58話.下手人
「よかろう。場所は2か月後、死の庭でだ。楽しみだな」
「死の庭?」
セレーネが呟く。
「逃すわけないやろ」
マクラが、人化を解き、襲いかかる。
今度はマクラだけではない。フェルミナもオルも人型のまま部分的に人化を解き、襲いかかる。
並のものなら恐怖でショック死してしまうのではないないかと思えるほどの力の波動が空間を支配した。
だが、そんな彼女たちの攻撃が届く前に、ネメシスはその場から忽然と姿を消してしまった。
後には黒い残滓が残っているだけだった。
チッとマクラは大きく舌打ちをした。
「2ヶ月後」
セレーネが小さく呟いた。
◇◇
その場に残された者たちの間には気まずい空気が流れた。
「それで、あの者は何者なんでしょうか?」
初めに発言したのはオルの唯一の部下ディアボロスだった。黒い執事服を着た悪魔は、重たい沈黙の中でも普段と変わらない軽い口調で言う。
「そうっす。絶対やばい奴っすよ。なんかヤバいこと言ってたし」
「ま、真蜘羅さま、あいつは一体」
「あー、あいつは…」
マクラが説明を始める。
その一方で、1人呆然とした顔で俯く人物がいた。
ルナだった。
彼女はマクラの説明も耳に入っていないようだった。
「ル、ルナ様大丈夫…ですか?」
ロイドがルナに駆け寄る。
大丈夫なはずはない。人族、魔族、魔獣を巻き込んだ戦争など、ルナが許容できるはずがない。
そうでなくても、ルナにとっては衝撃の事実を一気に聞かされたのだ。
ルナは強いと魔獣四王は全員信じている。
この程度ではへこたれないと。
だが、それでも立ち直るには少し時間が必要なはずだ。
「リアさんもなにか…あれ、リアさん?」
ロイドは共に付き添いとしてきていて、ルナとの信頼も高いリアに助けを求めようとした。
だが、そこでリアがいないことに気づく。
正直この場も放っておける状況ではない。
誰もがネメシスの登場に、動揺し、不安を隠せないでいるようだった。
S級魔獣であるマナフたちですら、ネメシスの圧倒的な存在感に当てられてこのざまなのだ。
ただの子供であるロイド君も心配だし(と言うか、よく発狂しなかったなと感心しているくらい。肝が据わった子だ。オルのおかげかな?)、外で待機している魔獣の配下たちもきっと不安を感じている事だろう。
だが、地下で起こっているもう一つの事件を置いておくこともできない。
「待って。話はあとで。そう、ね。フェルミナ!ついてきて!」
「え?」
そう言ってセレーネは、フェルミナの腕を掴み、駆け出した。
◇◇
時は遡り、ちょうどネメシスがセレーネたち相手に語っている頃。
地下に会話が聞こえるはずもなく、牢屋は静まり返っていた。
そんな空間にカツン、カツンと1つの足音が聞こえてきた。
「にぃーはっはっは」
陰鬱とした空気の流れる牢獄に場違いな甲高い笑い声が聞こえてくる。
そして、声は次第に近づき、1人の女が近づいてきた。
「誰?」
「お、お前は!?」
タナトスとモアは疑問の声を上げた。
「んー?下手人♡」
そこに来た女、ミリーナ・リリエンタールはにんまりと笑って答えた。
その笑いには、意地の悪い殺気がこもっていることを、似たような趣味を持つタナトスはひしひしと感じ取っていた。
◇◇
上目遣いで可愛い仕草を保ちながらゆっくりとミリーナはタナトスとモアに近づいた。
ミリーナには、ネメシスから2つの指示が与えられていた。
1つは、地下に幽閉されているタナトス・アルティミスとモア・アウグスモンドを始末する事。
魔獣四王の小娘共がネメシス様にくぎ付けになっている今なら容易すぎる任務だとミリーナはほくそ笑んだ。
なにせ動けない人間2人を殺すだけなのだから。
自分で洗脳しておいてなんだが、モアの貴族主義は気持ち悪いと思っていたし、”超感覚”によって肌から敏感に痛みの兆候を感じ取れるタナトスに、避けようのないナイフを突きつけるのはとても楽しそうに思えた。
嗜虐心が刺激され、思わず舌なめずりをしてしまう。
「お前は!?なぜここに!?」
驚いた顔をしてモアが立ち上がるが、モアの手をつないでいた鎖がガシャンという音を立て、モアの行動を阻害した。
「モアくん?知ってるの?」
不思議そうな顔をしてタナトスが尋ねる。
「ゼイ伯爵と時々一緒にいた女だ。伯爵からは協力者だと伺っていたが」
「久しぶりだね。モアちゃん。お貴族さまに仕えてきた君なら今日来た目的は大体見当がついてるんじゃないかなぁ?」
「どういう意味だ!?」
「…分かってるのか鈍いのか。まぁいいや。君の失態にゼイ伯爵はお怒りなんだよ。それで、君たちの抹殺を命じてきたってわけ」
「なっ!?」
まぁ嘘だけど。
「わかったら苦痛を受け入れて死んでね」
そして、ミリーナは牢屋の柵に近づき鍵穴を覗き込んだ。
「んじゃ、よろしくね」
私のつぶやきが誰に対する言葉かとタナトスは不思議そうに首を傾げた。
そうだろうなと思いつつ作業を開始する。
モアは意気消沈という具合に俯いている。
3秒でガチャンという音がして扉があいた。さすが私!鮮やかな手口。
牢屋に入ると、タナトスは敵意を向けてこちらを睨んできた。
嗜虐心が一層刺激された。
タナトス・アルティミスという人間はいい感じにイカレてるし、実力も高い。
何より、顔がいい。
そんな奴がかわいい私に屈服して、顔を歪ませる姿を早く見たい。
「にぃーはっは。モア君、なんだか落ち込んで動かないねー。まずは君で楽しもうか」
「へぇー。楽しむってなにして?」
「それはもちろん、動けない君にたくさんいいことして」
その瞬間、ニマリとタナトスが大きく顔を歪めて笑った。
え?
予想外の反応に困惑して私は一瞬固まる。
その瞬間、顔中から焼けるような痛みが走る。
右目の視界が溶けるようにぼやけた。
何が起こったのか確認する前に、私は急いでその場から距離を取る。
顔に手を当てると、複数のナイフが突き刺さっていたのだ。
タナトスの手元に目をやると、彼を捉えていたはずの手錠は外れていた。
こじ開けたのではなく、まるで最初から鍵が開いていたかのように。
私はそれが誰の仕業なのか、すぐに理解した。
タナトスが収納袋からナイフを取り出し、襲い掛かってくる。
私は後ろにあった牢屋の柵を物理で破壊し、後ろに飛びのく。
バラバラになった柵が辺りに散らばった。
「…っ、セレーネェ!!」
おそらく今回の事態を裏で操っていた忌々しい女の名を叫ぶ。
あー、ほんとむかつく。ネメシス様気どりかよ。
このような状況になった場合、撤退しろと言われていたが、もう関係ない。
殺そう。仕返しにあいつが守ろうとしていたものは全て
破戒してやる。
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