第81話 気分が良いので偵察に行ってきます
「レスタール分隊長! お怪我は?」
バスクを全速で走らせて少しすると撤退していった仲間たちに追いつくことができたが、俺の姿を見るなりオーリンドさんが走り寄って来てそう聞いた。あ、走ったのは彼女が乗った馬だな。
「大丈夫。怪我は無いよ。他の人たちは?」
心配してくれたのか、真剣な顔で俺の全身を見つめてくるオーリンドさん。睨んでいるような目だけど、いつも睨まれている俺にはその違いがわかる。多分。
ところどころ返り血で汚れているからパッと見た目怪我をしているように見えたのかもしれない。
バスクにいたっては口の周りが血で真っ赤に染まってるからな。
……いつまでも美味そうに噛みちぎった馬肉を咀嚼してないでさっさと飲み込みなさい。
「徒歩の兵は無事です。護衛と囮の騎士が数人負傷していますがそれほど大きな怪我ではありません。第76分隊も軽傷です」
一呼吸置いて気持ちを落ち着かせたオーリンドさんがいつもの冷静な口調で報告してくれた。
途中で気配を探っていたけど、王国の連中が追ってくる気配はないし、もう少しで緩衝地帯を抜けて完全に帝国の勢力圏に入る。あの戦力規模でそこまで進出してくることはないだろう。
第17分隊と第24分隊の人たちを回収できなかったのは申し訳なかったが、とりあえずは一息ついて大丈夫そうだ。
「治療が必要な人はいる?」
「するに越したことはありませんが、ここならば砦に戻ってからのほうが良いと思います」
確かに。
そのほうがしっかりと治療できるし、間もなく馬を置いてきた地点に着くから騎乗すれば砦まではすぐだ。それに、報告も早い方が良いだろう。
ほどなくふたりの分隊長とも合流し、口々に礼を言われた。
あれだけの戦力に反包囲されて全員無事に戻って来られたのはふたりが俺みたいな若造の指示をちゃんと聞いてくれたのが大きいので逆に俺が礼を言いたいくらいなんだけどな。
馬と見張りの兵士が待っている地点に到着し、すぐに砦に向かう。
とはいってもつい先程まで走り回らせた馬たちの負担を考えて足取りはゆっくりと、まるで散歩でもしているような速度だ。
「…………」
「…………」
俺の隣をオーリンドさんの馬が歩いている。
特に話すことがあるわけではないので無言。なんだけど、チラチラと俺に彼女から視線を向けられているのを感じる。
……どうしたんだろ?
「えっと……」
「あのっ!」
かぶった。
「「…………」」
気まずい。
けど、このままだと埒があかない。
多分今回の作戦で言いたいことがあるんじゃないかと思うんだけど。
「ど、どうぞ」
文句を言われるのを覚悟してオーリンドさんを促す。
「は、はい。その、助けてくれてありがとうございました」
「へ?」
意外すぎる言葉に思わず間の抜けた声が出た。
「それと、これまで失礼な態度を取って申し訳ありませんでした」
「え、えっと、き、気にしてないので大丈夫です」
そもそも言われたこともあながち間違ってなかったし。
「あの黒い騎士の噂は聞いていました。卓越した武人で、指揮官としても優秀。近隣からは黒衣の魔王子と呼ばれて恐れられているそうです」
そうなの?
確かにかなり強かったけどさ。
「敵わないまでも少しでも足止めできればと思っていたのですが、まるで刃が立ちませんでした。レスタール卿が間に入ってくれなかったら私は死んでいたでしょう」
悔しそうに言うオーリンドさん。
彼女だって砦ではそれなりの使い手だ。
女性だから腕力では劣るが槍や剣の腕前は相当なもので、血の滲むような鍛錬を重ねてきたのがわかる。
けど、あの黒い奴は下手をすればレスタールの狩人と互角に戦えるくらい強いし、剣技だけなら俺より上だ。彼女に限らず砦の兵士では少し荷が重いだろう。
とはいえ、最初の一撃を防ぐことができたのはオーリンドさんの腕前があってこそだ。
俺がそう言うと、彼女は困ったようなはにかんだ笑みを浮かべて首を振る。
「少し自惚れていました。それに、レスタール卿のことも少し強いだけの不真面目な人だと誤解していましたし」
「それは、まぁ、俺にも原因がありますから。それにそこまで真面目じゃないのも事実だし」
これも本音だ。
人を殺したいとは思わないけど戦うのは嫌いじゃないし、軍の仕事もちゃんとやろうとは思っているけど、あくまで俺の最優先はレスタール領のこととお嫁さん探しだ。
一番機会が多かったはずの学院では全敗だったからな。
ただでさえチャンスが少ない辺境の最前線。わずかな機会も見逃すわけにはいかないと、休暇を楽しみにしているのだ。そのために任務をこなしていると言っても良い。
俺はそんな事情をかなり穏当で遠回しに言うと、オーリンドさんが初めてクスリと小さな笑い声を上げた。
「まぁ、オーリンドさんみたいな真面目で努力家な人から見たらイライラするのもわかりますから」
「カルーファです」
「え?」
「私の名前。カルーファと呼んでください。私は貴方の部下ですから」
えっと、ホント、どうしちゃったんだ?
