29話.フェルミナの冒険⑦ : 逆襲
※フェルミナ視点です。
船が勢いよく沈み。大きな水飛沫が立った。
それと同時についにクラーケンのでかい図体が海面から顔を出す。
その大きさは、山と見間違うほど大きく、まさに海の怪物とでも言うべき化け物だ。
クラーケンはそのでかい口を開け、とてつもなく大きな雄たけびを上げた。
それは勝負に勝った歓喜の咆哮だったのか、それとも大口を開けて私たちを食そうとしているのか、
それは私には見分けがつかなかった。
だがこの声は文字通り都市全体に響き渡った。その声
の主が誰なのか、この都市の住人達には確実に分かっただろう。
そして、そのことが住人たちに恐怖を煽る結果になっていることも容易に想像できた。
だけど、心配はいらないわよ。
クラーケンは恐らく既に勝負に勝った祝杯モードなのだろう。
けど、残念だったわね。クラーケン。人間はまだ負けてないわ!
だってこうなることをリアは作戦に組み込んでいたのだから。
初めからこうなることは避けられない展開として考えられていた。
それもそうだろう。命の危機にさらされて黙って食事をしているやつなどいない。
ここは海。どんな作戦を立てようが主導権はクラーケンにある。
だからこそリアはクラーケンがまだ食事気分でいる内に如何にこの怪物の戦力(足)をつぶせるかが勝負の分かれ目だと考えていた。
そして、足を8本中5本削るという中々の成果を得られたというわけだ。
もっともリアはここから先の展開に最も頭を悩ませたようだけど。
船を壊された後、言うまでもなく海中戦では勝ち目はない。かといって陸で戦ったとしてもクラーケンのあの巨体だ。勝ったとしても被害は甚大なものになることも間違いない。
そして悩んだ末、リアが選んだのは海上での空中戦だ。
リアが得意としている風魔法。あの魔法で生み出す風力で空を多少ながら空中に飛ぶことができる。
だからこそ、A級冒険者の中で風魔法に適性がある魔法使いだけが船に乗り込んだのだ。
「行きなさい。リア!」
彼女の背中に向かって叫ぶ。返事はなかったが、それでいい。
英雄の誕生を見れる予感に心が湧きたつ。
例え力が足りずとも、多くの人間を先導して、勇気を奮い立たたせて、勝利に導く。
そんな英雄の物語が私は大好きだ。
それを現実ですぐ傍で見れるなんて私はなんてラッキーなのだろう。
海中で竜巻が発生する。
「「超爆風龍巻」」
船に乗り込んだ魔法使い達全員が放った合わせ技だ。
人間は魔法詠唱のタイミングを合わせることで、発生する魔法を合体させさらに強力なものにできる
特技がある。
これは、魔獣にはできないことの一つだ。
詠唱だけでなく、魔法の発動タイミングや威力を完璧に合わせなければならない、この技術は
粗雑な魔獣にできる技でないことは言うまでもない。
人間たちの技術と研鑽のたまものであるその竜巻は強力な海流を生み出し、クラーケンの身動きを止めた。
その隙に海に沈んでいた冒険者たちが一斉に風に押し出されるように次々と海面から飛び出す。
風魔法を推進力にして勢いをつけ、海中でも素早い動きを可能にしたのだ。
クラーケンが困惑したように海面から出てくる冒険者達を見渡し、警戒の色を見せる。
だが、飛び出してくる冒険者の中に最も危険な騎士がいないことに、クラーケンは気づけなかった。
「これで」
1人、他の冒険者とは明らかに違うスピードで飛び出し、高速でクラーケンの足を根元から切り落とした。
「6本目ね。もうすぐチェックメイトよ」
クラーケンの蛸足を切り落とし、リアはニヤリと笑いながら言う。
海面から飛び出した冒険者たちは船の残骸の木片や浮かんでいる小舟に飛び乗った。
船の中での戦闘中、非戦闘員の低ランク冒険者たちが、必死で海に落としていた小舟だ。
初めから船が壊れる事を想定し、彼らの中でも風魔法を使えるものを抜粋し、
A級冒険者たちがクラーケンをひきつけている間に小舟を大量に海へ放り出す作業をしてもらっていたのだ。
つまり、ここまで全て想定通り。
こうやって人間たちがその牙で反撃に転じている中、私は何をしてるかって?
