「ああ。なんか……いける気がするんだ」
駿がふっと笑う。
「言ったな。——やってやろうぜ翼」
そして次の瞬間、相手が仕掛けてきたトップアタックが“見えた”。
空気が動く前の、おかしな静けさ。その瞬間、自然に体が動いた。
スパッ。
スティールの音が響くと同時に、会場がざわついた。
そのままコートを駆け上がり、ディフェンスを引きつけて——。
「津田!!」
パスが通る。津田がレイアップを沈めた。
「ナイスパス神崎!!」
歓声がどっと湧いた。
そこからは、自分でも驚くほど体が動いた。
リバウンドで競り勝ち、スティールを奪い、駿と速攻を決め、最後には自分でレイアップを沈めた。
――気づけば、点差を逆転していた。
試合終了の笛が鳴る。
「一年優勝ーー!!」
仲間が叫び、駿が俺の背中をめちゃくちゃに叩いてきた。
「翼、お前……えげつなかったぞ!」
「そ、そうか?」
「“いける気がする”って言ったときの顔、マジでバケモンだったわ」
笑って言う駿。その顔は誇らしげだった。
応援席を見ると、月城さんが、胸の前でそっと手を合わせるようにしながら、嬉しそうに微笑んでいた。
視線が合った瞬間、彼女は小さく拍手を送ってくれた。
——次は二年生、そして三年との決勝だ。
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