三十話 宗教にハマる理由は人それぞれ
「ああ、そうだ。俺達の家族はお前の父親に騙され、あの妙な宗教にはまっちまった被害者だ」
それは、ある種予想通りの展開と言えるだろう。
今回の一連の騒動が、『父之湖』関連であることは分かっていた。そして、澄が狙われているというのなら、その元信者、または家族が犯人であるというのは、誰にでも予測可能だろう。
「お前達が俺達の家族を騙したおかげで、俺達の人生は滅茶苦茶になった……お前らさえ、お前らさえいなきゃ、俺達は、俺達は……!!」
激昂する男。そして、それは彼一人だけではない。ここにいる他の者たちも、皆同じ思いでここにいるのだろう。
自分の家族を奪われた。そして、人生を滅茶苦茶にされた。その怒りや悲しみが、この状況を作り出した。
少なくとも、この時まで、篤史はそう思っていた。
そして、流石の澄もこれには言葉を失ってしまったかと思い、彼女の方に視線を向けると。
「はぁ? 何を言ってるのかしら。貴方たちにそんなこと言う資格があるわけないじゃない」
「「なっ……!?」」
思わず、男たちと一緒に驚きの声を上げる篤史。
澄の口から出た言葉は、それだけ予想外の代物だった。
「お、おい、霧島。それはちょっと言いすぎだろ」
「言いすぎ? そんなことないわよ。この連中の人生が滅茶苦茶になったのは、自業自得なんだから」
あまりにも冷たい言葉に、思わず篤史は言葉を失い、男たちの怒りはさらに高まる。
「よくもそんなことをぬけぬけと……!!」
「言えるのかって? そのセリフ、そっくりそのままあなた達に返すわ。そもそも、あの人たちが『父之湖』に来たのは何が原因なのか、知らないとは言わせないわよ?」
などと。
澄のその発言に、篤史は眉をひそめた。
一方で、言われた男たちは、どこか図星をつかれたかのような顔つきになり、反論の言葉を口にしない。
その様子から、篤史の中にある疑問は大きくなり、問いを投げかけた。
「どういうことだ?」
「……宗教に縋る人っていうのはいくつかのパターンに分かれるの。その宗教団体に騙されるっていうのが大体だけど……生憎と、うちはそういうのはしてなかったの。まぁ、確かにちょっと特殊な薬を使ってたし、それが原因で怪我人を出したのも事実だけれど……それは、あくまでウチに入った後の話。ウチに入ってきた人たちは、あくまで自分の意思で信者になったの」
つまるところ、澄たちは信者にするために騙したり、陥れたりすることはしていないという。
ならば、だ。
「逆に言えば、それに頼らざるを得ない連中が集まってきた、と?」
「そういうこと。結局のところ、ウチに来た人たちは全員、それだけの理由や悩みを抱えていた。たとえば、家庭での暴力や不倫。何らかの理由から周りから迫害を受けていたり。それこそ、多種多様でね。まぁ、ロクな目にあってなかったのは事実よ」
その内容は、尤もなものだった。
現代社会、それこそ今の日本では宗教感覚というものが薄い。そんな中で、敢えて小さな宗教に入るとなれば、それこそ何かしらの問題を抱えている者が多いのは言うまでもないだろう。
「ってことは……」
「ええ。彼らの家族が父之湖の信者になった原因は、彼らにあるってことよ」
言いながら、澄はその冷たい視線を男たちに向ける。
それはまるで、この世の汚物でもみるような瞳であった。
「ふざけたことを……人の家族を洗脳しておいて、原因は俺達にあるって言いたいのか!?」
「事実でしょう? ねぇ、遠山文博」
「っ!? な、何で俺の名前を……」
「知ってるわよ。私は信者の顔と名前、そしてあらゆる個人情報を把握してるの。だから、無理やりにでも取り返しにきたり、嫌がらせをしにくる連中のことも調べつくしてあるわ。ましてや、酒に溺れて妻に暴力を振るってきたロクでなしのことはね」
「……っ」
言われ、男は何かを言い返したい様子であったが、しかし澄はそれを無視して、別の男に言い放つ。
「その隣にいるのは、佐々木陽平ね? 全く、昔返り討ちにしてあげたのに、まだ懲りないのかしら? 幼馴染の女の子に働かせて、自分は他の女と遊んで、あげく借金まで押し付けて。その幼馴染がウチの信者になって自分の言うことを聞かなくなったのがそんなにも悔しいわけ?」
「こ、の……っ」
これまた反論しようとするものの、しかし事実なのか、何も言わず、男は恨めしそうに澄を睨みつけるだけだった。
「それで、そこにいるのは……あら、小池宝治。貴方、まだ生きてたのね。仕事もせず、散々親の脛をかじってニート生活を送って、言うことを聞かなかったら怒鳴り散らすだけの無能。信者になった貴方の両親に縁を切られて、路頭に迷っていたと思ったのだけれど、ゴキブリ並みの生命力ね」
「う、うる、うるさいうるさいうるさいっ!!」
最後に至っては、最早子供の癇癪のそれ。否定できないがゆえに、大声を上げるしかないという、何とも呆れた姿であった。
いずれもどうやら澄の言ってることは本当のようであり、故に篤史の考え方も一瞬にして別の見方になった。
「まぁ、こういうこと。ここにいる連中は、どいつもこいつも他人を殴ったり、騙したり、迷惑をかけていたロクでなし。まぁ、全部の信者の家族がそうだったとは言わないけれど、少なくとも、私が知る限り、ここにいるのはそういう人種よ……って、何その顔は」
「い、いや、別に……ただ、どこかで見たような光景だったんでな……」
相手の情報を握りながら、追い詰めていく……どこかの委員長が以前やっていたように思えるのだが、今はそれは置いておこう。
「私の父は確かに、信者たちに自分を崇拝するように色々としていたわ。まぁ、今となっては、それが正しいことだった、とは断言しないけど。だから、信者だったあの人たちに嘘つきだの、裏切り者だの、罵倒を浴びせられたり、それこそ報復されることは……まぁ覚悟してるわ」
しかし。
「けれど、少なくとも、彼らの心を抉り、私たちに縋るような要因を作った貴方たちに、何をどうこうされるいわれはないわね」
堂々と言い切る澄。
篤史は、未だに澄たちがやっていたことが正しいとは全く思っていない。人を騙し、結果的に怪我人まで出たのだ。故に、自分の父親たちが彼女たちの宗教団体を潰したことは間違っていないと今でも信じている。
だが、だ。
それでもここまで堂々とした態度を取れること自体は、ある意味尊敬すべき姿なのかもしれない、と少しだけ感心したのも事実であった。
「とはいえ、貴方たちに一つ聞かなきゃいけないことがあるんだけど……私をおびき寄せたのはいいとして、どうして彼まで一緒に連れてくる必要があったのかしら?」
「そ、それは……」
と、返答に口籠る一同。
その姿にまゆをひそめながらも、答えを待つ篤史たちであったが。
「きゃああああああっ!!」
その瞬間、突如として、女性の悲鳴が聞こえてきたのだった。
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