私は風魔法を使えないので泳いで小舟に避難中よ。獣化で羽を出すわけにもいかないしね。
正直ここから先はすることないかもね。
まぁでもいいじゃない。私の好きな人間たちの熱を間近でみれそうだし。
まぁリアとの勝負には確実に負けちゃいそうだけど、それもしょうがないかしら。
鳥が毛についた水を払うように小刻みに体を震わせて水を落とす。
周りにいる冒険者たちが、呆けたようなおかしな顔でこっちを見ているわ。
リアも何やら恨めしそうな顔でみている事に気づいた。何なのかしら?
さて、次は。
クラーケンがリアを恨めしそうに凝視し、反撃をしようと残った蛸足を彼女に振り下ろそうとしている。
けど、彼女だけ見てていいのかしら?人間はここで手を緩めるほど甘くはないわよ。
フェルミナは数々の英雄譚で人間の貪欲さを知っていた。
それも魔獣にはない人間の面白い所だ。
「全員、はなてぇーーーー!!!」
1人の魔法使いの号令で、一斉に魔法使いの冒険者たちが魔法の詠唱を唱える。
「エル・ファイアボール」
「エル・アイスショック」
「エル・ウィンド」
「エル・サンダー」
「エル・ロックショット」
火、水(氷)、風、雷、土の魔法5大属性。その基本的最上位魔法が5人のA級冒険者から放たれた。
A級以下の他の魔法使いもタイミングを合わせてそれぞれができる魔法を放った。
そして、重要なのはそれが放たれた場所だ。
それは海面ではなく、陸地からの一撃。
船に乗り込まなかった別動隊の攻撃だ。
完全にクラーケンの意識に存在しない奇襲の一撃が海の怪物に牙を剥く
「いっけーーー!!名付けて、七色の流星群」
別動隊指揮官の女性が大声で叫んだ。
一つ一つの魔法はクラーケンに大したダメージを与えられな小さなものだ。
だが、それらが束になるように重なり、相乗効果を生み出し、さらなる巨大な力となって
一直線にクラーケンに向かっていく。
別動隊がこの時のため魔力を貯め、威力を増幅させ、放った一撃。
それがクラーケンの頭に直撃し、大爆発を引き起こす。
予想外の方向からのでかい衝撃に、クラーケンはたまらずクラリと眩暈を起こしたようにふらついた。
「さあ、とどめね。エルウィンド!!」
リアが風の上級呪文を唱えると、ギラリと光るその名剣に風魔法が付与された。
そのまま、リアは大きく剣を振りかぶり、クラーケンに突撃する。
「エア・スラッシュ!!」
◇◇◇
※リア目線です。
「エア・スラッシュ!!」
剣に風魔法を付与する事で、斬撃の範囲と威力を限界まで伸ばすリアの必殺技が炸裂する。
その一撃は、クラーケンに致命傷を負わせる…はずだった。
リアに続き、追い打ちをかけるために冒険者たちが一斉に飛び掛かる。
だが、その瞬間、目を疑うような事態が起きた。
クラーケンのその山のような巨体が一瞬で小さく、小さく縮んだのだ。
「なっ!?」
結果、リアの剣は当たらず宙を空振った。
正確には風魔法で攻撃範囲を増やしていたため、多少の切り傷をクラーケンの頭に与える事はできたが、それだけだ。
なによ!?それ!?縮小能力?嘘でしょ?クラーケンにそんな力があるなんて聞いたことがない。
そして、なんとクラーケンは空気を吸いこみ、体を一瞬で巨大化させたのだ。
「う」
とっさに剣でガードをするが、この巨体の怪物は超高スピードで体を膨らませ、先程以上に巨大になったその体が伸びる衝撃に巻き込まれ、
私の体は宙に舞った。
衝撃で意識が飛びそうになる。だめだ。私と同じく今の衝撃で大半の冒険者たちがやられてる。
走馬灯のように、私の脳裏にかつての記憶がよみがえる。
かつて、とある村の人々を救えなかった忌まわしい記憶だ。
そして、今度こそ守るために父まで殺した記憶。
そして、私は剣に、人々を守る事に全てを注いできた。
それでも私の限界はここまでってこと?
ダメだ。体勢を立て直せない。負け…。
悔しさで言葉がでなかった。
だがその時、ふわっと柔らかい感覚が私の背中を包む。
「え」
これは?いったい?
「しょうがないわねぇ。これは正直やりたくなかったんだけど。今のは反則だわ」
後ろを振り返るとそこにあったものは巨大な羽だった。
純白の大きくて美しい天使かと錯覚するような羽。
余りに想定外の事態で頭が追い付かない。
「大丈夫?リア?」
その奇麗な羽の先にいたのはフェルミだった。
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