三十二話 犯人のヒントは、結局のところダジャレが多い
※近日中にちょっとした発表があります。内容はまた後日、報告させてもらいます。
江川による爆弾解体作業はちゃくちゃくと進んでいった。
手早くコードを切っていくその様はやり慣れた手つきであり、言っていたように経験者らしい仕草であった。
だが、しかし、ことはそう簡単には終わらない。
「……これはまずいな」
唐突に手を止め、そんな言葉を零す江川。
「ま、まずいとは?」
「いや……最後に赤と青の線が残ったんだが、どちらを切ればいいのかが全く分からない。くっ、他の線はすぐに分かったっていうのに」
言いながら、江川は配線を見直していった。
『赤と青って……そりゃまた映画みたいな展開ですね』
不謹慎ではあるが、篤史も同様の意見だった。最後に残った赤と青の二つの線。どちらかを切らないといけない、なんて光景をまさか現実で見るハメになるとは思ってもみなかった。
映画のような展開。しかし、これはまぎれもない現実であり、ゆえに何とかしなくてはいけない。
『篤史さん、バックの中身に手紙とか何かないんですか? こういう場合、「ヒントをやろう」的な内容が書かれた紙がヒントと一緒にあるのがお約束ですし』
「お前はこんな時にもぶれないな。っつか、そんなものあるわけが……」
と、そこでふと篤史の視界に入る、一枚のカード。それは、アタッシェケースの外側に張り付けられていたものであり、まるで見てくれと言わんばかりであった。
「なんだこれ……逆さの鴉?」
「……っ、ちょっと見せて」
澄はアタッシェケースのカードを見て、驚いたように目を見開く。
「…………………………………そう。そういうこと」
その瞬間。
澄は全てを理解したかのように、小さな、本当に小さな言葉を呟いた。
そして。
「さて。どっちのコードを切ればいいか……」
「赤よ」
悩む江川に対し、端的な指示を与える。
「赤いコードを切って。それで解除できるから」
自信にあふれた、というよりも、それ以外の答えなどないと言わんばかりの態度。もしも間違っていれば爆発してしまうというのに、彼女は自分の発言が絶対に間違っていないと信じているのだ。
「……信じていいんだな?」
「ええ」
問いかける篤史に対し、尚も澄は堂々とした言葉で返す。
篤史と澄は以前まで友好的な関係とはいえなかった。何せ、澄にとっては篤史の両親は敵であり、そのせいで篤史は澄に色々な嫌がらせをされていた。
それらを考慮した上で、篤史は江川に言い放つ。
「江川さん。赤いコードを」
「……いいんだね」
江川の言葉に、篤史は強く頷く。
篤史はこの二ヶ月あまりで、澄という少女がどのような人物なのかは、大体把握しているつもりだった。そして、この状況下で彼女が嘘をつくとは思えない。そもそも、ここで嘘をついて爆弾を爆発させるメリットはどこにもない。
そして。
「………………と、止まった」
赤いコードを切った途端、爆弾の時計は止まったのだった。その瞬間、一同は安堵し、各々大きな息を吐く。
しかし、そんな中でも一つの疑問が一同の頭をよぎる。
『で、でも、何で赤いコードが……』
「逆さの鴉よ」
友里の疑問のテレパシー。それに対し、澄は即答で返した。
「あの鴉、逆さの状態で鳴いていたでしょう? 鴉の鳴き声はカア、カア。それを逆さにすると?」
「アカってわけか……」
言われてみれば、確かに、と思うようなヒントではある。
だが、しかし……。
「いや、でもそれって……」
『ダジャレっていうか、なんていうか……』
「地味な謎解きでしょう? まぁ、それはそうでしょ。何せ、子供にでも解けるような謎なぞにしてたんでしょうから……『あの人』は」
「あの人……?」
意味深なことを口にする澄に、眉をひそめる篤史であったが、それを問いただす前に、澄の携帯が鳴った。
タイミングがいいわね、と言いながら、澄は電話にでる。
「丁度良かった貴方に話があるのだけれど」
『おや? これはまた予想外の反応。ここはもっと、驚く場面かと思ったんですが』
「ええ、確かに。貴方がこのタイミングで電話をかけてきたのは驚いたわ。けど、そんなことはもうどうでもいい。今回の一連の騒動、その根本が見えたし」
『……ほう。では、私が何者なのかも承知していると?』
「さぁ? でも、そんなことはどうでもいいし、知りたいとも思ってない。何せ―――貴方の背後にいる人には、もう検討がついているもの。ただの手駒の素性なんて、それこそ知る必要なんてないでしょう?」
『…………これはまた。中々の言い分だ』
挑発的な言い方。おおよそ、正体不明の男に対して言い放つ台詞ではない。だが、そんなものしったことかと言わんばかりに、澄は続けて言う。
「あの人に伝えて頂戴。近々会いに行ってあげるから、それまで私や私の周りにもう手出ししないでって」
『それはまた、随分と一方的な物言いだ』
「文句があると?」
『いいえ。貴方が気づいたのなら、それで仕事は終わり、という契約ですから。分かりました。雇い主にはきちんと伝えておきましょう。それでは』
そこで通話は終了。
篤史には、今の電話の相手が誰なのか、会話の様子から大体理解はできた。だが、それでもあえて、問いを投げかける。
「霧島、今の電話って、もしかして、前にかけてきた……」
「ええ。あの男だったわ。けど、もう大丈夫よ」
「いや、大丈夫って……」
それはどういう意味なのか。そんな表情をする篤史に対し。
「問題ないわ。何せ―――今回の事件、もう解決したから」
そんなことを断言する澄なのであった。