35話 球技大会②
体育館は朝から球技大会の熱気で盛り上がっていた。
女子バレーの一年トーナメント、第一試合。
俺は駿と一緒に、応援席のパイプ椅子に腰を下ろしていた。
さて……球技大会のルールをざっくり整理すると――。
一年・二年・三年、それぞれ八クラスのトーナメント形式。
まずは各学年で優勝チームを決める。
そのあと——
一年優勝チーム vs 二年優勝チームの準決勝。
勝った方が、三年の優勝チームと決勝を戦う。
三年がシードというのは昔からの伝統らしい。
体育館中央では、月城さんたち女子チームが円陣を組んでいる。彼女の表情はこわばっていて、緊張で肩が上がっていた。
さっきは大丈夫そうだったのに、会場の雰囲気にのまれてるな。まぁ普段経験しないから緊張しない方がおかしいのだが――。
澪ちゃんにみっちり動きを教わったとはいえ、月城さんはもともと運動が苦手だ。それでも、あんなに真剣に練習したんだ。きっと、うまくいく!
「んじゃ麗、レシーブ頼むよ!」
高瀬の元気な声が聞こえる。
ホイッスルが鳴った。
よし、見届けるか……。
* * *
ホイッスルの音が、体育館の空気を震わせた。
……始まっちゃった。
私――月城麗は手のひらが汗でじっとりしている。
練習のときとは全然違う。周りの歓声、ボールが床に弾む音、体育館独特の反響。すべてが私の鼓動を早くしていく。たかが、球技大会……でも、私にとってはされど球技大会なのだ。
「麗、無理だったら言いなよー? カバーするから!」
愛が笑って親指を立ててくれる。その明るさに、少しだけ気持ちが軽くなる。
「……うん。ありがとう」
相手チームのサーブ。一球目が、まっすぐ私の方へ飛んでくる。
え、こっち!?
慌てて身構えるが、腕に当たった瞬間——。
バシッ!
「きゃっ……!」
レシーブは大きく後ろへ跳ね上がり、味方の誰も追いつけずに落ちた。
「ドンマイ! 次いこ、次!」
愛が笑いながら声をかけてくれるけど、胸がぎゅうっと痛い。
私のせいで……。
二本目。
今度は違う子が取ってくれたものの、私の足は固いままだった。
——だけど。
楽しんで、だよね……。
神崎君の声が胸の奥で響く。
さっき、教室で言われた言葉。練習してたとき、何度も支えてくれた背中。
……うん。大丈夫。やれる。
三本目。
サーブの軌道をしっかり追う。両腕をくっつけて、膝を落として——。
「っ……!」
今度は、ちゃんと前に返った。
「ナイス麗!」
愛の声が耳に届いて、安心する。
できた……!
その後は、派手な活躍なんか全然できなかった。
スパイクなんて届かないし、トスも上手く上げられない。
——でも。
レシーブは少しずつ安定してきた。サーブも練習通り、ちゃんと相手コートに入った。ボールの落下点が読めるようになり、足も自然に動く。
練習……無駄じゃなかった。
そして、愛はやっぱりすごかった。
ジャンプ力も、スパイクの鋭さも、声の通り方も全部違う。おまけに、点を取るたびにチームを鼓舞する。
「いっけー! ナイスサーブ決めてこー!」
そんな愛に引っぱられるように、私たちは一回戦、二回戦と勝ち進んだ。
そして迎えた一年優勝決定戦。
相手は強かった。明らかにバレー部が混じっている動き方だ。
私は相変わらずレシーブだけで精一杯。何度か狙われて、何度も崩されてしまった。
でも、そのたびに——。
「大丈夫! まだいけるよ!」
「次の一本取ったら流れ変わる!」
クラスの子たちが声をかけてくれた。
ああ……頑張らなきゃ。
最後のラリー。相手の強烈なスパイクが飛んでくる。
絶対……上げる!
腕がしびれるほど強い衝撃。床に吸い込まれそうになるボールを、なんとか上へ押し返す。
「麗ナイス!」
でも、その後の攻撃であっけなく打ち破られてしまった。
ボールが床に落ち、相手チームの歓声が響いて……試合が終わったことがわかった。
私たちの挑戦は、ここで終わったのである。
「あーーー負けたぁぁ!! くっそ悔しいー!!」
愛が床に寝ころびながらわめいている。でも、その表情はどこか晴れやかだった。
「でもさ、楽しかったね。麗が拾ってくれたからここまで来れたんだよ」
「え、そ、そんな……!」
「ほんとだって! 成長しすぎてビビったし!」
愛が私の肩に腕を回し、ぐりぐりと頬を寄せてくる。
「またいつか一緒にバレーしよ?」
「……うん。ありがとう愛」
悔しいけど、不思議と胸は軽かった。試合中、何度も聞こえた神崎君の応援にも応えられた気がした。
* * *
「かぁー! 惜しかった。でも月城さん、すっげぇ頑張ってたな」
駿が悔しそうに天井を見つめている。
「ああ。なんか……めっちゃ感動した」
俺――神崎翼――は溢れ出る涙を堪えることができなかった。
「うおっ! なんでお前が泣いてんだよ!」
「いや、すまん。月城さん、ちゃんとサーブ出来てたし、レシーブも頑張ってやってる姿を見るともう……」
「おいおい、次、俺たちの試合だぞ! 月城さんは後でたっぷり褒めてやれ! 今は目の前の試合に集中しろ」
「わがっでる……」
涙で湿った顔をタオルでゴシゴシと拭いて集中する。
俺も頑張るんだ。月城さんに恥ずかしい姿は見せられない。
タオルを顔面から剥がすと、目の前には息を切らした月城さんが立っていた。俺が驚いて目を見開いていると――。
「神崎君、ごめんね……負けちゃった」
月城さんは悔しそうに歯を食いしばっていたけど、その顔はどこか満足したように笑っていた。
「球技大会は楽しめた?」
「うん。すっごい楽しかったよ!」
良かった――。笑っている月城さんを見ているだけで、辛かった中学時代の思い出が吹き飛んでいく。今ここで、彼女の笑顔を見られることが本当に幸せだった。彼女は持てる力を全て発揮したのだ。
責任感が強くて、真面目で、いつでも、なんでも全力で取り組む。
だから……だからそんなに――輝いて見えるんだね。