ひょっとしてものすごく恩義を感じてくれてるのか?
……頭を打ったからとかじゃない、よな?
困惑と喜びが混ざってグルグルした頭を抱えてたら、あら不思議。
いつの間にやら砦に着いてました。
とりあえず負傷者を治療所に連れて行き、その足でボーグ司令官のところにふたりの分隊長と一緒に向かい、状況を報告した。
「そうか。魔王子の部隊か。よく無事に戻ってきてくれた」
難しい顔で腕組みする司令官閣下。
「レスタール分隊長の感覚では今回の作戦に投入されたのは100名ほどのようですが」
「追ってきた連中の動きから、できるだけ消耗を避けようとしているように感じました。深追いはしてきませんでしたし」
ポルス分隊長とセンジグ分隊長もそう付け加える。
「魔王子の部隊はそれほど大規模ではなく、王国では遊撃、予備兵力の扱いだという。こちらにとってはありがたいがな」
「やっぱり王族なんですか?」
俺が質問するとボーグ司令官は苦笑を浮かべつつ頷いた。
「異民族出の側妃の子らしい。王族の中での立場は弱いが、武力と戦術で頭角を現した人物だ。その分宮廷内に敵が多いようだが」
「あの、相手が王族みたいだったんで、トドメを刺さずに撤退したんですが、マズかったですかね?」
不安に思いつつ訊いてみる。
「トドメを刺す機会があったのか!? ……いや、むしろそれで良かったのかもしれん。確かに優秀すぎる指揮官が王国に居るのは驚異だが、魔王子は理性的で無駄のない用兵をする。被害は最小限に、戦果は最大限にという気質は無駄な戦いを避ける。王国内では常に王家と高位貴族の間で権力争いを繰り広げているが、魔王子が居なくなれば功を焦った連中が一挙に帝国との全面戦争になだれ込むかもしれん」
立場が弱くて高位貴族とのつながりも薄い王子が独自の戦力を持っているってことになれば、主戦派の連中も迂闊に帝国攻略に全力を出せないってことか。
「ですが、今回はどうしてあの者が国境に来たのでしょうか」
「王国が森の中の拠点を失陥したことで士気が落ちているようだ。おそらくは砦との小競り合いに勝利して士気を高めたいのだろう」
「そうなると、簡単には引きそうにありませんね」
ポルス分隊長がそう呟くと、しばらく考える素振りを見せたボーグ司令官が何か思いついたらしく口を開いた。
「いや、要は向こうが勝ったと思わせられれば良い。こちらの被害をできるだけ抑えてな。だが、情報が足りん。魔王子の部隊の正確な規模、拠点、構成がわかれば誘導することもできるのだが」
「偵察に出ますか?」
「危険すぎるな。魔王子も十分に警戒しているはずだから近づくのは難しいだろう。何度か衝突して測るしかない」
ん~、ようするに、細かいことがわかれば王国側が勝ったと思って撤退させることを最小限の被害でできると。
さすがは軍でも屈指の実力者と言われる第8兵団長。
「あの、俺が偵察行ってきましょうか?」
「なんだと? しかしいくら貴公でもそれは……」
「俺なら夜目も利きますし、多少離れていても気配でわかります。それに、万が一発見されてもなんとかできますから」
獲物に気付かれないように近づいたり観察するのは狩人の得意とするところだ。
それに夜間ならそう簡単に包囲させないように動けるからな。馬やリグムが居なくても数十ライドを移動するくらい平気だし。
結局、無理のない範囲でとりあえず偵察してみようということになった。
一応万が一に備えて1個中隊が緩衝地帯の手前で備えるそうだ。
「ってわけで、申し訳ないけど今回は単独行動を取らせてもらう。その間、オーリンドさん、あ、いや、か、カルーファ? に、任せるから」
いつものように呼んだら睨まれたので言い直す。
他の奴らがビックリした顔をしてるな。
俺もだよ。
「分隊長、くれぐれもお気をつけて」
カルーファの態度が突然軟化したのは驚いたけど、女性に優しくしてもらうのは素直に嬉しい。
失望されてまた冷たくされることがないように頑張ろう。うん。
今週も最後まで読んでくださってありがとうございました。
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数あるWeb小説の、この作品のためにわざわざ感想を書いてくださる。
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それではまた次週の更新までお待ちください。




