第82話 それぞれの思惑
先週は更新できず申し訳ありませんでした
色々と所用が重なり執筆時間が取れなくて……
Side ボーグ司令官
「それじゃあ戻ります」
「あ、ああ、ご苦労だった。期待以上で驚いている。今後のことは追って指示する」
偵察の任務を終えたフォーディルトの報告を聞き終わり、その比較的小柄な背中が司令室の扉の向こうに消えたのを見て、ブランディス砦の司令官、ジグリット・クリエ・ボーグは溜め息を吐いた。
「どう、思われますか?」
ボーグが顔を横に向け、右隣に座る帝国北部地域を与るブルゲスト辺境伯に訊ねた。
「それは、王国の魔王子の動きか? それとも、あの規格外の男のことか?」
「両方、ですが、まずはレスタール分隊長のことです」
ボーグ司令官の言葉にブルゲスト辺境伯は苦笑を浮かべつつ首を振る。
「奴が敵でなかったことを感謝しているよ」
辺境伯がそう言って目の前に広げられた手書きの地図に目をやる。
砦を起点にして北側、今回ふたつの分隊が壊滅したと思われる地域を含むかなり広い範囲のもので、目印になりそうな大岩や巨木、伏兵を置ける場所、地面の状態が細かに書かれている。
「黒王子の部隊の数、編成、配置、兵糧の量と置かれた場所、よくもまぁ調べたものだと感心する」
「確かに偵察してくるように指示はしましたが、ここまでとは思ってませんでしたよ」
彼らが見ている地図。
先日の遭遇戦の後、本人の申し出で偵察を行ったのだが、わずか二日、それも日が暮れてから朝までの時間で集めた情報をフォーディルトが地図に書き込んだものだ。
もともとの地図は大まかな地形と特徴的な岩などが記された簡素なもので、それでも距離や方角が把握できる必要十分なものだった。
だが、ボーグ司令官の前に広げられたそれにはさらに詳細な地形や灌木、水場などが書き加えられていて、さらには王国軍、つまりアミュゼの部隊の本陣の位置、兵数、兵糧の量、兵装、別動部隊の規模が、やや汚い字で追記されている。
本来なら、間諜でも入り込んでいない限り絶対に手に入らないはずの情報。
特に兵装や兵糧など、大半の一般兵にすら公表されることがないのに、外部から偵察だけで把握するなど普通はできない。
ましてやフォーディルトが偵察に行ったのは日が沈んでから日の出までの夜間。
確かに夜陰に乗じればかなり近づくことはできるだろうが、暗闇でそこまでしっかりと敵陣の中が見えるはずがない。かといって灯りをつければすぐに発見されてしまう。
フォーディルトは夜目が利くと言っていたがわずかな星明かりだけで昼間と同じだけ見るなど想像もできない。
無論、彼が予測や推測を基に書いたことも考えられるが、実際に戦闘が始まれば本当かどうかなどすぐにわかるし、情報が間違っていれば非難されるだけでは済まない。
「……どちらにせよ、ここまでの情報があれば落としどころも決めやすいな」
「やはり魔王子を倒すのは駄目ですか。本音としては将来的な不安は早めに取り除いておきたいのですが」
ブルゲスト辺境伯の言葉に、ボーグ司令官が苦笑しつつ一応といった様子で言葉を返すが、それには同じような笑みで首を振る。
「確かにこのまま長じれば厄介極まりない存在になるだろうな。だが、今の王国ではあの男の存在が楔となっているのも事実。ここで倒してしまうと王国の次の動きが読めなくなるというのが陛下の考えだ。それに、このところ帝国内でも不穏な動きがある」
その言葉に、ボーグ司令官の眉が跳ねる。
「平穏が続くのは良いことばかりではありませんね。もっとも、ブランディス砦はいつでも鉄火場ですが」
「まったくだな。ただ恩恵を享受しておれば良いのに、人の欲というのは際限が無い」
ふたりはなんとも言えない微妙な、どこか呆れたような顔で頷き合った。
「では、どこまで譲るかを考えましょう」
「その前に、奴の情報の精度を確認する必要があるだろう。疑うわけではないがあまりに詳細すぎてかえって信じられんからな」
ブルゲスト辺境伯とボーグ司令官。
帝国北部の軍事における最高権力者ふたりは次の手について意見を交わしていった。
Side アミュゼ
「チッ!」
栗毛の軍馬に乗った漆黒の甲冑に身を包んだ男、アミュゼが小さく舌打ちする。
視線は真っ直ぐ前に向けられ、その先には帝国軍の部隊が扇状に広がりながらアミュゼたちを迎え撃つべく展開しているのが見えている。
「殿下、どうかして、ああ、あの騎兵ですか」
隣に並んだ副官がアミュゼの視線を追って、帝国軍の中央、その先頭に居る騎兵を見つけて納得したように頷いた。
まだ数百リード(数百m)は距離があるにもかかわらず、周囲の軍馬とは比較にならないほど大きな体躯の馬と、それに跨がる逆に小柄と言える騎兵。
少し前の戦闘であわやアミュゼが討ち取られる寸前まで追い詰めさせた男だ。
その際にアミュゼの愛馬はあの異様な馬に首筋を噛みちぎられて殺されてしまったし、騎乗していたアミュゼ自身もしばらくは立ち上がることができないほどだった。
副官の男は舌打ちはあの化け物じみた騎兵の姿を見たせいだと思ったのだ。
「勘違いするな。確かにあの男に打ち倒されたのは屈辱ではある。ああまで簡単にあしらわれたのは初めてだったからな」
