三十一話 劇場版で毎回爆破シーンがあるアニメがあるらしい
人里離れた旅館で突如として響いた悲鳴。
これが何かの物語ならば、誰かが殺されたとか、奇妙な人間が侵入したとか、はたまた幽霊が出たとか、そんなものがくるのだろう。実際、篤史たちの前には彼らを襲おうとした連中がやってきた。ならば、奇妙なことが起こってもおかしくはない。
けれど、だ。
「――――ばく、だん?」
流石にその展開は、予想外すぎるものであった。
「は、はい……先ほど、妙な電話がありまして……その旅館に爆弾を設置した。イタズラだと思うのなら確認してみろと言われ、確認したところ……」
「これがあった、と」
それは、篤史たちを襲ってきた連中の部屋にあったアタッシェケース。その中身は、これでもかと言わんばかりの典型的な時限爆弾であった。
『……え、ちょ、ちょっと待ってください。何ですかこの超展開は。殺人事件とか、殺人鬼がやってきたとか、幽霊が出たとかならまだわかります。人里離れた旅館ですからね。そういう展開もありでしょう。ある意味お約束ともいえます。でも……え? 時限爆弾? いや、本当にちょっと待ってください。いつからこの世界は名探偵コ〇ンの劇場版になったんですか?』
「言いたいことは分かるが、ちょっと落ち着け。意味が分からんぞ。そしてそのチョイスはどうなんだ」
友里のテレパシーにツッコミを入れる篤史。
確かに、毎回、劇場版だと爆発シーンがあるけれども……などと言っている場合ではない。
アタッシェケースに入っている爆弾を見ながら、篤史はふと思う。
「これが偽物って可能性は……」
「残念ながら、それはないね」
と、篤史の言葉を遮ったのは、後からやってきた浴衣姿の江川であった。
「江川さん。やけに自信満々に言うっすね」
「まぁね。これでもミステリー漫画を描いている身だから、爆弾での殺し方とか何度か考えたことがあってね。それで、爆弾処理のやり方とかは一通り勉強してある」
「いや、ミステリー漫画で何で爆弾を……」
「? だって、その方が絵が映えるだろう?」
まるでさも当然かのような言い方。しかも、その理由が絵が映えるからときた。まさに、漫画脳というべき発想である。
「とりあえず、このアタッシェケースの持ち主をここに連れてきてもらえるかな」
「分かりました」
江川に言われ、篤史は覆面の男たちの一人を即座に連れてきた。
そして、現場と現状の説明をすると。
「ば、爆弾っ!?」
男は驚いたような顔をした。
「これは、一体どういうことだ?」
「し、知らないっ。爆弾なんて、そんなもの……」
「しらばっくれるな。知らないも何も、このアタッシェケースはお前らの荷物だろうが」
「本当だっ。その荷物は俺達のじゃないっ。あの男のものだ」
「あの男?」
「今回の計画を立てた男だっ。俺達と同じで、あの女に復讐しようと考えてたらしくて、そいつが色々と手配をしてくれたんだ。その代わりにその荷物を一緒に持っていくよう、指示されたんだっ。アンタを一緒に巻き添えにしようとしたのも、そいつの指示があったからだっ」
「計画を立てた男……」
恐らく、それは、篤史たちにここに来るよう指示したあの男のことだろう。
「その男はどこだ」
「わ、分からない。実際に会った奴はいなくて、いつも電話越しに話していた。情報のやり取りも荷物も、全部一方的に送られてきたから……」
直接相手と会わず、連絡を取る。どうやら慎重な性格の相手のようだ。そして、そんな相手がわざわざこんな場所に自分で来るとは考えられない。
そして、ならばこそ、犯人から爆弾の解除方法を聞き出す、という手段はとれないと考えるべきだ。
「とはいえ、さっさとここから離れよう。旅館の人には悪いが、俺らじゃ爆弾に対処できるわけねーし、こいつらから解除方法聞き出そうにも、何も知らないとなると、それもできねぇだろうし」
「あ、あのー、そのことなんですが……」
と、そこで女将が気まずそうに篤史の言葉に割って入る。
「実は、さっきの電話の際、この旅館から一人でも逃げれば、爆弾は即座に爆発するようにしてある。爆弾を何かしらの方法で外に出すのも同じだ。止めたければ、旅館内で解除しろ、と言われまして……」
「なっ……」
何ともありきたりな警告。
確かに、爆弾をしかけても、そこから全員避難してしまえば、爆弾を仕掛けた意味がなくなってしまう。ゆえに、外に出さないようにするのは定石中の定石ともいえるだろう。
ただ、問題なのは、それが本当かどうか、という点。
「……江川さん。どう思いますか」
「はったり……って言いたいところだけど、ここまで手の込んだことをした奴だし、嘘だと断言しきれないね」
「ですよね……」
犯人はこの場にいない可能性は高い。だが、それでもゼロというわけではない。もしかすれば、何らかの方法でここを見張っており、誰かが逃げれば即座に爆破、という展開になりかねないのは事実。
相手は爆弾を使っているのだ。下手な真似は命取りになってしまう。
さて、どうするべきか……と思案していた篤史だったが。
「ふむ。なら、取るべき手段は爆弾の解除、ということか。なら、さっさと取り掛かるとしよう」
などと言って、爆弾の前に座り込む江川。
「ちょ、江川さん、何を……」
「何をも何も、爆弾の解除をするつもりだ。見たところ、そこまで複雑なものじゃない。ピンセットと薄いプラスチックの板と、それからガムがあれば十分なんとかなる。女将さん、すまないけれど、用意してくれるかな」
「え、ええ。ピンセットとガムなら……でも、薄いプラスチックの板はどんなものを……」
「なら、それは私の方で用意しよう。とりあえず、その二つをここに持ってきてください」
「は、はい……っ」
そう言って、女将は言われた道具を取りに行った。
「不安そうな顔をしてるね。安心したまえ。爆弾処理の方法については、ハワイで父親にしっかりと仕込まれているから」
「いや、その発言には色々とツッコミどころ満載なんですけど……」
「ははっ。冗談さ。ま、でも爆弾処理の腕については自信があるのは本当さ。さっきも言ったろ? 爆弾についての知識があるって。実際、以前もちょっとした事件に巻き込まれて、爆弾を解体したことがあるしね。だから、まかせたまえ」
自信満々に言う江川。
嘘を言っているようには見えないが、あまりにも常識離れすぎる経歴に、篤史は唖然とする他なかった。
「しかし、妙な時限爆弾だ」
「妙?」
「ああ。普通、今時の爆弾は水銀レバーとか、振動探知とか、そういうものを取りつけているものだ。少しでも振動を与えれば、それで爆発。だから、解体するなら普通、凍らせてどこか別の場所に移動させて爆発させるのがセオリーなんだ。だというのに、この時限爆弾にはそれらしきものがない。至ってシンプル、というか旧式といっても差し支えないだろう。言葉を選ばずにいうのなら、時代遅れな代物だ」
確かに、それは妙ともいえる。
今回、これほどまでに手の込んだことをしている犯人が、何故そんな旧式の爆弾を使うのか。自分たちを殺すつもりならば、それこそもっと高度な爆弾を使えばいいはず。
ここに来て、また犯人の目的が分からなくなってきた。
しかし、今はそのことは置いておこう。
「さて。それじゃあ、解体の時間と洒落こもうか」
そうして、江川による爆弾解体が始まったのだった。
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