61話.叛逆の兆し
家族が全員処刑された次の日から、モアの生活は一変した。
貴族の館。その一室がモアに与えられた。
今まで古く、みすぼらしい家に住んでいたモアには信じられないほど豪華な部屋だった。
余りの豪華さに、数10秒動けなくなってしまった事を覚えている。
日々の食事もゼイ伯爵から支給された。
農村にいた頃には、1日小さなパンや少しのスープくらいしか食べられなかったのに。
貴族の庇護下に入った途端、豪華な食事が毎日好きなだけ食べられるようになった。
日中は、ミリーナから魔法を教わっていた。
ミリーナの魔法の訓練は厳しいものだったが、農村にいたころ、父から暴力を振られ続けていた時に比べれば何倍もマシだった。
ミリーナ・リリエンタール。
得体の知れない女だったが、ゼイ伯爵と協力者と聞き、貴族はこんな女も手玉に取っているんだなと感心したものだ。
「ミリーナ、ゼイ伯爵はなんで俺を気にかけてくれるんだろう」
「それはね、君に利用価値があるからさ。誰もが舌を巻くほどの魔法の才能がね。覚えとくといいよ。この世の中はね、価値がないやつから淘汰されるようにできているんだ。神に選別されるみたいにね」
そして、ミリーナは指で首を切られるジェスチャーをした。
「そして、今の君の神はゼイ伯爵だ。彼に不要と判断されれば、君も死ぬことになる」
「だから、父は死んだの?」
「その通り!よく分かってる〜。偉いよ〜」
そして、ミリーナはモアの頭をくしゃくしゃと撫でた。
その笑顔は優しいのに、その目に俺は映っていないような気がした。
1年ほどで魔法の基礎を学び終えたところで、ミリーナは顔を出さなくなった。
代わりに、今度はゼイ伯爵の護衛として同行する機会が増えた。
そんなある日、いつものように護衛として農村に行くことになった。
目的は税と作物の徴収だ。
本来直接受け渡しの仕事をするのは使者の仕事であるが、今回は監査の為ということでゼイ伯爵が直接出向くことにしたとのことだった。
「今年の税は通常の倍だ。一家ごとに1トンの小麦を納めよ」
ゼイ伯爵は、村に着くなり、開口一番に農民たちを威圧するように声を張り上げて言った。
「そんなに多くを納めたら、冬を越せません!」
老人の農夫が震える声で訴えたが、ゼイ伯爵は聞く耳を持たなかった。
「払えない?ならば貴様は生きる価値がないと言うことになるな」
突然の、あまりの発言に周囲はどよめいた。
「理不尽に思うか?だが、よく考えてみろ。この国は、国王様の先祖が中心となり作った。そして、私たち貴族は千年近く王が築いたこの国の発展を支え続けた。だからこそ、その庇護下にあるものとしてお前たちは貴族を支える義務があるのだ。それをしないということは、恩恵だけを貪る寄生虫でしかないと思わないか?」
ゼイ伯爵は大きく体を動かし、オーバーなリアクションで熱弁した。
周囲からざわめきは消え黙り込んだ。
当然モアにはそれがゼイ伯爵の演説に納得したからではなく、避けようがないに理不尽に絶望したからに見えた。
「そう言われましても、それでは私たちにも生活が…なにとぞお考え直しを」
またしても先程の老人が声をあげる。
その声に、ゼイ伯爵は心底呆れたとでも言いたげな顔で、肩をすくめる。
「そうか。ならば死ね」
「え?」
村人たち全員が絶句し、絶望の表情を見せる。
「代わりはいくらでもいる。モア。お前が殺せ」
「は?」
思わず声が出る。
「どうした?嫌か?」
「あ、えっと」
頭が混乱した。いきなり殺せなんて。そんなことができるはず…
だが、その時、家族が死んでいく様が脳裏に浮かんだ。
長年一緒にいた家族が1人ずつ処刑されていくあの光景。
あれを今度は自分がやる側になれとゼイ伯爵は言っているのだ。
手が震える。
だが、ゼイ伯爵の圧には逆らえず、次第に真っ黒な感情が自分の中に芽生え始めているのを感じた。
そこから先のことは、曖昧な記憶しかない。
必死に忘れようとしたからだ。
ただ、攻撃魔法を放ったその手の感触だけは、はっきりと残っていた。
魔法が直撃し、肉片が焦げていく感覚。
ミリーナにすごいと褒められた、自分でも少し誇らしく思い始めていた魔法のだ。
数日部屋にこもっていても、ゼイ伯爵は何も言わなかった。
だが、そのことがあったからこそ、モアは理解したのだ。
この世界を支配しているのは、貴族だということを。
そしてモアのように下の存在は、貴族に自身の存在意義を示せる事こそが幸せなのだ。
ゼイ伯爵もミリーナもそう言っていたのだから。
貴族から寵愛を受ければ幸せになれると。
俺は父のようにはならない。
モアは貴族に従う決意を決めた。
例え、あの日のようなことをもう1度求められたとしても。
やってやろう。
今度は平然と。
だが、その決意が実を結ぶ日はこなかった。
俺が決心した半年ほど後、旅に出ていたルナ王女が帰ってきたのだ。
ルナ王女は、貴族に対しても厳しい取り締まりを行った。
