36話.古城の防衛線②:開演
とても晴れた日だった。
そんな天気とは裏腹に、憂鬱な気分に苛まれている男が一人。
俺だ。
俺はモア・アウグスモンドという。
王国最強の冒険者パーティと言われる集団、自由の騎士団の一人だ。
こんな天気に戦争を仕掛けないといけないんだから気が重いったらない。
先日5大貴族から直々に依頼があった。
とある古城に集まった魔獣四王四匹を討伐せよと。
偉大なる最高位貴族からの命令だ。
そのこと自体は名誉の極みである。だが、依頼内自体は最難関などというレベルではない。
はっきり言って不可能だ。
貴族の方々は騎士と冒険者から総数1万以上の軍勢を集めてくれた。
その手腕はさすがと言うべきだろう。
だが、この人数でも魔獣四王の前では手も足もでないことは、火を見るより明らかだ。
魔獣四王。この世界で頂点に立つ魔獣4匹の異名。
一匹一匹が危険度Sランクオーバー、つまり魔王クラスの存在。
一匹討伐につき、王国が全勢力をぶつける必要があると言われている。
そんな異次元の連中に勝てるわけがない。
貴族のためならば、命を捨てる事もいとわない覚悟は持っている。
だが、さすがに失敗と死が確定しているこの任務内容では、陰鬱な気分を止めることはできそうにない。
それに加えて集まった自由の騎士団がまさか俺ともう1人だけだとは。
戦力不足にもほどがある。
せめて、7人揃えば、且つ相手が1匹なら勝算もあるかもしれないのに。
しかも、同行しているそいつは、自由の騎士団随一の問題児ときている。
「モアくん、何やってんの?古城が見えてきたよん」
軽快な口調で話しかけてくる。死神の異名を持つ問題児。
タナトストス・アルティミスは、今日も見てるこっちがさらに陰鬱になりそうな恰好をしていた。
全身喪服のように黒い服に真っ黒な服に黒い髪。そんな黒一色の中で。耳に空けた大きな金に光る十字のピアスが不気味に光っている。
ぎょろりと見開く大きな瞳は不気味そのものだ。
こちらを向いているのに、こいつの焦点に俺は入っていない。
何を考えているのか、分からない奴だ。
早く突撃しないの、と言わんばかりの無邪気な顔で問いかけてくる。
魔獣四王に対してもその好戦的な態度には呆れるしかない。
だが、今回の作戦では頼りになる事は間違いない。
死さえも恐れずにどうやったら魔獣を狩れるかだけ考えているような奴だ。
まさに、この作戦に適任と言えるだろう。
「戦力分析中だ。もう少し待ってろ」
タナトスからの問いに端的に答えた。
向こうの魔獣は相当な数だ。
慎重に作戦を立てねばならない。
タナトスの少し考えれば分かるような質問に答えてやる時間すら惜しいのだ。
タナトスをうまく使えばきっと魔獣の軍勢に大打撃を与えられるはずなのだから。
そう。この理不尽な作戦のモチベーションを少しでも上げるには、如何に相手に甚大な被害を引き起こしてやるかという視点で考えるしかないのだ。
他のメンバーもくればよかったものを。
奴らはいつも貴族に逆らう。自由の騎士団統括のルナ王女自体が貴族に敵対しているのだ。
仕方ないことなのかもしれないが、愚かなことだ。
王女殿下ももう少し貴族と協力的になればいいものを。
さて、見たところ古城付近には魔獣四王はいないようだ。
もっとも奴らの側近が全員古城にいることから、
そのうち戻ってくるのではないかと推察できる。
全体の戦力を確認する。
不死鳥・バーナード。
幻白蜘蛛・紫苑
スカルスライム・マナフ
強欲の悪魔・ディアボロス
いずれもS級クラスの魔獣だ。恐らく魔獣四王不在の間、主力となっているのはこいつらだろう。
あの面子相手に真正面は流石に厳しいか。
「あ〜、確かにちょっと強そうだよねぇ。けど肝心の魔獣四王はいないみたいじゃん。俺そっちを楽しみに来てたんだけどなぁ〜」
タナトスが不満げにつぶやく。
この状況で魔獣四王がいればといい出すあたり、やはり相当イカれている。
こいつはただ、魔獣四王と戦うのが面白そうという理由で来ているのだ。
「いないのは結構なことだ。まずは側近を狩れば戦力は半減。一気に」
「でも俺たちだけじゃ難しいかもよ。せめてリアちゃんとかいればなぁー。あの子もめっちゃ強いし」
意外だ。こいつが戦力分析をするなんて。
だが、その後にタナトスは俺が最も嫌がる人物の名前を口にした。
その事で、そんなことはどうでもよくなる。
「俺の前でその名を出すな。不快だ!」
気づけば、怒鳴りつけていた。
かつて貴族に逆らい、五大貴族に重大な損失を与えたにも関わらず、王女に取り入って、
なぜか、なんの刑にも付していない愚かな女。
