二十五話 ボッチの遠出は心細いもの
友里が旅館にやってきた。
一体どうやって、何のために、と疑問は色々と湧いてくるのであるが。
『ひっぐ……ひっぐ……』
一番気になるのは、あの白澤友里が無表情を崩し、ガチ泣きしている点であった。
「いやほんとに何があったんだよ」
『何がもなにも、篤史さんたちを追ってここまで来るのにどれだけ苦労したことか……村まで来たのはよかったものの、その先は人に道を聞かなきゃいけないのに、それができずに数時間。右往左往してたところを、優しい女の人に声をかけられ、何とかここまでこれたからいいものの……陰キャかつコミュ症の私が、一人でこんな遠出をするハメになるなんて……グスッ……』
「……え? もしかして、それだけの理由で泣いてたの?」
澄の一言に、しかし友里はテレパシーをもってして反論する。
『それだけの理由とは何ですかっ!! 私にとって、一人で遠出することなんて、それこそ外国に一人で行くのと同じくらい心細いことなんですよっ!! 最近はいつも出掛ける時は篤史さんとか色んな人と一緒にいるからいいものの、こんなド田舎まで一人で来るだなんて、どれだけの勇気と決意と覚悟がいると思っているんですかっ!! 陰キャなめないでくださいっ!!』
「いや、それは陰キャ云々というか、貴方個人の問題だと思うんだけど……」
ご尤もである。
澄の言う通り、友里の意見は些か、陰キャという人種の中でも偏りがあるものだ。というか、今回の件で彼女がどれだけ一人で遠出することに苦手意識を持っているのかがはっきりと分かった。
そのうえで、敢えて篤史は会話に割って入る。
「まぁ待て霧島。白澤もここまでくるのに自分なりに頑張ったんだ。そう言ってやるな」
「え? ちょっと待って。何でそこで貴方が彼女のフォローをするの?」
「いや、何というか……こいつがここまでガン泣きするのは、早々ないからな……」
今日にいたるまで、篤史は友里が無表情を崩したところをほとんど見たことがない。
そんな、そんな常に固定の顔をしている彼女が、だ。ここまでボロボロと涙を流す姿を見てしまっては、色々と言うのは野暮と思えてしまっていた。
「ちょっと」
と言って、澄は篤史をひっぱり、ひそひそ話を開始する。
「(どうするのよ、これ)」
「(どうするって?)」
「(私たちは、二人でここに来いって言われてるのよ? なのにこの子が来てたら、まずいじゃない。相手が何かしてくるかもしれないわよ)」
「(そうかもしれないが……もうこんな時間だし、帰らせるわけにはいかないだろ。っつーか、本人が絶対に帰らないぞ)」
外は既に日が落ちており、暗い状態だ。そんな中、少女を一人で帰らせるのは流石にまずい。
加えて言うのなら、この村に通じているバスはかなり限られており、確実に今日の便は終わっている。どちらにしても、今すぐ友里を帰らせることはできない。
「(……何が起こっても、私は知らないわよ)」
「(ああ。そこについては、俺が何とかする。お前に迷惑はかけないよう、努力するさ)」
事実、友里がここに来た時点で、篤史は澄に彼女のことを任せるつもりはなかった。というか、色々と危なっかしい友里を澄に任せるのは、何故だか良心が痛むし、何だかんだ彼女のことを放っておけないところがあったのだった。
「でも、よく俺らがここにいるのが分かったな」
『ぐす……えっと、それはですね、委員長に頼まれたんです。委員長が言うには、「霧島たちが危ない目にあってるかもしれない。居場所は分かるから、ひっそりと追ってくれ」って、今日の朝に言われて……』
「いやちょっと待て。委員長は確か今入院中だろ? 何で俺らの居場所が分かるんだよ」
『それは私も思って聞いたんですが、とある筋からの情報、とだけしか教えてくれませんでした』
「どこの筋だよ……」
相変わらずの意味不明な情報収集能力に呆れる篤史。
……だったのだが。
(ん? でもおかしいぞ。俺らが昨日、ここに来るように言われたのは、柊と別れた後のはずだが……)
自分たちの様子がおかしいから友里に後をつけるよう頼んだ、と思ったのだが、しかしそれでは時系列が合わない。
ゆえに、どうやって柊は篤史たちの身に危険が迫っているというのを突き止めたのか。
しかし、気にはなるものの、本人がここにいないがゆえに、確認することはできないため、篤史はそれ以上考えるのをやめた。
「……しっかし、お前も物好きだな。こんな場所まで俺らを追ってくるなんて」
『は? 何言ってるんですか篤史さん。友達が危ない目にあってるかもって言われて何もしないわけないじゃないですか』
「お前はまたそういうことを平然と言うのな」
『何ですか文句あるんですか?』
「文句じゃねぇよ。素直に嬉しいと思っただけだ……ありがとな、白澤」
その言葉は本心からのものだった。
友里がいる。それだけで、空気が変わった……いや、正確には、安心したというべきか。その事実に、篤史は少々驚きながらも、彼女の存在の偉大さを改めて理解したのだった。
とはいえ、だ。
『ところで篤史さん、夕飯はまだですか? 私、お腹がぺこぺこでして。高級ステーキとハンバーグ、刺身の盛り合わせとか食べたいんですけど』
「うん。ここに来て、流石にその要求はないと思うぞ」
などと、こういうところも相変わらずな彼女に対し、溜息を吐くのであった。
面白い・続きが読みたいと思った方は、恐れ入りますが、感想・ブクマ・評価の方、よろしくお願い致します!