37話.古城の防衛線③:ファン
幻白蜘蛛・紫苑。
アラクネというS級の蜘蛛の魔獣で、魔獣四王の一角、真蜘羅様の右腕だ。
霧状の毒を発生させ、相手の脳内に幻術をかける術士としての側面からその通り名がつけられた。
彼女とは戦場で何度か会ったが、ろくに話したことはなかった。
けれども、私は彼女といつかお友達になりたいと思っていた。
「今のどうやって避けたんですか?」
紫苑が不思議そうに聞く。
それは私も不思議に思っていた。
紫苑の幻術により、襲撃者には紫苑の攻撃はいっさい
見えていなかったはずだ。
それにも関わらず、あの男は紫苑の攻撃を躱した。
真っ黒な髪に真っ黒な目をした男。
身長から成人男性に見えるがどこか無邪気というか幼さを感じさせる顔だ。
両耳には十字架のピアスをしている。
「うーん、勘?」
「な、なんですか!?それ、そんなんで納得できるわけ」
「ゾワッてしたからね。ルナ様曰くそういう感覚は大事らしいよ」
自慢の幻術がそんなフワッとした理由で破られたからだろう。紫苑が珍しく大きな声で抗議した。
私だって納得できなかったし、本人からしたら尚更だろうな。
紫苑とは幾度か戦ったことがあるが、あの幻術には手を焼かされたものだ。
「天才か野生児といったところですか。強そうで嫌ですね。あー嫌だ嫌だ嫌だ。あなたのせいで任務が達成できなくて、犠牲者が出て、私が真蜘羅様に怒られるんだ。あー嫌です」
ブツブツともはや独り言に近いネガティブなことを紫苑は言う。
「そう?俺は楽しいけどね。強者と戦うの。君もせっかくだからもっと楽しもうよ」
そう言って男は再び髑髏の装飾がついた鎌を振り上げ、紫苑に向かって思いっきり振り下ろした。
紫苑は、再び幻惑の霧に隠れて、その攻撃に対処した。
「ありゃ、からぶり」
振るった鎌が空振り、男は呟く。
「価値観の押し付けですね。貴方のような男性は嫌いです」
「戦闘中でもおしゃべりが好きなタイプ?いいね!俺も嫌いじゃないよ」
ブンブンと幻覚に向かって大鎌を振り回すが、紫苑に当たる気配はない。
そこへもう1人、黒髪の男に後ろからついてきた白に金箔の紋様を着たコートの男が叫ぶ。
「まったく、そんな力技で当たるわけないだろう。皆!風魔法準備!!」
「「エル・ウィンド!」」
コートの男のさらに後ろからついてきた人間たちの大軍から、魔法使いらしき格好をした部隊が先頭に出て、一斉に魔法を唱えた。
特大の風魔法は、大きな風力を呼び、辺りの霧を吹き飛ばした。
そして、幻のベールが消え、紫苑の姿が炙り出された。
「よっし、み〜え〜たっ!」
姿を現した紫苑に対し、黒髪十字架ピアスの男は舌なめずりをし、大鎌で斬りかかる。
大きな鎌は紫苑の姿を真っ二つにしたかのように見えた。
だけど残念それも幻術だ。
「流石っす」
そう。そこが紫苑の幻術の怖い所!まさに幻惑の魔術師!
紫苑の戦術はまず自らの体液を使い蜃気楼を発生させる。
この蜃気楼による幻術は、現実を覆い隠す実際の視覚情報の操作だ。だから、全員に同じ景色が見える。
だが、紫苑の幻術はそこで終わらない。
その霧を構成する液滴に蜘蛛の毒液を多少混ぜ合わせる。人体へ害は与えられないが、その液滴が体内に入ると、今度は脳に作用する幻術を掛けられるのだ。先程のようにウィンドで対処したもの達は幻術を解いたと勘違いして、紫苑の本体に飛びつく。だが、それも幻術。気づいた時には、致命的な隙が生じる。
その瞬間を紫苑は逃がさない。
なんて根暗で陰険で狡猾な戦法っ!けどそれがいい!
「まじやべぇっす」
紫苑が蜘蛛の糸を固めて槍を作る。
そして、それで十字架ピアスの男を突き刺した。
「くっ!」
糸の槍は今度こそ十字架ピアスの体を捉え、深く刺さった。
だが、十字架ピアスの男はまたしても辛うじてだが、体を捻りギリギリ急所をかわしていたのだ。
見えていないのにどうやって!?
その時、突然コートの男が十字架ピアスの男に駆け寄り、体に手を触れる。
「解っ!」
男は幻術解除の魔法を唱える。
それで、十字架ピアスの男にかけた幻術が解かれてしまったのだろう。
「今度こそ、みっけ!」
十字架ピアスの男が振った鎌がついに紫苑の体を捉えてしまった。
これはまずい。私の記憶では紫苑は幻術には長けていても肉弾戦は不得意だったはずだ。
「トドメッ」
「ダメッ!!」
私は翼に炎を灯し、脇目も振らずに紫苑の方へと飛ぶ。
そして、十字架ピアスの男の鎌が振り下ろされるよりも早く紫苑を担ぎ、鎌を回避した。
「ダメっすよぉ!シオンちゃんにも、その主人である真蜘羅様にもまだサインもらってないんですからぁっ!」
何を隠そう、私は魔獣四王の大ファンなのだ。
その力の波動を目の前にして以来、私は魔獣四王の方々の尊きお力に脳を奪われた。
かつて最弱の魔獣であったにも関わらず、そこまで登り詰めたことも推しポイントだ。
だから、私は必死で努力して何とか魔獣四王の一角であるフェルミナ様の配下に下ることに成功した。
憧れのフェルミナ様に仕えることができるこの生活は満足以外の何でもない。
最近の目標は魔獣四王の御方々全員からサインをもらうことだ。
そうして私、フェルミナ様の側近不死鳥ことバーナードは戦いに参戦したのだった。
「魔法部隊、雷魔法で撃ち落とせっ!!」
もう一人のコートの男が号令を出す。
「はっ!、エル・エレク」
杖を持った兵隊達が再び魔法を放とうとした。
エル・エレクとは、最大雷魔法だ。
だが、魔法は発動しなかった。
その前にデカく丸い水の球体が魔法部隊を包み込んだからだ。
「させませんよ。今は仲間ですから」
人間達が呪文を唱え終わる前に、魔法行使を妨害したのは。スライム王の側近、スカルスライム、マナフだった。
液体に飲まれた男達は生命力を吸われ、地に倒れ伏す。
「チッ」
コートの男が舌打ちする。
液体はたちまち1人の男の姿へと変貌した。
人化の魔法を使ったS級ランクの魔獣。
「さて、本日の業務を開始しましょうか」
人化により、乱れた服を丁寧に整えてマナフは言った。
◇◇
ちょうどその時1人の悪魔が人間と魔獣の死闘を観戦していた。
「ええ、あなた様の予想された通り人間が来ましたよ。いかが致しましょうか?私としては参戦することもやぶさかではないのですが。魔獣四王、オルゴラズベリー様の側近の悪魔、ディアボロスとして」
悪魔は古城の誰にも聞かれない個室で1人、優雅にワインを飲みながら何物かと念話をしていた。
「…ほぉ、必要ない、ですか。承知しました。貴方様の御心のままに。ネメシス様」
そして、通話は切られた。
「さて、どうなるやら。見ものですね」
悪魔はワインをそっと置き、闇へと姿をくらました。
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