貴族であっても、正当な理由なく民を害してはならないという法を厳格化したのだ。
これにより、ゼイ伯爵もモアにあの日のようなことを頼むことはなくなった。
それがちょうど今から13年前のことだった。
◇◇
なぜ、こんな気持ちになるんだ。
俺は、自分の選択を、決意を後悔しているとでもいうのか。
モアは戦っているミリーナとタナ、それにリアをただ眺めている事しかできなかった。
「モア君、強化魔法を!」
タナの呼びかけてくる声が聞こえたが、俺は答えなかった。
ミリーナは貴族の使者だ。
ならば、貴族の意思をくみ取ってタナと自分はここで死ぬべきなのだ。
リアは、ミリーナに斬りかかる。
ミリーナが拳を繰り出すが、うまいことかわしてカウンターを繰り出している。
リアは、ミリーナのどんな予想外の攻撃にも対応できるように、後の先での攻撃に切り替えたようだ。
相手の特性を掴み、即座に立て直すその対応力はさすがと言わざるを得ない。
だが、ミリーナの能力にはもう一つ謎がある。
攻撃がいっさい効かないあの謎の耐久力だ。
その謎をとかなければ、ミリーナには絶対に勝てない。
ミリーナはリアのカウンター狙いの一撃もひらひらと避けている。
この戦法も効果は薄そうだ。
「逃げるな!!」
そのとき、唐突にリアが叫ぶ。
それはミリーナに対しての激高だと思った。
だが違った。
「モアさん…いえ、モア・アウグスモンド!」
それは、俺の名だった。
逃げる?俺が何から逃げているというんだ。俺はゼイ伯爵のご意向に従っている。
それは正しい行いのはず…
「あなたは、自由の騎士団でしょう。ならばその肩書に恥じない在り方をしなさい!」
ミリーナとの戦闘を続けながらも、リアは叫ぶ。
その言葉がどうしても許せず、俺は叫んでいた。
「ふざけるな!俺ほど自由の騎士団にふさわしい働きをしているやつがいるものか!お前が不敬にも貴族を毛嫌いしているからといって勝手なことを言うな」
貴族という、国を支える高貴な方々を支えている俺が一番自由の騎士団として貢献しているはずだ。
国には指導者が必要であり、その大半の役割を果たしている貴族を排除しようとしているルナ王女やリアの方がおかしいのだ。
「死ねと、それも使いっぱしりに言われて全てを放棄することがふさしい働き?笑わせないで」
だが、リアはそんな俺を嘲笑うかのように言った。
「なっ!?」
「貴族がどうのこうのじゃない。
自分の決断が正しいと思うなら、俯かないで胸を張りなさい。
あなたが死ぬと決めたその決断は、
本当に貴族のためになってるの?自分の信念を突き通したって本当に言える?」
リアの問いかけにに俺は唖然とする、
周りのバカな奴らは、俺に文句を垂れる時、誰もが貴族に味方することを怒っていた。
だが、こいつは俺の信じるものを否定していない。
その信条への向き合い方を否定しているのだ。
誰よりも貴族を嫌っているにも関わらずだ。
ギリッと歯を食いしばる。
すぐに反論してみようと言葉を探したが、何も浮かばなかった。
やっとわかった。
彼女のこういう所が嫌いなんだ。
貴族の敵だからとかじゃない。
自分に厳しくて、他人にも厳しいところが無性にイラついてしょうがない。
その真っすぐさを見ていると嫌でも突きつけられる。
あの日、貴族に服従する事を選んだ日、俺は本当は決断したんじゃなくて、逃げたのではないかと。
俺のスタンスを受け入れられ、その上で否定してくるなんて、やりにくくてしょうがない。
こいつは、俺の信念そのものに問いかけてきやがるんだ。
分からない。俺がどうすべきか分からないが…
「くそ」
無意識に感情がそのまま声となって出た。
ムカついた。
たしかに、リアの言う通り、俺は貴族に直接命令されたわけではない。
だが、ここでこの邪悪な女にただ殺されることが、貴族の為になるとはとても思えなかった。
ここは、何としてもこのミリーナという女を倒すべきではないのか?
貴族…ゼイ伯爵にはその後改めて真意を問えばいいではないか。
それに、尋ねたいこともできた。
リアの思い通りになるのは、非常に癪だがムカついたからしょうがない。
「くそっ、分かったよ!」
本当に自分が死ぬことが正しいのか。
そもそも…
せめて、この引っ掛かりが解消されるまでは、死ねない。
そう思えたから。
「特大バフ魔法だ!後で体ぶっ壊れるから覚悟しろ!リア・エリーゼ・ヴァイロン!!」
俺はもともと外れていた錠を放り投げて、魔法の呪文詠唱を始める。
「上等!のぞむところよ」
リアは剣を構え、勇ましく、不敵な笑みを浮かべたのだった。
読んでくださりありがとうございます。
タイトル変えるかもしれません。混乱を招いてしまい申し訳ないですが、この作品のことだと分かるタイトルにはするので、よろしくお願いします。
◇◇
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