二十六話 どんな状況でも食事ができる精神ってすごいよね
『―――成程。つまり篤史さん達は謎の人物にここに呼ばれてやってきたかと思えば、そしたら大昔に村人が惨殺した義賊の墓を壊して作られた旅館だったと……』
「ああ、そうだ」
『いや、ああそうだ、じゃなくてですね……色々とツッコミどころが満載で何から言えばいいのかわかりませんが、とりあえずここの経営者が恐れ知らずの馬鹿野郎だというのは分かりました。全く、本当に何を考えてるんですかね』
「うんそうだな。でも俺はこの状況でそんだけの量をばくばく食べてるお前の方がどうかと思うぞ」
旅館内にある食堂。そこにやってきていた篤史たちは、夕食をとっていた。
現状、彼らは謎の人物にここに来るよう指示を受けている状態。故に、食事にさえ注意するのが当然だろう。
だが、そんなことなど知ったことかと言わんばかりに友里は豪快に食事をしていく。
『しょうがないじゃないですか。ここまでくるのにどれだけ体力と精神力を使ったことか。それに、旅館の料理なんてめったに食べられるものじゃありませんし。この際、悔いのないよう食べるべきだと私は思うんですよ』
「いやその気持ちは何となく分かるけどな……」
友里の言い分は確かに分からなくはない。旅先での料理をたらふく食べたい、というのは誰にでもある感情だろう。
そう、こんな状況でさえなければ。
「呆れた。発想がまるで子供ね」
「って言いながらお前も結構食べてるよな。え? 何? お前もそんなにお腹減ってたの?」
「……何よ。文句があるのかしら?」
「いや、文句ってわけじゃないが……」
「安心しなさい。この料理には変なものは入ってないわ」
「断言するんだな。ってか、そんなもんどうやって判別できんだ?」
「匂いと見た目と、それから口に入れた時の味と感触で。それくらい当然でしょ?」
「あー、うん。そうだな。お前が委員長並みに普通じゃないことが今はっきりと分かった」
さらりととんでもないことを口にする澄に対し、篤史は思わずそんなことを口にする。
考えてみれば、マインドコントロールだの、催眠術だの、彼女も彼女で超能力者でもないのに、人並外れた技能を持っていることを、今更ながら理解する。
「―――おやおや、これはまた凄い光景ね」
と、声をかけられたと同時に篤史が振り返ると、そこには金田と江川の姿があった。
「美少女二人に挟まれながら食事とか、モテモテだね」
「あっ、金田さん。それに江川さんも」
「いやー、まさかこの旅館でハーレム状態な光景を目撃するとは思ってなかったよ。いや、でもこれはこれで中々ありな展開かな? モテモテ男に寄り添う二人の少女。だが、その正体は生き別れた姉妹。それを隠しながら一人の男の傍にいる理由。その目的は、かつて男に追い詰められ自殺した両親の敵をうつため。そして、人里離れた旅館で互いにアリバイを作り、そして完全犯罪を……」
などとどんどん自分の世界へ入っていく金田に対し、江川が待ったをかける。
「いっちゃん。ネタを想像する権利は誰にでもあるけれど、それをモデルにした人物の前で言うのはどうかと思うぞ」
「っと、確かにそうだね。ごめんね~、私、ネタが思いつくとすぐに口に出しちゃう癖があって」
「いえ。気にしないでください。ただ、水を差すようで悪いんですが、俺らはそういう仲じゃないですよ?」
「ええ~? 本当でござるか~?」
「いっちゃん。その語尾はやめるべきだ。うざいし、ちょっと色々とまずいと思うぞ」
江川のツッコミに、篤史は心の中で頷く。
「しっかし、やっぱり人間観察って大事よね。見てるだけで想像が膨らむもの。そう考えると、これから先も退屈せずに済みそうね」
「? どういう意味ですか?」
「いえね。さっき、団体客が来ていたのよ。それも結構な数の。ほらあそこ」
言いながら金田が親指を指す。そこには、確かに十人程の客が歩いていた。
「多分、観光客だとは思うけど……でも、妙だとは思わない? こんな何もない田舎に団体で泊まりに来るだなんて」
「それはまぁ、確かに……」
「もしかして、観光客のフリして、本当は何か別の目的があるのかもね。たとえば、陸奥の財宝を未だに信じてる人たちが、探しに来たとか」
「陸奥の財宝って……でも、それは無かったって話じゃないですか?」
「ええ。でも、その話は嘘で、本当はどこかに隠したって信じてる人もたまーにいるらしいのよねぇ。ま、全員、財宝を見つけられず、帰っちゃうってのがお決まりらしいけど」
「だが、確かに陸奥の財宝が絶対にない、とは言い切れないのは事実だ。とはいえ、ないことを証明しろ、なんてものは悪魔の証明そのものになってしまうがね」
ないことを証明しろ、なんてものははっきり言って不可能なことだ。それこそ、そこに何かがある、と証明するより難しいだろう。
とはいえ、だ。それはあくまで金田の妄想であり、真実は分からないが。
「いっちゃん。若人をからかうもんじゃないよ。っていうか、そろそろ仕事に取り掛からなくて大丈夫? 締め切り明日までっていってたじゃないか」
「はっはっは。大丈夫、きっと明日までには何とかなってるから! ……多分、きっと、恐らくは」
「そこでそういう発言が出るのが、またいっちゃんらしい」
「くっ……!! そっちだって、今日が締め切りでひいひい言っていたくせに……」
「さっきまでどうであろうが、私はもう締め切りから解放されたからね。なので、何を言っても構わないのだ」
「むぐぐ……自分は締め切りから解放されたからって、言いたい放題言って……ふん。でもそんなものは一時的なもの。きっとすぐにコウちゃんも新しい締め切りに追われるようになるんだからねっ!!」
「はいはい。そういうわけで、私たちは失礼するよ」
それじゃあ、と言いつつ、江川達は去っていく。
そんな二人の背中を見て、友里は篤史にテレパシーを送る。
『……何か、妙な人たちでしたね』
「そうだな。けど、恐らくあの人たちもお前にだけは言われたくないと思うぞ」
あまりにもブーメランな一言に、篤史は思わずそんな言葉を口にするのであった。
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