自由の騎士団、叛逆騎士リア・エリーゼ・ヴァイロン。
俺が最も嫌いな女だ。
「およ?まだ喧嘩中?」
「けんかなどしていない。あの罪深い女がが許せんというだけの話だ」
「うわ。逆恨みじゃん。モア君のそういうとこ、気持ち悪いよ」
「逆恨みではない。貴族に逆らうあの女が悪い」
「こわわっ。相変わらず貴族信者だねぇ。一応仲間なんだからほどほどにね」
仲間、という言葉で、俺がタナトスを睨みつける。
タナトスをやれやれと肩をすくめた。
「ま、いっか。そろそろ作戦決まった?」
「いや、それはまだ」
作戦などない。
貴族の命を受けてから2日かけてここまで来たのだ。
休憩には必要以上に気を使ったから今からでも十分戦えるが、万全でなくて勝てるほど甘い相手ではない。
いかに罠を張って、魔獣どもに気づかれず狩っていくかが課題だ。
騎士の中にはこの状況でも正々堂々戦うべき、というやつもいる。
だが、それは旧時代的で、非合理的な考えだ。
俺はそこまで愚かではない。
貴族の障害となるものは俺が潰す。そのためには、どんな手段でもつかってやる。
だが、次のタナトスのアクションにより、俺の計算は一瞬で崩壊したのだった。
「ね~。作戦きまったぁ?」
「しつこいぞ。まだだ。この地形では奇襲は難しいだろう。今は現状使える魔法で、暗躍する方法を…」
「そっか残念!時間切れです」
「は?」
なんとそう言って、タナトスはニヤッと笑い、古城へ向かって全力で荒野を駆け出したのだ。
「なっ!?おい、イカれ野郎!!なにやってる!?」
どうやらタナトスは待ちきれなかったようだ。さっき俺達だけじゃ厳しいって言ったのをもう忘れたのか!?
最悪だ。あいつ。
ご馳走を目の前にしたガキかよ?
急いであとを追いかける。止めるか?
いや、いいか。もう遅い。
こうなったらタナトスを軸に勢い任せで勝負するしかない。どうせタナトスは止まらないのだから。
俺の立ち回りで、この特攻をうまく奇襲として成立させるのだ。
そして、戦いが始まる。
何匹がの魔獣がタナトスの前に立ちはだかった。
「邪魔ぁ」
タナトスは気だるそうに言う。
そうして魔道具の一つ。超小型アイテムボックスから
タナトスは愛用の武器である大鎌を取り出した。
タナトスは武器コレクターだ。
ナイフ、刀、槍など、希少性に関わらず気に入ったものを片っ端から収納している。
だが、タナトスが戦闘で使うのは大抵はその大鎌だ。
刃の柄には髑髏の装飾があり、刃渡も大きく1メートルはあるかもしれない。かなり派手なデザインだ。その刃は一瞬で魔獣達の命を刈り取った。
なんでもとあるS級の魔獣の素材から作った鎌だとか、詳しくは知らない。
タナトスが再度、とてつもない速度で大鎌を振った。
その細腕のどこにそんな力があるんだか。
一振り、二振り、三振り。
鎌が振られる度に魔獣は真っ二つになり、狩られていく。
しかも遠心力により鎌のスピードは益々上がっていっている。
開戦の狼煙には丁度いい派手なパフォーマンスだ。
思ったより悪くないじゃないか。
「皆のもの!!後に続け!!」
冒険者達は私の声に怒号で呼応し、一斉に駆け出した。
タナトス既に100匹は魔獣を駆逐したのではないかと思えるほど大量の魔獣を斬り捨てていく。
さて、ここからは私の出番だ。
と思っていたのだが。
猪のように猛突進していたタナトスが突然足を止めた。
何事かと、辺りの様子を見回す。
すると、驚くべきことに、タナトスが斬り捨てた魔獣の死体が突然霧になって消えたのだ。
その霧は、不気味な灰色に変化し、辺りに充満していく。
突然、タナトスが何もない所で顔を大きく振った。
だが、傷ついたのはタナトスの方だった。
頬がスパッとさかれ、出血する。
何が起きたが理解出来なかった。
これは…幻術か!しかも途轍もなく高度な。
幻影の霧の中から1匹の蜘蛛が姿を現した。
下半身が蜘蛛で上半身が人の姿。
おそらく種族はアラクネだろう。
「あ、あのっ!そこまででお願いします。お腹空いてないんです。帰ってください」
悍ましい異形の姿。
強い幻術。間違いない。
これが、魔獣四王、蜘蛛の王真蜘羅の右腕として知られるS級魔獣、幻白蜘蛛・紫苑か。
こいつも貴族の未来のために確実に駆逐せねばならない敵だ。
タナトスはペロリと頬から落ちてきた血を舐めた。
「へぇ、面白いじゃん。いい夢見させてよ。お嬢さん」
こうして怪物同士の戦いの火蓋は切っておとされたのだった。
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