妾や手つきではなく正式な側妃の子とはいえ異民族の血を色濃く受け継いだアミュゼの王宮内の立場はかなり危うい。
母親が生きていた頃はまだ王の寵愛もあり、そこまで露骨に命を狙われることはなかったがそれでも幼い頃から常に身の危険を感じてきた。
だからこそ死に物狂いで強くなる必要があり、武技を磨き、周囲に目を配ってきたから母の死後、王の関心が離れてからも自らを守ることができたのだ。
それだけにアミュゼは自分の武に自信を持っていたし、誰が相手であろうが後れを取るなど考えていなかった。それを根底から覆したのが先日の戦闘だったのだ。
アミュゼだけでなく、彼自身が選りすぐった精鋭に囲まれながら掠り傷ひとつ負うことなく悠々と逃げおおせた騎兵。
そして騎兵の駆る馬もまた異常な存在だった。
通常の軍馬の倍するほどの大きさと、獰猛な肉食獣がごとき牙を持ち、アミュゼの乗った馬の首を囓り取った。
後にあれは馬ではなく、魔境馬と呼ばれる馬に似ているだけの野獣だと知ったが、名前がわかったからと言って脅威が減じるわけもない。
だが今のアミュゼの頭にあるのはそのことではない。
「勘違い、というと?」
副官が問い返すと、アミュゼは帝国軍の右翼側を指差した。
「右側の陣容が不自然に薄い。しかも金属鎧に身を包んだ歩兵が中心だ」
言われてそちらを見れば、確かに帝国軍の配置は奇妙に思える。
通常、ある程度の規模の戦闘となれば、まず弓兵による攻撃とそれに続いて騎兵での突撃、敵陣容が崩れたところに歩兵を投入する。
目的によって兵種の厚みは変動するが、陣形の片側だけ歩兵で固めるなどということはしない。それでは逆側の騎兵の動きに合わせられないからだ。
それに、アミュゼの部隊が600ほどに対し、帝国軍の数は倍以上であり、あえて搦め手を使うとも思えない。
「向こうはこう言いたいのだろう。“手柄をやるから大人しく王国に帰れ”とな」
「っ!? 帝国はわざと負けると?」
「今の段階で帝国は戦火を大きくしたくないのだろう。俺が死ねば王国の主戦派が手を結んで帝国への侵攻を始めるかもしれないからな。何年も前から間者を送り込んで工作をしているようだし、そのことを警戒しているのかもしれん」
アミュゼはそう言うが、副官はいまひとつ納得いかない様子だ。
「ですが、だからといって故意に敗走して将兵を損じれば砦の司令官が責任を問われるでしょう」
「砦の司令官と帝国北方を収める辺境伯の関係は良好だと聞く。であれば中央にはどうとでも言い訳ができるのだろうさ。それに、金属甲冑で全身を覆われた歩兵を騎兵が攻撃してもそうそう被害は与えられないだろう。精々蹴散らして翻弄するのが精一杯だ。おそらく、昨日の騎兵による威力偵察もこちらの兵力を把握するためだったのだろう」
「そして我々には倍する帝国兵を蹴散らして翻弄したという実績が残り、帝国軍は実質的な損害はほとんどない、そういうわけですか。ですが、我々は帝国軍の兵士を殺しています。他の兵が納得しますかね」
昨日の事、夜明けとほぼ同時に帝国軍の小隊規模の騎兵がアミュゼたちの宿営地近くに出現し、迎撃の準備を整える間もなく走り抜けていった。
完全武装で騎乗していたため威力偵察だと判断したが、そのせいで簡易拠点の所在が知られていることを知ったアミュゼたちはこれまでの隠密活動を断念し、砦に攻撃を仕掛けつつ時機を見計らって王国に戻ることにしたのだ。
このまま帰国したとて責められるいわれはないが、多少なりとも帝国に損害を与えて王国民の士気を高める必要がある。
それを見越した帝国側の思惑は理解できたものの、それで一般の兵士が納得できるとは思えなかった。
「その分はしっかりとやり返されたからな。むしろ被害はこちらの方が多いくらいだ」
苦々しい表情で吐き捨てるアミュゼ。
帝国側の動きは彼にとって都合の悪いことではない。むしろ上手く利用すれば労少なく利が多いほどなのだが、大切な部下を幾人も失い、自らも地に打ち落とされ、愛馬まで殺されたのだ。内心はいかほどのものだろうか。
「どう、されますか?」
「乗るしかなかろう。これ以上くだらないことで兵を失いたくない」
湧き上がる激情を抑え、冷静に判断を下した指揮官に、男は頷いて兵士に合図を送ったのだった。
というわけで、今回はここまでです
冒頭にも書きましたが、先週は更新できず申し訳ありません
自分も最初の書籍化から8年が経ち、今後の活動について色々と考えるところがあったのでその準備やらに追われておりました。
まぁ、ただの言い訳ですね
今後はこちらの方もしっかりと更新しつつ、作家活動を頑張りたいと思います
今週も最後まで読んでくださってありがとうございました。
そして感想を寄せてくださった方、心から感謝申し上げます。
数あるWeb小説の、この作品のためにわざわざ感想を書いてくださる。
本当に嬉しく、執筆の励みになっております。
なかなか返信はできませんが、どうかこれからも感想や気づいたこと、気になったことなどをお寄せいただけると嬉しいです。
それではまた次週の更新までお待ちください。




